のらねこレストラン(6)

 数日後。また、ぽかぽか陽気の児童公園である。

 吾輩は、また腹をすかせていた。

 ホーリーのうちにお呼ばれして、ごちそうしてもらいたかったが、手ぶらで人のうちに何度もお邪魔するというのも失礼かもしれない、と吾輩は思っていた。だが、お土産といっても、吾輩には、お金もなければ、薫にもホーリーにもあげられるものは、ないもない。

「吾輩さん、また来ない? お母さん神父さんに十字架のこと聞いたから、吾輩さんに話したいって」と、ホーリーは、誘ってきた。

「いくにゃ!」と、吾輩は、返事した。

 吾輩に、ちょといい考えがひらめいていたのである。

「後で行くにゃ。ちょっと取りに行くものがあるにゃ」と、ホーリーに言った。「あ、そうにゃ。ホーリーも手伝ってほしいにゃ」

 上中里二丁目は、北西から南東に細長い地区である。吾輩は、南東の貝塚公園の方にホーリーと二匹で走っていた。公園といっても、遊具も施設も何もない野原である。

 そこで望みのものを見つけると、口に食わえて、吾輩は、のらねこレストランに向かった。

 ホーリーが吾輩を連れて来るかもしれないので、薫は家で待っていた。二つある入口の自宅側の方で、にゃーにゃーと鳴き声が聞こえる。薫は、戸を開けた。

 ホーリーは菜の花、吾輩は、シロツメクサの束をくわえている。

「お花取ってきた! お母さん」と、ホーリーが薫に飛びついた。「五月には、お母さんにお花を贈るんだって、吾輩さんが」

「母の日ですか。これは、まいりましたね。本当は、母ではないというのに」

「それと、これにゃんだけど」と、吾輩はくわえていた束を地面に置いた。「葉っぱの十字架ですにゃ」

「葉っぱの十字架ですか」と、薫が草の束の中から一本だけ取り出して手に取り、目の前にかざした。「ネズミとかヤモリとか、猫が人に贈り物をするという話、聞いていましたが。こんなものを贈ってくれるなんて。猫の贈り物が、四つ葉のクローバーなんて、びっくりです。これは幸運の十字架ですね」

 中に入ると、薫はまた吾輩にメニューを出してくれたが、今度は、順番を間違えず、お水と一緒にメニューを出し、しばらくして言った。

「ご注文は、お決まりになりましたか」

「吾輩は、今日はブリの刺身をいただきたいにゃ~」

「かしこまりました」と、薫は答えた。

 ブリは猫が食べやすいよう、かなり細かく切ってある。ぶつ切り、というような状態ではなく、こじんまりと綺麗に皿の上に盛り付けられているのは、薫のこだわりなのだった。三角錐にしたわさびと、大根とわかめのツマが添えてある。

「神父様にお話をお伺いしたんです。どうしてキリスト教が十字架を信仰の対象、シンボルとしているのか」

 吾輩がブリを食べる横に立ち、薫が説明を始めた。先日の吾輩の疑問に対しての回答である。

「そうかにゃ。わざわざ、ありがとうにゃ」と、吾輩は言った。「神父様はにゃんと?」

 薫は、ごほんと咳払いをした。

「まず、前提です。キリスト教の教義を説明します。キリスト教の経典聖書は、契約書という体裁になっていますが、その契約の内容は、復活を約束するというものなのです。最後の審判の日に、すべての人は復活する、というのがキリスト教の主要な教義なのです。私たちは、これをよく理解する必要があります」

「にゃ~」

「すべての人は死んでも、生き返るのです。魂が復活するなどという抽象的な話ではなく、肉体そのものが蘇るのです」

「すごいにゃ~。そうにゃの?」

「復活を信じる人達がキリスト教徒です。復活を語らない宗教は、キリスト教ではありません。そして、神父様の説明によれば、キリストが十字架に命を捧げ死んだことによって、復活が可能になったのです。つまり復活の象徴なんだそうです。十字架が、です」

「にゃ~。なんなんだったけにゃ? 教義の内容ではなく、どうして憎くはないのか、ということを聞きたかったにゃ」

 薫はじっと吾輩を見ている。

「やはり納得されないですか。実は、私も、神父様に話をはぐらかされたような気がしていたのです。腑に落ちない、というやつでしょうか」

「だにゃ~」

「神父様とは押し問答になってしまったのですよ。親を殺した道具を崇めるというのは、恥知らずなのではないのですか、とも言ってみたのですが。神父様に私達の疑問を理解させることができませんでした」

はないのではないか、と気づいたんです」

「結局よくわからにゃいってことにゃの?」

「いえ。私は考えてみたのですけれど、キリスト教のことですから、その教義の中に答えがあるのではないかと。聖書を読んでみました。そして、ぴったりな教えを見つけたんです」「にゃに?」と、吾輩は聞いた。

「教養のある吾輩さんなら、きっと聞いたことがあるはずの言葉です」と、薫は言った。「汝の敵を愛せ、ですよ」

「何だかそれも、ごまされてる気がするにゃぁ」と、吾輩は言った。

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