第一話 泉くんは、遠い。(3)
「もうすぐ校門が閉まる時間だし、早く教室を出た方がいいね」
「う、ん」
教室の時計を見上げてそう言った宮内くん。こうして話した感じでは大して人見知りするタイプでもなさそうなのに、どうしてか彼はいつも一人でいる。
――どうして…なのかな?
「瑞希さん?電気消すよ?」
「あ、うんっ」
宮内くんの声にはっと我に返って、わたしは駆け足で教室を出る。そうして電気を消した宮内くんも教室を出て来て…自然と二人で並んで学校の校門を出た。
「………」
ここでお別れなんて寂しい。どうしてもっと話しかけられないんだろう、と自分で自分が嫌になる。こんなチャンス、もう絶対に来ないのに。
「瑞希さん、電車?」
「えっ、うん!そうっ」
急に宮内くんに話し掛けられて、思わず吃ってしまった。
「俺も電車。もう外も暗いし、よかったら駅まで一緒に行かない?」
そんなわたしの姿を見ても宮内くんは笑ったりせず、そう言ってくれた。
「うん…っ」
宮内くんと一緒に帰れる。
話をしただけでもキャパシティオーバーだと思っていたわたしの頭は現金なもので、一緒に帰れるという事実にわたしはどうしようもなく浮かれていた。
「………」
宮内くんの少し後ろを歩く。隣を歩くなんて図々しい気がして、あまりにも緊張しすぎて、自然と後ろを歩いてしまっていた。
「今日、描いてたんだ?」
「えっ?」
全く話さないわたしに、嫌な顔をせずに話題を振ってくれる宮内くん。
「手。絵の具が少しついてる」
「!!」
宮内くんの言葉に、慌てて自分の両手を広げて見る。確かに右手の指に少し、白色の絵の具がついていた。
「俺、瑞希さんが絵を描いてるの、知ってるよ」
多分知ってくれてると思っていたなんて言えなくて、わたしは無言を貫く。
「前に一度だけ、瑞希さんが描いた絵を見たことがあるんだ」
宮内くんがわたしの絵を見てくれた日。それは、わたしが宮内くんを好きになった日でもあった。
「あの瑞希さんの絵、すごく俺の心にきた」
「っ、」
「あんなにも誰かの描いた絵に感動を受けたのは、初めてだったよ」
ありえない速さでわたしの心臓が動いているのが分かる。今この瞬間が夢じゃないかって思うくらいに、宮内くんの言葉が嬉しかった。
この時間が、幸せだった。
「今はどんな絵を描いてるの?」
そう言って宮内くんがわたしを見る。
「あ、えっと…風景画を…」
「完成したら見たいな。俺、瑞希さんの描く絵、好き」
「―――っ」
好きと言われたのは、わたしの絵なのに。まるで自分が言われたみたいに、わたしの顔が真っ赤になったのが分かった。
「ありが、とう」
外が暗くてよかったと思う。こんな熱をもった顔なんて見られたくない。
「………」
ここでふと気づく。確かに少し後ろを歩いていたわたしの隣には、いつの間にか宮内くんが歩いていて。
わたしの歩く早さは変わっていないはずだから、宮内くんがわたしに合わせてくれたんだと、すぐに分かった。
「………」
そんな宮内くんを、好きだと思った。
宮内くんと歩く学校から駅までの距離は、本当にあっという間だった。
「瑞希さんの乗る電車、どっち?」
「あ、西行きの電車…」
「そっか。俺、東行き」
宮内くんとお別れの瞬間。言葉を交わして二人で並んで歩いただけでも奇跡なのに、寂しいと思ってしまうわたしは欲張りだ。
今日、放課後に会うまでは。見ているだけでもいいと思えていたのに。
「また明日」
宮内くんが言う。
「うん…また、明日…」
うまく笑えたかは分からないけど、わたしなりの精一杯の笑顔を向けてお別れをした。
明日もこんな風に話せるかな?それはきっと、わたし次第。
「………」
ホームに降りて、宮内くんの姿を探してみる。
――すぐに見つけられた。
ホームで電車を待つ人たちから、一歩下がったところに立っている宮内くん。夜空を見上げているのだろうか?視線を上げたままの宮内くんの顔は、遠目からでも儚く見えた。
そのまま夜に溶け込んでしまうんじゃないかと思うくらいに、今にも消えていってしまいそうだった。
――宮内くんは、いつもどこか……距離が遠く感じる男の子だった。
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