第68話 ハーレム主人公
海凪はそんな会長を見て、呆れたようにため息をつく。
「なぁ玲香、言い忘れていたけどなぁ、コイツには涼花という決められた女の子がいるんだ。そういう行為はやめてくれよ」
「それは無理な願いだな」
「何でだよ!?」
「なんとなくだ」
「ふざけんな!お前は昔からそういうところがあるんだよ!何でもかんでも直感で行動するんじゃねぇ!」
「それについては悪いと思っているが……」
会長は少し困ったように俺のことを見る。
「……個人的に、笠原君は彼女と親しくして欲しくないんだ」
それは、俺も海凪もよく聞き取れない程度の声量で、いつも通りの無表情が心做しか悲しそうにも見えた。
「はぁ?なんつった?」
「……いや、何でもない。それよりも早く登校した方がいいだろう」
だがそれは気のせいだったのか、会長は俺の手を引いてそのまま歩き始める。
何だか様子がおかしいような気もするが、会長も少し調子が狂う時くらいはあるのだろう。日々の疲労もあるし、何とかして労わってあげたい所だな。
しかし何がいいか。流石に──
「当たり前のように手を繋ぐなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「うおっ……」
海凪は鬼のような形相で俺と会長を引き剥がしてきた。
あまりにも自然すぎて気付かなかったが、どうやらいつの間にか手を繋がれていたらしい。
「お前なんかおかしいぞ!?大丈夫か!?」
海凪も会長の異様さには気付いているようだった。
「問題は無い。私はいつも通りだ」
そう言って、今度は腕を組んで来ようとする。
「やめろっ!隼人が発情しちまうっ!」
「しない」
「なら問題は無いな」
「大アリです」
意地でも腕を組んでこようとする会長と、それを必死に抑える海凪。ただただ傍観している俺。見て見ぬふりの通行人。
誰か助けてくれ。と心の中で強く願うと、見覚えのある黒色のリムジンが道を走ってきて、俺たちの前で止まった。
中から出てきたのは勿論小さな銀髪少女こと涼花。登校中の生徒が居る中なので、人畜無害な柔らかい笑顔をしている。ヒーローが来たかと思えば、新たなヴィランが投入されただけだった。ふざけるな。
「おはようございます。九条さん。笠原くん。そして……」
涼花は完璧な笑顔の隙間から刺すような敵意を醸し出すと、上目遣いで会長を見つめる。
「秋月さん。どうしてこちらに?」
「ああ、偶然彼らに遭遇してな。一緒に登校していたんだ」
「では、何故笠原くんの腕に抱き着こうとしていたのですか?」
「…………」
涼花の鋭い笑顔を前に、会長は黙り込んでしまう。やはり会長と接する時の涼花の言葉には刺があった。普段から毒気しかない言動が、更に冷たさを帯びている。
「……黒沢、今日は歩いて行きます」
「かしこまりました」
涼花の一言で、リムジンは颯爽と走り去っていく。流石に登校中は束縛しないらしい。頼むから強引に連れて行って欲しかったが、そんなことを言える空気じゃなかった。
「えっ?あれ神楽さんじゃ?」「なんでここに?」「すっげー本物だ」「サイン貰えるかな?」
涼花がこんな所に居るのは中々無いので、一般の生徒達は物珍しそうな顔で通り過ぎていく。全校生徒が涼花の信者な訳では無いので、鼻息を荒らげて拝むような奴は居なかった。
「もう一度聞きますね。何故抱き着こうとしたのですか?」
いつもの笑顔で誤魔化してはいるが、涼花は随分と苛立った様子だった。独占欲が強いコイツのことだ。犬を他の人間に取られるのが耐えられないのだろう。
それとはまた違った感情が含まれているような気もするが……まぁ、俺の勘違いだろう。
会長は涼花から目を逸らすと、間が悪そうに口を開く。
「……私にも分からない」
「では、今後は控えてください」
「それは出来ない」
「何故ですか?」
「なんとなくだ」
「そ う で す か」
涼花の額にピキピキと青筋が浮かんでいく。やばい。これは非常に不味い状況だ。
コイツの怒りが爆発すれば、ここら一体は更地になってもおかしくは無い。最近近所に建てられた新築の家が吹き飛ぶのは可哀想だ。
「まぁまぁ、落ち着けよ。玲香も私らと仲良くしたいんだよ」
「では、私も一緒に登校させて頂きますね。よろしいですか?」
「……あぁ」
会長は前髪をいじりながら答える。いつも感情を表に出さない会長にしては珍しく、歯切りが悪い様子だった。
流石の会長でも、こんな朝から高圧的な態度を取ってくる悪役令嬢と登校するのは無理があるはずだ。
俺だって嫌だ。超気まずい。涼花がここまで会長を毛嫌いしている理由も分からないし、何故一緒に登校しているのかも分からない。普通苦手な人間とは距離を置くものだろうに、コイツはその真逆だ。
嫌いな人間を徹底的にいびり倒すのが楽しくて仕方がないんだろ。これが気品溢れるお嬢様の姿なのかよ。
「少し気になったのですが、九条さんと秋月さんはどのような関係なのですか?」
涼花は満面の笑みを向けながら、二人に問い質す。だが今その笑顔は逆に怖い。コイツは一体何を考えているのだろうか。
「んー、まぁ、友達だぜ、なっ?」
「ああ、そうだな」
「いえ、そうではなく。いつどのようにして知り合ったのですか?随分と旧知の中のようですが」
「「…………」」
瞬間、二人は深刻そうな顔で黙り込んでしまう。まるで聞いてはいけないことを聞いてしまったかのように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます