第三話 泉くんは、可愛い。(3)

***


「……はぁ」


 お昼に工藤くんと別れて教室に帰るやいなや、すぐに綾乃に自白を迫られた。そうして工藤くんとのやりとりを洗いざらい白状すれば、綾乃はさらりと言ってのけたのだ。


『瑞希ってば罪な女だねぇ。好きな女と友達なんて絶対辛いと思うけど。でも工藤、いい男だわ。前向きに考えてあげたらー?』


 わたしがずっと泉くんしか見てないのを知ってるくせに…綾乃はいじわるだ。


「はぁ…」


 思わず溜息が零れた。


「どうしたの?悩みごと?」


「っ、」


 背中から声をかけられて、思わず肩が跳ね上がった。


 ――なんということだろう。綾乃と工藤くんのことで悩みすぎていたのだろうか?


「筆も進んでないみたいだし…何かあったならなんでも聞くよ?」


 わたしはここで、美術準備室で、いつものように泉くんと二人きりだというのをすっかり忘れていたのだった。


「あ、ううん。大丈夫。悩みってほどじゃないから…」


 そう笑ったわたしの顔はきっと、苦笑いだったに違いない。泉くんは読んでいた本を閉じて、座っていた椅子を引っ張ってわたしの近くまで寄ってきた。


「絵を描く邪魔をするつもりはないんだけど…瑞希さんがよかったらさ、今日はお喋りしない?」


「え?」


「どうかな?」


「―――うんっ」


 どうせ今日は綾乃の言葉や工藤くんのことで集中して絵を描けそうにない。それに泉くんとお話できるなら、喜んでそちらを選ぶに決まってる。


 少しでも好きな人のことを知りたい。少しでも好きな人に近づきたい。


 そう思うのは、当たり前のはずだから。


「そうだなぁ。どんな話をしようか」


 何か話題を探すように、目線を少し上へと向けた泉くん。その仕草さえかっこよく見えて、思わず見惚れてしまった。


「あ。そういえば今日、工藤くんが教室に来てたね」


「………っ」


 まさかの展開だ。泉くんの口から工藤くんの名前が出るなんて、夢にも思っていなかった。


「く、工藤くんのこと、知ってるの?」


「え?サッカー部のエースで有名だよ?」


「ええ!?そうなのっ?」


 それなら運動神経がいいのも頷ける。というより、そんな有名な噂も知らないわたしって…。


「瑞希さん、工藤くんと一緒に教室を出て行ったよね?何の用事だったの?」


「えっ」


 思わぬ泉くんの質問に、心臓が大きな音を立てた。


「えっと、それは…」


「うん」


「えぇっと…」


「………」


 どう言えばいいのか分からなくて上手く言葉が続かない。


 工藤くんに告白されたと言えば、一体泉くんはどんな反応をするのだろうか?


 その反応を見てみたいとも思うし、見るのがすごく怖いとも思うけど。


「――もしかして、」


 何も言わないわたしに痺れを切らしたのか、泉くんがゆっくりと口を開く。


「告白、された?」


「―――!」


 図星をつかれて思わず泉くんの顔を見る。目が合った泉くんはいじわるな顔で笑っていた。


「―――、」


 胸がドキドキする。


 仲良くなってから分かったことがあった。それはたまに泉くんがいじわるになるということ。そして、からかうような目で笑う泉くんが、とてもかっこいいということ。


 ――今の泉くんは、まさしくそれだ。


「………」


 ドキドキしてまともに泉くんが見れないのと、どう答えたらいいのか分からないのとで、わたしは俯いたまま小さく頷いた。


 そうすれば小さく泉くんが驚いたような気配がして。


「えっ、本当に!?ごめん、俺、デリカシーのないこと聞いた!」


 慌てて謝ってくれた。

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