第4話 予知? 当たるのかい

「秘宝スフィアを手に入れるため、手伝っていただいたいのです」

 と、少女は真剣な顔で言った。


「スフィアねえ……」

俺はおもわせぶりに顎を撫でる。

スフィアと呼ばれるお宝が、この世にはあると聞いた。

 人の願いに応える秘宝。

 そんなお宝が、この街に隠されていると聞いた。


 眉唾ものだが、俺はどうしても叶えたい願いのために、こんな西の果てまでやって来たのだ。

 この周辺を取り仕切る、カモッラのボスの名をガウディーノという。

ガウディーノの館で開かれる闇市の目玉商品、それがスフィアだ。


 スフィアは、別名黄金の果実と呼ばれるもので、この国の女神伝説に登場する伝説級の秘宝だという。

 なるほど、確かにこの少女が魔女……。もとい聖女でなくとも、教会の関係者ならば、喉から手が出るほど欲しい品なのだろう。


「あんたもスフィアを手に入れるのが目的なのか。

 それならば、俺と目的がかち合うだろうに」

 俺も欲しいのは正にスフィアなのだ。

 目の前の少女もそれが欲しいと言う。

 ならば、先に手に入れた者は邪魔者だ。実力を持って排除するしかないだろう。


「話にならん」

「少し違いますね。わたしは貴方の想いに応えます。

その対価としてわたしは黄金の果実をいただきたいと申しているのですわ」

「……」この少女にそんな力があるのだろうか?

 初対面の胡散臭いヤツの話を、鵜呑みにするのはあまりにも危険だ。

 俺を良いように利用して使い捨てる可能性が高い。

「馬鹿らしい。俺が手助けする理由は何も無い」

 

「大丈夫です。貴方はこの取引を受け入れますから」

「……おい。あんた、もう少し人の話を聞きなよ」

「残念ながら、貴方独りだけでは、望むモノを手に入れることは叶いませんから」

 仮面の少女は悲しげに、そう言った。

「そんなことは、無い」

 少女はフードを目深に被り直した。


「お侍さま」

「……まだ話があるのかい?」

「子供たちを助けてくださいね」

「子供たち?」

「またお会いしましょう」

 少女は席を立つと、静かに去って行った。


 少女の姿が見えなくなると、食堂には喧噪が広まった。俺の耳元にまで騒がしい声が届いてきた。

「やっぱり魔女じゃないか」

 俺はわざとらしく盛大にため息をついてみせた。

 だけど……。

 あの少女の言葉が、妙に引っかかる。

『貴方独りだけでは、望むモノを手に入れることは叶いませんから』

「さあて、どこまで知っているのやら」

 俺は黒パンとベーコン。それからビールを注文するのだった。



★★

 ガウディーノの館へ向かう途中、黒山の人だかりがあることに気づいた。

 まあ頭髪は金髪や赤茶の方が多いのだけれど。

 俺は気になって足を止めた。


 その騒ぎの中心には少年と少女がいて、三人を柄の悪そうな男たちが怒鳴りつけている。

「子供相手に何をやってるんだか」

 俺は呆れてしまい、本音が漏れた。

「相手が悪い。あの男たちは、カモッラだぜ?」と野次馬の一人が答えてきた。

「カモッラ?」故郷の言葉で言うならばヤクザだ。

「縄張り争いか?」

「いや。ただの小遣い稼ぎだろうよ。この辺りはガウディーノの旦那が仕切っているからな。あいつは旦那が雇った連中でも下っ端みたいだぜ」

 聞いてもいないのにペラペラとよく喋る男だ。

 ガウディーノねえ

 もうすぐ「雇い主」になる男だ。余計ないざこざは避けたいところだが……。


露天は壊されて、片方の顔を腫らした少年と、彼を介抱する妹の姿が見えた。

「ま、待ってください。場所代は後で必ず払いますから」

 と少年がチンピラに懇願する。


「先週もそう言ったな?

 今度も踏み倒すつもりだろうに

 金が無いのならば……!」

 チンピラが少女の片腕を乱暴に締め上げた。

 無理矢理どこかへ連れて行くようだ。


「あーあ。こりゃあの子娼館へ連れて行かれそうだなあ」

「可哀相にねえ。相手はガウディーノの手下だぜ。諦めるしかねえなあ」

 野次馬たちは好き勝手に論じる。

 なんとも他人事である。実際にはそうなのだが、目の前でかどわかそうとしているのに、誰も助けようとしない。

 この様子では幾ら待っても衛兵も駆けつけてこないだろう。


 こいつらが薄情なのか、それともガウディーノが恐ろしいのか……。

「仕方ない」

 俺は人混みをかき分けて、チンピラたちの前に出た。


 少女と少年店番。二人に絡むチンピラたち。三人いる。

「おい、そこを通してくれ。俺はその子に用事があるんだから」

 俺はチンピラの兄貴分らしき男に声を掛けた。


「はあ、何だてめえは」

 洒落た飾り付けがある鎧。高そうな革鎧を着ているが、男から感じる雰囲気はチンピラそのものだ。

 俺の前に立つとメンチを切り威嚇する。


「だから、あんたに用はないって」

 近寄る男を押しのける。

「俺はその子に、道を尋ねたいだけなんだから」

「て、てめえ」

 男は顔を真っ赤にして殴りかかってきた。


「しつこいねえ」

 俺は男の拳を軽く受け止め、すかさず胸ぐらを掴み、投げ飛ばす。一本背負いだ。

「あ」

 男は綺麗な円を描き、地面に叩きつけられた。


「ぐえ」男はカエルが潰れたような声を上げると、動けなくなった。

 まあ受け身を取らなかったんだから当然だろう。


「こいつ、お、俺たちが誰なのか知っているのか」と、弟分がいきり立つ。

「さあ。見当も付かないな」

「テメエ」

 弟分は、腰のロングソードに手を掛けようとする、

 だが……


 俺は、男が剣を抜く前に、間合いを詰めると顎に手を掛けてひっくり返す。

 その反動を利用して足を引っかけた。弟分もぐるりと回ると地面にひっくり返った。


 残りの一人が唖然とした顔で突っ立っている。

 俺は足払いを仕掛け、ひっくり返す。

 男は綺麗に仰向けになって倒れ込む。

「ぐふ」

 三人の男たちは、大の字になって伸びてしまった。


「お前らに、刀を抜くのは勿体ないからな」

 あっさりと三人を倒したのを見て、周囲の野次馬たちがざわめく。


 ポカンとした顔の兄妹。

 だが、次第に落ち着きを取り戻すと、俺の方に駆け寄ってきた。


「お兄さんありがとう。なんであんな大きな人を倒せるの」興奮気味の妹。

「柔術って言うのさ」

「旅の方。妹を助けてくれてありがとう。お兄さん強いね」頭を下げる兄貴。

「まあな」

「お礼をしたいのですが……」懐をまさぐる少年。

「生憎これだけしか手持ちはありません」

 少年が取り出した硬貨を、俺は手で制した。

「気にするな。俺は道を尋ねたかっただけだ」

「はい。喜んで」と笑顔になる少年。


「ガウディーノの旦那の館へはこの道を真っ直ぐで良いのか?」

「……ガウディーノさんに用があるのですか?」

 途端に少年の顔が険しくなる。

 まあ良い噂は流れていないのだろう。

「まあ、ちょいとばかりな」大仰に肩をすくめる。


「そうですか。……あ、いえ、すみません。

 ガウディーノさんの館へはこの通りを真っ直ぐに行くと直ぐに見つけられますよ。色々な商いをしている方ですから」

「そうか。助かるよ」

 俺は軽く手を上げると、野次馬をかき分けて今来た道に戻った。


 この街を裏で取り仕切るカモッラのボス。

 ガウディーノは噂通りの男みたいだ。


「それにしても……」

『子供たちを助けてくださいね』と、あの少女は言っていた。

 もしかしてあの子たちなのではないのかと思ったが、見ず知らずの子供を助けて何が起こるというのだろうか。

「亀の恩返しでもあるのかねえ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る