第7話 占い師、厨房に立つ

 館の主であるガウディーノが演説をぶっている。

 恰幅の良い中年男性で、話している間は笑みを絶やさない。

 一見するだけだと、大店の旦那という雰囲気だ。

 だがこの男はこの付近一帯の街々を裏で牛耳るカモッラのボスである。


「ああ。話が長くなってすまないねえ。

 せっかく私の館まで来てくれたのだ。

 今日の所は大いに飲んだり食べたりしてくれ。細かい話は明日にしようか」

 とガウディーノは、気前の良い所を見せる。

 大きな歓声が沸き上がる。


「へえ、太っ腹だな。まあお相伴にあずかるとしようか」

 流石に人を操るのは上手いものだ、と俺は感心した。

 闇市が始まるまで後一週間。その間緊張しっぱなしでは身体が保たない。

 抜けるところでは抜いておくことも必要だ。

 館の位置関係の確認がてら、夕飯を食べに行くとしよう。


 食堂はビッフェ形式の立ち食いだ。厨房から出来たての料理が運ばれてくる。

「ん?」

 見覚えのあるローブを着た少女が、視界の隅に入って来た。

 ほんの一瞬だけど、後ろ姿がチラリと見えたのだ。

「まさか、あの子か」

 俺がこの国に来た理由を言い当てた、胡散臭い少女ではないのだろうか。


 厨房には幾人も料理人がいるが、不思議と誰も近寄らない。

 知らないヤツが厨房に紛れ込んでいたら、直ぐにつまみ出されると思うのだが……。

 俺は気になり、厨房の片隅で野菜を刻む少女の元へ向かった。


「あんた、こんな所で何やってるんだ」と、俺は呆れ混じりに言う。

 まあ、魔女なら何でもありなのだろう。

(なんとも大胆な……)

 お宝を盗み出す相手の館で、給仕の真似事をしている。

 ローブの袖を腕まくりして手慣れた手つきで野菜を刻んでいる。

 どうやら料理は得意みたいだ。


「ふふ。あの子たちを助けてくれたのですね」

 少女は包丁を置くと、俺を見やる。

 どこ吹く風という雰囲気だ。


「地獄耳だな」

「ふふ。わたしを手助けしてくれる方は、それなりにおられるのです」

 と少女。

「それはそれは」俺は興味なさげに言う。


「それはそうと」コホンと小さく咳払い、

「わたしが告げたこと。どうなりましたか?」

「……まあ、当たったかな」

「それは喜ばしいことです」

「まあ、そうなんだが……」


確かに、俺はチンピラに絡まれた兄妹を助けたことで、バルトロの目に止まり、結果館に入ることが出来た。

 ただの偶然とは言い切れないものがある。

 目の前の少女の予知は当たった、と言って良いかもしれない。


 だが、それよりも気になることがある。

「こんな所まで侵入して、料理を作ることが出来るのならば、あんたがさっさと秘宝を手に入れた方が早いんじゃないか?」

と、根本的なことを言った。


 警戒厳重なガウディーノの館に、こうまで容易く忍び込めるのだから、あっさり金庫から秘宝を手に入れるのもそんな難しいことではないと思うのだが……。


「何故俺の手助けが必要なんだ?」

「館に忍び込むことと、秘宝を手に入れるのとは違いますから」

「はい。それで是非とも貴方の力を貸して欲しいのです」

「俺の力、ねえ……」

 深入りして良い相手ではないのだろう。


「この力も万能ではありません。必ず定めに抗う必要があるのですから」

「それはあんたには出来ないってことか?」

「はい」

「魔女なのに?」

「魔女ではありません」一拍おいて

「今は占い師ですから」

「ふうん」

 聖女だと言い張ると思っていたが意外である。


「残念ですが、運命を変えるのはそれほど容易くはないのです」

「そんなものかい?」

「それで、依頼は受けてくれますか?」

「まあ、ちょっとは考えておこう」


 この少女には、確かに力はあるようだ。

 秘宝スフィアの使い方。それは俺にもハッキリとは分からない。

(スフィアを手に入れたとしても、扱えなければ意味は無いからな)

 正に猫に小判だ。

 そう考えると、俺にも十分に利益があるのかもしれないが……。

 今はまだ様子見の段階だ。安易に返事はしないでおこう。


「ええ、それでよろしいですわ。今は」

「今は、か……」

 本当に何もかも見通しているのかねえ。


「それで、こんな所まで来るんだ、まさか料理を作りに来たんじゃないだろう?」

「はい。これから貴方に起こることを占いたく存じます」

 少女はニコリと屈託無く微笑んだ。

 占い師は水晶玉を取り出すと、おもむろに手を添えた。

「貴方の未来を占いましょう」

 占い師は瞳を閉じて大きく深呼吸をする。

 水晶玉が蒼い光を放つ。キラキラと輝き、何かが映し出された。


「ふうん。で、次は何が起きる?」

 占い師は静かに目を開いた。

「明日の朝、館では雇った方たちの役割分担を取り決めます。

 門や庭の見回りですね」

「金庫の見張りは……。無いだろうな」

「ええ。残念ながら」


 まあ雇ったばかりの何を考えているか分からない連中に、重要な場所を守らせないか……。これは想定内のことである。


 占い師は告げる。

「明日は、貴方が警備する持ち場を、くじ引きで取り決めます。

 そこで貴方は黒い印を引くことになるでしょう」

「はは、そんなことまで分かるのかい? 大したものだ」

 俺は軽口を叩くが、少女は真剣である。

「貴方の持ち場は南の門になるでしょう」


くじがあるのは事前に下調べで分かるが、担当場所まで分かるのか? 

(もし、これが当たったのならば……) 

それこそ本物の占い師……いや聖女サマだったか。

 予知の力は本物だということだ。


「南の門ねえ。まあ、気休め程度に憶えておくよ」

 俺は興味が無い風にさっさと立ち上がる。

「ええ。心に留めておいてくださいね」

 顔を見上げる占い師は、優しそうな微笑みを浮かべるのだった。

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