ハーブの仕入れ先へ

 火曜日の午後、いつも通り求眠堂に来て働いていると夢食さんが棚の中を見て


「あ、やべ」

「どうしたんですか?」

「在庫切れだ・・・・困ったなぁ」

「ハーブでも切らしたんですか?」


 しまったと頭を触る夢食さんが見ている棚にはアロマに関連する商品を作る際に使う乾燥したハーブや花びら、果物の皮などが入っている。基本的にお客さんに使うのはアロマオイルが中心で、その棚に入っている物はアロマソイルやアロマワックスを作るために使う物なので俺が使う頻度は少ない。だけど、在庫の確認を忘れるなんて夢食さんにしては珍しい。


「まぁハーブと言えばハーブなんだが・・・・」

「その言い方って事は・・・・妖怪関連のものですか?」


 何時も質問には明確に答えてくれる夢食さんが濁すのは、自分の事か妖怪関連の時だ。


「まぁな、妖怪用に使う植物を切らしてな・・・・」

「そんな植物があるんですか・・・・それってネットとかで注文出来ないんですか?最近は頼んだら翌日には来ますよね」

「ネットじゃ無理だな。これを買うには専門の場所に行かないと・・・・いい機会だし朧月も仕入れ先に一緒に行ってみるか?」

「え、それって妖怪関係の場所ってことですよね?勿論行きます!」

「それじゃあ、明日学校が終わった後来たら行くぞ」

「はーい」


 先週見た尻尾を持った女の子以来妖怪の姿を見ていなかったので、妖怪関連の場所に行ける事が嬉しく鼻歌を歌いながら仕事を済ませ家に帰ると明日に備えてさっさと寝ることにした。


 次の日、いつも通り求眠堂に来た俺を迎えた夢食さんはいつも通り着物に羽織、そして草履という姿で待っていてその格好で外に行くのかと驚いていると


「何だその目は」

「いや、夢食さんって洋服着ないのかな~って」

「おい、その言い方だと俺が全裸に聞こえるだろ。俺だって着物以外も着るぞ?だけど今日は仕事で行くし場所が場所だから着物の方が良いんだよ」

「じゃあ俺も着替えた方が良いですか?」

「いや、そのままで良い」

「そうですか?」


 バイトで毎日のように着物を着ているので慣れてきてはいるが、外を着物で出歩くのは少し抵抗があるためホッとしているとさっさと行くぞと先を行く夢食さんを追いかける。


「それで何処に行くんですか?」

「浅草」

「え、まさかの?」

「まさかでは無いだろ」

「いや~妖怪関連だから山とかに行くのかと。それか、不思議な世界に行ったり・・・・」

「山にも行くことがあるが今回は浅草にある店に用があるんだよ。まぁ人訪れられない場所もあると言えばあるんだがそこはまた今度な」

「え、マジですか!?」

「町から出られない客も居たりするから、その時予定が合えば連れてってやるよ」

「よっしゃ!」


 駅へと歩きなが目的地を聞くと意外な場所が出て吃驚したが、俺が考えた不思議な場所もあるらしい。今度連れてってくれるというので楽しみにしておこっと。駅に到着すると、いくら色々な人が巡り歩く都内だとしても和服を着た人というのは珍しいもので多くの視線が夢食さんに向かってるが特に気にした様子を見せない。


「夢食さんって着物で出掛けること多いんですか?」

「仕事と妖怪関連の時は着物の時が多いな」

「それは、なんか理由があるんですか?」

「店の雰囲気に合わせてるのと、古くから存在する妖怪相手はこういった服の方が印象が良いんだ。それとこれは、綿で出来てるんだが本当に僅かに植物の気配がするから妖怪相手は良いんだよ」

「へ~そんな理由が」

「後は、取引する相手の殆どが歴史を重ねた由緒正しい場所が多かったりするから着物の方が印象が良いんだ」

「え、じゃあ俺も着替えた方が良くないですか?」

「今日行く店はそういうこと気にしないから大丈夫だ」

「良かった~」


 視線を集めることに慣れている様子だったので聞いてみるとお仕事関係は着物で出歩くことが多いらしい。妖怪関連の場所にもこれから連れてってくれるらしいし、俺も夢食さんと一緒に出掛ける時は着物で出歩くことを慣れておいた方が良さそうだな。着物はいつも夢食さんに貸してもらってるけど、こうした機会が多くなるなら着物とか買った方が良いのかな・・・・でも、着物の種類とか分からないしな~

 そんな事を考えながら夢食さんと一緒に電車に揺られ、浅草に着いた俺達。駅を降りてすぐに見える圧倒的な存在感を放つスカイツリーにコンクリートの建物と雰囲気のある翡翠色の屋根がある通り。ここは東京でも人気な観光スポットのため人が多く外国人も多い。


「それじゃ行くぞ」

「はい」


 夢食さんは雷門の方に向かって歩き出し俺もその後を付いていく。いくら浅草だとしても観光に来ている外国人に夢食さんの着物は人気で注目を集め、時々声を掛けられるが上手く断り俺達は雷門通りをスカイツリーに向かって歩いて行く。そして道の途中で大通りから外れ狭い路地を歩き複雑な道を通り、そこには古そうな日本家屋がコンクリートの建物に隠れるように建っていた。その建物を見た時俺は求眠堂と似ていると思ったが、求眠堂と違いかなり複雑な道の先にあるためこの家はかなり辿り着くのが難しそうだ。


「ここが目的地ですか?」

「そうだ。ここは薬仙堂、妖怪が主人をしている店だ」

「へ~!どんな妖怪なんですか?」

「見れば分かる。ほら、入るぞ」


 夢食さんはそう言うと、戸に手を掛けガラガラと音を鳴らしながら入ったので後に続くと、入った瞬間まるで森の中に居るのではないかと思う程の濃密な木と葉、そして土の匂いを感じ思わずむせてしまった。


「大丈夫か?」

「はい・・・ゴホッ大丈夫です」

「少しすれば慣れるから鼻じゃなくて口で息をするんだ」


 言われた通り口で呼吸をすると、いくらかマシになり咳が落ち着いたタイミングで店の中をよく見てみると、壁一面に小さな戸棚が並んでいて丸く黒い取手が一つ一つに付いている。中は思ったより広いが部屋の半分の床は高くなっていて、部屋の奥には行けないようになっている。その高くなっている場所には机や火鉢、提灯が置いてあり机には・・・・


「え、人!?」

「あら、良い目を持ってるわね」


 突然現れたように見えた人を驚きのけぞってしまった俺。全くと言って良いほど気配が無かったその人はニヤリと笑う。とても長く綺麗な明るい茶髪に朱色の着物を着ていて髪には煌びやかなかんざしを付けている派手な女性。ぱっと見は人間に見えるが、少しどこかで見たような感覚があるこの人は机に意識を向けるまで気付くことが出来なかった。多分だけど・・・・


「妖怪・・・・ですか?」

「その通り、初めまして幼き子」

「初めまして・・・・」

「お名前は?」

「俺は・・・・」

「アホ」

「いったぁ!!何するんですか!」


 名前を聞かれたので答えようとすると夢食さんがいきなり叩いてきたので、怒りながら振り返ると夢食さんは呆れた顔をしながら


「妖怪相手にそんな簡単に名乗るんじゃねーよ。前に教えただろ?」

「何を言って・・・・あ!」

「ふふ、もう少しだったのに」


 そうだ、名前は重要なものだから簡単に名乗ってしまったら名前を握られて縛られることもあるって言ってた。おしいおしいと言いながら笑う店主だと思われる人。その姿はとても綺麗で普通なら見惚れるほどなのに何処か恐ろしさを感じ、俺は後退り距離を空ける。


芍露しゃくろあまり脅かさないでくれ」

「そんな私は怖がらせるつもりは無かったのよ。ただ、初々しくて揶揄いたくなっちゃったの」

「はぁ・・・・芍露は基本的に人間を害すことが無いから良いが人間を食らおうとする妖怪だっている。だから、妖怪と話すときは油断せず慎重に話すことを忘れるな」

「分かりました・・・・」

「ふふ、幼子が師のように振舞うとは愉快だね」

「うるせぇ」

「あらら、こわやこわや」


 睨む夢食さんだが芍露さんはクスクスと面白そうなに笑っている。話し方からしてこの二人は長い仲なのかなと思いながら出会った時から感じていることを思い切って聞いてみる。


「あの・・・・」

「あら、何かしら?」

「間違ってたら失礼ですけど・・・・もしかして狐に関連する妖怪ですか?」

「ほう・・・・」


 俺の質問を聞いた瞬間面白そうに浮かべていた笑みを深め、その表情はまるで獣のように口が裂けたように見えた。

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