第3話 クール系美少女

「……遊びとは違うようだが」


「えっ、いや、これはその……」


 二人は焦りながら、顔面フルボッコ状態の俺を見下ろす。

 これは言い逃れは出来まい。馬鹿め。下手な正義感を出すから破滅するんだ。

 俺が勝ちを確信して微笑んでいると、金髪女子は何を思ったのか、俺の方に指を差して、とんでもないことを口にする。


「そ、そいつがいきなり絡んで来て……」


「そ、そうです!いきなり屋上に呼び出されて、襲われそうになったんです!」


「は?」


 二人の酷すぎる言い分に、思わず間抜けな声を出してしまう。何を言っているんだこのギャル共は。

 呼ばれたのはこっちだし、襲われてるのもこっちだ。現場状況的にも俺が一方的に殴られたと思えないはずだ。その証拠に俺の顔面は見るも無惨な状態になっていることだろう。


「そうか。君達はこの男に呼び出され、危害を加えられそうになった。やむを得ずに抵抗した結果、このような状況になった。それで合っているかな」


「は、はい!そうなんです!」


「『お前のお胸は俺のもんだー、ぐへへー』とか言われたので、仕方なく……」


「おい、俺はそんな性欲の塊のような猿じゃ──」


「あんたは黙ってて!」


「ぐぶっ……」


 抗議しようとするも、勢い良く口を塞がれた。


「ふむ……」


 その光景を見た秋月会長は顎に手を添えて暫く黙り込むと、「分かった」と言い、光の灯っていない目を二人に向けた。


「君達も災難だったな。ここは私に任せてくれ。気を付けて下校するように」


「あ、ありがとうございます!!」


「さようなら!!」


 二人は嬉しそうに返事をすると、逃げるようにして去っていった。

 残されるは、もはや立ち上がる気力すら無く、ただ黙って会長を見つめることしか出来ない俺と、何を考えているのか分からない無表情で、俺を見下ろす会長。

 会長はゆっくりと俺に歩み寄ると、眉毛一つも動かさず、俺を見据え続けながら口を開いた。


「……さて、屋上にて不純異性交友を行う、変質者の笠原君。君の処罰はどうしようか」


「冗談ですよね?ねっ、会長?」


 俺も同様の無表情で言い返すと、会長は中腰になって俺の目線に合わせる。

 ポケットからハンカチを取り出して、顔の血を拭いてくれた。


「冗談では無い。君はいつもこうだな。もう少しどうにかならないものか」


「俺が一番どうにかしたいんですけどね。毎度すみません」


「全くだ。君が居なくなれば、誰が仕事をやるというんだ?」


「ちょっと、俺を道具として見てませんか?」


「……ふふっ、冗談だ。気を悪くしないでくれ」


 会長はさっきまでの冷徹さを感じさせる無表情を少し和らげると、小さく微笑んだ。

 前髪に丁寧な編み込みがされている短髪の髪型。

 全体的に細く、胸もあまり出ている訳では無いものの、それが更に落ち着きさを感じさせてくるスタイル。

 低い声や輝きのない目を含め、全体的にクールな雰囲気を醸し出している。

 校内で大人気の生徒会長であり、男女問わず羨望の眼差しを向けられている美少女。

 これが俺の同級生にして、生徒会の要である秋月玲香あきずきれいか会長だ。

 それと言い忘れていたが、俺は生徒会の副会長をやっている。

 だから会長とは何かと縁があり、度々こうして命の危機を救ってもらったりしている。

 仲裁の仕方は今のように穏便に済ませるやり方で、俺みたいな気遣いの出来ない男子よりもよっぽどイケメンだ。


「大丈夫か?保健室まで連れて行こう」


「いえ、一人で歩けます。それよりも仕事の方が心配ですからね。サボってしまってた分まで働かせてもらいますよ」


「いや、心配する必要は無い。私が全て終わらせておいた」


「化け物ですか?」


「褒め言葉として受け取っておこう」


 そう、この人は紛うことなき超人だ。

 会長は俺と違って、何でも完璧にこなすスーパーウーマン。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の三拍子揃った完璧人間だ。

 非の打ち所がないとはまさに彼女の事である。本当に俺が必要なのかと疑ってしまうほど仕事が早い。この人が美少女でなければ、俺は絶対に惚れていたであろう。


「君がこうして遊んでいる間に、私は一人で寂しく書類整理をしていたよ」


 会長は腕を組んでこちらを見据えてくる。その言葉選びは何処か刺がある。


「す、すみません……」


 表情が無いため分かりにくいが、多分これは仕事に来なかった俺に対する苦言だろう。


「謝罪で済むものではないな。落とし前を付けさせてもらう」


「落とし前って……?」


「君の苦痛を持ってして償わせるよ」


「えっ……」


「歯を食いしばってくれ」


 会長は無表情で拳を振り上げると、有無を言わさず俺の顔面目掛けて振り下ろした。


「うっ……」


 俺は咄嗟に目を瞑るが、いつまで経っても鈍い衝撃が顔面を襲うことはなく。


「……ふふっ、冗談だ」


 会長はクスリと笑うと、顔面を殴る予定だったはずの腕で、俺の手を取って引っ張り上げてくれる。


「心臓に悪いですね……」


「あぁ、これで貸し借りは無しだな」


 そう言って、会長は悪戯が成功した子どものように微笑む。

 普段はピクリとも笑わない彼女だが、俺の他に誰も居ない時は、こうしてちょっと頬が緩む程度の笑顔を拝むことが出来る。

 そして『冗談』を度々やってくるが、毎回ガチかそうではないか判別が付きにくいため、ハラハラしてしまう。

 彼女からしてみたら、俺が何かやらかした時に負い目を感じさせないための、一種のコミュニケーションとしてやっているようだ。


「それにしても随分と怯えていたな。君にとっては、私は人に暴行を加えるような人間に見えるのか?」


「そんなわけないじゃないですか。ちょっと会長の迫力が強いだけですよ」


 絶対に人に手を出したりする人では無いのは分かっているが、基本的に無表情なせいで、瞬時に冗談と取りにくいのだ。


「別に私はそうしているつもりは無いのだが。どうしてそう見えるのだろうか」


「もっと表情を柔らかくすればいいんじゃないですか?」


「むっ……こうか?」


 会長は少しだけ眉毛を動かすが、先程とほとんど大差がない。自然に笑うことは出来るのだが、自分から表情を作るのは難しいらしい。


「今みたいな笑顔とかは出来ないんですか?」


「……やっているつもりなのだがな」


 会長は無表情ながらもしょんぼりとした様子を見せる。

 別にそこまで真剣に言っている訳では無いのだが、当人にとってはかなり深刻な問題らしかった。


「大丈夫ですよ。俺はそのままの会長が一番好きです」


「そうなのか?」


「はい、落ち着くと言いますか、頼りになります」


「そうか。ならよかったよ」


 会長は安堵したように頬を緩める。


「そういえば、今日はもう帰っていいそうだ。治療が必要ないのであれば、一緒に帰ろう」


「喜んで」


 俺が素直に返事をするのを聞くと、会長は満足そうに微笑みながら歩き出す。

 俺もその後に続くが、屋上から出て廊下に来たところで、不意に背後から殺気のようなものを感じる。


「……会長」


「何だ?」


 俺が足を止めると、会長も同様止まってこちらを振り向く。

 これはかなり嫌な気配だ。俺の予想が正しければ、多分このまま帰ったら面倒なことになる。


「やっぱり先に帰ってて貰っていいですか?ちょっとだけ野暮用がありまして……」


「なるほど、それは私よりも大切な存在ということか」


 会長は腕を組むと、真顔でこちらを見つめる。

 仕事に来ないだけでは飽き足らず、一緒に下校するのも拒否されたのだ。会長からしてみたら不愉快なものだろう。


「そういう訳では……」


 俺が返答に困っていると、会長は小さく笑う。


「……ふふっ、冗談だ。君は面白いな。つい困らせたくなってしまうよ」


「出来れば控えてください……」


 会長の冗談は本当に分かりにくい。突然こんなことを言われたら、誰だって戸惑うに決まっている。

 天才故の遊び心なのだろうが、普段が冷静沈着な彼女が言うと、どうしても対応しずらい。


「善処はするが、あまり期待はしないで欲しい」


「何でですか……」


 俺がため息をつくと、会長はこちらに歩み寄り、耳元に顔を寄せると、静かに囁いた。


「……君だからだな」


 会長はそれだけ言い残すと、振り返って階段の方へと歩いて行く。


「……天才の考えることはよく分からないな」


 会長が去っていく背中を見ながら、俺は頭を掻いて呟く。

 そして、先程感じた視線の方へ振り向き、ため息を付きながら廊下の角を指差す。


「おい、終わったぞ。出てこい」

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