狸と狐

 バイトを終え家に帰った俺はは、テーブルでつまみを食べながらお酒を飲んでいる父さんと母さんに今日聞いた先祖の話について訊ねてみた。


「俺達の先祖か~・・・・」

「先祖と言われてもね~」

「分からない?」

「そうね~私はそういう話を聞いてこなかったらあんまり分からないわね。父さんなら知ってるだろうけど・・・・」

しげる爺ちゃん、京都だもんな~」

「俺も父さんなら知ってるだろうな」

いわお爺ちゃんか~会いに行ってみようかな」


 二人共爺ちゃんなら知っているかもしれないと言う。母さんは東京の生まれではなく京都出身で慈爺ちゃんのお仕事の手伝いで東京に来た時に父さんと出会って結婚を機にこっちに引っ越してきたのだ。なので、母さんの実家は京都に在るから簡単に行くことは出来ないのだ。父さんは東京の出身で実家は三駅ほどの近くに在るので、休みの日に行こうと思えば簡単に行ける距離にあるのだ。だから、何時でも聞きに行くことが出来るのだが・・・・


「父さん色々な場所に行ってるからな~・・・・一応何時なら居るか聞いてみるよ」

「ありがとう!」

「それにしても、どうしていきなり先祖の話なんか聞くんだ?」

「確かに、どうしたの?」

「あ~夢食さん、俺のバイト先の店主さんがね、自分の先祖について調べてると意外なことが分かったりして面白いぞって言ってたからちょっと聞いてみたいな~って」

「なるほどな、自分のルーツを知ることは面白い事だと思うぞ。もしかしたら、有名人と血が繋がったりとかもあるかもしれないしな」

「そう言う事だったのね~お盆に京都に帰るんだからその時聞いてみたら?」

「そうする!今年は何日から帰るの?」

「12日から一週間ぐらいかな。もし何かあったら延びるかもしれないけどね」

「いつも通りか~」


 毎年お盆の時期には母さんの実家に帰ることになっているのだ。なので、京都に行ったときに慈爺ちゃんに聞いてみよっと。巌爺ちゃんは旅行が大好きな人で婆ちゃんと一緒に色々な場所に行っているから家に居ることの方が少ないのだ。だから、父さんに何時居るのかを確認して貰い、話は今日出会った狐と狸の話に移っていた。


「狐と狸と言えば妖怪の代名詞である動物でありどちらとも化かしの達人って言われるほどだな」

「京都に住んでたから狐の話はよく聞いたわね~狐で有名な妖怪と言えば玉藻の前よね」

「なにそれ」

「玉藻の前、九つの尻尾を持った恐るべき妖狐だ。彼女は平安時代に居たとされ、鳥羽上皇に病に倒れさせ自由に操ろうとしたが陰陽師に見破られ最終的には石にされてしまった妖怪だ。強大な妖力を持ち、その正体は千年以上生きた狐だとも言われているな。九つの尻尾を持った狐と言えば玉藻の前と言われるほど有名だ」

「そんなに有名なんだ~狸はどうなの?」

「世間的には狐の方が有名だが狸も妖怪界隈の中では代表的な生き物だな。日本三名狸として有名なものから、地方によって狸に化かされる話も沢山ある。そして狸の妖怪というのは本当に沢山居るんだ。民衆の前で芸をした分福茶釜に、背負う事を人にねだる赤殿中といった人に優しい敵対では無いものから、首を括らせる首吊り狸と言った恐ろしいものまで種類豊富だな」


 へ~狸や狐の妖怪って言っても沢山種類があるのか。昼間に見たあの子たちは一体何の種類だったんだろう。


「そして、狸と狐は妖怪として有名だが寺や神社で祀られる有難い存在でもあるんだ。有名なのは・・・・」

「お稲荷さんね」

「その通り」

「あ、俺も聞いたことある」

「狐の印象が強く稲荷神といえば狐と言うほどだが、実際は稲荷神は狐の姿をしておらずあくまで狐は神の使いなんだ。稲荷神は日本でもっとも広範囲で信仰されていると言っても過言じゃ無い程有名だな」

「あ、神様自身じゃないんだ」

「まぁ狐を稲荷神とする場所もあるから地域によってだな。狸の神様で有名なのは日本三名狸の一人である隠神刑部だ。この神様というのは中々特殊な成り立ち方をしていてだな。この神様は実話に狸の要素を混ぜて怪談話にしたものが講談師によって広められたことで認知されたものなんだ」

「あら、じゃあ作り話が本当に居ると信じられて祀られた方なのね」

「狸と狐って本当に昔から語られている存在なんだね」


 人が居ると信じたことによって生まれた神様か・・・・そういえば、夢食いさんが妖怪は曖昧な存在だから人にそういう存在だと信じられると概念が結びついてしまうって言ってたな。たぶん、この隠神刑部さんもそういったたぐいの妖怪なんだろうな。


「そう言うことだ。それじゃあ切りが良いから今日のお話はこれまで。そうだ覚明日用事あるか?」

「無いけど・・・・どうしたの?」

「明日、知り合いから本を譲り受けることになってるんだが人手が欲しいんだよ。どうだ?」

「ん~」

「昼飯ラーメンおごりで」

「行く!」


 話が終わった所で明日の予定を聞かれ手伝いをすることになった俺は部屋に戻りさっさと明日に備えて風呂に入って寝ることにした。本を運ぶだけって事は楽だろうし、それだけで昼飯が食べれるのはラッキー・・・・・と思ってた。


「おっも!!」

「ほら、まだまだあるんだから頑張れ」


 父さんに連れられてやって来たのは、人の良さそうなお爺ちゃんとお婆ちゃんが住んでいる古く大きな日本家屋で裏にある蔵から本を運び出すことになったんだがその量と重さが想像の倍以上あった。


「これ全部本なの?」

「そうだぞ。伝記に歴史書、土地の開拓記それに絶版になった本や物語が沢山入ってるんだ。あとは手紙だな、誰が誰に当てた手紙とか」

「そんなの何に使うの?」

「そりゃ読んで調べるためだよ。歴史っていうものは語り手によって変質してしまうものだが本に書かれたもの変質することが無い。それに人から忘れられた物語が本には残されてるんだ。そして、それを読むことによって新たな事実を発見できるんだ。この本たちは本当に貴重なんだから丁寧にな」

「はーい」


 本の事を話す父さんはいつも以上に真剣な顔をしていた。父さんの仕事は妖怪の事を調べ本にすることだとは知っているけど詳しくは知らない。だけど、この本が大事なものだという事は伝わってきたので、俺は本の箱をなるべく慎重に車へ運んでいった。


「ふ~」

「ご苦労様だね~お茶飲む?」

「あ、大丈夫です」


 何往復かして車に箱を運んでいると、この家のおばあさんがニコニコと笑顔を浮かべながら俺に聞いて来た。


「朧月先生のお子さんなんだって?お父さんのお手伝いなんて偉いわね~」

「いえ、そんな・・・・本凄い量ですね。どれくらい集めていたんですか?」


 話しかけられ何を話したら良いのか分からず取りあえずこの大量の本の事を聞いてみる。


「この本達はね、夫の曽祖父の時代から集めてるのよ」

「そんな前からですか、凄いですね・・・・でも、そんな昔から集めている物を譲って頂いても良いんですか?」

「この本達は趣味、そして歴史として残していたのだけどもう私達も歳だからね・・・・息子達はこの本達に興味が無いし家も出て行ってしまっているから、後を継ぐ者が居なかったのよ。売ることも出来たのだけど、この本達の価値を知らない人に渡るのを夫が嫌がったのよ。私も同じ気持ちだったからどうしようかと困っていたんだけど、その時朧月先生が訪ねてきたのよ」

「そうだったんですか」

「蔵に眠っている本の事を聞いた先生は、買わせて欲しいとおっしゃったのだけど話をするとこの本達の重要性を理解して下さっていると分かったから全部譲ることに決めたの。だから、大丈夫よ」

「そんな父さんの事初めて聞きました・・・・」

「私達が代々繋いできた物の価値をしっかりと理解して尊重してくれる先生みたいな人は現代ではとても貴重なのよ。どうしても古いものは、新しく生まれたものに押しつぶされ廃れていくし消えてしまう物もある。だけど、古いものというのは長い間紡いだ歴史と思いがあるのよ。それを継承してくれる先生はとっても有難いの」

「そう・・・なんですか・・・」


 そう語るおばあさんはとても穏やかな笑顔を見せていた。


「覚ーサボるなー」

「あ、今行く!」

「あらあら、ごめんなさいね」


 俺は呼ばれ急いで父さんの元へ行く。そこにはいつも通りの父さんが居たが、さっきの話を聞いた後だと何だが少し父さんが誇らしく見えてしまう。今まで父さんの仕事の事を全然聞いてこなかったし興味を持つことも無かったけど、これからは色々知れると良いな。いや、知りたいな。


「どうした、疲れたか?」

「ううん、全然!」


 俺はあのお婆さんとお爺さんの大事な本をさっきよりも丁寧に扱い車へどんどん運んでいった。

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