第7話 朝から鬱陶しいんじゃ
出来れば聞きたくなかった携帯のアラームが鳴り、絶望の朝の訪れを告げてくる。
「……太陽さんは今日も出勤か。年中無休でご苦労だな……」
俺は布団から出ずにアラームを止めようとするも、携帯を机の絶妙に手が届かない場所に設置しているせいで、ギリギリで止められない。
「……何故昨日の俺はこんなところに……」
眠すぎる。起きたくない。ベッドからわざわざ起きて止めに行くだけでも相当苦痛だ。
「はぁ……おはようさん」
だが一度起きてしまえば自然に意識が覚醒してくるもので、眠気はすぐに消え去っていった。俺は部屋のカーテンを開けると、扉を出て一階へと向かう。
朝のニュース番組の音と共に俺を迎えてきたのは、丸焦げになった食パンを黙って咀嚼する親父の姿。
親父は俺の方へと振り向くと、目だけが笑っていない笑みを浮かべた。
「おはよう、隼人。丸焦げか塩漬けどっちがいい?」
「朝から大ピンチ」
起きて早々究極の選択を迫られる。
丸焦げといえば、今親父が手に持っているかつて食パンだったモノを食わされ、塩漬けと答えれば、もはや塩がメインのクソしょっぱい食パンを食わされる。
「いや、生がいいな」
「ふざけるな。生で食べてお腹を壊したらどうするんだ。父さん泣くからな」
「泣くのかよ」
「当たり前だろ。お前は俺の大切な息子だ」
「大切な息子にゲテモノ料理を食わせるなよ」
親父は神妙な顔つきでこちらを見てくる。
「ゲテモノじゃない、我が家のご馳走だ。食パンは丸焦げか塩漬けが基本だ」
「ジャムとバターはどこいった?」
この親父は息子にとんでもない物を食べさせようとするが、別に俺の事を嫌っている訳ではなく、本当に丸焦げを食べれると思っている人間だ。
自分が食えるんだからお前も食えるよね。はい食パン(笑)のノリで食わせようとしてくるだけだ。普通に俺の事を大切に思っているため、余計タチが悪い。
「常人がそんなもの食ったら腹下すからな」
「そんな訳ないだろ。現に父さんは超元気だ」
「あんたは毒盛られても下痢すらしないだろうな」
「失礼だな。まるで父さんの身体がおかしいみたいじゃないか」
「おかしいんだよ」
キッパリと言い退ける。
親父は呆れたようにため息をつくと、机の端に置いてある謎のビニール袋を指差す。
「仕方がないな。それじゃあ昨日貰った蟹を食べなさい」
「いきなりランク上がりすぎだろ」
「大丈夫だ。多分五万くらいのやつ」
「何が大丈夫なんだよ。朝から食うもんじゃないだろ」
「好き嫌いは辞めなさい」
「あんたが言うと説得力半端ないな」
この男はカルピスの原液を平気で飲むような人間だ。言葉の重みが違う。
「仕方がないな。それじゃあもう生で食べなさい。父さんどうなっても知らないからな」
「どうにもならないから安心してくれ」
俺は椅子に座ると、そこら辺に売っている普通の食パンを手に取って口に含んだ。質素な味だが、これくらいが丁度いい。朝から黒炭や高級蟹を食うのに比べたらマシだ。
俺は平凡なものを食えていることにありがたみを感じながら、しっかりと食べ切る。
「ほら、何事もなく完食だ」
「ぐぬぬ……生のくせに……」
親父は悔しそうに拳を握りしめる。
「生が一番だからな」
黒い塊を咀嚼しながら恨めしげな目を向けてくる親父を置いて洗面台へと向かうと、顔を洗い、歯を磨いて髪を二分くらいで整える。
自室に戻って制服を着ると、玄関のチャイムが鳴った。そして三秒も経たないうちに、騒音がなり始める。
「オラァ!開けろぉ!開けないと叫ぶぞゴラァ!」
ドアをドンドン叩きながら叫ぶのは、紛れもない幼馴染の声だった。あまりにも騒がしすぎる。もう叫んでるのは俺の幻聴か?
「はぁ……」
あの野郎、毎度毎度何であんなに叫ぶんだよ。普通に待ってろよ。通報されても知らないぞ。
急いで一階へと下りると、未だにリビングで丸焦げ食パンを食っている親父の姿があった。
「おっ、海凪ちゃんかー。今日も元気がいいなー」
「食ってる暇あるなら出ろよ」
「えー?父さんが出たら何か嫌じゃない?高校生の甘い恋には干渉したくないんだよ」
「お気遣いありがとう」
「はははっ、お礼が言える子に育って嬉しいな」
俺の精一杯の皮肉は一切通用せず、親父は感心したように頷いていた。天然はこれだから困るんだ。男の天然はうざいだけ。よく言われてます。
俺は何処にもぶつけようの無い感情を抱きながら、急いで騒音のする玄関へと駆け走ると、扉を開けた。
「よっす」
立っていたのは、ニヤニヤと笑っている海凪だった。その顔面に右ストレートを放ってやりたいところだが、残念ながらこいつは空手部のエース。逆にボコボコにされてどう○つの森でハチに刺された時のような顔にされる。
「朝からやかましい。近所迷惑考えろ」
「安心しろよ。そこら辺は音量調整した上で近所のみんなにも許可を取ってるから」
「何でそこまでして騒ぎ立てるんだよ」
「面白いからに決まってんだろ?」
「わけわかめ」
どうやら意味不明な理由で騒音を立てていたらしい。こいつのせいで俺まで変人扱いされている気がしてならないんだが。
「なんだ?朝から幼馴染がお迎えに来てくれるシチュなんて、現実において中々ないぜ?」
海凪はニヤニヤとしながら首を傾げる。今すぐに渾身のローキックを脛に叩き込んでやりたいところだが、逆に股間を蹴りあげられる未来が見えた。その光景にゾッとする。
「ブスなら良かったんだがな」
「遠回しに褒めてくれてんのか?素直じゃねぇな」
随分と都合のいい解釈だが、間違ってはいないな。コイツの容姿はかなり整っている。勝気な性格のせいか、女子からもしょっちゅう告白されるとか何とか。
こんな奴の何がいいのかは分からない。仮に顔が好みだったとしても、絶対に付き合いたいとは思わない。だってゴリラだもんコイツ。冗談抜きで素手で戦車を破壊しそうで怖い。
「ほら、さっさと行こうぜ。早くしねぇともっと叫ぶぞ?」
海凪は俺の方へと手を差し伸べる。
「はぁ、分かったよ。鞄取ってくるから待っててくれ」
「あぁん?私を待たせるとはぁいい度胸じゃねぇか。お前が涼花に密かに寄せている想いを広めたっていいんだぞ?」
「勝手にしてくれ」
「いいんだな?知らねぇぞ?責任取れんのか?」
コイツは何故か俺が涼花の事を恋愛的な意味で好いていると思い込んでいて、何かと付き合わせようとしてくる。
面白がっているだけなのだろうが、あのお嬢様に手を出すのは普通に命を手放すのと同義なので辞めて欲しい(切実)。ていうかアイツは可愛いと言えど外見も中身も子どもっぽいし。愛着が湧いてもそれは恋愛感情にはならないだろうな。
「それともなんだお前、草食系か?あっちから来て欲しいのか?そうなんだな?このヘタレが!!」
「朝から元気だな」
海凪の戯言を聞き流し、鞄を取りに戻ってから家を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます