第70話 仲良く犯罪者

 授業が終わり、昼休憩に入る時間。生徒達は購買に行ったり席をくっつけて弁当を広げたりして、各々食事を済まそうとする。

 残念ながら俺は友達が一人も居ないので、一人寂しく便所へと向かう。

 何故便所へと向かうのか、その理由は単純明快。涼花から逃げる為だ。

最近のアイツはどうにも様子がおかしい。というか会長もおかしい。そして明瀬先輩もおかしい。

 うん、そうだ。全員おかしい。やけに積極的というか、距離が近いというか、焦っているような雰囲気を感じるのだ。唯一変わらないのは海凪くらいだが、あの女は昼食の時は他の友達と一緒に食っているから、お邪魔する訳には行かない。

 だから便乗飯に向かっている。皆の嫌われ者もここまで落ちぶれたと思うと悲しい。今思えば、涼花は間接的に俺のぼっち飯を回避させてくれていたのかもしれない。本人にその気は無いんだろうけど。


「笠原君」


 コソコソと教室を出ようとしたところで、扉の横に寄りかかっていた会長が呼び止めてくる。


「どうしたんですか?珍しいですね」


 何やら嫌な予感しかしないが、こちらは飽くまでも好意的な態度で接する。その手に持っている弁当箱らしき物×2は何だと問いかけたいが、変に踏み込まないようにしよう。


「単刀直入に言おう。一緒に昼食を取らないか?」


「……なぜぇ?」


 2%くらいの確率で違う言葉が来る事を期待していたが、あえなく撃沈した。会長が昼食に誘ってくるなんて、珍しいというか初めてだ。まず普段の学校生活において会長を見かけること自体が中々ない。


「交友を深めるには一番と聞いたからな。嫌だったか?」


「そういう訳じゃないんですけど……」


 涼花はどうするんだ?なんて事を一瞬でも考えてしまった自分が恐ろしい。どうせアイツの事だから、俺以外の犬候補でも見つけて飯を食うはずだ。まず心配する義理もないしな。


「分かりました。行きましょうか」


「ああ。いい所があるんだ。着いてきてくれ」


 俺は会長に手を引かれ、階段を登っていく。その間「また浮気ね」とか「逢い引きよ」とか周囲の視線が痛かった。



 そして辿り着いたのは、屋上に続く扉の目の前だった。この場所は基本的に立ち入り禁止になっていて、たまにヤンチャな生徒達が屯しているくらいの所だ。まさかとは思うが、あの会長がここで食べようとは言うまい。


「ここで食事をしようか」


「立ち入り禁止ですよ」


「……そうだな。これで君も共犯だ」


 会長は悪戯に笑うと、扉を開けて俺を誘ってくる。まさか会長にこんな一面があるなんて。幻滅まではしていないが、正直驚いている。

 いや、考えてみれば、会長が変わったのは俺の影響なのかもしれない。出会った当初は言葉も冷徹で表情なんて一切無かったのに、最近はよく笑顔を見せてくれるし、こうしてちょっと悪いことをする程度にははっちゃけるようになった。

 これが会長にとって良い事なのかは分からないが、本人が楽しめているのならそれでいいだろう。楽しそうな会長を見るのはこちらとしても心地良いのは事実だ。誰かに見つかったら一巻の終わりだけど。


「ここ、よく来るんですか?」


「いや、昼に来るのは初めてだ。ただ、この景色が綺麗だと思ったから、君に見せたかったんだ」


 確かに、見晴らしが良い。空がよく見えて気持ちがいいし、風も心地良い。放課後に告白を受ける時くらいにしか訪れたことは無かったが、こうして見ると最高の場所かもしれない。確かに食事には持ってこいだな。

 オマケに俺達以外には誰も居ない。体育館裏でコソコソと涼花と地獄の食卓を囲むよりは断然良いだろう。


「……えっ、隼人くんに玲香ちゃん!?」


 突然、背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。振り返ってみると、そこには弁当箱を抱えた明瀬先輩の姿が。


「え、えっと、屋上は立ち入り禁止だよ?困っちゃうな〜……」


「そうだな。朱里も共犯で一安心だ」


 まさかの先輩もここで食おうとしていたらしい。生徒会執行部のメンバーがこんなのでいいのだろうか。


「うぅ……だって誰も居ないし、風気持ちいいし……」


「別に責めてるわけじゃないですよ。俺達も同じことをしたんですから、三人だけの秘密にしましょう」


「う、うん。ありがとう隼人くん」


 昨日の出来事もあり、多少警戒はしてしまうが、先輩の様子は至って普通だ。純粋に微笑む笑顔には違和感一つない。もしかしたら、昨日のことは全部夢だったんじゃないか、なんて思ってしまう。


「でも、二人っきりで仲良くご飯か〜。私も誘ってくれればよかったのに〜」


「すまないな。今度からは誘うことにしよう。なあ、笠原君?」


 何故か次も一緒に食べることが前提になってしまっているが、別に悪い気はしない。俺も会長のことは人として好きだしな。


「やった〜!毎日イケメン二人とご飯だ〜!」


 先輩は無邪気に飛び跳ねている。そんなにジャンプしてたら、弁当箱の中身が無惨なことになっていそうなんだが。食べ物を粗末にしてはいけません。


「実は、君の分も作ってきたんだ。君はまともな物を食べていなさそうだったからな。コンビニの食品だけでは栄養が偏るだろう?何より寂しいからな」


 そう言って会長が手渡してきたのは、チェック柄をしたピンク色の袋に包まれた弁当箱。

 つまりこれは会長のお手製ということになる。その重圧を両手に感じると、一気に胸が高鳴り始める。

 あの全校生徒の憧れの秋月会長の手作りだぞ?興奮しないわけが無い。天才が作る料理の味なんて想像も付かないが、きっと物凄く美味いんだろう。金持ち涼花の弁当とはまた違った魅力が期待出来る。

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