第72話 退屈
「……つまらないですね」
いつもの時間帯。いつもの体育館裏。いつものお弁当。唯一違うのは、彼が私の隣に居ないという点。何処を探し回ってもいなかったから、仕方無く一人で食べるようにしたのに、彼が居ないと全然美味しいと思えない。
味気なくて退屈。こんなことなら、無理やりにでも彼を連れて来ればよかった。
「……はぁ」
私はため息を吐き、箸を止める。そして何気なく携帯を取り出し、彼にメッセージを送信する。
『駄目駄目駄目の駄犬さん。私を置いての食事は楽しいですか?』
送ったメッセージは、十数秒が経っても既読は付かない。彼は元から返信が早い方では無いけれど、それでも見た後はちゃんと返してくれる。だから別に大丈夫です。彼には後から埋め合わせをして貰ったらいいですから。私を寂しくさせた罰として、沢山話し相手になって貰うんです。今日は海凪も部活動で居ないので、放課後に二人きりでお買い物なんかにも行って、それから……。
「……な、何を考えてるんでしょう、私は……」
恥ずかしい妄想を繰り広げてしまったせいで、頬が熱くなる。私らしくもない。これじゃまるで恋する乙女みたいじゃないですか。そんなの絶対に認めません。彼とはあくまで主従関係ですから。犬に恋愛感情なんて抱くわけが無いのです。
「……でも、貴方がどうしてもというのなら、そう言った関係も考えものですが」
そんなことを呟いてみる。勿論返事は帰ってこない。虚しさだけが募っていく。
「……早く会いたいですよ」
ポツリとそう言うと、胸の奥から不安感が湧き出てくる。もし彼が他の女性と食事なんかをしていたらどうしよう。
……例えば、あの生徒会の書記とか。あの人間は危険人物です。生徒会室付近で何度も見かけたことがありますが、その度に、彼の近くにいるのが許せなくなって、つい睨みつけてしまいます。
あの女狐め。私と若干キャラが被っているんですよ。身長を小さいことを活かしてるのが鼻につきます。あの言動も胡散臭いですし、裏があるに決まっています。
秋月玲香もそうです。あの女さえ居なければ、彼は私だけのモノだったのに。それなのに彼にベタベタとくっ付いて、汚らわしい。生徒会は婚活会場じゃないのですよ。真面目に仕事をしなさい。
「はぁ、やっぱり連れて来るべきでしたね」
そうすれば、こんな気持ちになることもなかったのに。
「……早く会いたい」
そう思うと、自然と涙が溢れ出てくる。
「……ぐすんっ……なんで私が泣かなければいけないのでしょう」
これも全部、彼の責任です。彼が悪い。責任を取ってもらわなければなりません。
デートだけじゃ足りません。今度は私のお家でお泊まりなんてしたいですね。また強引に誘拐しましょう。彼は優しいですから、何だかんだ言いつつも、私に付き合ってくれます。私を子ども扱いしてくるのは癪ですが……。
「あーあ。本当に駄目な人……」
そう言って私は、もう一度彼にメッセージを送る。
『次に会ったらお仕置きですね』
この文章を見て彼は絶望するでしょう。きっと慌てて私に謝罪をしに来て、機嫌を取ろうとしてくれるのです。それを想像すると、少し楽しくなってきました。
「……ふふ」
思わず笑ってしまう。だって仕方無いじゃないですか。彼が悪いのです。私を放っておくから。だからその時は、存分に困らせてやります。
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