忙しい土曜日

 バイトを始めてから初めての土曜日、夢食さんが言うには休日はある程度のお客さんが来ると聞いていたので忙しくなると覚悟して朝7時から店に到着したが店内には既に3人ほど順番待ちをしていた。店内に複数人居る事に驚いたが、急いで奥の部屋に行き昨日父さんにも教えてもらった着物の着方を動画を見ながら悪戦苦闘しながらもなんとか着れた俺は夢食さんの元に戻ると


「朧月、此処に居る人達は既に受付を終えてるから俺は部屋の準備をしてくる。だから、ここの店番を任せた」

「分かりました。あの新しいお客さんが来たらどうすれば」

「お客さんが来たらこれ書いて貰って、新規のお客さんと変更点があるお客さんは後で俺が対応するから書いて貰ったら分けておいて」


 そう言って渡されたのは、初回利用かどうか、症状の相談や寝具の好みなどが書いてある紙が挟まれた木製のバインダーだった。俺はそれを受け取り同じものが何処にあるのかを教えると夢食さんは寝室の準備へ向かった。

 言われた通り夢食さんがいつも同じ場所に座って店内を見渡すと、お客さんは俺より年上だがまだ若そうな女性二人と男性一人。椅子に座って携帯を弄っていたり棚に飾ってあるアロマなどを眺めたりなど様々だが。今まで見たお客さんと違って皆健康そうに見える。


 睡眠に関する悩みなんて無さそうに見えるけど、そう見えるだけなのかな?


 ここに来ると言う事はみんな睡眠に関する悩みを抱えてるはずだけどどんな悩みなのだろうかと考えていると扉が開き新たなお客さんが俺の元に来る。


「いらっしゃいませ」

「あれ?店主さんはどちらに」

「店主は現在寝室の準備をしており席を外しております。求眠堂をご利用の場合はこちらを記入して少々お待ちください。それとも店主に何か御用でしょうか?」

「いや、寝室を利用しに来たので店主さんに用がある訳では無いです・・・・君はアルバイトかな?」

「そうです」


 話しかけてきた人は30代くらいで、カーディガンを着たいかにも仕事が出来ますというようなイケメンの男性だった。俺の返答を聞くとその人は驚いたようで目を丸くしながら


「もう3年通ってるけど、アルバイトを雇うなんて初めてだね。驚いたよ」

「本当に数日前に雇って頂いたばかりですので、今後ともよろしくお願いします」

「そうなんですか、よろしくお願います」


 男性は質問票を受け取ると近くにあった椅子に腰を下ろし記入を始めた。その姿は結構様になっていてイケメンってスゲーなと思いながら言われた言葉を思い出していた。


 3年って言ってたけど、そういえば俺この店を何時から始めたのか聞いたこと無かったな・・・・今度教えてもらおっと。


「記入終わりました」

「ありがとうございます、順番にご案内しますので暫くお待ちください」


 俺は質問票を受け取ると少し中身を見てみると、この男性は山崎豊やまざき ゆたかという名前らしい。年齢は35歳と大体予想通り、症状は疲労回復のためと・・・・


 あまりジロジロと個人情報を見るのは良くないとそれぐらいで止めて俺は新たなお客さんが来るのを待っていたが特に来ず10分ぐらい経つと夢食さんが戻って来た。


「ご苦労様、何かあったか?」

「新しいお客様が一名来られました。これが質問票です」

「おう、ありがとう・・・・あぁ」


 質問票を受け取った夢食さんはさっと目を通すと順番待ちをしていたお客さんを一人一人案内していき少しして戻ってくると


「山崎様、準備が終わりましたのでご案内します」

「ありがとう、今週もお世話になります」

「毎週来られてますし偶には違うアロマもおすすめですよ」

「いや、あれが気に入ってるからそのままで」

「畏まりました」


 夢食さんの対応の仕方を見ると山崎さんが言った通りどうやら常連さんのようだ。


「それにしても、バイトを雇うなんて初めてじゃないですか?」

「そうですね、まだ新人ですからあまりいじめないで下さいね」

「酷いな、俺はそんな事しませんよ」

「どうだが・・・・」


 話しながら奥の部屋へと消えていく二人。思った以上に親しそうだなと思いながら、店番をしていたがこの後人は来ずいきなり暇になってしまった。やること無いなと記入されてない質問票を一つ一つ確認していると


「お疲れ、取りあえずは昼になるまで大丈夫そうだな」

「お疲れ様です。もうお客さんは来ないんですか?」

「朝の流れはもうこれで終わりだな。だから、この隙に昨日宿泊した部屋の清掃するぞ。ついてこい」

「え、でもここに人居なくなっちゃいますよ」

「呼び鈴置いておくから大丈夫、金は鍵が掛かってるし防犯カメラも置いてるから盗みも大丈夫」


 そう言って鈴マークが書いてあるスイッチと、御用の場合はこちらを押してくださいと書かれた立札を置くと二人で一階の奥へ行き使われた形跡がある洋室の中に入ると


「まず、埃が舞うからそこに入ってる掃除機と雑巾で掃除してその後シーツの交換だ。分担してさっさと終わらせるぞ」

「分かりました」


 部屋の隅にある棚の中から掃除用具を取り出し俺は雑巾で拭き掃除、夢食さんは掃除機で埃を吸って一通り終わると寝具に掛かっているシーツを全て外すと


「誰がどの部屋をどう使ったのかは質問票に書いてあるから、それを参考に部屋を元に戻すぞ。この部屋は布団の交換だけだな」


 机の上に置いてあった質問票を手に取り確認する夢食さん


「今使っている布団は綿の布団だから羽毛に戻すぞ」

「分かりました」


 夢食さんは棚から布団を取り出すと端についているタグを俺に見せ


「ここに布団の種類と重さとか書いてあるから分からなかったら見ると良いぞ」


 見せてくれたタグには布団の種類と手書きで書き加えられた布団の重さなどが書かれていた。なるほど、そこを見れば良いのか


「沢山種類があるから少しずつ覚えてけ。それと言うのが遅れたが右側にある棚は奥から枕、毛布、布団、シーツの順番に入ってるから覚えておくように」


 右側に並んでいる棚は一つ一つ違う物が入れられていて、分類がされている。ぱっと見だと分かりにくいが棚の中にテープで分類を書いてくれているのでこれを見れば何とかなりそうだ。


「場合によってはマットレスも変えることがあるが、それはこの部屋には無いから後で教える。よし、シーツ変えるの手伝ってくれ」


 俺は夢食さんと一緒にシーツを変え綺麗にベットメイキングを終えると


「よし、それじゃあ後3部屋さっさと終わらせるぞ」

「はい!」


 同じように3部屋夢食さんと清掃を終わらせると、汚れたシーツは倉庫と紹介された部屋の中にある2つの洗濯機の中に入れ何時もの部屋に戻って来た。


「よし、お疲れさん」

「ふ~ベットメイキングって結構重労働なんですね」

「まぁな、でもこれで一旦昼までひと段落だ。ほれ、茶でも飲め」

「有難く頂きます」


 夢食さんに出してもらったお茶を飲みながら今日の流れを確認していく。


「今日は7時に入ったが、何時までやるつもりだ?」

「え、今日は一日居ようかと思ってますけど」

「学生は最大8時間しか働けねーの分かってるのか?」

「あ~そういえばそうでしたね」

「だから最大まで居たとしても1時間の休憩を含んで16時までだからな」

「は~い」


 夜まで居たかったんだけどな~残念


「じゃあ、今日の流れを教えておくか。取りあえず朝入った人達は、全員8時間希望だから15時まで気にしなくて大丈夫だ」

「途中で起きたりしないんですか?」

「おう、寝かせてるから起きる事は無いぜ」

「寝かせてる・・・・?」

「昼にまた数人来るだろうから、朧月はさっきと同じように受付をしてくれ」

「分かりました」

「それまで、俺達は休憩!大福あるぞ食べるか?」

「頂きます!」


 なんか引っかかる言葉が有った気がするけど、まいっか。俺は夢食さんに出して貰った大福とお茶を楽しみながら昼になるまで軽い掃除や雑談などをして過ごし昼飯は近くにあるコンビニの弁当で済まし退勤の時間になるまで色々な仕事を教えてもらいながら過ごした。


「よし、今日はお疲れさん」

「はい、お疲れさまでした!また明日来ますね」

「いや、明日は休め」

「えぇ何でですか!」

「言っただろ週に二回は休めって、土日どちらか出たら片方は必ず休め」

「え~」

「え~じゃない、折角の休みなんだから体休めて好きな事でもしてろ」

「じゃあ!」

「だからと言って店に来るのは無しだぞ」

「は~い」


 明日も来るつもりだったのに・・・・明日何しよう

 

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