第74話 面倒くさい彼女
「……ヤバい」
誰も居ない放課後の教室、携帯を手に持ち呟くのは、絶体絶命の笠原隼人。
画面に写っているのは、涼花からのおぞましいメッセージの数々。
『駄目駄目駄目の駄犬さん。私を置いての食事は楽しいですか?』
『次に会ったらお仕置きですね』
『今どこに居ますか?』
『生徒会のお仕事は無かったですよね』
『返事をください』
『逃げられませんよ』
『私のこと嫌いになりましたか?』
『犬のくせに生意気ですよ』
など、様々なメッセージが数分おきに送られてきている。完全にやらかした。最近の疲労の為か、下校時間になるなり机に突っ伏して爆睡してしまった。
どうしようかと悩んでいると、またしても通知が鳴る。
『既読をつけましたね。早く返信してください』
「お前は面倒くさい彼女か!!」
何なんだコイツ、束縛激しすぎだろ。元はと言えば俺が爆睡してしまった原因もお前かもなぁ!?
そんなことを思いつつも、無視すれば何をされるか分からないので、仕方なくメッセージを返すことにする。
『すまん、寝てた』
『ふざけないでください。私がどれだけ寂しい思いをしたのか分かっているのですか?』
と、一瞬何かが送られてくるが、すぐに送信が取り消される。マジでなんなんだコイツ。
『とにかく、早く会いたいです。校門まで来てください』
『嫌だと言ったら?』
『監禁します。そして一生あなたと一緒に暮らします。ずっとずっと一緒ですよ。良かったですね』
「…………」
何言ってんだコイツ。ヤバすぎるだろ。メッセージ越しだと更に狂気に拍車がかかってやがる。もう怖すぎて行くしか無くなってきた。
俺は急いで荷物を纏めると、一目散に学校を出る。最近の涼花はどうも丸くなったというか、俺を犬扱いすることも減ってきたと思ったんだが、全然そんなことは無かった。コイツはいつでもどこでも悪役令嬢だ。
「あーもう、疲れる……」
疲労困憊の身体に鞭を打ち、何とか校門前へと辿り着く。すると、そこには予想通りと言うべきか、不機嫌そうな顔を浮かべている涼花の姿が。
「遅いです」
「悪かったな。俺も色々疲れてるんだよ」
「許しません。どれだけ待ったと思っているのですか?本当に駄犬ですね」
「そうだな。ごめんな」
いつもなら頭を鷲掴みにして分からせてやる所だが、今日はそんな気力すらも湧かない。俺は早く帰って寝たいだけだ。罵倒されようが悪態を取られようがどうでもいい。
「本当に駄目駄目です。お昼は何をしていたのですか?」
「腹下してトイレに篭ってたんだよ」
「あらあら、無様ですね。貴方にはお似合いです」
「そうかもな」
「全く、連絡をしても返事がないから心配したのですよ?普段から健康に悪いものばかり食べているから悪いのです」
「そうだな」
「……ちょっと、聞いているのですか?」
「ああ」
「……ちゃんと私を見て下さい」
「全くその通りだ」
「…………」
適当にあしらい続けていると、涼花は悲しげな顔で見上げてくる。
いつもは毒気だらけの顔をしてるくせに、偶に人の良心を抉ってくるような切ない表情をするのやめて欲しい。罪悪感が凄いから。
「あー、悪かったよ。心配してくれてたんだな。どうもありがとう」
「ふんっ、最初からそういえばいいのです」
涼花は不機嫌そうな顔で鼻を鳴らす。相変わらず可愛げの無い奴だ。俺の前でもずっと猫を被っていて欲しいんだが。
「そうでした。少しお願いがあるのですが」
「何だ?」
「今日は私のお家に遊びに来ませ──」
「絶対に断る」
可愛げの無い上に配慮もないと。俺は疲れてると言ったはずなんだが。
「な、何故ですか?」
「何故も何も、お前の家遠いだろ」
それに、コイツの家に居たら全く落ち着かない。探検しようものなら迷子になり、二度と帰れなくなるに違いない。
「ご安心ください。車を呼べば一分足らずで到着します」
「じゃあお前一人で帰れ。俺は行かない」
「……駄目、ですか?」
上目遣い+涙目。普通の人間(主に海凪)なら一瞬で堕ちるのかもしれないが、残念ながら俺にその手は通用しない。そもそもコイツは演技をしているだけであって、本気で言っているわけではないのだ。騙されてはいけない。
「絶対に行かないからな」
「……分かりました」
涼花は俯きながら呟くと、携帯を取り出してどこかへ電話をかけ始める。
「……もしもし、私です。今すぐ来てください。……はい。分かりました」
涼花が電話を切るのと同時に、遠くの方からこちらに向かってくる車の音が聞こえる。
「さぁ、行きましょう」
「おい、嘘だろ……」
「ふふっ、観念するのです。言ったでしょう?貴方は私から逃げられないのです」
そう言うと、俺を逃がさまいと腕に絡み付いてくる。いつも通りの黒色のリムジンが目の前へと止まり、黒服さんが出てくると、後ろの方の扉を開けてくれる。
「お迎えに上がりました」
「早かったですね。ほら、早く乗ってください」
「はい……」
半ば強制的に車に乗せられると、隣に涼花が座ってくる。もう逃げ場は無いようだ。誰か助けて。
やがて車がゆったりと走り出し、学校から遠ざかっていく。もう二度と帰って来れない可能性もあるから、一応別れの言葉を言っておこう。さらば学校。
「ふふっ……ようやく好きに出来ます……」
涼花は俺の肩に頭を乗せると、スリスリと頬擦りをしてきた。
「前も思ったけど、お前車の中だとなんかキャラ変わってないか?」
「私は元々こういう性格ですよ。犬を愛でたくなるのは当然の事です。本当はもっと貴方と一緒に居たいし、ずっとずっとくっついていたいし、二人きりになりたいのです」
「そうか……」
涼花の告白紛いの言葉に動揺してしまうが、勘違いしてはいけない。コイツは飽くまでも『ペットとして』の俺を好き好んでいるだけだ。少なくとも恋愛感情は抱いていないはず。そうじゃないと色々と困る。
「貴方は本当に可愛いですね。くっついているだけでも幸せです」
「そりゃどうも……」
「照れていますね。可愛いですよ」
「……」
別に照れてはいない。ただ黒服さんの前でよくこんな姿を晒せるなと思っているだけだ。
「ふふっ、いい匂いです……」
それから暫くの間、涼花は俺の髪を弄ったり、身体を抱き締めたりして遊んでいた。俺はされるがままの状態で、ただひたすら時が過ぎるのを待つことしか出来なかった。
何か重大な問題を全て放置してしまっているような気もするが、上手く頭が回らない。難しいことはまた後で考えよう。今はただ、コイツの好きにさせればいい。
……ただ、少し眠くなってきた。本当に、少しだけだが。温かい涼花の身体を感じていると、気持ちが落ち着いてくる。
瞼を閉じてみると、一気に意識が落ちていくのを感じた。
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