妖怪の本性

「どうして、そう思ったのだ?」

「いや、あの・・・・」


 先程までの軽く俺達で遊ぼうとしている雰囲気からがらりと変わり、まるで獲物を狙うような雰囲気をだす芍露さんに圧倒され答えられずにいると、ポンっと頭に優しい重みを感じ


「芍露、少し気配を静めろ。そんな気配を出してたんじゃ答えれるものも答えられないだろ」

「あら、私としたことが・・・・ごめんなさいね」


 夢食さんの言葉を聞き恐ろしい気配を静めて笑う芍露さん。あまりにも早い切り替えにもしかしてさっきのは演技だったのかなと思っていると


「本性丸出しだったぞ」

「偶に出ちゃうのよね~私も精進が足りないわね」


 本性って事は、さっきまで出していた獲物を狙う肉食獣のような気配は演技でも何でもなく芍露さんが持っている気質だってことだ。それなのに、あんな荒ぶるような恐ろしい気配を一瞬で消せることに戦々恐々していると


「朧、これが妖怪だ。人間に近い姿をしているが全く別の生き物であり獣の本性を持った生き物それが妖怪なんだ。人や獣から派生し、人間のような見た目と知性を獲得している者も多いがその本性というのは獣に近い。だから、関わる時は慎重にしないといけないんだ」

「もう、本人を目の前にして獣なんて失礼しちゃうわ」


 頬を膨らませながら文句を言う芍露さん。その様子は何も知らない人間からすれば可愛らしいものだが、あの気配を知ってしまった身からすると可愛らしく思えない。今まで俺が出会ってきた妖怪は気性が穏やかで、人に害をなすものでは無かったから妖怪は面白く楽しい生き物だと思っていた。だけど、そんな事は無いのだ。俺達と同じような知性を持ちながら不思議な力を使うことが出来る。それは恐ろしい事なのだ。足が竦みそうになっていると、夢食さんは俺の顔を覗き込み


「怖いか?」

「はい・・・・」

「それは仕方ない。妖怪に怯えるのは人間の本能だ。だが、必要以上に怯えることは無い。獣のような気配に圧倒されるだろうが、その相手を理解してしまえば何も怖くなくなる。見てろ」


 そう言うと夢食さんは懐から瓶に入った灰色の何かを取り出し中身を芍露さんに投げつけると


「コーン!!!!」

「へ!?」


 という鳴き声ととみにボフンと煙を出しながら大きな狐の姿になって、投げつけた物に飛び掛かる芍露さん。


「ほれ、このように好物に対しては弱いんだ」


 灰色の何かを咥え尻尾を振り上機嫌に見える姿をみて唖然としていると、ハッとなった芍露さんが煙と共に人の姿になると捕まえた物を床に叩きつけ


「ちょっと、いきなりネズミを投げるのは反則でしょ!!しかも、これ油の匂いまでするし変な工夫するの止めて貰えるかしら!!」

「すいませんねー」

「絶対思ってないでしょ!!!」

「あははははは」


 さっきまで笑みを浮かべたりと余裕そうな表情を崩すことが無かった芍露さんが、顔を真っ赤にそして恥ずかしそうに夢食さんに抗議する姿は獣のような気配とのギャップがあり過ぎて思わず腹を抱えて笑ってしまった。


「ちょっと、笑われちゃったじゃない!」

「あらら、幼子の悪戯だとして許してくださーい」

「何が幼子なのよ!幼子はこんな狡猾な悪戯はしません!食ってやろうかしら!」

「おぉこわっ、そんな芍露様には眠りをプレゼントしましょうか?」

「要らないわよ。冗談が通じないのかしら」

「ほら、あんな恐ろしく見えた妖怪が面白妖怪に早変わりだろ?」

「いや・・・あはははは」

「笑い過ぎよ!」


 文句を言われたが笑いが収まる気配はなく、ひとしきり笑ってやっと落ち着いた頃には芍露さんは拗ねてしまっていた。


「は~こんな年長者を敬う気が微塵も無い人達じゃなくて可愛いお客さんが良いわ~」

「そんな奴来る訳ないだろ」

「揶揄った罰として誰か連れてきなさいよ」

「そんな知り合いは居ねぇよ」

「あ~面白かった」

「ほんと良い度胸してるわね」

「いや~すみません。つい・・・・」

「はぁ・・・・別に良いわよ」


 あんなに恐ろしく感じた芍露さんだったが恐ろしさは綺麗さっぱり無くなってしまい今では拗ねてる綺麗な人だ。恐怖から解放された俺を見て夢食さんは


「さっき見せた獣の本性はそいつのほんの一面でしか無いんだ。相手をよく知れば恐怖なんて吹き飛んじまうだろ?」

「はい!」

「だから、必要以上に恐れる事は無いんだ」

「夢食さん、ありがとうございます」

「おうよ」

「はぁ~あ、なんか上手く利用された気分」

「そういえば、さっきの灰色の奴って何だったんですか?」

「あ~あれか?ほれ」


 夢食さんは床に叩きつけられたものをつまみ俺に見せる。


「ネズミ?」

「そ、ネズミ。まぁ本物じゃなくてそっくりのぬいぐるみだがな」

「・・・・何でネズミに反応したんですか?まさか、本当は猫の妖怪だった!?」


 狐の妖怪だと思ったけど、もしかして本当は猫の妖怪だったのか!?もしかして間違えたことを言ったからあの怖い顔に・・・・


「狐の妖怪で合ってるわ、つまり貴方の質問は合ってるわ」

「じゃあ何でネズミが・・・・」

「今は狐には油揚げだが昔はネズミの油揚げが狐の好物だとされてたんだ。その影響だな」

「そういうこと・・・・全くただのぬいぐるみだったら反応しなかったのだけど、ご丁寧に油の匂いを付けてくれたおかげで思わずね」

「ははっ」

「ほんと、可愛くない」


 ジト目で睨む芍露さんに対して勝ち誇ったような笑みを浮かべる夢食さん。この二人仲は良いんだろうけど、関係性がよく分からないな・・・・


「妖怪には明確な性質と弱点がある。それを知ってしまえば、さっきみたいに妖怪の対処は結構簡単なんだ」

「なるほど・・・・」

「私を見本にするのは止めて貰えるかしら・・・・あ、そうだ。さっきの質問まだ答えて貰って無いわ。どうして私が狐だと分かったの?」

「あ~それは、少し前にキツネの尻尾を生やした女の子を見かけたんです。それでその人の雰囲気に少し似てるなって思って」

「なるほどね~良い目と良い勘してるわね。見たところ陰陽師の家系ではないみたいだし、一体どこでこんな子見つけてきたのよ」

「見つけたって言うか元客だ」

「あら、奇妙な巡り合わせね」

「面倒な巡り合わせさ」


 人の事を面倒ごとみたいに言う夢食さんだけど、色々な事を丁寧に教えてくれるし俺が危険な事をしようとしたらすぐに止めてくれる。俺の体質の事も気遣ってくれるしこの人結構面倒見が良いんだよな~話し方や態度で少し損しているなと思う。もう少し愛想よくすればいいのにと思う反面、この態度は仲が良くなった証拠でもあるから少し嬉しくなってしまう。

 それはそれとして、気になる単語が芍露さんから発せられた。


「あの・・・・陰陽師って実在したんですか?」

「あら、知らなかったの?貴方一体何教えてるの?」

「妖怪関連はまだ教え始めたばっかなんだよ。力についても教えて無いし」

「そこら辺は基本でしょうに・・・・それじゃあ、駄目な先生に代わって私が教えてあげるわ」

「駄目な先生とはなんだ」

「陰陽師というのは、妖怪を見る素質を持ち超常な力を持つ妖怪に対抗する人間の事を言うの」

「対抗ってどうやって?」


 夢食さんや芍露さんは、普通とは違う特別な力を持っているのに何の力も無い人間が対抗するなんて出来るのか?


「それはね、魂を使うのよ。全ての生き物には魂という、曖昧だけど現実に存在する物を宿している。そして魂というのは曖昧だから、自然現象に結びつけることも出来るの。陰陽師は自分の魂を使い、自然現象へ干渉し対抗するの」

「なんか・・・・妖怪みたいですね」


 曖昧な存在だからこそ、普通では考えられない超常の力と結び付くことが出来る。その理論は多くの力を持っている妖怪ととても良く似ている気がする。


「理論的は殆ど同じなのよ。ただ、妖怪は存在自体が曖昧だから行使できる力は人間より上なことが多いけどね」

「へ~その陰陽師って今でも居るんですか?」

「時代の移り変わりによって陰陽師はかなり人数を減らしているけど現代でもいるわよ。ただ、昔の様に妖怪と戦うような陰陽師は数を減らして今では妖怪と人間社会の繋ぎ役をしている陰陽師が殆どだけどね」

「おぉ~今でも居るんだ!会ってみたいな~」

「恐らくだけど、求眠堂で働いているのよね?」

「そうですけど」

「じゃあ、そのうち会えると思うわよ。求眠堂、というかそこの店主である駄目先生を頼ってくる陰陽師も結構いるから」

「そうなんですか!?」


 俺は芍露さんの言葉に驚き夢食さんの方を見ると、めんどくさそうにしながら


「偶にな」

「夢食はちょっと特殊だから半妖とか人間社会に馴染みたい妖怪にとっては良い相談相手なのよ」

「特殊って?」

「あら、それも教えて無いの?」

「後々教えるつもりだったんだよ」

「そう、まぁ良いわ。そういうことだから、求眠堂で働いていれば妖怪関係者と沢山会えるだろうからしっかり教えて貰いなさい」

「分かりました!」

「良い返事ね、それはそうと二人は何の用で来たのかしら」

「あ、そういえば忘れてました」

「蛟に渡す匂い袋に使う睡蓮を切らしたんだ、在庫あるか?」

「なるほどね、あるわよ。ちょっと待ってね」


 このお店に入ってから色々な事が有ったせいで、すっかり忘れていたけどここに来た目的は店で切らしてしまった在庫を補充しに来たのだ。睡蓮を欲しがってるみたいだけど、睡蓮って普通に咲いてる花だしわざわざこの店に買いに来なくても良いのでは?頭を傾げる俺に気付いた夢食さんは


「この店は普通じゃ手に入らない植物を置いてるんだよ。さっき頼んだ睡蓮も普通の睡蓮じゃなくて河童の里で育てられた睡蓮なんだ」

「河童!?」

「河童は水の力を持つ妖怪で、その水を吸った植物は普通より効能が高くなり特殊な性質をもつようになるんだ。しかも、妖怪の力を吸った植物は妖怪に対して特殊な効果をもたらすんだ」

「へ~でも、河童が育ててる植物なんてどうやって仕入れてるんですか?」

「それは・・・・」

「企業秘密よ~はい、これくらいあれば十分かしら?」


 夢食さんの言葉を遮るように奥から出て来た芍露さんはお盆の上に大量の睡蓮を乗せて戻って来た。お盆の上に乗っている睡蓮は花の部分だけだが、今もなお咲いているかのように生き生きとしており僅かに光っているように見える。


「あぁ十分だ」

「お代はいつも通りにね」

「分かった」


 夢食さんは睡蓮を一つ手に取りよく見た後に答えると、芍露さんは一つ一つ丁寧に紙に包み袋に入れるとそれを受け取る。


「いつも助かる。それじゃ帰るぞ」

「あ、はい」

「いつでもいらっしゃい」


 店の外に出た夢食さんはしっかりと袋を持ち、店の戸を閉めると俺達はまた複雑な通路を抜け駅に着いた俺達は店へと戻るために電車に揺られていると夢食さんが話しかけてきた。


「初めて妖怪の本性を感じてどうだった?」

「最初は怖かったですけど、今はもう大丈夫です!」

「そうか・・・・芍露も言っていたがお前の目と勘はとても優れていると言って良い。優れているが故にこれから先多くの妖怪と出会う事があるだろう。芍露は人を襲う事は無いが他の者達はそうとは限らない。だから、関わるときは慎重に関わる事を忘れるな」

「はい」

「これから妖怪の事を多く教えていくつもりだが、常に俺が傍に居て助けられる訳じゃない。もし、俺が居ない時困ったら芍露の元へ行くと良い。芍露はああ見えてかなり人間に甘いんだ。きっと助けになってくれる」

「はい・・・・あの一つ聞いても良いですか?」

「なんだ?」

「芍露さんと夢食さんってどれくらいの仲なんですか?」


 芍露さんと話している夢食さんはとても自然体で、さっきの言葉には芍露さんへの信頼が表れていた。そんな信頼関係が結ばれている二人はどんな関係なんだろうと気になったのだ。


「子供の頃から芍露には世話になってたんだ。詳しく話すとかなり長くなるからまた今度な」

「楽しみにしてます」


 今日はこのまま帰っていいという事で、家に着いた俺は自分の部屋で横になりながら新たに学んだことを思い返しながら残りの時間を過ごしていった。


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