第67話 ぶっちゃけ美少女にドキドキする時もある

「海凪」


「お?どうした?」


 いつもの通学路。後頭部で手を組んで歩く海凪の横を進みながら、俺は真剣な眼差しを向ける。


「俺はどうやらキスというものをされたらしい」


「へー、そうなんだ。まぁ良かったじゃねぇ──はっ!?」


 瞬間、精密機械よりも速いスピードで胸ぐらを掴まれ、物凄い形相で顔を寄せられる。


「はっ!?なんて言ったお前!?いつ!?誰と!?」


「やーめーろー」


 あまりにも勢い良く首を振られすぎて、返答がままならない。


「お前、涼花以外の女とキスしたのかよ!?ふざけんなっ!あの子はな!あの子はなぁ!」


 海凪は涙目になりながら、俺を揺さぶり続けてくる。周囲の冷めた視線が物凄く痛い。泣きたいのは俺の方だ。今まで可愛らしい妹程度に思っていた先輩が急に大人びたことを言い出して、正論をぶちかまされた挙句に、人生初めてのキスの感触を知らされた。


 まぁ、キスと言っても額にだけど。それでも俺にとってはかなり衝撃的で。正直俺史上一番女性に色気を感じた瞬間だった。その相手が先輩なのはなんとも言えない。


 不本意にも一瞬だけドキッとした自分が情けなかった。その感情は恋愛面のものではなく驚きから来たものだろうけど。


「くそぉ!隼人、隼人ぉ!この裏切り者ぉ!」


 海凪はワンワンと騒がしく泣き喚きながら、俺の胸板をボコボコと殴ってくる。痛すぎる。一発一発が一撃必殺レベルの超高火力攻撃だから、胸骨がへし折れそうだ。


「落ち着け。別に口同士でした訳じゃない。額にされただけだ」


 俺は血反吐を吐き出しそうになるのを何とか耐えながら、海凪の猛攻を止める。


「だから誰にだよ!このクソ野郎!」


「それは……」


 どうしよう。流石に先輩のことを言うのははばかれるな。

 そもそも海凪は明瀬先輩の存在を知らないだろうし、仮に知っていたとしたら、ロリコン扱いされてボコボコにされるのがオチだし。


「おいコラ。言えよ。吐けよ。言わないと殺すぞ」


「あぁ、分かった。教える」


「誰だ?涼花か?それとも他の女か?正直に答えれば半殺し程度で許してやるよ」


「涼花ではない」


「なら、誰だ?言えよ」


「……」


「チッ……」


 俺が何も答えずに黙り込んでいると、海凪は舌打ちをしながら俺の胸倉から手を離す。そして今度は腹パンを喰らわしてきた。


「ぐふぅ……」


 俺は胃液を逆流させながらも、必死で堪えが、それでも朝食を吐き出しそうなほどの激痛だった。

 相変わらずこの女のパワーはバグっている。拳の中に鋼鉄でも仕込んでるだろマジで。


「言いたくねぇのならいいぜ。最終的にお前が涼花と一緒になるのならな」


 海凪は不機嫌そうにそれだけを言うと、情けなくも腹を抑えてかがみ込む俺の首根っこを掴んで、強引に歩かせる。


「ちょ、待てって……」


「やだ。言わないお前が悪い」


 あまりにも酷すぎる。元より俺は涼花と付き合う気なんて微塵も無い。それは向こうも同じだ。最近会長と涼花が妙にギクシャクしている問題もあるんだから、更に恋愛所では無いのに、こいつは俺を過労で殺す気なのか?


 だが海凪に逆らうことも出来ないので、俺は大人しく犬のように連れられていく。

 すると、何故か電柱にもたれかかっていた会長が、俺たちのほうへと声をかける。


「んっ……奇遇だな」


「あっ?おう。奇遇だな」


 奇妙なエンカウントに、海凪は困惑したように眉毛を吊り下げるが、すぐに挨拶を返す。


「おはようございます……」


 俺も海凪に拘束させられたまま挨拶する。


「あぁ、おはよう」


 会長はいつも通り凛々しい無表情でそう言うと、俺のことをじっと見つめてくる。

 今まで通学路で会長を見かけたことは一度もないのに、何かあったのか?


「どうしたんだよ。珍しいな。誰か待ってたのか?」


「いや、そういう訳では無い」


「じゃあどういう訳だよ」


 海凪がやや強めの口調で問いただすと、会長はあかさまに目を逸らす。


「……そんなことよりも、随分と仲が良いのだな」


「あん?別にこれくらい普通だろ?な?」


「普通じゃないな?」


 自分よりも背が低い女に首根っこを掴まれて登校するというのは、精神的に中々くるものがある。それも自分が一番に尊敬している人の前だと尚更だ。


「そうか。普通なのか。なら私にもさせてくれないか?」


「会長?」


 何故そうなった。会長がどんどん悪い方向に染まっていってる気がする。頼むから会長だけは味方で居てくれ。明瀬先輩をこれからも純粋な目で見れるか怪しい以上、唯一の頼み綱は会長しか居ないんだ。


「おう、いいぜ。好きなだけ使っていけ。この変態野郎を」


 海凪は躊躇なく俺を解放すると、物のように会長の方へと差し出す。

 会長なら別に屈辱に感じることは無いが、かなりシュールな絵面になりそうだ。見たことの無いものを自分もしてみたいと即座に考えるのは、天才たる所以か。


「失礼するよ、笠原君」


「はい、どうぞ……」


 会長ならどうせすぐに解放してくれるだろうと思い、俺は大人しく身体を差し出す。

 しかし、その予想は大きく外れることになる。


「…………」


 会長は無表情で俺の顔をじっと見つめた後に、あろうことか背中に腕を回して抱きついてきたのだ。襟元には最初から興味が無かったように。


「か、かいちょう……?」


「……良いものだ」


 会長は心地良さそうにそう言うと、俺の背中をさすりながら、心臓の鼓動音を聞くように左胸に耳を当てる。

 会長の事を恋愛対象としては見ていないが、そんなことをされれば流石にドキドキしてしまう。


「お、おいっ!?何やってんだよお前!?離れろっ!」


 海凪は即座に会長を俺から引き剥がそうとするが、会長は海凪の怪力を前にしてもビクともしない。

 俺も一応は抵抗しようとするが、会長の柔らかい胸の感触と、フローラルな良い匂いのせいで上手く力が入らない。

 だが流石に通行人達の嫉妬と嫌悪の目が辛すぎるので、会長を傷付けないようにそっと引き離す。

 それで会長が最初に放った一言。


「満足した」


「それは良かったです」


「良かねぇよ!?玲香は何考えてんだ!?」


「ん?私が何かしたか?」


「ガッツリやべぇことしてたぜ!?抱き着くなんて言ってなかっただろうがっ!」


「むっ……」


 会長は一瞬だけ驚いたような顔をした後に、怪訝そうな表情を浮かべる。まるで自分でも意図せずに行動してしまったかのような顔だった。

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