第8話 初めてのぼうけんと、「英雄ゴーダの冒険記」

 冒険しよう。そう、1歳になった思い立った私は、ベッドから出てよちよち歩く。ベッドがある子供部屋は、ほぼ母が必ず居て見守ってくれているが、細かい用事で「レニーナちゃん、ごめんなさい! すぐ戻るわね」と席を外す事がある。


 今はまさにそうで、外に出るチャンスだ。幸い扉は鳴き声が聞こえるようにか、半開きになっている。


 私もさすがにこの身体で家の外には出たくないので、家の中の冒険のつもりで廊下に出てよちよちさらに歩く。子供部屋の隣は父の部屋らしいのだが、ただ扉が閉まってて入れない。


 ふと目を動かすと、その隣の扉は半開き状態のようだ。私はよちよちと歩いて、ふと、てくてくと前に歩けたしできるかなと、てくてく歩いてみてその部屋をそーっと覗いてみた。


 扉の向こうは書斎のようで、壁に可愛らしい女性の服がかかっているので、母の部屋だろうかと思いながら入る。部屋には本棚が左側と鏡台があり、右側はベッド、正面は日が差してまぶしい窓、という部屋だった。


 本棚を覗けば何かこの世界の事が分かるかもしれない。そう思った私は、何の本か分からないが一番下の棚の背表紙が青い本を引き出して見てみる。


「だぅ……よめない」


 私は聞き取り話す事は一応できるが、文字を教えられていない。母に絵本を読んでもらったり、あと父が週に1回届く新聞を読んでいるので、「これ、よんで!」と頼んで記事を読んでもらったりと、わずかに知っている知ってるものに限られる。


 ただ、新聞記事や、それ以外に見たこの本のページの文章を見る限り、どうもアルファベットのように表音文字のようだ。何個ある表音文字だろうと数えてみて考えたが、恐らくは38文字の表音文字だと思われる。あくまで推測だ。


「わからにゃい」


 ページをめくるが、出てくる文字の頻度などから傾向はある程度あるものの、これをすらすら読めるようになるには、ちゃんと学ばないといけないだろう。


 仕方ないのでページをペラペラとめくってみる。挿絵などを見る限り、どうも旅行記的な内容らしい。さらにペラペラとめくってみると、地図らしきものがあった。


 手書きのような地図で、どれくらい精度があるか分からないが、一応世界地図的なものなのか。大陸が東西南北4つ、あと島が中央に1つ、と十字架にも見えるような配置の世界が描かれているものを見つけた。


 どういう図法によって描かれた地図かによって距離や面積が違うだろうが、多分世界地図的なものは世界地図的なものでも、かなりアバウトな地図のようなので、その辺は考慮しなくていいと思う。


 どこが私のいるところか分からないし、国名すら読めないのだが、国境線は分かるので、どうも「西」の大陸に中くらいの国が3つと大きな国が1つあり、「東」側の大陸には大きな国が南北2つ、中くらいの国が真ん中辺に3つ、小さな国が23つと、両大陸の面積はこの手書きの地図ではあまり差がないように思える。


 もう2つの大陸はその「北」と「南」にあって、少し小ぶりな北の大陸は大きめな国左右2つと右側の半島に1つの国で分割されているようだ。南の大陸は同じく2つの大陸で左右に分割されている。


 そして「中央の島」は分割されておらず、それ1つで1つの国なのか分からない。


 まあ、今日の成果はこれくらいでいいだろう、そう思って本をしまおうとすると、後ろから「レニーナちゃん! ここにいたのね!」と涙声の母の声がして、私は思わずやましい気持ちからあたふた本を取り落としてしまった。


「ママが目を離しちゃったから、一人にしちゃってごめんね! レニーナちゃん、大丈夫だった?!」といい、「だいじょうぶ!」と私がいうのを聞きながら、私の身体をぺたぺた触りながら無事を確認し、ほっと胸を撫で下ろしたようだった。そしてふと、私の前にある本を見て微笑んで言う。


「レニーナちゃん、本で遊んでいるの? って、それは…英雄ゴーダの冒険記ね! って、だからって、パパみたいに無骨な人になっちゃいけませんよ?」


 と、人差し指を立てながら覗き込むように中腰になり言い含めるように言った。


「でもそれがカッコいい、あの人のいいとこなのだけど!」といい、「きゃっ、恥ずかしい♪」と身もだえし始めたので、私はたった1分以内の間のあまりの母の表情の急激な変容ぶりに面を食らいながらも、「ごほん、よんで!」と頼んでみた。


「いいけど……レニーナちゃんには難しいかもしれないわよ?」


 と母は困惑したような表情で自分の頬に手を当てて考え込むようにした。


「それじゃ、もじをおしえて!」


 そう私が言うと、「えっ!?」と驚き固まったかと思うと、「れ、レニーナちゃん、ちょっとパパに会いにいきましょう!」とママに抱きかかえられて父の部屋に入った。


「しっぱいしたかもしれにゃい」


 私は密かにつぶやき肩を落としていると、言い争いが始まった。


「だから! レニーナちゃん、本を読もうとしたのよ!? これは天才よ! 今すぐ家庭教師を雇うべきだわ!」


「いや、単に本を落としただけなんじゃ……? だいたいまだ1歳なんだぞ?」


 と、父の戸惑うような正論に対して、母の圧倒的熱量を持つ言葉が続いた。


「だから天才なのよ! あの子、『文字を教えて』って言ったのよ? 1歳の子で文字と文字でないものの区別なんてつかないわ!」


「しかし、だなあ…? 1歳だぞ、1歳。よちよち歩きしてまだ間もないだろう? そりゃぁレニーナは頭がいいだろうが……」


「なら決まりね! ロイ、この書類にサインして♪」


 どうやら女性解放運動が、フランス革命とアメリカ独立後の産業時代にようやく始まった地球と違って、異世界は男女同権の世の中らしい。


 いや地球でも母は強しとも言ったから、まだ分からないが、どうやら私には家庭教師がつく事になったらしい。



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