第8話 猫被りお嬢様
歩き慣れた通学路で海凪と並んでみると、案外俺よりも身体が小さいもので。毎回違和感を抱いてしまう。
いつも態度と声がデカいから、俺よりも身長が高いと錯覚してしまうことが多い。実際に身体の全体の肉付きがいい上に、出るとこはしっかりと出ているため尚更だ。無駄に胸がデカイのなんなんだよ。鷲掴みにしてやろうかな。どんな反応するんだろうか。
ポケーっとしながらそんなことを考えていると、突然腹に肘打ちが飛んでくる。
「うっ……」
鈍い音がなった腹を抑えながら立ち止まると、海凪がジト目でこちらを見つめていた。
「何考えてたか当ててやろうか?」
「断る」
「チビだなーとか思ってただろ」
「断ったのに答えるなよ」
何故分かったこの女。普通お前みたいな奴って鈍感だろ。平気で人の心の中を読んでくるな。プライバシーの侵害だろうが。
「お前に断る権利があるわけねぇだろ」
海凪は真顔で俺を見つめてくる。
「涼花みたいなこと言うな。朝から胃もたれしそうになる」
「私は涼花よりかは優しいと思うぜ?」
「それはそうだな」
俺や海凪よりずっと小さい涼花だが、その事をいじろうものなら、激怒して三日間くらい口を利かないようになる。
それだけならメリットしかないのだが、リムジンを使って水たまりの水をひっかけてきたり、下駄箱の靴の向きを逆にして取りにくくしたり、傘立ての中に俺の傘と微妙に違う色のやつを大量に入れたり、地味な嫌がらせが耐えなくなる。
プライドの高いお嬢様にしては姑息な手を使ってくるから、こっちも小さな積み重ねでストレスが溜まるものだ。嫁いびり大好き姑でもそんな邪悪なことは思いつかないだろうな。
「涼花は可愛いよなー」
海凪は頭の後ろで手を組むと、ニヤニヤとしながら空を見上げる。
「いきなりどうした?」
「いや、改めて思っただけだ。お前はどう思うよ?」
「……確かに可愛いな」
俺は一瞬間を置いた後に答えた。
確かに、性格はともかくとして、容姿だけなら絶世の美少女と言っても良いだろう。
アイツ特有の銀髪は、異性としてというより、芸術寄りの観点の方で綺麗だとは思う。今となっては見慣れたものだが、初めて見た時は俺も目を奪われていたはずだ。
「……お前の場合それ褒め言葉じゃねぇからな」
海凪は呆れたようなジト目でこちらを見てくる。
「まぁな」
だが、可愛いが好意を抱く理由にならない俺にとっては、寧ろマイナスポイントだ。一般人向けに分かりやすいように例えてみると、自分に執拗に絡んでくる女が全くタイプじゃないクソブスみたいな感じだ。地獄だろ?
今となってはあの銀髪も、将来白髪とかに悩まされなさそうでいいなとか、フケが付いてても分かりにくそうだなとしか思わないからな。
「ていうか、そこは『海凪の方が可愛いよ』って言わないとダメだろー?」
「あぁ、お前も可愛いな」
「口が軽りぃんだよお前。このチャラ男が!」
「じゃあどうしろと」
あまりにも理不尽すぎるんじゃないのか。こいつもこいつもで男女共に人気はあるものの、涼花とはまた違った意味でおかしい。
「乙女ってのはなー、硬派で一途な男を好くもんなんだよ。軽々しく愛を囁く奴なんて論外だからな」
「お前が乙女を語ると違和感があるな」
「んだとゴラァ!!」
海凪は拳を振り上げて、顔面に右ストレートを放ってくるが、俺はふいっと避ける。
ふいっと、とは言ったが、当たれば漏れなく歯が一本消し飛ぶ。全身全霊で避けなければならない攻撃だ。
「そういう所だろ」
「お前はMだからいいだろ!」
「その俺のM疑惑いつになったら晴れるんだ?」
「安心しろよ、一生晴れねぇから」
「何一つ安心出来ない」
確かにあの悪役令嬢に毎日のように犬扱いされているから、無意識にMのような発言をしてしまっているかもしれない。だが残念ながら俺にそんな趣味は無い。
「ちっ……クソ野郎が……」
「えっ?今なんか言ったか?」
「ん?」
突然耳に入り込んできた罵声に驚き、海凪の方へと目をやるが、海凪はきょとんとして首を傾げている。
「よく学校来れるな……」「最低……」「また違う女よ……」「ヤリチンが……」「めちゃ可愛い子連れとるやん……」
よく耳を澄ましてみれば、かなりの人数の声が聞こえてきた。
周りを見渡してみると、男女問わず同じ高校の制服を着た全員が俺の方を見ていて、嫌悪感に満ちた視線を向けながらヒソヒソと話し込んでいる。
だが可愛い子を連れているという言葉には納得が出来ない。今の会話を聞いていてよくそう思ったな。いきなり兵器級の攻撃を放ってくる人間の、どこに可愛げがあるんだ?少なくとも俺は微塵も可愛いとは思えない。
俺はげんなりと肩を落とした。
「はぁ……朝からこれか……」
自慢では無いが、俺は人並み以上には好意を寄せられることが多い。
だから告白を受けることも多々あるのだが、全く相手の性格を知らない上に、美少女ばかりなので、全てお断りさせて頂いている。そうしているうちに、俺は何故かこう呼ばれるようになった。
『変態ヤリチンクソ野郎』
酷い言われようすぎるし、俺は変態でもなければヤリチンでもないしクソ野郎じゃない。
だがいくら弁解しようとも周りは信じてくれず、昨日の屋上での話が早速広まっている事もあり、こうして白い目で見られている。
「お前も大変だなー。そろそろ本命彼女作りゃいいのに」
海凪は他人事のように疲労困憊状態の俺の顔を見上げる。
「俺が浮気しまくってるクソ野郎みたいな言い方をしないでくれ」
「周りから見たらそう見えんじゃねぇの?」
「何でだよ。俺何もしてないだろ」
「告白断る時に『可愛い』とか言ってたらなぁ、そりゃあチャラ男と思われるわ」
「そうか?」
別に何か特別な感情を持って言っているわけじゃない上に、本当に可愛いと思って言っているのだから、問題は無いと思うんだけどな。
「じゃあなんて言えばいいんだよ」
「可愛いがダメならブスって言えばいいんじゃねぇの?」
「それしたら、いよいよ俺の命運も尽きそうだな」
「大丈夫だろ。元々お前の命なんてギリギリで繋がってんだし」
「否めないんだよなー」
そうやって、周囲の視線に耐えながら他愛もない話をして歩いていると、校門が見えてくる。
しかし何やら騒がしい。
校門から昇降口にかけて、道の左右に人だかりが出来ていた。
海凪は頭を搔きながら立ち止まった。
「うっへー……今日もやってんなー」
「よく朝っぱらからあんなに騒げるな」
「あいつらはイベント感覚で楽しんでんだよ」
「迷惑極まりないな」
海凪の言う通り、そこにはいつも通りの光景が広がっていた。
毎朝の恒例行事。
涼花のガチ恋ファンたちが登校してきた涼花を見るために集まっているのだ。
もう一度繰り返そう。涼花のガチ恋ファンが集まっているのだ。
「今日も美しいわ……」「いくら何でも可愛すぎない?」「今目が合ったぞ!」「輝いてるぅ!」「もう我慢出来ないわ!」「待て!3mは距離を取るルールだろ!」
いや、ファンというよりかは信者かもしれない。あまりにも狂信しすぎている。
何であんな悪役令嬢が人気なのか謎だが、その理由は簡単。あのクソガキ、他の人間の前では猫を被っているである。
包み隠しもせずに涼花への愛をぶちまける生徒達だが、涼花は余裕の笑みを崩さずに、鞄を両手で持ちながら笑顔で歩いている。
いつもなら『うるさいですよ。そんな無駄な事をしている暇があるのなら、土を掘って埋めて掘って埋めてを繰り返した方が生産性があるのではないですか?』とか言うのだろうが、本当に優しく穏やかな顔をしている。
その姿は本当に良家のお嬢様に相応しい立ち振る舞いで、表情や仕草に隙が一切無い。機械のような精密さを備えつつも、花のような柔らかさも醸し出している。
これは騙されても仕方がないが、普段のアイツを知っている俺からすると、電話の時にだけワントーン声を高くする母親を見ているような気分だ。
そんなことを考えているうちに、集団から飛び出してきた女子生徒が、鼻息を荒らげながら涼花へと声をかけていた。
「神楽様おはようございます!!そのお美しさはこの世のものと思えませんね!!」
すると、涼花はニコっと優しく笑いかける。
「おはようございます。良い朝ですね。今日も一日精進して参りましょう」
「はひぃ!!」
涼花に天使のような笑顔を向けられた女子生徒は、心底嬉しそうに自分の位置へと戻って行った。
「おい、ルール破るなよ!」「俺もお話したいんだよ!」「ふざけんなー!」「そうだそうだ!」
「ふへへ!もうやり残したことは無いぞ!殺るなら殺れクソカス共ぉ!!」
女子生徒は集団に囲まれ揉みくちゃにされるが、その中でも狂ったように笑っていた。
「うっわー、ひでー」
海凪は遠いものを見る目でそれを眺めていた。
どうやら涼花のファン達の間には暗黙のルールがあるらしく、その中の一つに、『神楽様からは最低3mの距離を取ること』があるらしい。
破った者はご覧の通り、集団リンチにされるのだが……。
生き残りの人間を見つけたゾンビのように群がる生徒達に、涼花は立ち止まって声をかける。
「少しよろしいでしょうか」
「「はい!!!!」
生徒達はピタッと動きを止め、一斉に背筋を伸ばす。軍隊に紛れても違和感がないほどの姿勢の良さと声の大きさだ。これだけの人数が居ても一切ズレが無かった。才能の無駄遣いすぎる。
涼花は先程と同じように穏やかに笑う。
「喧嘩はよろしくないですよ。私に非があるのなら改善に努めますので、何卒平和的によろしくお願いします」
「「滅相もございません!!!」」
生徒達は一斉に頭を下げると、涼花が校舎の中へと入っていくのを見送り、完全に姿が見えなくなったところで、またしても騒ぎ出す。
「なんて優しい方なんだ!」「全部で107文字も喋ってくれたぞ!!」「俺を罵ってくれー!」「ひゃっほー!」「はぁはぁ!」「大好きです!」「踏んで欲しい!」「清楚の塊じゃー!」
一気に校門前が地獄になったが、俺達は気にする様子もなく素通りして行った。
最初は戦慄したものだが、慣れとは恐ろしいもので、もはや何も感じなくなってきている。
最近はゴミステーションに群がるカラスのような感覚で見れるようになった。
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