第9話  家庭教師のヨスタナ師

「この子に文字を教える……と、いうのが僕の役割なんですね……?」


 3週間後、私は玄関で青髪の細身な少し弱弱しい感じのする青年に戸惑ったように見下ろされてていた。


「そうよー! レニーナちゃん、うちの子ったら、頭が良くてー! 絶対将来大神官や最高護民官になれるわ! 思いっきり教えて下さいな!」


「……学院を出たばかりで職を選べない立場だとはいえ、いくらなんでも親バカ夫婦のおもりをするのは……」


 と、十分聞こえるのに本人は小声のつもりらしい本音をぼやくと、後ろから父の声がした。


「よぉ! 何か言ったか!?」


 と父から後ろから肩を抱かれながら声をかけられびくっと青年がしたかと思うと、父は無理矢理青年を後ろに向かせて耳元で囁くように言った。


「分かってる、分かってる。1歳じゃエニトテップ文字か文字じゃない線かの区別できるか、まあせいぜい、ラスタ、カー、アベスを鉛筆で上からなぞるのがいいとこだろ。お前さんに頼みたいのは、妻が満足するまで教える事と幼稚舎の教師だ。というより本来は、うちの村のがきんちょ達の基礎教育の教師として君を呼んだんだ」


 合点がいったのかいかなかったのか、家庭教師になるらしき青年は張り付けた笑顔で母に向かって自己紹介した。


「それでは改めまして……僕は王都、聖コスリタ学院大学部を出ましたヨスタナ・フェブリカと申します。以後お見知りおきを」と、母に挨拶し、すかさず父の方を見て、まるで密約を確認するように言った。


「それで、この村の幼稚舎での教育で、余った時間でレニーナちゃんの家庭教師、でよかったですね? 空き家をお借りして、日給は1200ギラーナで」


 父は、「ちょ……1100ギラーナだったはずだが……」とぼそぼそと言うと、吹っ切ったように「ああ! そうだったな! 日給1200ギラーナだ、秀才と名高いフェブリカ君! 住む家はだいぶ長い間空き家だったところだが、修繕はまあ、自分で適当にしてくれたまえ!」とお返しのように、にらむような笑顔で言った。


「ちょ、それは修繕代が……」


「あらまぁ! それじゃ、顔合わせも済んだし、それじゃレニーナに教えてあげて?」


 と、母が笑顔で割り込み、雇用者たる父と労働者たる青髪の青年との、労働条件の決定を争う労使交渉を、ならず者のスト破りのごとく押し潰し、微笑みながら早く教えるようごり押ししてくる。


 家庭教師のヨスタナ氏は諦めたように、「それじゃ、レニーナちゃんだっけ? よろしくね」と、弱弱しい笑顔でかがんで手を出してきた。


「よろしくおねがいしまぅ」と私は舌ったらずの声でシェイクハンドしながら、この世界もシェイクハンドが挨拶なんだなあ、と感慨深く思いながら、「それではこちらへ♪」と先導する母に抱かれてリビングへと向かって言った。


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「さて、レニーナちゃん。まずはラスタ、カー、アベスを覚えて見ようかー?」


 なんというか、色々諦めきった表情というか、若干やる気を感じられない気もするが、ヨスタナ氏……まぁ、教師たる師の名誉からもヨスタナ師と呼ぶが、ぎこちない笑顔で紙と鉛筆を渡して言った。


「できまちた」


 仕方ないので38文字の文字の3つ、ラスタ、カー、アベスを書くと、どうやらさっきから後ろを向いてカバンの中をごそごそと、お手本の教材を用意しようとしていたらしい先生が「え!」と驚いた声を上げた。


「そ、それは、その……案外天才というのも嘘では……だがしかし!」と呟いて、さらに笑顔を引きつらせて、「他の文字を書けるかなー?」と可愛らしく言おうとしていたが、あまり似合っていなかった。



 私は一応は分かる文字だけ書いて、「だぅ……わかるのだけかきまちた」と手渡す。


「これは……38文字全部書けている……!? ちょ、ちょっと、この読み方は分かるかい!?」とずずずずっと詰め寄ってくる。


 赤ん坊の柔肌では、ヨスタナ師の若干整っていない髭のあごが気になったので、のけぞって避けて、「ラスタ、カー、アベス、フィマ、クゥド……」と分かるものだけ31文字言った。


「なんてこった……全部読めてるじゃないか」とヨスタナ師は独り言のようにいったので、私は疑問に思って言った。


「でも、7文字はむりでちた」


 ちょっとしゅんとなってしまった私に、ヨスタナ師はきょとんとした顔をすると、よほど面白い冗談を聴いたような笑いのような声を上げて言った。


「あははは!!!! いや、読めないよ、7文字は神聖文字で、各様式についてその様式事に結ぶ、言葉の終わりの記号だからね。まあ、3000年前とかは読みがあったらしいけど、それを学ぶなら君は大学部に行けばいい」とくっくっくと笑う。



 それから私の見た感じで書いてた文字の、正しい筆順での書き方や筆記体のような文字の書き方を学んだ。


「……まだ、たんご、ならってにゃい」と私が恨めしい目で見ると、ヨスタナ師は手を合わせてごめん! と謝る。


「もうさすがに村の幼稚舎で教えないといけない時間でね? 僕の契約もそれで領主の伯爵様から許可が下りたらしいし。それじゃ行ってくるよ」


 とちょっと興奮気味だった先生は苦笑しながら席を立った。


「その代わり、これ。身近にある物についての単語練習ノートだね。お母さんといっしょに、ゆっくりでいいからね?」と本を机に載せて渡すと、「それじゃ」と行ってしまった。


「なににゃに……『チコレット』のえ……チコレット、ってかけばいーのかな?」


 チコレットはまあ見た目はたいしてりんごと変わらない、そして味もそれほどりんごと変わらないものである。


「つぎは、ふらいぱん……」と私は未知の言語に触れる喜びに、没頭していった。


 いつの間にか寝てしまったらしく、私はベビーベッドに寝ていた。


「きょうはつかれた……」と思いつつ、また睡魔が襲い、そのままぐっすり朝までおねむしてしまった。



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