第69話 両手に花?

「……っ」


 涼花は二人の異変にすぐさまに気付き、焦ったような表情を浮かべる。だが海凪はハッとした顔をすると、わざとらしい作り笑いをして会長の肩を組む。


「んな事どうだっていいだろ?私と玲香は仲がいい。ただそれだけでいいじゃねぇか。な?」


「ああ、そうだな」


「え、えぇ、そうですね。少し不躾なことを聞いてしまいました」


 涼花はホッとしたように胸を撫で下ろすと、涼しそうな笑顔を作ってみせる。だが、それも流石にぎこちなくなっている。

 会長と海凪の関係。俺もそれは気になってはいたが、この無駄にコミュ力が高いゴリラなら、誰と仲が良くても不思議では無いと思い深く追求はしなかった。

 だがこの反応。たまたま仲が良くなったでは説明がつかない。まるで赤ちゃんはどうやったら出来るのと子どもに聞かれた両親のような反応だった。

 まぁ、会長なら包み隠さずに教えそうなものだが。逆に海凪がどうするかは気になる。面倒見の良いこいつの事だし、子どもの純情は守るのか。はたまた悪ふざけで教えるのか。

 ……っと、頭の中で話が脱線したが、どちらにせよ本人達が言いたくないのならそれまでだ。下手に深入りして幸せなことが起こった試しがないからな。


「にしても玲香、お前ほんとに大胆だな。人の男に手出すなよ」


「ん?笠原君は誰かの所有物なのか?」


 会長は何気無い顔で鋭い質問をしてくる。

 天然か計算か、的を射た質問だな。思ってしまえば確かに、俺は涼花の犬でも無ければ恋人でもないし、誰のものでもない。即ち会長が何をしようが海凪が咎める権利は無いということだ。

 だが一つ大きな問題があるんだ。いきなり抱き着かれたら普通に心臓に悪いから辞めて欲しい。俺には咎める権利があるからな?会長だからまだ許せるが、涼花や海凪だったら殴り飛ばしてるところだ。


「……笠原くんは私の所有物ですよね」


「本人が肯定しなければその関係は成立しないな」


「…………」


 会長のエグいほど単純な正論に、涼花は為す術が無い様子だった。こんな暗い顔をする涼花を見るのは初めてかもしれない。少しだけ可哀想だと思わなくもないが、日頃の行いが悪いんだからな。俺は助けない。


「……私の事、嫌いですか?」


「それは何度でも言ってやるぞ。好きでは無い」


「…………」


 少し強く言いすぎたのか、涼花は表情を曇らせて俯いてしまった。

 ……いや、おい、普段の自分の言動をよーく振り返ってみろ。俺に好かれる要素なんて皆無だろ。だからそんな顔しないでくれ。俺が悪いみたいだから。


「……私だって、このくらい出来ます」


 次の瞬間、俺の右腕に柔らかい感触が満遍なく押し当てられる。見てみると、涼花が恥ずかしそうに頬を赤らめながら俺の腕に抱き着いていた。


「……は?」


 予想外の出来事に思わず間抜けな声を出してしまう。何だこれ。何が起きてるんだ。変なのが腕に引っ付いてるんだが。誰か助けて。


「おぉ……!」


 海凪は感動したように涙を流している。そんなことしてないでさっさと止めろクソゴリラ。


「……秋月さんだけなんて、不平等ですから」


「平等も不平等も無いだろ。離れろ」


「嫌です。貴方が引き剥がさないのならずっとこのままです。授業中も離れません」


「ふざけるな」


 幸い信者はこの場にいないから、周囲からは傍迷惑な連中として煙たがられているだけだが、校舎内でこんなことをされたら間違いなく死ぬ。山奥で八つ裂きにされて無惨な姿になった俺が発見されるだろう。


「笠原君、私の方が上手く出来るぞ。見ててくれ」


 子どものように言うと、会長も右腕に抱き着いてくる。


「邪魔しないでくださいよ!!」


 涼花は怒りの籠った声で叫ぶと、会長を思いっきり睨みつける。さっきまでのしおらしさは何処へ行った。情緒不安定すぎるだろ。


「ふっ……」


 会長は勝ち誇るように笑うと、俺の顔を覗き込んでくる。一体何がしたいのかは分からないが、取り敢えず離れて欲しい。


「……何故貴方も同じことをするのですか?昨日の言葉をお忘れで?」


「あぁ、だから早い内に笠原君に取り入っておこうと思ってな。万が一にも見放されないように」


「そうですか。ならそれ相応の覚悟をしておいてくださいね」


「心得ている」


 二人は何の話をしているんだ?何やら不穏そうなのは理解出来るが、俺を巻き込むのはやめて欲しい。


「…………」


 涼花は無言で俺の左腕を掴んで離さずに、会長をギロリと鋭く睨みつけている。その瞳の奥にはメラメラと炎のようなものが見えていた。

 傍から見たら天国かもしれないが、俺からしたらとんだ羞恥プレイだ。両手を塞がれている以上引き剥がすのは難しい上に、頼み綱の海凪はニヤニヤとしながら傍観しているだけ。

 結局校門ギリギリに着くまで、二人は俺を解放してくれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る