第66話 小悪魔

「ふふーん、隼人くんとデートだ〜!」


 先輩は楽しそうな様子で、ぴょんぴょんと跳ねながら俺の前を歩く。

 実は家の方向は全くの真逆なんだが、女の子一人で帰らせるのも危ないからな。送っていくのも悪くないだろ。


「先輩、あんまりはしゃぎすぎると怪我しますよ」


「大丈夫だよ〜!転びそうになっても隼人くんが支えてくれるもんね?時速500kmくらいで飛び出して!」


「俺はそこまで超人じゃないです」


「え〜?でも隼人くんはイケメンだから、それくらいは出来るんでしょ?」


「残念ながらできないです」


「そっかぁ〜……」


 先輩は残念そうに肩を落とす。一体どこ情報かは分からないが、あまりにも滅茶苦茶すぎる。会長が冗談で入れ知恵でもしたのか?


「まぁでも、私はこんな何も無いところで転ぶほどドジじゃないし、大丈夫だけど──あっ!?」


 先輩はフラグ発言を速攻で回収すると、体勢を崩して地面に転びそうになる。

 またこの人は危なっかしいなと思いつつ、俺は寸前で先輩の身体をキャッチすると、そのまま抱き上げて怪我の有無を確認する。


「大丈夫ですか?」


「あ、あああぁ……」


 先輩は頬を紅潮させると、目を見開いて身体を硬直させる。


「……?」


 俺も訳が分からず硬直していると、男子高校生らしき二人組が横を通り過ぎていく。


「はは、見ろよあの兄妹。仲良いな」


「俺もあんな妹欲しかったなー」


 なんてことを、呑気に話しながら。


「……兄妹じゃないもん……」


 ムク〜っとほっぺたを膨らませながら、先輩は俺の首元に腕を回す。


「……逆に何に見え──」


「恋人」


「…………」


 先輩の無機質な返答に、絶句する俺。

 誰がどう見ても俺達は兄妹にしか見えないだろ。仮に恋人なんだとしたら、俺は完全なるロリコンになってしまう。シスコンかロリコン、どっちの道を選ぶかは悩むところだが、犯罪にならないという点ではシスコンの方が優れているな。決めた、俺はシスコンになろう。


「先輩、降ろしますね」


「うん」


 ゆっくりと先輩を降ろすと、今度は俺の腕に絡みついてくる。まるで離れたくないかのように。

 橙色の夕日がどうも哀愁を漂わせているように見えて、何とも言えない気持ちになった。


「先輩は小さくて可愛らしいですから。年下に見えるのも無理はないんじゃないですか?」


「……っ」


 瞬間、先輩の目から光が消えていくような気がした。


「……ねぇ、隼人くん」


「何ですか?」


「私のこと好き?」


「勿論ですよ」


「……嘘吐き」


 先輩は嘲笑気味に笑う。いつもの先輩とは少し違った落ち着いた表情に、一瞬だけ動揺してしまう。

 先輩は俺のネクタイを引いて顔を近付けさせると、薄気味悪い笑みを浮かべながら口を開く。


「ねぇ、隼人君ってさ、私のこと全然女として見てないでしょ?」


「……どうしてそう思うんですか?」


「見てれば分かるよ。隼人君は私に興味無いでしょ?私に全く興味が無い。ただの他人。違う?」


「…………」


 淡々としている先輩の問いかけに、何も答えることが出来ない。

 ……確かにその通りだ。俺は明瀬先輩を生徒会の仲間としか思ってい無い。異性として意識したことなんて微塵も無いが、そもそもこの人は、涼花と同じ部類に属する人種だ。

 性格の善し悪しを別として、そこら辺では見かけれないほどに容姿が整っている。俺はその時点で恋愛感情を抱くことは難しい。

 だが、一人の先輩として好きなのは事実だ。それが例え恋じゃなくとも、好意を抱いているのは本当だった。


「……先輩は可愛いと思いますよ」


「嘘。それって顔のことだけだよね。心の底からそう思ってるわけじゃないでしょ」


「それは……」


「いいんだよ。無理に言わなくても。私は分かってるから。君の本音が」


 先輩は耳元で囁いてくると、ネクタイから手を離して俺の頬に両手を当てる。その瞳にはいつもの無邪気な灯りは無く、大人びた暗い色が宿っている。


「隼人君は私のことを子どもって思ってるかもしれないけど、私は隼人君が思っている以上に大人なんだよ?」


「……」


「私は隼人君とは違うよ。顔だけじゃない。性格も仕草も言動も、君の全部をカッコイイと思ってる。だから簡単に可愛いとか言わないで欲しいかな。思ってもない事を言われるのは嫌だから」


「……」


「分かった?返事は?」


「はい……」


 先輩の尋常ではない迫力に気圧され、俺はそのまま謝罪の言葉を口にする。有無を言わせぬ威圧感。先輩の放つオーラが、俺の身体の自由を奪っていた。


「それと、一つ言っておくね。私は別に、君とそういう関係になりたいとは思ってないよ。私が何をやっても君を堕とせないのは分かってるから。だから安心してね」


「……分かりました」


 先輩の劇的な変化に動揺する反面、そう言ってくれて嬉しいという気持ちもある。今まで俺に好意を寄せてくれた女子の中には、中々諦めてくれずにストーキングのようなことをしてくるような子も居た。

 早い段階で吹っ切れてくれるというのなら、こちらとしてもありがたい。先輩の気持ちには気付いてなかったが、元の関係に戻ってくれるのなら助かる。変に気まずくなってしまうのは嫌だった。


「……だけど、ちょっとくらいはツバ付けときたくてさ」


 先輩は不気味に微笑み、耳元に顔を寄せる。


「……え?」


「……好きだよ」


 先輩は妖艶な声で囁くと、俺の額に唇を当てる。生暖かい感触が肌に伝わると同時に、俺の頭の中を真っ白にする。


「……てへっ」


 そして何事も無かったかのように俺から離れると、スキップしながら道を進んでいく。


「…………」


 何が起こった、今。キスされたのか?先輩に。あの人畜無害で純粋無垢な少女に?

 しばらくの間状況を理解することが出来ずに、その場で固まる俺。


「……何だったんだ……今の……」


 俺は呆然と呟きながら、小さくなっていく先輩の後を追いかけることもせず、ただ突っ立っているだけだった。

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