第65話 独占欲

 ……だが、最後の最後で主人公は別のヒロインと結ばれて終わりだ。

 そのヒロインは物静かで大人しい、それでいて口数が少ない少女だったが、主人公がある事情で落ち込んでいる時に一番に気にかけていた。それが決定打となり、メインヒロインと思われていた少女を差し置いて結ばれることになったということだ。

 あまりにも無情。だがそれもいい。正直、こういう甘く切ないラブコメは好きかもしれない。

 最後に結ばれたヒロインも俺はかなり好きだったし、別に不満は無い。俺はすっかりこの作品の世界に引き込まれていた。


「……」


 横を見ると、いつの間にか俺の本を覗き込むようにして、彼女がこちらを見ていた。

 相変わらず前髪で目は見えないものの、じっと顔をこちらに向けている。


「……そういうのも好きなんですね」


 若干引いているのか、はたまた単に興味があるのかは謎だが、意外だと思われているのには変わりないだろう。


「まぁ、たまにはこういうのも悪くはないかなって」


「……そうですか」


 彼女は俺の言葉を聞くと、手元にある本に視線を落とす。


「そっちも面白かったか?」


「……まだ読み終わってません」


「結構ゆっくり読むんだな」


「……貴方が早すぎるだけです」


 俺もしっかりと読んでいるし、別に特別早くは無いと思うが、確かにすぐに読み終わってしまったのは事実かもしれない。

 俺が一人で納得していると、彼女が本を読みながら口を開く。


「……そろそろ起きそうですよ」


「ん?」


 俺が先輩の方に目を向けてみると、確かにむくりと身体を起こし始めている。


「んんぅ〜……」


 先輩は眠そうな目を擦りながら、キョロキョロと辺りを見渡している。どうやらここが何処なのかを理解出来ていないらしい。


「ふぁ〜……」


 先輩はしばらく放心状態になってぼーっとしていたが、やがて意識がハッキリとしてきたようで、俺の方へと目を向ける。


「……は?」


 突然、鬼のような形相になると、勢い良く俺の方へと走ってくる。

 そして俺の腕へと抱きつくと、敵意全開の眼光を彼女に向ける。


「誰?この女。二人で仲良く何してたの?」


「えぇ……」


 俺は思わず困惑の声を漏らすが、先輩はお構い無しに続ける。


「まさか浮気!?私というものがありながら!?」


「いえ、違いますよ」


「じゃあ隼人くんにとって私ってなんなの!?答えてよ!」


「それ関係ありますか?」


「いいから!」


 先輩はムク〜っと頬を膨らませながら、俺をジト目で見上げていた。

 彼女はというと、ガン無視して小説の続きを読み進めている。

 所詮俺とは他人なので、変に関わりたくないのが本音だろうな。賢明な判断だ。

 俺は先輩に向き直ると、優しく笑いながら語りかける。


「俺は先輩のことが好きですよ」


「ふぇっ……?」


 俺の唐突な告白に、先輩はぽかんとした表情を浮かべていたが、次第に顔が真っ赤に染まっていく。

 数秒前までは険しかった顔も、みるみるうちに蕩けていき、最終的には照れ臭そうにもじもじと頬を掻く。


「え、えぇ〜?照れるな〜。えへへぇ……」


 どうやら機嫌が良くなったようだ。チョロすぎて心配になるレベルだった。この人は将来大丈夫なのか……?

 これが涼花だったら嫌悪感に満ちた目で俺を蔑んでくるだろうに、この人と来たら扱いやすくて助かる。


「ねぇ、どれくらい好き?」


「そうですね。かなり好きです」


 先輩として。


「うん!私も大好き!」


 先輩は目をキラキラと輝かせながら、俺の腕に擦り寄ってくる。

 物凄く罪悪感というか背徳感というかとんでもないことをしているような気がしてくる。俺のやっていることは本当に正しいのか。

 朝のニュースに俺の顔が乗らないか心配で仕方がない。きっと刑務所に面会に来た海凪にロリコン煽りされまくるんだろうな。それだけは嫌だ。

 そんな俺の心情を察したのか、はたまた鬱陶しかっただけなのか、隣で本を読んでいた彼女が口を開く。


「……帰ってください」


「え?もしかして嫉妬してるの?残念でした〜。隼人くんは私のことが好きなんだもんね〜」


 先輩が挑発するように言うと、彼女は冷静に対応する。


「……この人は貴方を適当にあしらっているだけだというのに、そんなことにも気付かないなんて可哀想な人ですね」


 それは、淡々としていながらも鋭い棘がある言葉で。彼女が苛立っているのは一目瞭然だった。


「は、はぁ!?そんな嘘──」


「邪魔して悪かったな。それじゃあまた」


 俺は先輩の言葉を遮って立ち上がると、半ば強引に手を引いて図書館の扉を開く。


「ちょ、ちょっと待って!まだ話は終わってば!」


 先輩は不服そうにしながらも、俺の手を振り払うようなことはしてこない。本当に涼花とは大違いでいい子だ。

 だが怒らせてしまうと後々面倒になりそうなので、ひとまず一手を打っておくことにした。


「ほら、もういい時間ですよ。一緒に帰りましょう」


「えっ、一緒に?な、ならいいかな……」


 やっぱりチョロかった。これで今日のところは一件落着だ。ようやく胸を撫で下ろせる。


 彼女には後日面白い小説を持ってこよう。流石に見ず知らずの女子を図書館に連れ込むのは無理があったからな。

 相手からしてみれば、大して仲良くも無い男が、突然独占欲強めのロリっ子を抱えて領地に侵入してきたんだ。優雅な読書タイムを邪魔されれば、そりゃあ誰だって怒る。俺だって怒る。相手が涼花だったらデコピンくらいはしてる。


「…………」


 彼女は顔をクイッと扉の方に向ける。どうやら早く帰れと言っているようだった。

 俺は苦笑しながら小さく頭を下げると、そのまま先輩を連れて図書館を後にするのだった。

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