第7話 立ち上がり記念日

 半年くらい経っただろうか、カレンダー的なのが見たい。ベビーベッドらしき中に寝ているままで、私は父と母、あと産婆をしていたどうやら赤ん坊を安定するまでの一時的雇用だったような、今は退職した家政婦のマローナ女史などが会話するのを聴いて、それなりに言葉の意味が分かってきた。


 というより赤ん坊の状態だと記憶力がとても良く、思考力も回るので、かつての私は本当に年を取っていたんだなあ、と軽く寂しく思う。


 言語も分からない中、生後すぐ分かった衝撃的事実があった。私は女の子らしい。父と母とマローナ女史が喜びながら私を抱きしめ言っていた言葉の記憶を、言語の分かる今で訳すと、「可愛い女の子ですよ」的な感じに祝ってくれていた。


 まあ、私は身体が別に女子なら女子でいいのだが、困った事に言語は理解できるようになったのにまだ喋れない。いや、喋れない方がいいのか。生後6ヶ月くらいの幼児が言葉を喋ったらかなりマズいことになるだろう。


 言語が分かるようになり、私の名前がようやく分かった。「レニーナ」らしい。それはなんとも……因果な名前というべきか、リィズがわざと仕組んだのではと疑うべきか、複雑な心境で「レニーナちゃん、こっちむいてーー♪」と私の名を呼ぶ母に向いてぎこちない笑顔を見せた。


 また、我が家だが、父はロイ・フィングルといい、なんと、かつては冒険者だったらしい。「なんと」というのは、地球で冒険者というと、アフリカ大陸を探検したりチョモランマを登ったり南極点まで踏破したり、とそういったものだと思っていたからだ。


 だが父はそういった意味の冒険者ではなく、様々な戦いに参加したり、ダンジョン……ダンジョン(?)を踏破したり、あと町や村を「魔物」、多分凶暴な害獣のことだろうが、それを退治したりして、その功績でこの農村らしき村を治める地方領主的なもの……を任されているらしい。


 この農村は「リンドル村」というらしく、「神聖ファース王国」の「エニエス州」に所属しているようだ。いわゆる封建制度の元にある専制君主制らしいのだが、「神聖」と付いているので狂信的な宗教による神権政治の可能性があり、私には恐怖しか感じられない。


 父の場合は先述のように数々の功績で冒険者から取り立てられて、伯爵家の下で騎士爵家としてこの地を任せられているようだ。また、同時にこの地域の「護民官」というものをしているらしく、家を結構色々な人が訪れていたので、まあ、何らかの調整役か行政官なのだろうと思ってる。


 そういった事を任されているので、恐らくは害獣だと思われる「魔物」という存在が現れたと聴けば、皮ででき金属で補強してあるような鎧を着て剣を持って家から出ていく。数人の同じような格好をした男達がドアに待機していることもあり、害獣狩りに一緒に出て行く事もある。


 そして母は、シェラ・フィングルといい、なんとやはり冒険者だったそうだ。父と母は同じパーティー、まあ、「党」でない方のパーティー、「社交的な集まり」でない方のパーティ……表現が難しい。チーム、軍でいえば一個小隊未満の仲間の集まり……やはりこの世界では普通に使われている冒険者のチームの意味的な、パーティーと言った方が早いか。


 まあとにかくパーティーに属していたが、私を産んだ懐妊を期に母は引退、父も先述のように騎士爵をもらい、「リンドル村」の地方領主……それと「護民官」の職の、二足のわらじ的に生計を立てているという感じらしい。


 しかし……女性が自由に、男性と同じく冒険者となり、その害獣などを狩る仕事をしていたとは、「女性は家にいるべき」という性的道徳の名での女性を縛り付ける封建主義的な鎖を断ち切っていて素晴らしい事だとは思う。


 だが驚いたのは母は「生命と誕生、死」を司る女神、ユースティアという存在を信仰し力を借りて様々な魔法を使える、魔法使いであった事だ。


 ある日の夕方、父が帰宅した時に足が何かに引き裂かれたかのような傷を負い出血がかなりあり、危険で状態なのを見て驚いた。


 父が危ないと私は慌てて思わず「すぐ傷口を水で洗って清潔にしたあと、滅菌したガーゼか綺麗な布で保護して可能なら圧迫止血をしつつ、傷より上の部分の足を動脈ごと縛って止血を!」と、軍に居て応急処置のことは多少は学んでいたので、叫ぼうとしたが、出たのは「だぅだぅだぁ!」の声だけだった。


 母が父の横たわっている横で心配そうにしながらしゃがみ、その傷に手を近づけ何かを囁くと、まぶしく手から光が溢れた後、傷口は綺麗に塞がっていた。傷を治すというのは、それも痕も残らず完全にというのは、かなり難しい。


 傷口を縫うとか、何かしらの原理で細胞分裂を促進させてうんぬん的なのでは表現できない現象で、私は驚きとともにお昼寝中に、私のいた20世紀前半までのあらゆる技術で再現できるかと、様々な可能性を考えて考え抜きいたが、3日後のお昼には「そういうものがあるのだ」と諦観した。少なくともベビーベッドを卒業しもう少し成長してから考えよう。


 まあ、最初見た限りでは中世ヨーロッパ、まあ地球の大雑把に言えば西ヨーロッパでいう15~16世紀くらいではないかと思った文明だが、だがよく見ると、私が見た傷の治療の魔法などは20世紀に入っても存在しないし地球の技術でこれと同じ事をできない。


 また魔道具という、魔石というものを用いた便利な生活機器があり、これもまたこの文明が中世ヨーロッパ並とは言いがたい、技術格差を埋めるもので存在する。


 例えば卓上コンロという、テーブルで使える加熱機器があり、それは内部で魔術式というものを発動させる魔石が2つに割ってあり、単純につまみで魔石同士をくっつけ魔術式というのがが完成するように回すとオンを、オフはその逆でする、というのがあったりする。


 似たような仕組みで風呂場の加熱器などもあり、また照明にも用いられており、電気の利用の概念がないエジソン以前の時代なのに人類が暗闇から救われているのを見て驚いた。


 果たしてこの世界には工場などがあって工場労働者が存在するのか。そう私は思わず気分が高ぶり、つい、以前の演説での時のように、「万国の労働者よ、立ち上がれ!」と、「だぅだぅあー!」と声を上げて興奮して立ち上がって拳を上げた。


「あらまぁ! レニーナちゃんが立ち上がったわ!」


「おい、マジかよ、だいぶ早くないか? って、ハイハイもまだだろう? すごいな、うちの子はきっと立派な冒険者になるぞ!」


「冒険者なんて危ない仕事させるわけないじゃない! ママと同じくユースティア様の神殿で神官か、お勉強して最高護民官になるのよね?」


「ぁぅ、まぁま!」


「まぁ、ロイ! レニーナちゃんが喋ったわ! そう! ママですよー、もう一回!」


「まぁま!」


「賢いな、うちの子は! よぉし、パパでちゅよー!」


「ぱぁぱ!」


「喋ったぞ! シェラ、これは天才になるぞ!」


と、ハイハイを通り越して立ち上がって喋った記念日になってしまった。



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