第二話 泉くんは、優しい。(1)

「あ、おはよう瑞希さん」


 宮内くんと一緒に帰った次の日の朝。廊下側にある綾乃の席で二人で話していたら、登校してきた宮内くんが挨拶をしてくれた。


「え、あっ、おはよう…っ」


 まさか宮内くんから話しかけてくれるなんて思ってなくて、また吃ってしまったわたし。そしてそんな宮内くんの行動に驚いたのはわたしだけではなく、教室にいた全員みたいだった。


「今、宮内くん――」


 ひそりと聞こえた、女の子たちの会話。宮内くんはざわついた教室を気にする風もなく、いつも通り静かに自分の席に座った。


 宮内くんが動けば、誰もがその姿に視線を動かす。宮内くんが持つ独特の雰囲気はいつだって、自然と周りの視線を集めていた。


「――ちょっと瑞希。どういうことか説明してくれる?」


 わたしに顔を寄せて、綾乃は声を潜めてそう言った。


「うん。わたしも聞いてほしい」


 もともと綾乃には話すつもりだったから。


 ――今、宮内くん…自分から話しかけたよね?


 女の子たちが囁いた言葉。クラスメイトなら恐らくみんな知っている、宮内くんは滅多に自分からは話しかけない人だった。


「――それで一緒に帰った、ねぇ」


 今日は裏庭の隅でお昼休みを過ごす。昨日起きたことを誰にも聞かれずに綾乃に話したかったから、この場所がぴったりだった。


「瑞希の話を聞くと、まるで教室にいる宮内とは思えないわ」


「うん…わたしもびっくりした」


 教室の中の宮内くんは、本当に静かだった。必要最低限のことしか話さないし、笑顔だってそうそう見られるものじゃない。全然自分のことを話さないからミステリアスだって、またそこがいいって女の子たちが騒いでいるのも聞いたことがある。


 それなのに、昨日の宮内くんは。


「普通の男の子、って感じだったなぁ」


 それでもかなり大人びているとは思うけれど。


「私は未だに信じられないわ。でも瑞希がそう言うんだからそうなんだろうね。何よりも今朝、宮内が瑞希に話しかけたことでより信憑性が増してるし」


「………」


 宮内くんが考えていることなんて、わたしには到底分からない。だけど昨日みたいに宮内くんと話せるなら……理由なんてどうでもいいと思ってしまうんだ。


「――もしかして…、」


 綾乃の、はっとしたような声。


「もしかして宮内も、瑞希のことが好きなんじゃ…」


「えぇっ!?」


 綾乃の言葉に、顔に熱が一気に集中して。思わずわたしは持っていたお箸を落としてしまった。


「あーあ。何やってるのよ、瑞希」


「だ、だって…!綾乃が変なこと言うから…っ」


「だってそう考えたら全部納得がいくじゃない?好きな人は特別扱いなんて、当たり前じゃない」


「違うよっ。絶対そんなのじゃないっ」


 確かに宮内くんは優しかったけど、昨日はそんな甘い雰囲気ではなかったように思える。


「そうなのかなぁ?ま、これからの宮内の行動を見てたら分かるか」


 楽しそうに綾乃が笑った。


「でも本当によかったね、瑞希。宮内ともっと仲良くなるチャンスじゃん」


「綾乃…」


「私は宮内なら瑞希を任せてもいいかなって思えるからさ。瑞希がこうして一歩前に進んだのが、すごく嬉しいよ」


 そう言って綾乃が、まるで自分のことのように喜んで笑ってくれたから。


「――ありがとう…綾乃」


 なんだか胸が熱くなって、思わず涙が零れそうになった。

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