第5話 主人と犬とヤンキー系美少女と

 そのまま涼花に半ば強引に連れ出され、校門に向かって歩いている途中。突然車道の方から黒塗りの巨大なリムジンが走ってきて、そのまま門の前で止まった。

 ここはヤクザの事務所かと一瞬錯覚してしまうが、紛れもなくただの学校だ。

 リムジンから一人の黒服スーツのサングラス男が出てくると、涼花に丁寧にお辞儀をする。


「お嬢様、お迎えに上がりました」


 ちなみにこの人はヤクザでは無い。涼花のお世話係みたいなポジションの人だ。……まぁ、厳密にはヤクザに近いのかもしれないが。


「あら、迎えがいると言いましたか?」


「お嬢様から不要と言われましても、私は貴方様のお父上から送迎を任されておりますので」


「いえ、今日は結構です。彼と歩いて帰りますので」


「そうも行きません。お嬢様の身に何かあれば、我々の存在意義が無くなってしまいます」


「そうだぞ。折角なんだから乗せて帰ってもらうんだ」


 よし、これは好都合だ。こんな悪役令嬢と一緒に帰るなんて、ストレスでハゲ散らかしそうだからな。

 残念ながら俺にスキンヘッドは絶望的に似合わなそうなので、このまま連行してもらおう。


「では、貴方も一緒に行きましょう。優雅なドライブの旅なんてどうでしょう?」


 涼花はこちらを振り向くと、俺の方へと手を伸ばしてくる。


「絶対に断る」


「貴方に拒否権はありませんよ」


 俺の手を引くと、無理やり車に拉致ろうとしてくる。

 完全に誘拐と同義だが、黒服さんは何も反応を示さずに見守っている。

 雇い主の犯行には目を瞑るようだ。どうせコイツの家なら何をしても揉み消せてしまうし、男子高校生の一人や二人の命が消えたところで問題は無いんだろう。

 しかし不味い、このままでは貴重な俺のフリータイムを悪役令嬢に潰されてしまう。

 俺は咄嗟に逃れる術を考えた結果、ある作戦が頭に思い浮かんできた。

 ……俺の名誉は傷ついてしまうが、仕方が無い。誘拐されるよりはマシだ。


「分かった。ではこうしよう。俺は変態だ。お前に邪な感情を抱いている」


「は?いきなり何を言っているのですか?狂いましたか?動物病院に行きますか?」


 涼花は辛辣な目をこちらに向けてくるが、構わず続ける。


「そうだ、俺は変態だ。世界一の変態だ。宇宙一の変態だ。ドライブなんてしたら、我慢出来ないかもしれない」


 俺が無表情で涼花に距離を詰めると、涼花は恐怖に怯えたような表情に変わり、手を離して後退りをする。


「い、いきなりなんですか……。少し変ですよ……」


「お前が悪いからな。ぐへへー」


 あかん、自分でやっててゲロ吐きそう。感情を無にしててもダメージがデカい。俺は何をやっているんだ。


「笠原様」


 だが、狙い通り黒服さんは涼花を守るべく目の前に立ち塞がってくる。作戦は成功のようだ。


「黒服さん、見ての通りだ。俺はドライブをすると頭がおかしくなる症候群なんだ。だから涼花を守るためにも車には乗せないでくれ」


「はい?そんなものがあるわけないでは無いですか」


 涼花は不機嫌そうな目でこちらを見てくるが、黒服さんはサングラスを整えながら口を開く。


「……かしこまりました」


「貴方は気でも狂ったのですか?この駄犬の言っていることを信じると?」


 涼花のその反応だけは正しい。こんな戯言を素直に信じるのは、余程純粋な年中半袖半パンの虫取り少年か、気が狂っている人間だけだ。


「お嬢様、私は貴方様のお父上に護衛も命じられています。例え限りなく可能性が低くとも、お嬢様に危害が加わる要素は全て排除する務めがあるのです」


 残念ながら黒服さんは後者らしい。やったね。


「その通りだぞ。俺はお前に危害を加える可能性があるんだ。車に乗るわけにはいかない」


 相変わらず自分でも何を言っているのかは分からないが、黒服さんのバカ真面目な性格のお陰で助かりそうだ。


「ふん、ならばいいです。予定通り歩いて帰ればいいだけなのですから」


「ですからそれはお辞めください」


「あぁ、普通に乗って帰った方がいいと思うぞ」


「何故ですか?」


「何故って、黒服さんもそう言ってるだろ」


 これでもし帰り道に何かあって、コイツに傷でも付いたものなら、俺も責任を取れない。だからここは大人しく帰ってもらった方がいい。という建前だ。この完璧な論理に破綻は無い。論破してみろやこのクソガキが。


「駄犬が私に意見をしないでください」


「えぇ……」


 速攻で拒絶されたよ。何故そこまでして俺と帰りたいのかが謎すぎる。動物虐待で訴えてやろうかな。


「貴方は私と帰るべきなんです。そう決まっています」


 涼花はどさくさに紛れて俺と手を繋ごうとしてきたため、俺は一歩引いてそれを回避する。

 涼花は一瞬だけムスッとした顔でこちらを見上げてきたが、すぐにすまし顔に戻る。


「私は犬と一緒に帰ります。これは決定事項です。口出しすることは許可しません」


「何でだよ……」


 俺は呆れて物が言えなかった。

 そこまでして俺をいびりたいのか。コイツの家結構遠いし、徒歩だと体力的にキツイだろうに、凄まじい執念だよ。逆に尊敬に値する。


「ですが、やはり御身に何かあれば……」


「大丈夫です。いざとなれば、彼が守ってくれますよ」


 涼花はニッコリと微笑みながら、俺の方へと身体を寄せる。

 俺はコイツの身体に触れないギリギリのところまで離れた。


「ほら、私に一切触れないプロ意識もありますし。劣情を催す心配もありませんよ」


「お前に触れたら責任問題に発展するだろ」


「勿論貴方は責任を取りますよね?」


「取りたくないから触れないんだろ」


 この女は危険すぎる。自分の価値の重さを理解した上で、軽々しく触れさせて人生を終わらそうとしているのだ。もはや当たり屋だろこんなの。


「素直じゃないですね。どちらにせよ私は貴方に守ってもらいます」


 そんなことを言われても、さっき一般人の女子高生にボコられたばかりの俺にはあまりにも荷が重すぎる。

 黒服さんは腕を組むと、サングラスの向こうで目をひそめながら唸った。


「……うぅん、それでしたら……」


「何でそれで揺らぐんだよ。一般男子高校生にお嬢様の命を預けるなよ」


「いえ、お嬢様は貴方様を何よりも信頼されていますので──」


「はい?」


 涼花は笑顔で言葉を遮る。


「……いえ、何でもございません」


「よろしいです」


 涼花は穏やかに笑ってやり過ごそうとするが、それで誤魔化される俺では無い。


「何だよお前、そんなに俺の事を信頼してたのか?」


「違います。この男が絶えずして続く激務の疲労で血迷っただけでしょう」


「お前のところブラックなのか?」


「まさか。十分すぎる給料に、年に二回ボーナスも付いています。有給もありますし、労働に見合った対価は用意していますよ」


「俺は二億積まれてもお前の世話なんてやりたくないけどな」


「あら、無償で私の犬になりたいのですね。健気で可愛らしいですよ」


「全てを自分の都合のいいように解釈するな」


「他にどう受け取ればいいか分かりませんね」


 涼花は笑顔ながらも鋭い眼光を俺に向けてくる。

 違った。コイツが俺の事を信頼なんてするわけが無い。どうしても犬にしたいだけだ。

 俺達の不毛な言い争いを見かねたのか、黒服さんはリムジンの扉を開いて涼花を誘導しようとする。


「やはりお乗り下さい。お嬢様に何かあってからでは遅いのです」


「貴方もそういうお仕事なのですから仕方ないのかもしれないですが、私の意見も尊重してください。お父様に何か言われたら、私が責任を取りますから」


 涼花は呆れたようにため息をつく。黒服さんも大変そうだな。お嬢様がこんなにワガママだと。


「そう仰られても困ります。お嬢様の御身を守るのも、私の仕事でございますので。お父上も貴方の身を案じているのです」


「過保護すぎるんですよ。これだからあの人は……」


 俺を置き去りにして両者一歩も譲らず言い合っていると、後ろの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「おーう、そんじゃあ私もついて行ってやるよ」


「……あら、貴方は……」


「よう、涼花」


 声の主は後ろから涼花へと抱きつくと、わしゃわしゃと乱雑に頭を撫でる。

 俺はその人物のことをよく知っていた。

 活発なイメージを与える綺麗な切れ目をしていて、明るく染め上げられた髪を肩ほどまで伸ばしている。

 その一方で二つの果実は絶妙な自己主張をしていて、制服を大きく押し上げていた。


 九条海凪くじょうみなぎ

 周りからは美少女と言われ持て囃されているが、超がつくほどの男勝りな性格で、男子からも女子からも好かれている。

 しかし本人はそんなことはどうでもいいらしく、自由奔放に生きている。

 そしてコイツと俺は幼稚園からの付き合いでもあった。幼馴染といえば聞こえはいいが、腐れ縁と表現した方が似合っているかもしれない。

 涼花は激しすぎる海凪の頭撫でに何とか耐えながら、片目を瞑って口を開く。


「海凪、部活は無いのですか?」


「ん?あぁ、今日はねぇんだよ、茶道部」


「お前空手部だろ」


「違ぇし、茶道部だし。和の心を感じてんだよ」


「お前インスタントの茶すら作ったことないだろ。茶道舐めんな」


「うぐっ……」


 俺が海凪を諭している最中、涼花は背中に絡みついている海凪を振りほどき、黒服さんへと向き合う。


「ということで、今日は海凪も居ますので、送迎は結構です」


「あぁ、私が居れば問題無いだろ?」


「まぁ……九条様がいらっしゃるなら……」


 黒服さんは渋々と言った感じで了承すると、リムジンへと戻り、窓から顔を出す。


「くれぐれもお気を付けて」


 それだけを言い残すと、窓を閉めて、安全運転で走り去っていった。

 海凪が来た途端にやけに素直に引き下がったが、その理由は俺もよく分からない。


 何故か黒服さんは海凪に頭が上がらないのだ。女の子には何も言い返せないとかいう可愛らしい弱点があるとは思えないが、海凪もその理由については中々話そうとはしてこない。まさかとは思うが、その無駄にデカい乳を使って黒服さんを誘惑したのか?とか聞いたら速攻でボコボコにされる未来は見えてるので、辞めておく。


「ったく、アイツもしつこいな」


「えぇ、全くです。犬の散歩くらい一人でさせて欲しいですね」


「SPさんたち、お嬢様が人間を飼おうとすることについては何も言わないのかよ」


「当然です。ペットについてはしっかりとお世話を欠かしていませんから」


 どうやら、コイツは俺をどうしてもペット扱いにしたいらしい。

 正直普通に好意を持たれるよりキツい。他の女子とは違って恋心じゃないから、拒絶しようとも何度もリベンジしてくる。一部の熱狂的な変態なら喜んで首輪を付けるだろうが、残念ながら俺はその一部に入っていない。

 海凪は涼花に抱きついたままニヤニヤと笑うと、俺の方へと顔を向ける。


「にしても、お前も隅に置けねぇなー。私の涼花に手を出すつもりかよ」


「出すわけないだろ。そもそもコイツに恋愛感情なんか湧かない」


 美少女云々以前に、性格が終わっている。どんな育て方をされたらこんな悪役令嬢が出来上がるのだろうか。


「あら、心外ですね。貴方は私の事を愛してやまないと思っていましたのに」


「馬鹿言うな」


 何をどう見たらそう見えるのか。神楽家の血筋も衰えてきたのかと心配になる。


「ふむ……そろそろ反抗期でしょうか」


「心配すんなよ涼花。コイツなりの照れ隠しだから。コイツめちゃくちゃお前の事大好きだからな」


 海凪が俺に聞こえないように耳打ちをするが、元の声が大きすぎるせいで丸聞こえだ。

 涼花は頬を赤らめると、口元に手を添えてこちらを見る。


「あらまぁ……駄犬は素直じゃないですね」


「お前らは一体何を言っているんだ」


 好感度を最大値100に設定した場合、俺はこいつに37くらいの好意しか抱いていない。

 大好きとは程遠いはずなんだけどな。

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