第2話 秘宝を求めて
乗合馬車の中、ジロジロとこちらを見る目。よくある事だ。
俺は、欠伸をかみ殺しながらジロリと見る。乗客はそっと目を逸らした。
(この国にも唐人はいるだろうに)
商魂逞しい連中ならば、西の果てまで金稼ぎに出かけるはずだ。
まあ、アイツらの悪評も広まっているのかもしれないが。
俺は良く磨かれた手すりに映った自分の姿を確認した。
まあ、月代ではないが、後ろでぞんざいに括った頭髪に派手な柄の着物、細長い剣である刀は目を引くのだろう。
まさか落ち武者だとは思われていないけれど。
ボルベイルの港町、そこからたどり着いたその場所はこの国有数の商業の拠点であるアルヘンヌの街であった。
「やれやれ。やっと着いたか」
俺はアルヘンヌの街の門を見て呟いた。
ぱっと見は明るい喧噪と小ぎれいな町並み。しっかりした外壁に守られた街に見える。
だが、裏の顔は、西側諸国有数のブラックマーケットがあることで有名だ。
そのブラックマーケットの目玉商品が黄金の果実と呼ばれるお宝だ。
それが有れば死人に会えるという。
俺が後の時、伝え損ねた言葉を伝えられるというのだ。そのためにわざわざこんな西の果ての国にまで来たのだから……。
お目当てのお宝は、一週間後に開かれる闇市に出ると伝え聞いた。
(さあ、どうやって上手い具合に入ってやろうか)
手に握りしめた。真鍮の印を見やる。
こいつを売った情報屋の親父の言うことには、
とある「大きな商談」があると言う。
その商談を成功させるためには、猫の手も借りたいほど「人手」が欲しいのだと言う。
まあ、誰でも良いというのではないだろう。
腕と度胸に優れる者が欲しと言っていた。なら、俺はその条件を満たしている。
(後は運否天賦か……)
久しぶりに神頼みをしたい気分だ。
だが、そんなことは無意味だと既に思い知らされている。
乾いた笑みを浮かべる。
「まあ、ここで突っ立っていても始まらない。行動あるのみだ」
俺は意気揚々とアルヘンヌの門を通るのだった。
腹が減っては戦はできぬ。まずは腹ごしらえだ。近場にある宿屋兼飯屋へ向かった。
昼のかき入れ時、飯屋は賑わっている。
「さて、何処に座ろうか……」
俺が手近な場所を探していると、
「もし旅のお方、占いに興味はありませんか?」と鈴のような声音。
俺は思わず振り返った。
純白のフード付きのコートを着た女が、わずか半間先に座っていた。
フードのせいなのか、どことなく神秘的雰囲気が漂う小柄な少女だ。
こんな目立つ格好の子がいたら、人目を引くだろうに誰も気付いていない。
この店には若い男も複数いる。
中にはこの少女にちょっかいをかけようとする男がいても不思議ではない。
だが、彼女がまるで存在しないかのように振る舞っている。
(この少女いつからいた?)
俺とて今気づいた。ここは入り口から良く見える場所なのに、どうして気づかなかったのだろうか。
(何らかの魔法の類いか?)
俺は用心深くフードの少女を見つめた。
「ふふ。その様な怖い顔をしないでください。
わたしは貴方のこれからの行動に興味があるのです。
どうか占わせては頂けませんか? もしかしたら、貴方が望む品を手に入れるのに役立つかもしれませんよ。
日の本から来られたお方」
と、まるで全てを見透かしたように少女が話しかけてきた。
唐人と間違われることはしょっちゅうだ。だが、日の本と断定されるのは初めてだ。
何を企んでいるのか知らない。
(もしかしたら魔女の類いではないのか……)
だが、俺に何かしようと思っているのなら、とっくに魔術か何か仕掛けているだろう。
(何をしたいのかが気になる。相手の話に乗っかってみるか……)
俺は強い興味を覚え、少女の正面の席に座る。
「ふうん。それほど言うのなら、一つ占ってもらうとしようか」
「ありがとう」
少女は微笑む。
顔は見えづらい。だが良いところのお嬢さんという雰囲気だ。
目深に被ったフードの裾から、良い匂いのする金髪が覗く。
ゆったりとした動作でフードを下ろす。
神秘的な銀の仮面が目を引いた。
「少しだけお手に触れても良いでしょうか?」
「ああ、好きにしてくれ」
「では……」
少女の手が俺の手に触れる。何かが流れ込むような不思議な感覚。
「ありがとう。では占いましょう」
少女はおもむろに水晶玉に手をかざす。ボウッと蒼い光が水晶玉から漏れた。
「日の本の国。その中程の土地が貴方の出身地。
……貴方はベツトコロというお殿様に使えていたサムライですね」
「……続けて」
ベツトコロとは、べっしょの読み間違いか?
確かに俺の元主は別所家親で間違いない。
だが、猿太閤に滅ぼされた小大名の名前なんて、異国の人間は知っているはずはないのだが……。
「貴方の名前は、ミヤケ。
とある目的を抱いてこの地にやって来ました」
「ぐ……」
俺は、背中に冷たいものが流れるのを感じた。
少女は告げる。
「貴方の目的は……」
仮面の少女と目が合った。何もかも見通すような澄んだ目だ。何故だか悪寒が走る。
「亡くなった主の言葉を聞きたくて、貴方はとある秘宝を手に入れにこの街へ来ました」
「な……」
俺は絶句する。何故そんなことを知っているのだ……!
物の怪! そう怒鳴りつけて、斬りかかろうかという考えが、一瞬頭をよぎる。
だが、この少女は見た目通りのモノではない。
何の考えも無しに俺の前に現れはしないだろう。
俺は心の中の動揺を必死になって押さえつけた。
今の予知が本物なのか、もしかして俺の存在を初めから知っていたのかは分からない。
(やはり魔女なのか?
どんなカラクリを使った?)
何にせよ、俺に何かをさせたいから、目の前に現れたのだろう。
「あんた。何者だ」
「聖女と言えば信じてくれますか?」
「……笑えん冗談だ」
幾らこの国の宗教に詳しくないとはいえ、聖女ぐらいは知っている。
この近くにある大聖堂で祈祷の最中だ。どこの街でももてはやされている。
確か金髪で、絶世の美少女だとか、慈悲深い少女だとかその程度の噂話だ。
聖女だと自己申告されても素直には頷けない。
それどころか、魔女か凄腕のペテン師だというほうが信憑性は高い。
それでも机を蹴り上げて席を立たなかったのは、この少女は間違いなくただ者ではないからだ。
何故俺に接触してきたのかが気になる。
闇市の主催者であるガウディーノの手先の者であったのなら、こんな面倒くさい猿芝居はしないはずだ。
「俺にどんな用事だ?」
「ご理解頂いて助かります。
取引をしませんか? とある秘宝についての……」
「取引ねえ……」
秘宝とは、もちろん今回の取引の目玉商品であるアレのことだろう。
(……それはさておき、豪胆な子だ)
これまでの会話もそうだが、こんな昼時の飯屋で、秘宝のことを言う。
何処でどんなヤツが聞いているのか分かったものではないのに。
「やはり、魔法でも使っているのか?」
「はい。ここは人避けの結界が張られています」
「ふうん、成るほどねえ」
やはり魔女なのだろう。俺はジロジロと少女を見つめるが、彼女は涼しい顔をしてこちらを見るだけだ。
「では、報酬についてお話しましょうか」そう少女が告げる。
俺はこの少女が、お宝についてどこまで知っているのかが気になった。
これほどの力を持っているのに、入手するためには俺の力を必要としているのだろう。
(この小娘の真意を確かめてやろうじゃないか)
俺は鋭い眼で少女を見つめた。
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