第5話 1話の前日。
夕方5時すぎ。
学校から帰宅した宮地は周りに母親しかいないのを確認して声をかける。
一度、祖母に見つかってしまうとなかなか離してもらえなくなるからだ。
「女中さーん、ハラヘッター。」
「あら〜、ノブオさん。あや子さんにただいまのチューはなさいましたぁ?」
「しねーし!じぃちゃん達だって…………。」
宮地は考えるのをやめた。
「あんたさ、バレーは?本当にもういいの?」
「んー、飽きたー。大野のやつ説教くさいし理屈っぽいし。数学だけやってろっつーの。」
「また授業中に思春期の男子みたいなことしてないわよね?」
「……………。」
リビングのソファにどっしりと座り、特に観たい番組もないのに宮地はテレビのリモコンを手にとった。
チャンネルを次々と変えながら視線を画面に向けていれば、キッチンにいる母親に背を向けてさえいれば、本音がバレないような気がして。
「…オレ、今日もノブオなの?」
「そうね。」
「ずっと女中の演技してんの?」
「そうなのよ。ホラ、あの家政婦さんのドラマの美人女優さんなんて名前だったっけ?入れ替わってもバレないくらい名女優よ。」
「ハラヘッター。女中さん、メシまだ?」
「何よ。メイド服着てご主人さま〜って言ってやろうかしら?もえもえきゅんっ!」
「……………。」
「なんでたまに無視するのよ。」
こちらを振り向かない息子に母親は自分が今どんな顔をしているかバレなくてよかったと思っていた。
顔をちゃんと見てしまったら息子の目の下にできたクマを無視することができない。
深夜に電気もつけずに廊下に突っ立っているから本物のノブオが出たのかとビックリした事が何度もある。
祖母が外へ出てしまわないか気になるのだろう。
早く寝なさいと叱って、部活に行きなさいと笑顔で送り出せたらどんなにいいか。
いつの間にか片付いてる食器や干されてる洗濯物を見て素直にありがとうって言えばいいだけなのに、頭で思ってはいても口にだせずにいる。
今は何もかもに取り返しのつかない言葉をいちいち吐いてしまいそうで知らないふりをするのが精一杯なのだ。
宮地の母親は名女優でいられるうちに、家族に話をしたいことがあった。夫にはもう話はしている。
「ばあちゃん、部屋で寝てるの?起きる前にオレも自分の部屋に行くわ。」
「今日はオムライス作るね。ケチャップでハート書いてあげようか?」
「気持ち悪っ。」
1人になった宮地の母親は棚にしまっておいた数冊のパンフレットを取り出した。
4月1日、僕らはみんな嘘つきで。 牧村 美波 @mnm_373
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