のらねこキャンプ場(2)

 十日ほど前の、居間での出来事である。

「ねえ、テレビ見たいにゃ。思いっきり。好きなだけ」と、吾輩は薫に頼んだ。

「そこにありますが」と、薫は、電源の入っていない骨董品を、ぴしっと指さして言った。「いくらでも好きなだけ見てください」

 吾輩は、唖然とした。

「テレビの……テレビの番組が見たいにゃ……です」と、吾輩は、からかわれた怒りを必死に堪えて言った。「薫さん! 薫様! テレビ番組が見たいんですにゃ!」

 ちゃぶ台から降り、吾輩は、土下座した。

「テレビ番組ですか。見なくても死にはしませんよ」と、薫は、冷たく返した。

 吾輩は、作戦を変更する必要がある、と感じた。

「さみしくにゃい? テレビ見れにゃいと」

「さみしくありませんが」と、薫の態度は、冷たい。

「テレビがないと家庭っぽくにゃいでしょ? 家族の団らんというものが、少し足りなくにゃい? この家?」と、心の貧しさを吾輩は、説いた。

「私一人ではありませんか、ここの家の人間は。だいいち猫は、普通、テレビを見るものなのでしょうか」

「見るにゃ。動物番組とか面白いにゃ。鳥とか魚とか興奮するにゃ」

「そうですか。しかし、テレビはいりませんよ」

「ホーリーも、テレビ見たくにゃい?」

「見てみたい!」と、ホーリが言った。「でも、テレビって、なに?」

「そこに置いてあるものですよ」と、また薫が、居間に鎮座している置物を指さして、ホーリーに言った。

「薫、実はお金持ちにゃんでしょ? 出してくれる餌が、豪華だもん。テレビを買うお金がないなんて、にゃいでしょ? どんな家にでも一台はあるもん。そんなに高いものじゃにゃいんでしょ? ねえ、薫は、そんなにテレビが嫌いにゃの?」

「うう。そうもお願いされても。別に嫌いじゃありませんが、実は、テレビ番組に、あまり興味がなくて」

 薫にとって、テレビとは、見る、というよりも、居間で電源をつけてある、というものだった。

 あまりにしつこく頼む吾輩に根負けし、新しいテレビを買う、買ってあげます、ということになった。が、吾輩は、心配だった。

「心配、心配って、一体何が心配なのですか」と、疲れて張りのない声で、薫が、言った。「ちゃんとしたの買いますよ。画質や音質に、何かこだわりでもあるのですか」

「いや、テレビじゃなくて、コンピューターのやつと間違えにゃいかと思って」と、吾輩は、答えた。

「ああ、モニター……ディスプレイのことですか」

「あれ、テレビ見れにゃいから。薫、わかってるにゃ?」

「見られないこともないんですけどね。チューナーがあれば」

「そういうの、本当にわかってるにゃ?」

「と、いいますと?」

「あまり電気詳しくにゃいでしょ? 薫は」

「ええ。まあ。詳しくありません。正直言うと」

「大丈夫かにゃ、と思って」

「まずは調べましょうか」と、スマホで、薫は、検索をした。

「大手通販サイトだと、四十インチの液晶テレビが、六万円ぐらいですね。八畳のこの居間だと、これぐらいが適当では」

「それ、ちゃんとテレビ見れる?」

「チューナー内蔵と書いてありますから、これ単体で、テレビが見られるはずです」

「じゃあ、それでいいにゃ」

 薫は、ポチッ、とテレビをカートに入れた。そして、その後しばらく、薫は、通販サイトを物色していた。まずは、テレビを置くためのテレビボード。また他に、気になるものが目についたようである。

――『おうちであったか冬支度セール』

 三十分ほど、薫は、スマホとにらめっこをしていた。

 翌日コタツが届いた。『おうちであったか冬支度セール』の品である。

 薫は、居間にコタツを広げた。

 初めてのコタツに興奮して、出たり入ったりしているホーリーを横目に、吾輩は、薫に聞いた。

「テレビはいつ届くかにゃ?」

「明日の予定です」

 そして、確かにテレビは、薫の言ったとおりに届いた。しかし、当日は、テレビは見られるようにならなかった。

 この古い家には、地デジの電波を受信できる設備がなかったのである。

「地デジ用のアンテナが必要だったようです」と、薫は、無表情を装って言った。

「だから心配だと言ったにゃ」と、吾輩は薫を見つめた。「がっかりさせないで欲しいにゃ」

「近所の家電量販店に行って、相談してきます。おそらく工事が必要になるかと。手配してきます」


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