第6話 俺はMじゃない

「私の犬として服従するのなら、恋人になってあげても構わないですよ?」


「そんな不公平な関係の恋人は初めて聞くんだけども」


「ドMのお前にゃお似合いだろ」


「Mじゃない」


「Mだろうが」


「生粋のMですね」


「俺がMって言わなかったらMじゃないんだよ」


「お前より私と涼花の発言の方が重みがデカい」


「同意ですね」


「なんでだよ」


 この二人は本当に話が通じないな。昔からずっとこんな調子で、この二人と話している時は会話という会話が成立しない。一方的に何かを聞かされるだけだ。

 涼花は何かを思い出したように、海凪へと声をかける。


「そうでした。この駄犬がアイスを買ってくださるのですが、海凪もどうでしょう?」


「おっ、いいな。私ハーゲンのストロベリーな」


「おい、ふざけんな乞食共」


 何でよりもよってこいつも高いのを選ぶんだ。というか何故俺が奢ることになっているのか。庶民舐めんなゴラ。なけなしのお小遣い500円をこんな奴に使えるほど心が広くは無いんだよ。


「お前の財布を軽くしてやるって言ってんだよ。感謝してくれよな」


 海凪は憎たらしい笑顔をこちらに向けてくる。今すぐぶん殴りたいところだが、速攻でカウンターが来るのは目に見えているので辞めておこう。


「あらあら、これは楽しみですね。貴方の悲鳴を聞くのが待ち遠しいです」


「お前ら庶民を舐めるなよ。海凪には駄菓子も奢ってやらないからな。ブスになって出直してこい」


「普通それ逆じゃね?」


「可愛いって言ってやってるんだよ」


「褒められてる気がしねーけど……まぁいいや、今回は勘弁しといてやるよ」


「慈悲かけられたみたいになってるけど、元々俺は奢る気無いからな」


「ケチだからモテねぇんじゃねぇの?」


「モテるが」


 不本意にながらに、と心の中で付け足す。


「あっ、クソ。ラノベの主人公を親友ポジションキャラがいじる時に使うこの王道の言葉が通用しねぇぞ」


「何言ってんだお前」


 海凪はよく意味不明な発言をするが、それは今に始まったことでは無い。

 本人もあまり意味が分かっていなさそうだし、涼花も理解しているのか怪しい。つまり誰も何も分かっていない。全く意味が無いという事だ。やったね。


「立ち話も十分楽しめますが、そろそろ行きましょうか」


 涼花は海凪の方へと振り向くと、お淑やかに笑う。


「おう、そうだな」


 次に俺の方へと振り向き、ゴミを見るような目で見上げてきた。


「駄犬、貴方も行きますよ。主人を差し置いて楽しまないでください」


「だから違うと何回言えば──」


「分かりました。代わりに好きなアイスを三つプレゼントして差し上げます」


「わーい!だいちゅきだわんっ!」


「「えぇ……」」


 海凪と涼花がドン引きしながら後退りをしてきた。盛大に滑ってしまったことに気付き、次第に気恥ずかしくなってくる。


「……ハーイ、冗談でーす……」


 目を逸らしながら弁解するも、二人は冷めた目でこちらを見つめてくるだけだった。

 望み通りに犬らしく振舞ってやったというのに、何で涼花までそんな目で見てくるんだよ……。


「……よし、早く行くぞ」


「誤魔化したな」


「誤魔化しましたね」


「……うぅ……うるさい」


 俺が顔を真っ赤にさせながら、逃げるように先陣を切ると、後ろから二人がついてきた。


 殴られたり、罵られたり、挙句の果てには犬呼ばわりされたり。よく可愛いは正義だと言うが、俺とっては最大の不義だった。

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