第8話 くせ者ぞろい

 俺は今、信じられないものを見て驚いている。

 くじ引きで、黒い印を引き当てたこと、更に担当場所が南の門であったのだ。


「おいおい、勘弁してくれよ」

 立て続けにこうまで当たると薄気味が悪い。

 もしかしたら、あの少女は本物の聖女サマなのかもしれない。

(女神様のお告げ? まさかな……)

 気弱な感情が首をもたげてしまう。


「いやいや、そんな馬鹿な」

「よう。何をブツブツ独り言をつぶやいている?」

と、誰かが話しかけてきた。

上品なジャケットを着こなす二枚目、昨日俺を紹介してくれた男だ。


「バルトロか。そういやあんたが相方だったんだな」

「くく。どうも縁があるようだな」と、バルトロはニヤリと笑う。

「そうかもな」俺は肩をすくめてみせた。


「それじゃ、改めて――」

「オレの名はバルトロ。ここの主であるガウディーノの親父と契りを交わした者だ」

「俺は三宅忠久。この国じゃタダヒサ・ミヤケだな。東の国からの流れ者だ」

 俺はバルトロと握手する。

 ゴツい手の感触。剣を振るう者特有のマメが出来ている。

(帝国は銃の方が剣よりも有益だと思っていたのだが……)


 バルトロはガウディーノファミリーの幹部だ。高価だが有用な短筒、ピストルという名称だったを手に入れているはずだ。

 剣もまだ得物としては有用だが……。やはり遠距離武器に対して不利である。


 帝国では銃の普及により重装備よりも軽装備に替わりだしている。

 下っ端でもピストルは所持出来なくても、いざ抗争となれば、マスケット銃は配給されるはずだ。

(コイツも訳ありだな……)

 どういう経緯でここにいるのか分からないが、過度に信用は出来ないだろう。

 と、そんな考えは顔には出さず、俺は和やかに会釈した。異国で生き延びるためには必須の技術である。


「あんたは幹部なのに、門の見張りなのか?」

「オレは新参者だからな。

 館の警備は親父の腹心たち、古参の幹部だけさ」

「へえ。まあそうなるか」

 新参者は信用しないようだ。

 まあ、守る物が秘宝スフィアという伝説級のお宝なのだ当然だろう。


「だが、何故これほど用心棒を雇うんだ? 

 館の警備だけなら、あんたらだけで十分だと思うのだが」

 雇われた男たちは総勢三十五名。

 幾ら立派な館だとはいえ、館の中や、塀の外ではなくて、庭だけを警護するには多すぎると思えるのだが……。


「ボスは、色々ときな臭い噂が絶えない御仁だからな。

 いざというときを考えているのだろうさ」

「ふうん」まあカモッラのボスなんて、敵だらけだ。今回の「お宝」を狙っている連中も大勢いることだろう。

(まあ、かく言う俺もその一人なのだけどな)

 今回の舞台が混沌とするのは大歓迎だ。

 それだけ俺も秘宝を手に入れるチャンスが増えるというものだ。


 情報屋の親父が言った通り、今回の取引は相当荒れそうである。

 伝説級の秘宝が売りに出されるのだから、当然といえばそうだろう。

 これだけ警戒厳重の中、味方のいない俺が秘宝を盗もうとするなんて、正気の沙汰じゃないだろう。

 だが、それでも叶えたい望みがあるのだ。

 そのためならば、無茶や無謀の一つや二つは乗り越えるしかない。


(それに、望みが叶えばその後のことなんてな……)

 望みが叶うのならば、生きてこの館から出るのなんて二の次だ。

 その時に考えれば良いことだ。



「あんたなら、この界隈には詳しそうだ。俺たちの中で、出来るヤツはどれだけいる?」

「そうだな。有名どころだと……」

「そうだな……」バルトロがとある男を指さす、

 左手に盾を持ち、胸当てを身につけた男だ。

 この国では銃が普及しているので、

「まずはあの盾の男だ。名前はグスタフという。各地の戦場で武功を上げた傭兵だ。盾を持っている通り守りの堅さが売りの堅実な戦い方をしている」


「まあ傭兵だからな。命あっての物種だ」と俺は強く肯いた。

 首級を取り、名を上げるのは武人の誉れだが、生き残り、お家を残すのも武人の務めだ。

 その辺りの塩梅を見極めるのは大切である。


「あの筋骨隆々の男。名前はバイロンだ。

 バーの用心棒で有名なヤツだ。

 ヤツを雇った店で不埒なことをしでかす客は無事に家に帰れないという話しだ」

長袖のシャツを着ていてもハッキリと分かるほど大胸筋が盛り上がっている。相当な腕っ節だろう。

「酒場の荒くれ者を大人しくさせるのが仕事か。警備にはうってつけだな」


「あの眼帯の男、名はカルロという。元マフィアの幹部だったヤツだ。命知らずの猛者で、キレると何するか分からないが、剣の腕は確かだ」

 今回の仕事で名を上げて、家の幹部に引き入れてもらいたいのだろうよ」

 残り一つの目玉はギョロリとさせ、周囲を威圧している。確かに喧嘩っ早そうな男である。

 

「ふうん」俺はバルトロをジッと見る。

「やっぱり。ヤクザのことはヤクザが詳しいもんだな」

「蛇の道は蛇ってな」バルトロは肩をすくめて見せた。

「なるほどねえ」

 何気ない風を装っているが、俺にはこの男もかなりの使い手に見える。

 霊力の流れが力強い。ただのヤクザものには見えない。

 どこかの国に仕える武人と言われても納得できる。

(コイツも要注意だな)

 油断していると後ろからバッサリと斬られそうだ。


「まあ、こんな所かな」と、バルトロからの説明が終わる。

「そうか、助かったよ」 

 バルトロから大体の有力者は教わったが、自分の目でも確認しておく。

 他人の意見を鵜呑みにするのは危険だからな。



(さて、他にはどんなヤツがいるかな……)

 俺は男たちがはやし立てる方を見やる。


 男たちにジロジロと舐めるように見つめられる女。

 腰まで届く長い赤い髪の毛は艶やかで、男たちの興味の対象となっている。

 目立つだけあって美人である。

 こんな男だらけの所に居るのはえらく場違いだ。

 派手な女。扇情的と言うべきか。

 男だらけのむさ苦しい所では酷く浮いているが、本人は飄々としている。


「あの女」

「んん。気になるかい?」

「まあな。誰かの情婦かい?」

「いや。お前さんと同じく真鍮の印を持って来たヤツだ。

 あの女は顔に似合わずやり手だぜ。

 昨晩は何人もの男たちのナニを蹴り上げて失神させていたよ」

 バルトロはさも可笑しそうに笑う。


「そいつは大したもんだ」俺も同意する。

 バルトロは言わなかったが……。

 個人的には、講釈を受けた三名の男。

 更に目の前にいるバルトロと、あの派手な女が強いと感じた。

 色気だけの女ではないだろう。身のこなしに隙がない。

 くノ一かもな。


(手強そうなのは五名か)

 ガウディーノの側近もかなりの腕前だと思われる。

 連携を取られると苦戦しそうだ。



 俺はバルトロの説明を聞きながら、外から館の間取りを確認する。

 見取り図は頭の中にたたき込んである。

 それと外観との相違を確認したのだ。

(ざっとだが、拡張工事はしていないようだ)

 どうやってあの情報屋の親父がガウディーノの館の図面なんて手に入れられたのかが謎である。

(まあ、正しけりゃ何でもいい。あの親父の本性が、札付きの悪党でも問題ない)

 要は俺が買った情報と道具が正しいか否か、それだけだ。


 後は……。

(そろそろ報酬のことも考えておくか)

 ここまで来ると、あの占い師の力は本物だと認めざるを得ない。

(依頼は引き受けるしかないよな)

 占い師は、もう一度接触してくるだろう。返事はその時で問題ない。


「……うん?」

 俺は何気なしに下っ端の仕事を観察する。

 食材などののチェックが終わると、怒鳴られた下っ端がセカセカと酒瓶を運んでいく。

 下っ端が、今夜の酒宴の準備に追われている。

 彼らの顔つきはどう見ても少年だ。恐らく十二歳前後だろう。


「あいつらは?」

「見習いの小僧どもさ。

 幹部に取り立ててもらいたくて、進んで準備を手伝っているのさ。

 身元は割れているから、裏切る心配もない。雑用係として重宝されているぜ」


「へえ」

 憧れの対象がカモッラとはねえ。

 ヤクザものになるよりも、他に仕事があるだろうに。

 貧乏脱出の手段があまりないのだろうか。

 大金を掴める憧れの対象が、カモッラなのだろう。

(この街は見かけ通りの華やかさだけじゃない。水面下はかなり濁っているな)

 まあ大規模なブラックマーケットが開かれるほどだ。「綺麗」なのは表面だけなのだろう。


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