第6話 秘密の部屋で下準備

「時間です」宿屋の主が、ドアの外から声を掛けてきました。

 彼は聖堂騎士の関係者で、この街での情報収集に携わっています。

「頃合いでしょうか」

 わたしは宿屋の自室から出ると、ガウディーノ氏の館に向かいました。


 そろそろ館が見えてきます。

 わたしは人気のない通りに入ると、再び銀の仮面を被ります。

 それから、黒いローブを羽織ると、呪文を唱えました。

 これで他の人から意識を遠のける魔法がかかりました。


 ガウディーノ・ファミリーだけが通れる秘密の扉。

 そこには伊達男さんがいました。


「伊達男さん。彼はどうしていますか?」

「侍は首尾良く館に入ることが出来ました。

 今は館の庭でガウディーノの登場を待っている所です」

「そうですか。では、次はわたしの番ですね」

「はい。どうぞこちらへ」


 伊達男の案内で、館の厨房へ入ることが出来ました。

 厨房では、お料理を作るのに必死で、外から来た人のことまで気が回りません。

 今のうちです。

 わたしたちは厨房の隣にある、今は使われていない小さな物置部屋に入りました。


「さて……」

 わたしは人避けの魔法を唱えました。

 これで他の人からは、意識の対象から外れることになります。

 これでこの場所は秘密の部屋に替わりました。

知らない人から見ると、何の興味を抱かない物置小屋にしか見えません。

 人は興味の無い物には、直ぐ側にあるものでさえ、記憶に残らないものですから。


 だけど、この魔法も万能ではありません。

一つは、ここを維持するには、それなりの神力が必要となることです。

 「予知」に多大な神力を消費してしまうため、他に回る神力の量は限られてしまうからです。


 次は、他人から注意を向けられないというだけで、わたしたちが騒げば直ぐに露見してしまうでしょう。

 あくまで「特に気にならない」と感じるだけですから。


 「拠点」の安全をきたすため、魔法のお香を焚いておきます。

 耐性の無い方がこの香りを吸うと、少しだけですが、意識が散漫になってしまうのです。これで隣の厨房で動きやすくなりました。


「これで館で動きやすくなりましたね」

 と伊達男さんは満足そうに頷いた。

「はい。貴方もご苦労様ですね」

「ええ。子供たちを見捨てるような破廉恥な男でなくて安堵しました」


 と、ドアをノックする音。規則的に三度。

「占い師、伊達男、失礼します」

「ええ。どうぞお入りください」

 わたしは入室を促します。


「失礼します」腰まで届く赤い髪の女性が、入って来ました。

「どうやら派手な女が来たようですね」と伊達男さん。

「ええ。役者が揃いましたね」


「伊達男さん。次は貴方の持ち場ですね」

 わたしは取り出した水晶玉に手をかざすと、フワリと浮かび上がり、小さなテーブルの上に鎮座しました。


「さあ、貴方たちの未来を観ましょう」

 水晶玉は蒼い光を放ちます。

水晶玉に映し出される伊達男さんの姿。彼は正面の門を警備しているようですね。もう少し前を観ましょうか。


 そこでは伊達男さんが、箱からくじを引きます。黒い札ですね。

 次は派手な女さん。彼女の役割はまだ少し先です。

 ですが、今は侍と既知になるのはいただけません。そうなると……。


「伊達男さん」

「はい」

「右から二つ目の箱。右手でくじを引くのですよ」

「了解しました」と伊達男さん。彼はゆっくりと肯きました。

「さあ、次は派手な女さん」

「はっ」

「貴女は左から三つ目の箱です。左手で引くのですよ」


「了解しました」と派手な女さん。彼女は生真面目に肯きました。

「では、私はこれで」派手な女さんは、キビキビした動作で礼をすると、直ぐに部屋を出て行きました。

「さあ。下準備は整いました。後は彼が上手く貴方と組めるように祈りましょう」



「さて、伊達男さん。わたしも持ち場に行きたいと思います。行きましょう」

「はい、占い師。どうぞこちらです」と、伊達男さんはわたしを厨房の片隅に案内しました。

 厨房の隅にそっと移動します。

 次々とお料理が作られていきます。食欲を誘うスープの良い匂いが鼻孔をくすぐります。


「あちらの女性と交代してください」

 伊達男さんが指さすのは、厨房の片隅、材料が置かれている場所です。

 そこでは材料を取り出す恰幅の良いご婦人がいます。


「ええ。分かりました」

 わたしは、ご婦人の隣に立つと、鮮やかな碧色の小さなベルを取り出しました。

「もし、ご婦人」

「ええ。なんだい、この忙しい時に……」

 と、作業を中断されてしまい、いたくご立腹な女性。

 わたしはすかさずベルを鳴らしました。

「あなた。お疲れではありませんか。少し替わりましょう」

「……ああ、はい。頼んだよ」ご婦人は肯くとどいてくれました。

 わたしと伊達男さんは残された材料を手に取り、ご婦人の向かう場所へ移しました。


 この場所は、厨房の中でも特に意識が向けられない場所だと確認済みです。彼を招くには都合が良いでしょう。

「後は主役が来るのを待つだけですね」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る