第5眠

 ――う~ん、むにゃむにゃ。


 むにゃ?


 ……。


 んん?


 ………………?


 目が覚めたら、相変わらず真っ黒な世界に包まれていた。


 ……うん、この表現は正しくないか。

 正確には『目が覚めたら俺以外に何も存在しない世界だった』だ。


 何も存在しないから真っ暗に見えているだけで、ここは宇宙空間ですらない。

 その証拠に、宇宙空間を満たすダークマターだって『鑑定』には表示されていない。


 ――完全なる『無』。


 それがこの世界だった。






 ……よし、逆に考えるんだ。

 いっそのこと『何も存在しなくていいや』って。


 何も存在しないんだから、トラブルに巻き込まれることなんて無いんだし、ややこしい義務や責務なんてのもあるはずがない。

『魔王を倒せ』なんて言われるはずもないし、もし『世界を救え』とか言われても、『世界……どこ?』って感じだ。

 こんな世界に放り込まれたぐらいだから、『実は神々の陰謀が――』なんて展開も無いだろう。

 だって、『何も無い』んだから。



 ……うん?ってことはなんだ?

 今のこの状況は、何もしなくてもいいってことなんじゃないか?

 つまり、どれだけごろごろ寝てても問題無い!?


 おおっ、そういえば「これから行く世界は『ごろごろ寝てても問題ない世界』にして下さい」って神様にお願いしたっけ。


 確かにこれなら問題無いな。

 なんてったって『何も無い』んだから。


 俺の願いをちゃんと叶えて下さるなんて、さすが神様ですね、はっはっはっはっは~!!
















 ――って、なる訳ないでしょ!!
















 どこの世界に『何も存在しない世界』に転送されて喜ぶ人間がいるんだよ。


 俺がしたいのは、お家で気持ちよくごろごろ寝ていることなの!


 食っちゃ寝、食っちゃ寝してひたすら怠惰に睡眠を貪りたいの!


 陽気に当たりながら、縁側とかでお昼寝したいの!


 どれだけ眠れるのか耐久睡眠とかしてみたいの!


 だから、だからこんなの……






 ……うん、よく考えたら今の状況でも何も問題無いや。

 チートがあるから気持ち良く寝られるし。

 うんうん。


 あっ、でもさすがに自分の体すら見えないんじゃ困るか。

 お日様が無くっちゃ、お昼寝だって気持ち良さ半減だしね。


 え~っと、そうだ!

 せっかく魔法を使えるようにしたんだから、有効活用しないと。





「――光よ!」






 そう言って、手の先に魔力を込めると、眩いばかりの光が……


 ……光が。


 …………あれ?何も起きない??


「光よ!」


 もう一回、同じように魔力を込めて唱えてみるが、一向に光が現れる気配はない。


 ……ええ、何で~?

 チートをもらったのに、魔法が使えないってどういうことなの??


「光よ!!」


 魔法が使えないことが信じられず、俺はもう一度手の先に魔力を込めてみる。


 魔力そのものは存在しているし、手の先にだってちゃんと集まっている。

 神様にチートも貰ったし、魔法が使えないなんてことはありえないはずなのに。


 「光よぉぉ!!」


 なんだろう。

 魔法が使えるはずなのに、全く使えないという矛盾がどうにも気持ち悪い。

 なんか、夢の中でトイレに行って用を足したいのに、頭のどこかで「出したらダメだ」と言われているような、そんな違和感がある。


「光よぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 だから俺は、その違和感に対して全身全霊をもって「NO」を突き付けてやった。


 せっかくチートを貰ったんだ。

 夢の中でもトイレに行ってやる!

 そんな気概を込めて、俺は魔力を手の先に集めた。


 ――結果、なんか出た。


 眩いばかりの閃光が、手の先からあふれるようにして辺りを満たしていく。


「うぉぉぉぉぉぉ????」


 しかも、力を込め過ぎたせいか、光は想像した以上にどんどん大きくなって輝きを増していく。

 

「……って、ちょ、ちょっとたんま。眩しい!眩しい!!」


 そして、あっという間に俺の体を飲み込んでしまい、閉じたまぶたの向こうから、これでもかと目を焼いてきた。


 尋常ではない光。

 さすがは神様謹製のチートといったところか、光はなおも俺の魔力を吸い上げ、爆発的にその勢力を増していく。


 そうしてしばらく経って、どれだけ眩しくてもチートのおかげで全くの無害だと気付いた頃には、光はどうしようもない大きさにまで成長してしまっていた。

 チートを使って測ってみても『気が遠くなるほどの大きさ』というのだから呆然という他ない。


 その上で何よりも恐ろしいのは、魔力の供給を止めたというのに、光の膨張が止まることを知らないということだ。

 










「……よし、寝るか」











 俺はそれ以上考えるのをやめ、深い眠りに就くことにしたのだった。






 ………………






 …………






 ……






 ……ぐぅ。

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