第71話 アオハル

「……いいんですか?本当にいいんですね?食べた後には返しませんよ?」


 念入りに確認しないと、後になってとんでもない事を要求される可能性がある。会長に限ってそんなことはないとは思うが、念の為だ。


「問題無い。気に入ってくれるかは分からないが、少なくとも不味くは無いはずだ」


「ありがとうございます」


「えー?隼人くんだけズルいよ〜。私も食べたい〜!」


 先輩はぷく〜っと頬を膨らませながら抗議してくる。そんなちょっとした表情も可愛い。やっぱり昨日の出来事は、あまりの過労に頭がやられた俺が見た幻覚だったんだろうな。全く困った困った。


「じゃあ、朱里は私の弁当と交換しよう。私も朱里の弁当には興味があるからな」


「えっ?いいの!?」


「勿論だ」


「やったぁ!玲香ちゃんありがとう!」


「おっと、よしよし」


 会長は胸に飛び付いてきた先輩を抱き止めると、優しく頭を撫でている。なんだか姉妹みたいだな。海凪と涼花のペアに似た何かを感じるが、こちら側は涼花達と違って得体の知れない狂気を感じないのがいい。


「では早速食べようか。感想を聞きたいからな」


「はい。いただきます」


 会長が俺のために作ってきてくれたんだ。ありがたくいただくことにしよう。お礼はまた後日だ。


 そうして三人で仲良く地面に座り込み、弁当箱を開ける。


 すると、中から出てきたのは色とりどりの具材の数々。ウインナーやミートボールと言った庶民的なものばかりだが、とても豪華で、素人目に見ても手間が掛かっていることが分かる。


「うわぁ、すご〜い!」


「あぁ、少しは上手く出来ているだろう?」


「はい。どれもすごく手が込んでいますね。先輩のも可愛らしいですよ」


「えへっ、そうでしょ?手作りだよ〜」


 先輩のは違う意味で手が込んでいる。二重になっている弁当箱の下の段は、所謂キャラ弁というものなのか、可愛らしい猫が玉子やかまぼこを使って器用に作られている。勿論上の段も凝っていて、タコさんウインナーやうさぎりんご何かが入っていた。


「えへへ、すごいでしょ?私だって女子力あるもんね〜」


「ええ、流石です。先輩」


「でしょ?撫でて撫でて〜」


 本当に可愛らしい人だな、なんて思いつつ、俺は何気なく先輩の言う通りにしようとする。

 しかし、それは叶わない。俺が伸ばした腕を、会長が掴んで止めてきたからだ。


「……ダメだ」


 瞬間、背筋が凍りつくような威圧感を秘めた声が、俺の耳元で鳴り響く。会長は普段通りの無表情だというのに、 何処か違う。腕を掴んでいる手は怖いくらいに落ち着いているのに、尋常ではない感情が滲んでいるような気がする。


「……会長?」


「……朱里、甘えるなら後で私にしてくれ。今は食事中だ」


「……ふーん……」


 先輩は一瞬、昨日のような大人びた薄笑いを浮かべた。……のは気のせいだったのか、すぐにしゅんとした表情になり、「……ごめんね」と悲しそうに言った。


 ……また俺の幻覚か?そろそろ本当に休んだ方がいいかもしれないな。疲れが溜まりすぎてるかもしれない。

 それにしても先輩が可哀想だ。ただ俺に褒めて欲しかっただけだろうに。会長は食事のマナーに厳しいのか。


「あの、会長。俺も悪いところは──」


「笠原君」


 会長は俺の言葉を遮って腕を解放すると、そのまま自分の箸を手に取り、唐揚げを摘み上げる。そしてそれを俺の口へと運んでくる。


「ほら、口を開けるんだ」


 なんだろう。今日の会長はやけに余裕が無いというか、強引な気がする。


「は、はい……」


 まぁ、小心者の俺は逆らえないので、大人しくその通りにする訳だが。


 そうして口に運ばれた唐揚げを咀噛すると、肉汁が溢れ出てきて、思わず頬が落ちそうになる。だが素直に食事を楽しめる気分では無い。会長の様子がおかしいのは放置出来る問題じゃないからな。もしかしたら俺に原因があるのかもしれない。


 会長がおかしくなったのは、恐らく涼花と対面して以来だ。スキンシップがやたらと激しめになったり、涼花の真似をしてきたり、先輩を撫でるのを阻止してきたり。

 ……まさか、嫉妬してるのか?いや、それはないか。会長が俺に嫉妬する理由なんて無い訳だし。


「あっ、ずるいよ〜。玲香ちゃんもあーんしてあげる」


「んっ」


 先輩は会長の膝元に置いてあった弁当箱から卵焼きを摘む。会長が大人しく口を開けていると、先輩はそのままパクリと自分で食べてしまう。


「さっきいじわるされたから、これでチャラね〜」


「全く、仕方のない奴だな」


「えへへ〜。玲香ちゃんもあーんして?」


「あぁ」


 今度は先輩が餌を待つ雛鳥のように、会長から食べさせて貰っている。何やら俺を置いてけぼりにしてイチャイチャしているが、仲の良い姉妹を見ているようで微笑ましい。さっきはどうなることかと思ったが、そう簡単に先輩は落ち込まないようで良かった。


「えへへ、玲香ちゃんのお弁当、美味しいよ?」


「朱里もな」


 そう言いながら二人は見つめ合い、楽しげに笑う。こうして見ると、二人とも容姿端麗な上に料理も上手いなんて、非の打ち所がないように見える。この光景を見て羨ましがらない男子はいないと思うぞ。


 かくいう俺も、イチャイチャしてる二人を目の保養にしながら、会長のお手製弁当を嗜む立場だが。もしバレたら刺されそうだな。


「隼人くん。私のお弁当にも興味あるよね。あーんしてあげるね?」


「えっ」


「ダメだ。食べ過ぎは身体に良くない」


「少しくらい大丈夫だよ〜。隼人くんは男の子なんだし。はい、あーん」


 先輩は不服そうに肩を掴む会長の静止を振り切って、俺にタコさんウインナーを差し出してくる。

 ……これはどうしたらいいんだ?間接キスってやつになるんだろうけど、先輩は気にしてなさそうだしな。会長は不満そうな顔してるけど、気にせずありがたく頂くか。


「あ、あー……」


 ……あれ、俺って何気に青春してる?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る