第10話 餌か昼食か

 そして昼休み。俺はコンビニで買った塩おにぎりを握りしめると、誰にもバレないように迅速に教室から飛び出し、そのまま高速で廊下を駆け抜け、階段を下り、下駄箱で靴を履き替える。


「……よし、今日は涼花無しの一人飯が出来そうだな」


 気を抜かないように音を立てずに靴を履きながら、周囲を警戒する。これも全てはあの悪役令嬢のせいだ。

 涼花は友人もとい信者が多い癖して、何故かその生徒達をそっちのけにして、俺と一緒に昼を食べようとする。

 きっとあの学生の昼食とは思えない程の豪華な弁当の中身を見せつけて、俺にマウントを取っているのに違いない。

 それが鬱陶しくて仕方が無いので、どうにかして見つからないように、体育館裏まで向かおうとするのだが──


「あら、何処に行くのですか」


「うっ……」


 昇降口から出ようとしたところで、絶望の声が聞こえてくる。

 振り返ってみると、ニコニコと微笑みながら、高級感溢れる紫色の布で包まれた弁当箱を抱えている涼花の姿が。

 次にコイツが言う言葉を当ててやろう。『貴方と一緒にお昼を食べてあげても構いませんよ?』だ。


「ふふっ、貴方と一緒にお──」


 時を止めよう。もう聞くまでもない。なんでコイツはここまで読みやすいんだ。典型的すぎる台詞しか吐かない。

 俺は咄嗟に頭をフル稼働させて、この場を切り抜ける手段を模索する。

 その結果出たのが、「他の友達と食事をするから遠慮してくれ」だ。流石の涼花も引き下がってくれるだろう。

 俺は時を動かし、早速実行に移した。


「あ、あー……実は友人と食事で……」


「あら、私の犬にそのような関係の者は居ないと記憶していますが」


 有り得ないくらい一瞬で論破された。


「……」


 やばい、青春真っ只中の高校生で、これに反論出来ないの結構不味いんじゃないのか?健全な男子高校生は、可愛いらしい彼女や気の合う男友達と楽しく弁当を食べるのが普通だと聞いたことがある。悪役令嬢と嫌々食事なんてありえないだろ。

 なんて考えているうちに、涼花は俺の手を掴んで微笑みかけてくる。


「さぁ、一緒に食べましょう」


「くっ……」


 これ以上抵抗をして逆らうとロクなことが起こらないと分かっているため、俺は大人しく涼花の後へと続き、体育館裏へと向かった。

 お嬢様がそんな辺境の地で食事をしていいのかと心配になるが、飯の時まで猫を被り続けるのも疲れるのかもしれない。息抜きがしたいと考えれば自然だ。

 だとしても俺を巻き込むのはやめて欲しいものだけども。


「ふふっ、犬と戯れるには最適な場所ですね」


「お前が居なかったら最高の環境だな」


「あら、何か言いましたか?」


「なーんにも」


 人の気配が全く無く、日光が程よく当たる、静かに食事をするには絶好のスポットに辿り着くと、俺達は建物の壁によりかかった。

 涼花は俺の手にあるコンビニおにぎり(塩)を見る。


「あら、貴方の食事はそれだけですか?」


「うるさいな。いつも見てるだろ」


 俺は袋を開けると、味気ない塩おにぎりを齧る。手作りの温かさなど微塵も感じられないし、食品添加物特有の甘味がするが、慣れてしまえば案外上手く食えるようになる。


「では、私もいただきましょうか」


 だが、隣でめちゃくちゃ美味そうな弁当を広げられると話は別だ。涼花の弁当はもはや高校生の昼食の域を超えている。

 弁当箱自体は小さいものの、具材が豪華すぎるせいで、それすらも気にならないくらいだった。

 中身は四等分に分割されていて、米、野菜、揚げ物、卵焼きとプチトマトやその他諸々と、シンプルな構成ではあるものの、使われている具材はレベチだった。

 純白に輝く米の上には赤みがかかった肉が数枚置かれていて、卵焼きも色鮮やかな黄色をしている上に、形も綺麗なものばかりだった。

 野菜に関しては素人目では普通のと違いが分からないが、恐らくはとんでもなく高級なものを使っているに違いない。

 俺が涼花の膝の上に乗る弁当を凝視していると、悪戯に笑いかけてきた。


「あら、欲しいんですか?」


「べ、別に欲しくないし……」


「ふふっ、目が釘付けですね。何と下品なのでしょうか」


「黙ってくれ……」


「私の犬として服従するのなら、差し上げてもよろしいですよ?」


「誰がするか。俺にはコイツが居るんだよ」


 そう言って、俺は誤魔化すようにおにぎりを食する。

 弁当のいい匂いがおかずの役割を果たして、さっきよりも美味しく感じた。俺のおにぎりも必死になって涼花に対抗しようとしてくれているのだろう。ありがとうおにぎり。さよならおにぎり。ごめんねおにぎり。恐らくお前が最初で最後の友達だ。感謝して食べるよ。


「素直じゃない犬は好きじゃありませんよ。ほら、あーん……」


 涼花が箸で掴んだ卵焼きを差し出すと、俺は反射的に口を開いてしまう。


「あっ……むぐ……うんめ……え……」


 噛んだ瞬間、甘味と旨味が絶妙なバランスで配分された、癖の無い味が口内を支配する。

 噛めば噛むほどそれは強烈なものへとなっていき、飲み込んでみると、名残惜しさすら感じさせてしまう爽やかな後味が残った。あかん、おにぎり大親友とは格が違いすぎる。


「ふふっ、随分と間抜けな顔ですね。私の愛犬に相応しい。実に愉快です」


 涼花は得意気に笑う。


「く、クソっ……」


 悔しいが、今回ばかりは油断して不意を突かれてしまった。

 だか違う。毎日のようにこんな美味そうな物を見せつけられて、食いたくならない方がおかしいだろ。俺は悪くない。悪いのはもっと美味しくなれないおにぎりだ。おにぎりこの野郎。お前なんか友達じゃねぇ!


「また欲しければ、私に絶対の服従を誓いなさい。そうしたら、幾らでも差し上げますよ」


 涼花は邪悪な笑みを浮かべながら、俺に弁当を見せつけるようにしてくる。美味そう。食いたい。凄く食いたい。


「こ、断る……」


 正直結構揺らいでしまったが、僅かに残っていた理性で拒否する。俺はそこまで落ちぶれちゃいない。こんな奴に屈しない。


「ふふっ、本当に良いのですか?もう二度と食べられないかもしれませんよ?」


 涼花は更に俺を揺さぶるようにして問いかけてくる。


「俺はお前に屈しない……」


 そうだ、よく考えてみろ。

 コイツの犬になったが最後、どうせ死ぬまで奴隷のような扱いを受けるに決まっているんだ。そんなこと絶対に御免だ。俺は自由に生きたいんだよ。散っていったおにぎりの為にも。


「……そうですか。まぁ、貴方がそう言うのであれば、無理強いするつもりはありません。ただし──」


 涼花は自分の弁当から唐揚げを掴むと、俺の顔の前に持ってくる。

 俺はまたしても口を開いてしまうが、その唐揚げが俺の口内に入ることはなく、涼花は自分で食べてしまう。


「あっ……」

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