レッスン3 余計なことするな

荒川(桜)

 快晴だ、いつものグラウンドで聡一郎が空を見ている。恒星はいつも通りのストレッチをしている。


「桜が見たくなった、たまには外を走らないか?」と聡一郎が恒星を誘ってみる。

「桜なんてとっくに散ってるだろ」

「花じゃなくて緑の方、若葉がみたい」

「好きにしろ」


 一人で外に出るつもりだったが、聡一郎のあとに恒星もついて来た。


「何で付いてくるんだ?」

「本当に散ったか確かめに行く」

「荒川まで走るから、10キロくらいあるぞ?」

「片道じゃないだろうな?」

「悪いが片道だ。それより聞いても良いか?」

「聞くのは勝手だが、答えるかどうかは俺の勝手だ」

「じゃあ勝手に聞くけど、おまえ彼女いるのか?」

「いるように見えるか?」

「全く、そうは見えない」

「だったら聞くな」

「誰かと付き合おうと思わないのか?」

「好きでもないのに付き合ってどうする?」

「付き合えば好きになることもあるだろ?」

「何が聞きたい、おまえ俺と付き合いたいのか?」

「付き合いたいか、おまえと?ありえないだろ」

「何故?俺がおまえを好きだと言ったらどうする」

「どうもこうもない、無理なものは無理!」

「分かっただろ、そんなに簡単に誰かを好きになったりはしない」


 何なんだ、こいつの説得力は?でも納得感が全くないぞ。


「でも可愛いこにコクられたら嬉しいだろ?」

「悪いが、今まで告白されて嬉しいと思ったことは一度もない」

「すっごく可愛いくても、、、ほんとに駄目?」

「無駄だ、好きになる相手くらい自分で決める」


 瑞穂ちゃんが不憫だ、こんな邪悪な奴、早く諦め方が良い。


 ***


 荒川の堤防、寝転んで空と向かい合う。


「花は散ってたな」と素っ気ない恒星。

「ソメイヨシノは、開花から満開までが約7日。満開からいっせいに散りはじめて、10日くらいで散ってしまうからな」

「葉桜もなしか、華やかに咲き、潔く散る、そういう花だからな」

「桜の花が好きなのか?」

「さあな、桜が咲くと春が来たって感じにはなる。いっせいに散るのも日本人の感性と合ってるがな」

「花見にも向いてるしな」


 桜の木って大きければ10万個ぐらいの花が咲いて、それぞれ花びらを5枚持ってるから、花びらはものすごい数になる。それが一斉に、わーっと咲いて、わーって散るからな、凄いよな。


 桜を眺めながら、独り言のように話す聡一郎。


 本当に、ソメイヨシノって変わってる。やたらに花を咲かせてすぐに散る。日本の桜の8割近くがソメイヨシノらしいけど、そんなに昔からのものでもない。江戸時代の終わりに染井村(現在の東京都練馬区)の植木職人によってつくり出されたそうだ。


「詳しいんだな」と恒星。

「家庭の事情で華道も嗜んでるからな」

「おまえは桜の花が好きじゃなさそうだ」

「好きじゃないよ、昔から。不自然な感じがする」

「不自然?」

「ああ、花が咲くのは受粉して実をつくるためだ。だから本来は長く咲き続けようとする」


 でもソメイヨシノは華やかに咲いて散るだけ、種を作って子どもを残すことはない。ソメイヨシノ同士では交配できなかったから、全て最初の1本から接ぎ木して増やしたクローンだ。

 同じ遺伝子を持つクローンだから、咲くのも一緒、枯れるのも一緒。野生のヤマザクラのように、それぞれが異なる遺伝子だったら、個体によって開花のタイミングも変わるけど、ソメイヨシノはすべて同じ遺伝子だから、気温とかの条件が揃えば、いっせいに咲き始め、満開になり、散っていく。そういう不自然な花だ。


「だから好きじゃないのか?」

「どうだろ、何となく、昔から桜の花は好きじゃなかったからな」


 俺は散る花よりも、これから生きようとする若葉の方が好きだし、この空の方がずっと好きだ。


 ***


「帰りも走って正解だ。良い練習になった」


『マジか、往復してしまった』


 帰りは電車で帰るつもりだったのに、やっぱり、付いてこさせんじゃなかった、もう無理、早く講義室で寝たい、と思う聡一郎。


 ***


『あいつ、また寝てる』


 法学部の講義、いつもの後ろの窓際で、気持ち良さそうに寝ている聡一郎。羨ましい奴と思う目白綾乃。神田淳が隣りでかわりにノートを取っている。

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