第4話 山のまにま

 翌朝は日が昇る前に館を出た。

 ノアの手配で壮年の男精霊師が案内人として先頭を行く。

 元より精霊師と名乗る者とは折り合いが悪いのは分かっていたが、案内人は髭面が無愛想に拍車をかけて近寄りがたい。案内人はノアと少しばかり話をしたが、それ以上は誰とも話そうとしなかった。

 唯一ノアの見送りを受け、一行は関所へ向かう山越えの街道を行き、途中から山頂へ続く山道に入った。先頭を案内人、続いてマグノリア、その後ろにスズメ、フェリシア、とげとげしい視線のマティスが続く。マティスの後ろ、最後尾をカラスとシギの二人が守った。

 本来であればマグノリアの護衛はカラス一人だけだったはずだが、前夜にひと悶着あったのか、スズメがくっついてきた。そのお守りにシギが回っている状態だ。大木の木陰で小休止を挟むたびに、マグノリアは最年少の彼のことを気遣う。聞けば十三歳らしい、フェリシアよりも年下だ。

 ちなみにマグノリアは背の中ほどまである銀髪を低いところでまとめ髪にしているせいで、ドレス姿とはまた違った雰囲気をまとっていた。すらりとしたうなじが美しい。

 マグノリアが準備させた荷物は一人背負えるだけの完全な登山の準備だった。

 重たい荷物を背負い、その上から昨晩改めて蝋引きしなおした革のマントをかぶる。そこまでしても両脇から灌木の枝葉が飛び出してきて、少しの油断で濡れた葉が顔に襲い掛かった。

 山道とは名ばかりで、目に見えて道らしきものはない。時々通る人が草をかき分けた程度の筋を、雨に濡れた落ち葉と枝、ぬかるみと石をよけながら歩いていく。

 前回、一か月前にこの道を歩かされて峰へ向かったとき、フェリシアは身一つだった。今回はザックが肩に食い込む。重さはすぐに痛みに変わったが、帰り分の荷物も入っているから重いのだと思えば我慢など容易かった。

 しばらく歩いた先に黒々と口を開けた穴があった。大人の背丈より少し大きい程度のその穴を前にして、案内人はカンテラを取り出して火を灯す。


「洞窟か?」


 おおん、と声が反響する穴の奥は、真っ暗闇で先が全く見通せない。マティスは意外そうな顔をして、自分のカンテラをフェリシアに準備させた。


「洞窟じゃあねぇよ若旦那、こいつは先だっての戦争で軍隊が掘った坑道さ」

「先だってって、いつの話だ?」

「ここいらの土地を帝国が奪い返した、あれだほら」

「九十年の⁈ 大丈夫なのか……?」


 案内人は入り口に垂れ下がる茶色の枝葉を押しのけて中を伺う。しばらくして「知らないね」と声が転がった。

 奥へ進み始めた案内人の背中があっという間に暗闇に飲み込まれる。今にも崩れそうな入り口でまごつくスズメの脇をすり抜け、フェリシアは後を追った。ここを通るのは二度目で、どこへ抜けるのかも知っている。その後ろを負けじとスズメと、虚勢を張ったマティスが続いた。


「この穴は一体どこに続いているんだ?」


 スズメが掘削された壁面を見回した。

 大きなカンテラの重みに負けて、少年のか細い腕が下がる。普段は全く人の通らない坑道の壁からは木の根や石が出っ張り、湿った土の上をトビムシや小さなトカゲが走り抜けていった。


「山の中腹に抜ける。おかげでしばらくは雨を避けられる」

「他にもこのような穴があるのか?」

「数は知らんが、当時は相当な本数の穴を掘ったと聞くぞ。ここいらの精霊師はおおよその位置を把握している。時々、悪ガキどもが穴に迷い込んで、捜索に駆り出されるんでな」

「そうか、穴の場所を知っている者がいれば安心だな」


 無表情のまま、案内人が振り返る。


「馬鹿言え、全部のガキが見つかるわけじゃあない」


 スズメが思わず肩に力を入れたが、案内人は最後尾まで全員ついてきていることを確認するだけで、最初の分かれ道を右へ進んだ。何度も分かれ道があるが、そのたびに案内人は全員を確認して、迷いのない足取りで進んでいく。

 坑道には気味の悪い生き物も多く、時折マティスが嫌そうな顔をして振り払う。


「本っ当に、崩れないんだろうな!」


 突き出した岩に擦った頭から土を払いながら、マティスがまた吠えた。狭い坑道の中で音がくぐもる。案内人は仏頂面をさらに面倒くさそうにしかめて、分かれ道を左へと曲がった。


「さてね。ほとんどが途切れてるか途中で崩れて埋まっているが、中には九分通り、隣国近くまで掘り進めた穴もあったと聞く。ただ、どこまで確かな話はかは知らんね」


 雨降りしきる外よりも、坑道の中はほんのりと温かい。その空気が一気に冷え込んで感じられて、誰もが口を閉じた。無言の中を緊張が走る。しばらく土を踏む足音だけが続き、ようやく外の光が見えた時には誰からともなくため息が漏れた。

 外に出てカンテラを消す。また雨の降りしきる中へ出たスズメが振り返り、出口の穴を矯めつ眇めつした。


「九十年も前に、このようなものをよく人の手で掘ったものだ……だが、隣国まで繋がっていないのが残念だな」


 フードを被り直して歩き出していた案内人がふと足を止める。振り返り全員の足並みを確認しつつ、ぶっきらぼうに少年の背に声を掛けた。


「いや、中には蛇神様が掘った穴もある。だから人間が知らないだけで、止ま向こうまで通じている穴もあるかもしれん。……ま、使えるものは使えばいいのさ」


 言われてもう一度、フェリシアは坑道の出口を返り見た。

 人の背丈ほどもある穴の大きさと山でよく目にする蛇を、頭の中で比較しながら小首をかしげる。


――確かに蛇は穴を掘って冬眠するっていうけど。こんな大きな穴を掘る蛇って……?


 しばらく立ち尽くしていたところを、マグノリアに肩を叩かれて我に返る。進み始めた隊列に追いつこうと、足を急がせた。

 昼を過ぎたあたり、ちょうど昼食の頃合いに猟師小屋に辿りついた。猟期にだけ滞在する小屋である。小屋の前には細い渓流があり、魚影を見つけたスズメがしばらく川面を覗き込んでいた。


「この川の魚は背が橙色ではなく青だぞ」


 この下流に位置する街中で、飛び跳ねる橙色の魚を思い出したのか彼は首を傾げていた。少し離れたところでフェリシアも覗きこむと、青い背をした違う種類の魚が悠然と泳ぎまわる姿が見えた。


「川は上と下が繋がっているのに、どうして混ざらないのだろう?」


 スズメは猟師小屋の中に入ってからも、しばらく魚のことで頭をいっぱいにしていた。他の面々は彼の言葉を柳に風の当たる程度に聞き流し、濡れたマントから滴る水を広げないように注意しつつ干す。すでに荷ほどきが始まっていた。

 フェリシアも無邪気に考え事をするスズメに背を向けて、油紙に包んだ蒸かしバタイモを一つ荷から取り出す。その後ろで、スズメはマグノリアの服の裾を引っ張った。


「マグノリア、どうして川の上と下で魚は混ざらないんだ?」

「混ざったら喧嘩をしてしまいますよ。スズメも自分の食べ物を横取りする人が隣にいたら嫌でしょう。それと同じことです」


 何も考えず「そういうものだ」と内心で毒づいていたフェリシアは、話に惹かれて顔を上げた。すると丁度スズメと目が合う。互いに一瞬で視線を決別させ、二人は自分の手元に意識を戻した。

 一部始終を見ていたマグノリアは、吹き出しそうになるのをこらえ、何か思い出すように斜め上の方へ視線を動かした。


「そうですね、精霊も異種族という意味では魚と同じことが言えます。近縁の精霊同士が鉢合わせすると喧嘩してしまいますから、お互いに距離を置いたり時間や季節をずらしたりしますよ。ですが全く異なる精霊同士では、お互いに友達になったり助け合うこともあります。そのせいで思いがけない事件が起こったりもするのですが、それはそれで興味深いものです」

「お話はそれぐらいに」


 マグノリアが思わず手を止めて語り出しそうになるのをシギが制す。ぺろりと小さく舌を出して、彼女は再び手を動かし始めた。


「さあさ、まずは火を起こさねば。スズメ、フェリシア殿と薪を取りに行ってください。裏手に積んであるとのことです」


 マグノリアはスズメの背を押して扉の方へと向かわせる。よりにもよって何でスズメと行かねばならぬのかと思いながらも、フェリシアは彼の後ろについて行った。

 非常に不服そうな顔をしていたが、なぜだかスズメはマグノリアに言われると文句を言わない。ムスっとしながらフェリシアを伴って小屋の外へ出た。幸い軒下にはたくさんの薪が積んであり、猟師小屋の持ち主からも多少使う分には構わないと許可は得ているらしい。

 フェリシアは積んである薪の中から細いのと太いのと取り混ぜながら選ぶ。ところがその横で太い薪ばかりを選り好んで持とうとしているスズメが、薪から飛び出す小枝に顔を引っかかれていた。


「そんな太いのばかりじゃだめよ……?」


 細い焚き付けになりそうなものを彼の方へと差し出したが、ぽいと叩き落とされた。ツンとそっぽを向かれ、彼は一人で戻っていく。


――火の起こし方も知らない子なんだなぁ。


 フェリシアは彼が落とした焚き付けを拾う。

 最初は細い燃えやすいものから、順に太くしないと太い薪には火はつかない。日ごろから下女や農民に混ざって作業をすることも少なくないフェリシアにとっては当たり前のことだ。仕方が無いので太い物を戻して細いものと中ぐらいの太さの薪を選び直した。

 小屋の中へ戻ると、マグノリアが赤茶色に変色した木の固まりを取り出して、腰に下げたナイフでたくさんの逆剥けを作っていた。左手に木の塊を持ち、片刃のナイフに右手に親指を当てて削る彼女の手は、見た目にもすべすべしている。作業に不釣り合いなほど綺麗に磨かれた爪は淡いピンク色をしていた。

 燃えやすいおが屑などが無い場合はこうして木を削って火口ほくちを作る。だが、これは本来、平民の仕事だ。普通の貴族は火起こしの技術など知らずとも生活できる――例えばスズメのように。

 慣れた手元を見ていると、マグノリアが視線を上げて火口を渡してきた。


「薪を乾かす間に火口をお願いできますか」

「代わります」


 受け取った赤茶色の木は思ったよりも硬くてずしりと重たい。少しべとつく感覚と甘くもツンとした刺激臭で、それがヤニをたっぷり含んだ松の欠片だと分かった。


――これは昨日準備させたものじゃない。元から準備してあったんだ。


 感心しながら火口作りを代わり、マグノリアの袖口をちらりと見た。またあのふわふわが顔を出している。

 金色の毛並みをしたカーバンクルは、頭をこしょこしょと撫でられると嬉しそうに目を細め、温かい風を呼んだ。急激に乾かされた薪からはパキンと乾いたいい音がする。


――ほんと、変な人、……というか、本当に人なんだろうか。


 松脂の火口の上で、マグノリアは黒っぽい棒のようなものをナイフの刃で撫でた。しばらくするとその棒をナイフで勢いよく擦る。火花が散って、何度か繰り返すと火が付いた。


「それ、何ですか?」

「ファイアスターターというの。金属で擦れば火打石と同じように火花が散るもので、多少濡れていても拭けば大丈夫なのですよ」

「濡れていても?」

「昨今の世の中は、次々と至る所で便利な物が開発されているのです。ファイアスターターは特に役に立つだろうと思いましたが大正解でした」


 手渡された黒い棒は本当に何の変哲もない棒あった。

 普通、火をつけるときに使うのは火打石かマッチだ。火打石は消耗が少ないが火花が小さいのでコツがいる。マッチは使い勝手はよいが消耗品なので、フェリシアのような貧乏性には心にしんどい。しかも双方、湿気ると使えない。

 濡れていても火花が散る仕組み自体は分らないが、こんな便利なものがあったとは驚きだった。フェリシアは薄暗い小屋の中を窓際に移動し、外から入ってくるわずかな光にかざして何の変哲もない黒い棒を観察した。


「差し上げましょうか。カラスも持っていますし」

「でも、もらっても」


「この後どうなるかも分からないのに」という言葉を飲み込んでその先を濁したが、マグノリアはにっこりと笑う。


「お守りです」


 そう言って、火口につけた小さな火を消さないように優しく吹く。そこへスズメが持ってきた一番太い薪を差し出したが、マグノリアは首をゆるゆると横に振った。黒い煤を出しながら燃える小さな火を、まずはフェリシアの持ってきた細い薪に移す。


「火は細いものから太いものへ、順に移して大きく育てていくものなのですよ」

「そうなのか……」

「習うより慣れろとは申しましたが、しかし人の話にはもう少し耳を傾けた方が良いと思いますね」


 この時ちらりとスズメはフェリシアの方を見た。敵意のある視線ではなかったが、なんとなく責められているような、そんな目つきだ。


――話を聞かなかったのはそっちじゃない。


 一瞬交錯した彼の視線に気が付かないふりをして、荷ほどきを再開した。

 簡素な竈に火が入り、マグノリアが自分の荷物に入れて持参した鍋を掛ける。湯を沸かしてまずお茶が振る舞われた。

 彼女が帝都から持ってきた茶葉で、上品な香りと温かな湯気が鼻をくすぐる。まだ熱いと分かっていても我慢ができずに口を付けると、やはり熱くてフェリシアは亀のように首をひっこめた。ふうふうと必死で冷ましながら飲むと、体の芯の方にぬくもりが戻ってくる。

 残った湯で蒸かしたバタイモを温めなおし、燻製の魚を一人一匹ずつ配る。フェリシアとマティスはすきっ腹を抱えて手元に食べ物が来るや否や食べ始めたが、都から来た四人は食べ物を前にしてがっつくことなく手を組んで祈りをささげていた。


――お義姉様と同じ、南のお祈りだ。


 両手を胸の前で交差させる形の祈りは、オパールが昨晩何度も祈ったものだった。グロー辺境領にはその宗教の寺院はなく、土地に住む大精霊への信仰が民の心の支えとなっている。見知らぬ祈りは憧れというよりは、世の中が広いと考える指標だった。

 この人たちはみな、自分の知らない世界から来たのだと再確認しながら、フェリシアは硬くなった魚の燻製を口の中でふやかす。そこにバタイモを突っ込んで咀嚼。ほのかな塩気が合わせて飲み込む。

 ところがスズメは燻製を一口齧って「パサパサ……」と小声で文句を言って眉をひそめた。彼が食べたがっていた橙色の背をした魚なのだが、どうやらお気に召さなかったようだ。

 反対にホクホクに蒸したバタイモは気にったようで、塩を振ってからは黙々と食べていた。バタイモはこの辺りではいつも食事につく、いわば主食だ。土地の者ならば食べ飽きた味だが、この時ばかりはありがたみを感じる。あっという間にお腹の中に収めてしまうと、何やら物悲しい。もう少し欲しいとフェリシアは見回してみたが、誰の手にも残り物は無かった。

 マティスに小突かれる前に立って、全員分の片づけを始める。

 ところが、しばらくすると小屋の外からの声が聞こえた。スズメとマグノリアが何か言い争う声だった。


「だから、ついて来てくれって!」

「何度も申し上げておりますが、わたくしは参りませんよ。諦めなさいませ」


 いつになく厳しい口調で諭すマグノリアに、スズメが食って掛かっている。どういう話なのかは定かではないが、物々しい雰囲気が二人の間に停滞していた。


「あらフェリシア殿、お耳汚しでしたね」


 木戸から外を覗いたフェリシアに気がついた途端、スズメは舌打ちをする。そのまま小屋の中に飛び込んでいった。


「お邪魔してしまいました」

「構うことはありません。あの子のわがままに全て付き合うこともなし」


 マグノリアは軒から手を出して雨を手に掬った。山へ入った時よりも、だいぶ勢いよく手からしぶきが跳ねる。

 煙草を咥えた案内人がフードを深く被りなおしながら、彼女の手から滴る雨水の流れに目を細めていた。


「だいぶ雨脚が強くなってまいりましたね」

「小雨になるまで少し待つ」


 小声を投げ捨てて案内人は外へ出て行く。カラスとシギは体力温存のためか、小屋の隅の方でじっと目を閉じている。マティスはふて寝、少し離れたところでスズメは眉間にしわを寄せて三角座りをしていた。

 開け放たれた突出し窓の外に、止まない雨が茶色く変色した葉を叩いている。雨だれの音が耳に鋭く、いつまでも終わりなく聞こえて気が散った。

 頬に伸びる傷跡をなぞりながら、フェリシアは木戸の外へ、マグノリアの隣に立つ。


「やはり落ち着きませんか」


 静かに問われてフェリシアは首肯した。

 マグノリアはみすぼらしい猟師小屋の入り口に近いところに腰かけていた。雨粒が木の葉を叩く様子を飽きもせずに眺める。


「豊かな山です。たくさんの精霊が見え隠れしている」

「そうなのですか?」

「こちらへ来て、一緒にご覧になれば分かりますよ」


 手招きをされたので隣に座り、マグノリアと同じ目線になって周囲を見渡す。すると上から眺めていた時には気付かなかった大小様々な白いキノコのような何かと、その間に様々な色をした不定形のモヤが揺らめいているのが目に入った。木の葉が分厚く積もった地面にいるそれらは、フェリシアの親指ぐらいの大きさから片腕分ぐらいの大きさまで、実に様々だ。

 たくさん見えている白く丸みを帯びたキノコの笠は、雨を全身で受け止めながらゆっくりと体をくねらせている。顔の構造は無かったが、明らかにこちらを見ていた。突然現れた人間を、十分に距離を取って観察しているようだった。


「あの白いキノコの形をしているのはユキワリという水の精霊です。山道に入ったところから、たくさんいるのは気が付いていましたが、まさかこれほど多いとは思ってもみませんでした」

「珍しいのですか?」

「このように水の精霊ばかり多いのは珍しいことですよ。長雨の影響で山の調和が崩れているのでしょうね。ほら、この子は相性が悪くて嫌がっている。でも手を出さなければ何も悪さは致しません」


 マグノリアは左手を差し出す。黒い袖口から、ツンと尖った鼻と耳が二つ。赤い額の宝石を持つ金色のふわふわが少しだけ顔を出している。

 だがカーバンクルはフェリシアと目が合うと、ストンと彼女の袖の中に頭を引っ込んでしまった。


「完全に嫌われたみたいですね、私」


 そちらを見ないように努めると、カーバンクルは片目片耳だけ袖から出し、もう一度そろりと様子をうかがってくる。フェリシアは目だけをマグノリアの袖口に向け、最高級の毛並みを羨ましそうに眺めた。

 初めて会った時のような威嚇こそしないが、金色のふわふわの毛並みを持つ珍しい精霊はいっかな心を許す素振りを見せなかった。


「この子がこんなに嫌がるなんて、本当に珍しいことなのですよ」

「逆にそれは傷つきます……」


 マグノリアも申し訳なさそうに自分の左の服の袖口を覗き込むのだが、カーバンクルはじりじりと奥へ戻っていく。


「この子がこれほど嫌がるとすれば、……匂いかしら」

「えっ、私そんなに臭います?!」


 半ば端女のような生活では大して体を洗える機会もない。夏が終わってからは汗場む機会が少ないのをよいことに、あまり水浴びもしていない。綺麗とは言えない自覚はあった。

 フェリシアは自分の体の臭いを嗅ぎつつ、良く分からないままマグノリアから少し体を離した。


「体臭のことではありませんよ。猫が犬の臭いを嫌うのと一緒です。もしかしたら、この子にとって何か怖い匂いが付いているのかも」

「怖い、臭い?」


 マグノリアはふいにフェリシアに顔を近づけて肩口のあたりを大きく一呼吸嗅ぐ。だが彼女でも良く分からないのか首を傾げた。フェリシアももう一度嗅いでみたが、同じく分からない。


「しいて言えば、雨の臭いでしょうかね……」


 マグノリアは困り顔のまま笑って、白い糸筋が見えるほど強く降る雨の方に向き直った。その横顔に引っ込んでいたカーバンクルがおもむろに伸びてきて頬に擦りつく。くすぐったそうにするのを、フェリシアは腑に落ちないまま見やる。

 彼女の言っていることがどれほど真実なのか、あるいは嘘なのか。憧れを覚え、信じてみたいと思うものの、正直言うと胡散臭い。揺れ動く気持ちの間で、澱のようなはっきりと形にならない疑問をどうにか吐き出そうと、フェリシアはもがいた。


「あの……あなたは、一体何者ですか?」


 実際、口に出すと疑問は随分と粗暴な形になった。目の前にいる人物に対して正体を疑う失礼極まりない言葉がそのまま飛び出す。

 申し訳ない気持ちを隠しきれず、マグノリアを上目遣いに見やると、彼女は面白そうに眼を細めていた。


「ノア殿からお聞きになったのね」

「本当にマグノリア様は、何百年も生きているのですか……?」


 人型をした相手に聞くには、鼻で笑われそうなことだ。ところがマグノリアは愉快そうに口角を上げて腕組みをした。


「そうですね、もう数えることをやめて久しいのでいくつになるか。百ぐらいまでは数えていたのですけれど」

「冗談、ですよね?」

「さぁどうかしら」


 必死のフェリシアの言葉にも、マグノリアは軽やかな笑みが転がすだけ。押しても退いても答えが出て来る気配がない。

 次第にフェリシアは、本当に何が正解なのか分からなくなる。赤髪を指でいじりながら頭から言葉を絞り出した。


「もしマグノリア様が本当に人体書籍ならば、それはもう私の理解の範疇の方ではないと納得もできます。でも」


 ノアから話を聞いて以来、マグノリアが件の人体書籍である可能性について、フェリシアはずっと考えていた。だが完全に人間と見まごうばかりの精霊など聞いたことはないし、隣に座る距離で穴が開くほど見つめても彼女が人間以外の何者かには見えない。

 だとしたら、ただ単に記憶力が非常に優れた人間ではないかと考えるのが普通だ。するとフェリシアには疑問と、大きな期待を胸に抱いてしまう。

 それは、もしマグノリアがただの女性だったとしたら、普通では許されないほどの奔放さをなぜ担保されているのかという問題だ。


「もしそうじゃないなら、教えていただけませんか。マグノリア様のように自由に振舞うためには、一体何が必要なのですか?」


 一つ間違えれば傍若無人とも取れるほどの態度で帝国北辺の大領主に歯向かえたのは、彼女の後ろ盾が皇帝陛下だからに他ならない。だが仮にも皇帝ともあろうお方が後ろ盾をするのが、単なる気まぐれや酔狂とは考えにくい。


「振る舞いに必要なものとは、どういう意味でしょうか」

「えっと、もし生きて山を下ることができたら、このグローライトの外を見てみたいって思ったんです。でもこんな傷物では嫁の当てもないし、親兄弟が生きているうちに女一人で街を出るなんて許されません。……でも、マグノリア様はその、ご結婚してらっしゃらない。身一つでこの街へいらっしゃった」


 目ざとく見つめた白い指先には指輪は一つもついていない。つまり彼女は単身で自分の好きな場所へ行ける立場なのだ。

 それを自分の吐き出した言葉で実感するにつれ、フェリシアは俯いて下唇をきゅっと噛んだ。冷たい空気が雨と一緒に吹き付けたが、多少の飛沫では冷めやらぬ熱っぽい額をフェリシアは擦り上げる。


「マグノリア様は陛下という後ろ盾をお持ちだから、そういう生き方が出来るのではないかと思って……」

「なるほど。陛下と言う強力な後ろ盾を得るために私が特別な何かを持っていると、そう考えたのですね」

「その膨大な知恵なのかとも思ったのですが、単なる知恵者なら他にもたくさんいると思うのです」


 至極真っ当な考えだと、フェリシア自身は思っていた。

 同時に、もしその『何か』が努力次第で得られる物ならば、自分も出来るのではないかと淡い期待を胸に秘めていた。あわよくばそれは、オパールが『私たちと似ている匂い』と称したものであってほしいとさえ願う。

 ところがマグノリアはしばらくの間、フェリシアの言葉を吟味するように形の良い顎に指をやっていた。彼女の赤紫の目は悩まし気に半眼になる。


「ノア殿から聞いていた通り、なるほど聡いというか、回りくどいというか……。多少慎重が過ぎるようですが、迂闊よりかは良い」


 マグノリアは瞳をゆっくり見開いてフェリシアを捉えた。それに飽き足らず、白い手でフェリシアの頬を包み込む。

 顔と顔とを触れ合うほど近づけて、面白そうに眼だけを笑わせながら、雨が写り込むフェリシアの瞳を覗き込んだ。


「なるほど、面白い着眼点です。よろしい及第点です。、そういう考えの人はまったくもって嫌いじゃないんですよ」


 瞬間、彼女の仮面が剥げた。

 興味を純粋に搾り取って作ったような彼女の微笑みは、常とは異なり底知れない闇を抱いている。その闇に魅入られ、フェリシアはまるきり周囲のことが見えなくなった。刃のような彼女の興味を間近に受けて、その場に磔になる。


「確かに言うとおり、長雨の解決だけなら従順な精霊師の振りをしていた方が、よほど楽だったでしょうね。どれだけ強力な後ろ盾があろうと、私自身はこの姿形を変えることはできないし。女だからと舐めてかかってくる奴らは、ことごとく駆逐してやりたくなる」

「あ、あなたは……?」

「正直、長雨などどうでもいいのよ。グローライトへは他に大切な用事があって来たの。でもそれだけ考えられるのなら、私というものを想像するだけの力が貴女にはあるはずでは」


 そこまで言い放つと手を離された。距離が開くとマグノリアはほほえみをかぶり直す。表情も雰囲気も、いつもの柔和なものに戻った。

 肩を叩かれると、知らないうちに止まっていた呼吸が動き出してむせた。一通り息を整えるころには、すっかり彼女の張り詰めた空気は霧消していた。


「少しいじわるが過ぎたでしょうか、お許しを。わたくしの正体は少しややこしいのです」

「いえ、あの、ごめんなさい」


 言葉を紡ぐために必死で口を動かすと、張り付いた唇が小さく音を立てて割れる。わずかな間に酷く消耗したようで、フェリシアは額に嫌な汗をかいていた。

 雨に打たれて紅葉を忘れた木々に、マグノリアは視線を移す。


「久々に興が乗りました。少しばかり昔話をいたしましょう。……わたくしの記憶が正しければ」


 真っ白な指が膝を二つ叩いた。


「人体書籍の仕組みを理解している人間はもうこの世に一人も残っておりません」


 彼女が、己の只人でない事を認めた瞬間だった。同時に、彼女の深いところにある悲しい扉を開いてしまったようにも見えた。

フェリシアから視線を外したのは、マグノリアが頭の中で記憶の本を開いたからだ。書かれているのは彼女の身にまつわる悲しい記憶、あるいは記録だろう。山の木々に目を向けてはいたが、何も目に映っていない。


「わたくしたち人体書籍を作った者たちは、当の昔に死んでいます。今となってはどうやって生きているのかさえ、もう分からないのです」

「記録も残っていないのですか」

「作り方と生かし方を記憶していた医学の人体書籍は処刑されました。不老ではありますが、首を刎ねられればどうやら死ぬようでしてね。不死ではないのです」


 ひときわ大きな雨粒が、言葉を失ったフェリシアの代わりに葉っぱを叩いて相槌を打つ。


「あれは八代前、アルファルド帝の時でした」


 フェリシアは歴史の教科書の記憶を掘り起こした。歴史はあまり得意ではなかったが、それでも覚えているぐらいアルミラ帝国史の中では大事件が起きた当時の皇帝の名だ。

 世に言う、サティバの反乱である。

 帝都アーミラリィの北に位置する宗教都市サティバで圧政に苦しむ民が蜂起し、帝都になだれ込んで暗君と名高いアルファルド帝を拘束して一時的に都を占拠した。ところが変事はそれでは収まらず、内紛を嗅ぎつけた北の蛮族が国境を越えて攻め込み、アルミラ帝国はあっという間に北東地方を失い、国土を三分の二まで減らした。

 その国土を大きく回復させたのが当代から数えること二代前の皇帝で、当時の戦線の西側を担ったのがフェリシアの曾祖父だった。九十年前のこれが、俗に国土回復戦争と呼ばれている。

 今でこそ北方の国と国交を回復したが、確執がまだ続いていた。


「あの時は本当に酷かった。アルファルド帝は穏やかな方でしたが、ちょっと抜け作でしてね。難題があってもわたくしたちを使わなかった。国が荒れて結局、法学書、工学書、それから医学書の三人の仲間が見せしめに処刑されました。どさくさ紛れに何冊か連れ去られた人体書籍もあって、あの当時生きていた十二冊のうち、現存してアルミラ帝室が所有しているのは六冊です」


 何を思い出しているのか、マグノリアは曇天を見上げた。滴が落ちてくるばかりの暗い空が広がる。長い吐息を吹き掛けたが、雲が退くことはない。


「わたくしたち自身も、他の誰も、人体書籍のことを正確に認識できる者がいないのです。自分が本当に不老なのか、いずれ死ぬのか、どうしてこんなに記憶できるのか、代わりに何か忘れているのか、過去の記憶が本当に正しいのかすら分かりません。自分が生きた事実を観測する者が自分以外に存在しない。それは存在の保証が無いのと同じこと」


 マグノリアは向き直った。彼女の記憶の本が閉じられる。


「フェリシア殿の質問にちゃんと答えられてはいませんが、どうかご容赦ください。残念ですが、今の貴女にお話できるのはここまでのようです」


 やはり、とフェリシアは俯いた。マグノリアには確かに何か秘密があるのだ。だがフェリシアはそれを知る立場にはない。


「でも貴女なら、いつか知り得る時が来るような気がいたしますよ」


 泰然と微笑む彼女は、決して拒む素振りは見せなかった。ただそれだけのことが、フェリシアには凄まじい光明に見えていた。

 読むことを許されたおとぎ話はここまでで、しかもこの話にどれほどの嘘と真が混ざっているかはマグノリアにしか分からない。

 分からないが今はここまで、つまり確実に続きは存在する。

 その先を読めるかどうかは、フェリシア次第と言ったところだ。幼少期から根こそぎ梯子を外されて来た彼女にとって、そんな些細なことが嬉しかった。


「もし、マグノリア様の秘密を知ることができたら、私も思うままに生きられるようになるでしょうか」


 雨の外側の世界へ飛び出すことができたなら、誰もフェリシアを虐げずにそれは想像するだけで心が躍るようだった。

 ところがマグノリアは、いいえと首を横に振る。


「なんのなんの、今からでも自分の思うように振舞えばよろしい。わたくしも本音を言わせてもらえば、フェリシア殿のそれが見たい。しかしながら同僚に言わせるとわたくしの慇懃無礼は天賦の才らしいですから、おすすめは致しかねます」

「才って……、つまり陛下は関係ないと?」

「人が人らしく生きるのに後ろ盾など関係ありませんよ。それにむしろ、わたくしたちの方こそが皇帝の後ろ盾と言うべきでしょう」


 それは随分と、随分な言い方だ。一つ間違えば無礼と処断されそうなものだが、しかし彼女が言うと妙にもっともらしく聞こえるのだから不思議だった。

 目の前にいる銀髪の美女が一体何者なのか。振り出しに戻った疑問を胸にしまいなおし、フェリシアは頭を下げた。


「失礼なことをお聞きして申し訳ありませんでした」

「いえいえ、わたくしのような人の埒外に住む者に出会えば、誰しも疑問に思うでしょう。疑問とは生きている以上、止まぬもの。それにわたくしの方も久々に楽しい思いをさせていただいているので、こちらこそお礼を申し上げたいところです」


 にこにことしながらマグノリアはどこからともなく缶をだした。

 手のひら大の四角い缶を開くと、中に整然と白い立方体が並んでいる。その数二十個。全て上質の角砂糖だった。


「それにしても、動かすのに大量の甘味が必要な本だなんて、燃費が悪いと思いませんか。明らかに設計者の手落ちだと思うのですけどね」


 彼女は缶の中に入っていた角砂糖を二つ口に放り込んだ。それを見てフェリシアは、今しがた聞いたことは彼女の頭の中にある蔵書から引き出されたものだと思い出す。申し訳なく頭を下げると「大丈夫ですよ」と彼女は微笑む。

 フェリシアも大好きなその甘い塊は、白ければ白いほど純度が高く、甘く、そして高価だ。今彼女が一気に二つ頬張った角砂糖はグロー家が行商から買う物よりもきっと高い。


「頭の中で何度も反芻した記憶は、比較的引き出しやすいところにあるのです。ですから角砂糖三つ分で十分」


 それでも大層な量だが、最後にもう一つ角砂糖を口に入れた。すると中で拗ねていたはずのスズメが、不安そうな顔で入り口に立っていた。


「大事ないか」

「ご心配には及びません」


 気遣わし気に近寄ってきていた彼は、次いでフェリシアをまた刺々しく睨みつける。


「厄介ごとを押し付けるな、この不細工め」

「そういう物言いを女性にするものではありません。わたくしだって歳をとって白髪なのに」


 彼女は少年の額を軽く小突いた。



 雨が小康状態になるのを見計らったように、煙草の臭いが染みついた案内人は戻ってきた。いびきをかいていたマティスを起こして一行は猟師小屋を出る。しばらく続く山林の中に、あるか無しか心細い山道をたどった。

 その風景が突如変わる。

 周囲から背の高い木が消えた。

 樹木は腰の高さまでしかなく、草花は足元に小さく固まっている。峰の強い風に飛ばされないように岩場に必死へばりつく植物たちは、雨の中でも小さく懸命に緑色をしていた。

 そこへ現れたのが積み上げられた二本の石の塔だ。背丈よりも少し高い。近寄ってみると強い風雨でも倒れないように石組になっていた。

 それはまるで門だった。


「ここまでが人間の世界。あそこから向こう側が蛇神様の御座所だ。……夏の、な」


 案内人は二つの石の塔のだいぶ手前で止まった。

 フェリシアも前回来たのは同じくここまでだった。


「フェリシア殿は前回ここで追い返されたのですね」

「境界の向こう側へ行こうとするたびに、あり得ないぐらい雨と風がなぜか強くなるんです。あと……」


 話半分に聞いている様子だったマティスが境界に近づいた途端、強い風に乗った雨が容赦なく体を横から叩きつけた。

 と、同時にフェリシアは両手で耳を塞ぐ。

 他の誰にも聞こえない苦悶の声が耳の奥をかき混ぜられて、身を小さくかがめた。体の奥から波打つ怖気に吐き気すらこみ上げ、息を止めて声が去るのを待つ。

 危うく体勢を崩しかけたマティスが大股に戻ってくると、すぐさまフェリシアを引き起こす。忌々しそうに顔を上げさせた。


「都合が悪くなるといつもそれだ。聞こえもしない声が聞こえると言って騒ぎ立てる!」


 それでも耳を塞ぐ手が離せず、彼女は再び頭を抱え込んで丸くうずくまった。


「やめろ、気色が悪い!」


 マティスの容赦ない蹴りがわき腹に入った。ここまでくれば、処分は容易と踏んだのだろう。普段は上品ぶって、出来損ないの妹に手を焼く哀れな兄を演じている彼だが、本質的にはあの父と何ら変わなかった。後見と言う名の支配を都合の良い解釈で振りかざす。

 だが精霊の声と自分を罵る声に、フェリシアは歯を食いしばった。ここで黙っていては今までと何ら変わりがない、兄の思うつぼだ。


――私だって……!


 雨が一瞬弱まった時を狙い、フェリシアは顔を上げた。

 本当に思うまま振舞えるなら、兄の脚を叩き落として言い返したい。だがそれをするにはまだ力が足らない。それでも這うように、せめてもの抵抗で目の前にひらめいたマグノリアのマントに縋った。


「本当に声がするんです、嘘じゃない。山頂から、恐ろしい声がするんです。誰も信じてくれないけど、あの門の向こう側には絶対になんかいます!」


 ただ声を張り上げる。そのために要した勇気は計り知れなかった。

 周囲の視線に耐えながら必死に訴える手を、しかしマグノリアは掴む。薄っすらと笑みを浮かべ、待っていたとばかりに彼女は深く頷いた。実母ですら真面目に取り合ってくれなかった手を、麗人の冷えた手で力強く握り返す。


「大丈夫、かすかですがわたくしにも聞こえていますよ。フェリシア殿には精霊の声が人一倍聞こえているようですね」


 嗚呼と、嗚咽にも近い声で頷いた。

 雨が降り出して以来、特に雨脚が強いと苦しむような声が聞こえていた。山に近づけば近づくほどはっきりと聞こえ、容赦なくフェリシアの脳をかき乱した。

 それはもがき苦しむ音、歌、まじない、上手く言い表せない、人語以外の何か得体のしれない言語だ。そんなもの、誰に訴えてもフェリシアを狂人扱いするだけで、理解してくれなかった。

 それを赤の他人がこうして労ってくれる。初めて認められたことにある種の感動さえ覚え、フェリシアは雨が降っていることをも一瞬忘れた。


「ただ如何せん、わたくしにもはっきりとは聞こえておりません。かすかに遠く響くだけ……案内人殿はいかがですか」


 立ち尽くし、困惑する周囲の中で、案内人だけが渋々頷いた。


「俺もうっすらとだ。これだけ近づいてこの程度の囁き声じゃあ、精霊師でもないやつらには聞こえるわけがねぇ」


 案内人の冷めた視線は、フェリシアのことを訝しげに見る者たちの方に向けられていた。

 雨を滴らせる彼の黒い目は、不思議と周囲に対して牽制を含んでいる。フェリシアに疑惑の眼差しを向けている者たちとは、真逆の雰囲気があった。


「で、具体的にはどうするんだ。どうやって入る?」


 案内人はマグノリアに指示を乞う。自分の頭上を飛び越したやり取りに、マティスが次第に眉を吊り上げていた。


「ここでフェリシアを殺せばよいだろうが!」

「場をわきまえなさい」


 鋭い声と共に、抜き切らない剣の柄をマグノリアが押し返してとどめた。凄みのある眼差しに、マティスは息を飲む。


「ここは蛇神様の御座所の目と鼻の先。許しもなく刃傷沙汰などお控えなさい」

「神への供物だ! 当然の行いであろう」

「それが当然か、ただの憶測か、それを調べに行くと昨日ご説明したはずです」


 突き放したマティスを後ろに追いやって、マグノリアは一人で歩き出す。フェリシアもようやく立ち上がり、彼女の行く先を見た。

 彼女は毅然と門の前へ進み出る。またぞろ風が強くなり、誰もが足を踏ん張る中で彼女だけは涼しい顔で立っていた。


「جيڪڏهن ناگزير هجي」


 言葉が降りしきる雨の中に広がった。くしびに怪しい音律の、歌とも言葉とも言えない並びの音がまろやかに舞い踊る。

 彼女の声が終わると、雨が鎮まり霧に変わった。風が凪いで、尾根の道が滑るように先へと広がる。


「さぁ、参りましょう」


 力強い言葉で全員を引き寄せ、マグノリアは尾根を山頂へ向かって一歩、門の中へ踏み込んだ。頭を掻きながら案内人も続く。どこか面白そうな笑みを浮かべていた。


「こっちから話しかけるなんてあの女、化け物か」


 小雨と霧が繰り返すようになった峰で、もがき苦しむ声はささやく程度になっていた。あれほど苦しんだフェリシアも、頭を抱えずに歩いていくことができる。

 山頂を目指して急な斜面を登り切った時、一行は足を止めて目を疑った。分厚い緑の層が目に飛び込んできたのだ。元気そうな厚い葉の陰に見え隠れするのは赤い実、ボンだ。


「誰だ、こんなところに大事なボンを植えたやつは!」


 マティスは驚き戸惑いながら声を荒げた。響き渡る声に驚いたのか、しゃがれた声を上げながら数十羽の鳥が雨の中に飛び立つ。ゲゲだった。

 鳥たちは予想外の珍客に困惑したのか、雨の中を互いに鳴き交わしながら旋回する。


「植えたのではないでしょう、糞が麓から種を運んだのではないかしら」


 マグノリアは足元を見回して眉をひそめた。案内人は腰の鉈を取り出して、ボンの枝を打ち払いながら再び尾根伝いに歩き始める。

 幸い、生えているボンはまだ若木が多く、枝は細くて柔らかい。長く見積もっても二、三年。しかしボンは三年もすれば結実できる程度には成長する。風が強い山肌に生えているので樹高は低いが、分厚い葉っぱの防壁で風雨から実がしっかりと守られていた。

 唖然とボンを見ながら歩いていたフェリシアの足元で、大きめの石が一つ落ちて行った。山にはよくある落石だが、ガラガラと音を立てて転がる石を横目に、フェリシアは恐ろしいことに気が付く。

 転がる石の裏は黒く、表が白い。それでようやく山肌の色の意味が分かった。


「白いの、全部糞? ゲゲの?」

「ボンがねぐらにもなっているのでしょう」


 いたるところに白く落ちた模様は、尾根で腹いっぱいボンを食べたゲゲの糞だった。転々と重なる華の模様に、気持ち悪さに這い上がってくる。眼下に広がる白くかすんだ風景に背筋が凍り、周囲に広がる異様な空気にもまた寒気がした。


「年寄りたちの話じゃあ、ここらは切々草の草原のはずなんだがな」


 案内人はぼそぼそと呟く。下草はほとんど無く、上から覆いかぶさるようにボンが密集していた。


「切々草ならあそこにあるじゃないか」


 ふて腐れたように言ったのは、ボンを持ちこんだオパールの夫だ。マティスが指差す先にはほんの少しだけ淡い緑色の群落があった。

 しかし本当に少しだけで、葉には地面と同じようにゲゲの糞が点々とついている。遠目に見ても元気が良さそうには見えなかった。


「これは何とも、答えに近づいてきたような気がいたしますね」


 マグノリアは腕を組み、しばし目を伏せた。素人目に見ても、尾根の様子はおかしかった。フェリシアも無言のまま懇願するように彼女の顔をのぞき見る。

 どうしたものかと思った時、ズズズと地鳴りがした。


「何かいる!」


 振り向きながら白っぽい斜面の向こう側を指差したスズメの足元で、岩がまた一つバランスを崩して転がり落ちて行った。小柄な少年のふらつく体を慌ててシギが支える。その瞬間を見計らったかのように、雨が強くなった。

 合わせてフェリシアの耳にも苦しみの絶叫がこだまする。慌てて耳を塞いだが、雄叫びは手を突き抜けて脳を揺さぶった。


「お会いすれば全てが分かる、か」


 マグノリアは静かに、地鳴りのする方へと歩みを進めた。

 大きめのボンが密集しているのは峰の一帯だけだったが、あちらこちらに一本ずつ思い出したように生えていた。違和感だらけの山を、雨交じりの霧を掻き分けながら、上へ上へと登って行く。

 その山頂に声と地鳴りの正体がいた。


「蛇、だ……」


 そう呟いたっきり、フェリシアはしばらく声を失っていた。

 とぐろを巻いていたのは青みがかった鋼色の鱗をまとった大蛇だ。鱗は一枚一枚が浮き立ち、縁が光の加減で複雑な虹色に輝く。黒い瞳には白く幕が覆ったようになっていて、ちろりと見える舌は二股に分かれていた。ただその大きさというのが、大人の背丈の三倍はゆうにある。まるで小山だった。

 その巨体が時折、ズズリと不穏な音を立てて動く。すると苦しそうなうめき声とともに霧が一瞬雨になり当たりが強くなった。


「記載通り、やはりナーガの一種です」


 マグノリアの言葉で、この蛇こそが自分が捧げられるべき相手だったことをフェリシアは改めて自覚した。

 だが神秘的な蛇の姿に見とれている場合ではない。

 の精霊はすでにこちらを認識し、鋭い視線で油断なくこちらを見ている。飛び掛かってこないのが不思議なほどの圧迫感だった。


「脱皮が上手くいっていないようですね。少し話をしてみましょう」

「マグノリアが話をするのか? 直接?」


 息を切らしながらスズメが横から割り込んできた。彼は精霊の姿を認識してからというもの、マグノリアの脇にぴたりと張り付いた。


「山の主ほどの大精霊ともなれば人語を解すかもしれませんが、相手の言葉に合わせるのが礼儀というものです」


 彼女はスズメを下がらせて一人歩き出した。カラスとシギは非常時に備え、ひりつく空気をものともせずに剣の柄に手を添える。案内人は大きな岩に腰かけ、お手並み拝見とばかりに、眇めた目でマグノリアの後ろ姿を追っていた。

 フェリシアも静かに後ろに控えて大蛇を見上げた。

 恐ろしさに生唾を飲み込み、今まで自分が何をするのか、全く理解できていなかったことを知る。精霊を狩るのが危険なのは、殺した後のことばかりが危険なのではない。この蛇を間近に見て、殺すことが恐ろしく困難なことだとようやく想像できた。次いで、通ってきた坑道の太さを思い出し、なるほどと合点がいく。

 同じことをようやく分かったのか、彼女の隣で兄のマティスもまた、おそれをなしていた。決して蛇が苦手ではないのだろうが、さすがの大きさに恐怖心を抱かないのは難しい様子だ。

 マグノリアだけが躊躇なく大蛇に歩み寄る。

 その距離十メートル、すでに尻尾の射程に入っている。もはや何が起こっても守るものはない。


「ڇا اتي ڪا به قسم آھي اين اي」


 マグノリアの声が雨の中に響いた。歌うように、呪うように紡ぐ彼女の声は、一部聞き取りづらく擦れていたが、フェリシアには耳慣れた音だった。


――これが、精霊の言葉なんだ。


 耳というよりも頭の中へ直接響くような情報の連なりが、体を突き抜けていく。

 しいて言えば、とても古い言葉に似ていた。老人たちの話し言葉に時折混じる、訛りの強い古語のような響きだ。それは現代の言葉には完全に置き換えられる同義語が存在せず、一つの単語だけでいくつもの意味を持ちながら文章を成しているような言葉だ。

 裏庭の崖崩れの時も、兄によって森に置き去りにされた時も、凍りかけた川で探し物をさせられた時も、どこからともなくフェリシアの耳に届いた人外の声は、まさしくマグノリアの口から紡がれるそれと同じだった。あれはきっと精霊が、己が言葉を解する者に問いかけていたものだった。だから魅せられてしまうと目をそらすことは難しい。

 ところがマティスはずっと首を傾げている。彼も珍しく静かに耳を澄ましていたが、そのうちしびれを切らして足を踏み鳴らした。


「くそ、まったく聞き取れん」


 フェリシアには耳を澄ますと精霊の息遣いまで聞こえてくる。詳細な意味は分からないが、ニュアンスだけなんとなく分かって嬉しくなった。


「お前は聞こえているんだったな」

「え、ええ、はい」

「じゃあ通訳しろ」


 そんな無茶苦茶な、と出かかった言葉を無理やり飲み込んでフェリシアは先ほどのマグノリアの言葉の発音を思い出した。幸いにも蛇はまだ何も返答していないので、早く追い付かなければと単語の意味を拾い始めた。


「山の、主人、主です……あります、か?」

「ただの一言も満足に訳せんのか!」


 苛立った兄の拳が、容赦なくフェリシアの頬を打った。冷え切った頬を叩かれるとジンジンと痛む。

 寒さと痛みと、苦痛で顔をゆがめていると容赦なく足蹴りが入る。声を殺してその場に座り込み、これ以上の追撃に備えて腹を守るべく背中を丸めた。その背中に声が降って落ちてくる。案内人だった。


「若旦那さんよ、自分の無能に苛立って事を荒立てんでくれ。蹴りたいならそのあたりの石を蹴ってくんな」

「なんだその言いぐさは! 俺は貴族だぞ、誰に対して口をきいている!」

「山ン中では身分なんざぁ関係ねぇ。貴族だろうが貧民だろうが、雨風の機嫌次第で誰でも平等に死を賜る、それが山だ。糞袋になりたくなけりゃぁ、今は黙んな」


 言葉を裏付けるように大蛇はわざとらしくシューッと威嚇の音を立てる。マティスは忌々しそうに蛇と案内人の両方を睨みつつ、忠告通り口を噤んだ。

 すると大蛇はにぃっと口角を上げる。


――蛇って笑うんだ……?


 ゆっくりと顔を上げながらフェリシアは蛇の様子を伺う。山の主、蛇神と呼ばれるような高位の精霊だからか、明らかにこの蛇は今、マティスの行動を見て嘲笑った。

 動物ではない、相手は本当に高等な知性を持つ別の生物だった。笑う大蛇とただの人間たちの間に立つのは、マグノリアただ一人。華奢な後ろ姿に全ての責任がかかっている。

 マグノリアの問いに対し、大蛇は重々しいく口を開いた。


「我、ソレルの山に住まう蛇也。人語を解す。よい、我が言葉を解さぬ者、いることを許す」

「恐れ入ります」


 たどたどしいが、意外にもはっきりと人の言葉を並べて話していた。動物が人間の言葉を解すことなどありえない。つまりこの蛇は、よく見かけるただの蛇が大きくなったものではない。

 深々と頭を下げたマグノリアに従って、思わず他の者も頭を下げた。あの無愛想な案内人でさえもそれに倣う。


「我が領分、何用か。狼藉、許さぬ」


 大蛇はわざとらしくもう一度、今度は真っ赤な口の中が見えるようにして威嚇音を立てた。マティスがびくりと肩を震わせる。


「この長雨、蛇神様に何かあったかと、まかり越した次第にございます」


 それを聞くなり大蛇は黙り、シュルリと舌を出して、しまった。小さな蛇であれば音もない動作なのだろうが、さすがに小山ほどあると虎が舌なめずりしているような音がする。

 フェリシアはその迫力に思わず身を震わせた。マグノリアが間に立っていたとしても、大蛇は七人まとめて食らうことぐらい簡単にできるだろう。

 しばらくマグノリアと蛇の睨み合いが続いた。といっても睨んでいるのは蛇の方ばかりで、マグノリアはずっと微笑を湛えていた。まるで雨にぬれる一輪の蓮の花だ。その佇まいに毒気を抜かれたのか、ついに蛇が動いた。


「脱皮が進まぬ。我が鱗、岩砕く。ابراهم مڪيفريٽنيが傷、入れる。南の侵略者、ابراهم مڪيفريٽنيの場所、食らう」

「ابراهم مڪيفريٽنيとは、ええと、切々草のことですね。南の侵略者はボンでしょうか」

「ボン……。おまえساڳي شيء、脱皮、手伝え。苦しい」

「かしこまりました。ただ、我らも切々草は手に入りませんでした。蛇神様の鱗を切るために、人間の手が作った鉄の刃を御身に突き立てること、お許し願えましょうか」


 蛇はしばらく黙っていた。よくよく聞き耳を立てると息は切れ切れで、戸板の隙間から吹く風のように弱く、それでいて体を削るように荒い。


「許す。だが我が身、触れる者、赤毛の娘、بڪوٽوだけ。許す」

「かしこまりました」


 恭しく一礼をしたマグノリアはくるりと振り向いて、背後で怯えた表情の人間たちの元へ戻ってくる。そうして中でも一番気後れしているフェリシアの肩を強く掴んだ。


「お聞きになった通りです。方法は教えます。できますね?」


 赤紫色の瞳が力強くフェリシアの顔を覗き込む。否やとは言えない。むしろ、これをやりさえすればフェリシアは生きることができる。

 無言でうなずくと素早くマントを脱いで荷物を下した。再度マントを付け直すと、酒で清めたナイフを一振り案内人から受け取る。


「蛇は本来、口や頭を岩にこすり付けたり、穴を掘ったりすることで鱗に傷を付け、そこから全身の皮を脱ぎます。蛇神様の場合には切々草にこすり付けていたようですが、今はナイフで削り取るしかありません」

「じゃあ口元から鱗に傷を入れて皮を剥き始めればいいんですね」


 重たいナイフを抜身のまま持ち、恐る恐る蛇の方へと向いた。一歩ずつ確かめるように近づくにつれて、背後から送られる視線の熱量が減っていく。人間の側から、精霊の側へ、フェリシアは初めて自らの足で踏み入った。

 大蛇の喉元へと進み出ると、距離を取って対峙していた時には感じなかった生き物らしい息遣いが聞こえる。雨の中でほんのりと温かみすら感じるほど、蛇の肌はなまめかしく光っていた。


「あの、ごめんなさい、口元を切るので、少し頭を下げてくれませんか」


 おっかなびっくり声をかけると、おもむろに蛇はもたげていた頭を地面につけた。ついでに角度まで付けて、ちょうど手元に口の端が来るように調整する。


「頼んだبڪوٽو」


 黒光りするそのまなざしは優しいが、白く曇っていてフェリシアの顔は映らない。まるで雨に濡れた山を遠目から見ているようだった。

 その蛇の口元に刃を当て、軽く鱗をひっかいてみる。傷一つ付かない。


「遠慮、要らない」


 蛇の言葉にフェリシアは頷いて振りかぶってナイフを打ち下ろす。金属同士がぶつかり合うような甲高い音が雨の峰にこだました。大蛇の鱗は重厚な鈍色の輝きを放ち、堅塁を誇る城壁を思わせた。


「すまない」


 フェリシアの赤い髪は、すぐに水分を含んで額にぺたりとくっ付いた。濡れて重たくなる髪を無造作に掻き揚げ、刃を突き立てる。何度目かの音でナイフが折れた。

 カランと音を立てて岩場に落ちた切っ先を見て、蛇は目を細めた。己が身の頑健さをこれほど後悔する日が来ようとは思ってもみなかっただろう。


「すいません、代わりのナイフください」


 二本目のナイフに変えてからも、フェリシアはしばらく同じ場所に白い傷を付け続けた。蛇は時折、身じろぎはするものの、大人しく顎を地面について耐える。

 三本目のナイフが折れた時、ようやく蛇の口元に虹色の柔肌が見えた。その輝きに、傍観しているだけだった者も思わず顔を見合わせる。フェリシアも少しホッとして額の汗をぬぐった。頭から水を被ったように濡れていて、汗と雨の区別はもはやつかない。寒さは全く感じられなかった。

 そこからは順に皮を剥いでいく。さかむけた皮の端を持って引っ張る。顎を全て剥ぎ、目を過ぎると、先ほどまでの濁った瞳がきれいな黒曜石のように輝いた。


「良い。後、やる。退く」


 蛇の体に乗って皮を引っ張っていたフェリシアは、慌てて蛇から滑り降りて距離を置いた。大蛇はフェリシアが離れたのを確認して、大きく体をうねらせる。

 蛇は空に向かって、その巨体を螺旋階段のようによじった。服を裏返しに脱ぐように皮がずるずると脱げていく。徐々に表れる新しい蛇の体は、まだ鋼色には程遠い、透き通る群青が淡く光っていた。柔らかそうな体は雨に濡れて、宝石の鉱脈のように輝き始める。

 尻尾の先まで鈍色の皮を脱ぎ切ると、神々しいまでに光り輝く蛇が音もなく宙に浮いた。およそ重力というものは感じられない。この蛇はこの世の物理法則からは外れた存在だった。


「世話、なった。この恩、返す、絶対」


 蛇は天を仰いだ。その目線の先には小さく青い空が映る。

 待ちに待った青空の欠片を見つけた時、フェリシアは体の底から震えが突き抜けていくのを感じた。

 あれほど待ち望んだ晴れ間が見える。そろそろ夕焼けに染まり始める橙色と青の色相が滲んだ。久方ぶりの空はひどく目が沁みる。

 その淡い空気の中へ、蛇の巨躯は次第に溶けていった。


「生きてる。わたし、いきてる!」


 膝から崩れ落ちる。天を仰ぎ、フェリシアは言葉にならない声で空に向かって吠えた。

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