父、求眠堂に来たる2

「奥は作りが新しいのですね」

「安眠を提供するにはしっかりとした環境を整える必要がありましたから、私がこの家を購入した際に思い切ってリフォームを行いました。一階全てはお客様が利用する寝室になってます」

「なるほど・・・・和室と洋室どちらもあるんですね」

「お客様の好みがありますから、どちらにも対応できるように用意させていただいてます」


 夢食さんと俺達は所々部屋の中を覗きながら、部屋の奥へと進んで行く。俺もこの部屋の一部を利用したことはあるが、詳しい部屋の位置や奥に何があるのかは知らないので父さんと同じように興味深く見ていく。そして、部屋の一番奥まで付くと先には鍵の掛かった扉があり


「この先は倉庫なので、戻りましょうか」

「倉庫と言うと?」

「代えの寝具やマットレス、アロマ系統の商品を作る時に必要になる材料などを置いてあるんです。部屋の中にも寝具は一式揃えてあるんですけど、大型の物や特殊なの物はこの倉庫に仕舞ってるんです」

「そうなんですか」

「一階はこれで全てですね。二階部分は私の生活スペースですので紹介は省かせて頂きますね」

「分かりました」


 あ、夢食さんってこの店に住んでたんだ。てっきりここは商売をやっているお店としてだけ使ってここの近くの家やマンションに住んでるのだと思ってた。一階全てを見終わった俺達は最初の部屋に戻り、お茶を飲みながら暫くの間話すことにした。


「仕事の関係上多くの宿泊施設に訪れたことがありますが、この店は何処とも似つかないですね」

「ここはあくまで、快適な睡眠の為の店ですからホテルや旅館とはコンセプトが違いますからね」

「大変失礼な話ですが話を聞いただけだと、少し怪しく思っていましたが店主さんの説明を聞きその認識を改めました。とても良い店ですねここは」

「自分でも少し怪しい店という自覚はありますからそう感じられるのは仕方が無い事だと思います。気に入って頂けたようで良かったです」


 父さんはいかつい顔を緩めながら笑って言う。


 ふ~父さんからの印象は改善できたらからこれでバイトを辞めろとは言わなくなったはず。知らないことばかりで、毎日が楽しいんだこんな数日で辞めてたまるかっての。取りあえず問題は解決したけど、新たな問題が起きる気がするんだよな・・・・


「この受付の部分はかなり年期が入っているようですが、よく手入れをなされてますね」

「えぇ明治時代からありますから所々直してはいますが良く持ってくれてます」

「なんとそんな時代から・・・・古き建物には色々な不思議な話が有ったりしますがここにもそういうのは有ったりしますか?」


 父さんは夢食さんの話に食らいつくかのように反応する。キラキラと目が光り決して話を逃さないようにするこの表情は父さんが仕事中によくする顔だ。少しでも妖怪の影があれば徹底的に暴くまで止まらないそれが父さんなのだ。


「残念ながらそういうのは無いのです」

「そうですか・・・・それでは入り口に置いてある獏の置物はどういった意図で?」

「こんな商売をしていますから縁起物として置いてあるんです。獏は悪夢を食べる存在でありながら、邪気などを払う幸運の妖怪でもありますから店にはピッタリかと思いまして」

「え、獏ってそう言う事もするんだ」

「獏は今で悪夢を食べるという印象が強いですが、元々は悪夢を食べるのではなく払う者と言われてましたから」

「店主さんの言う通り、獏は邪気や疫病を避ける者として古来中国で言われている。獏の伝承が日本に流れ着いた際に、悪夢を食べるという風に解釈されたんだ」

「本来は獏の毛皮などを使って邪気を避けるのですが、獏の毛皮というのは手に入りませんから置物を」


 まぁそんなこと言ってるけど獏本人?本体?が居るんだからそんなものを置かなくても大丈夫だろ。もしかしたら雰囲気作りでおいたのかも。それにしても獏の毛皮って・・・・もし本当に飾ったら同族の毛皮を飾ってるってことになるんだよな。それって人間に置き換えると相当ヤバい事になる気が!?


「今でも獏の毛皮と称したものがありますがほぼ間違いなく贋作ですからね。それにしても、どうやらお詳しいようで」

「いえいえ、ほんの少し知識があるだけですよ、妖怪研究の第一人者である朧月静雄先生には遠く及びません」

「自分の事を知っているという事は、妖怪関係の何かをされてるんですか?」

「いえ、趣味で妖怪の事を調べたりする際にお名前を」

「なるほど・・・・」


 あ、この表情止まらないやつだ。


「単刀直入に伺いますが、店主さんは妖怪は居ると思いますか?」

「・・・・私は居ると思います」


 実際夢食さん自身が妖怪だしな


「ほう、理由をお聞きしても?」

「私は妖怪を私達人間が進化の過程で分岐した生き物だと思ってるからです。私達とは違う特殊な進化を遂げた人間、その異質な生態を見て妖怪だと称した。鬼や山姥、雪女などがこれに当たると思います。まぁ山姥などは普通の人間が迫害された姿の可能性が高いですがね」

「なるほど、彼らは妖怪という呼ばれ方をされているが本質的には人間と同じだと」

「そうです、あくまで進化した姿が違うだけの人間。妖怪の中には、人型をしていないものも多く居ますがそれらは通常とは全く異なった進化を遂げた動物だと思いますね」

「ふむ・・・・その説はよく議論で上がりますね」

「他にも色々な説がありますが、妖怪の存在を否定していないのでこれが一番好きですね」


 夢食さんが言うって事は多分その説が大体合ってるのかもしれない。まぁ父さんからの質問をかわすために真実では無いが、その説が正しいと言ってるのかもしれないけど。


「なるほど、私も妖怪は居ると思ってますよ。妖怪はよく人間の理解の範疇を越えてしまった事象を説明するために作られた物だと言いますが、私は昔天狗に会ったことがあるんですよ。だから、絶対に居ると確信してます」

「天狗に・・・・」

「えぇ嘘だと思われるでしょうが」

「いえ、信じますよ」

「そうですか」


 信じると断言した夢食さんに優しく笑顔を見せる父さん。それにしても父さんが天狗に会ったことがあるなんて話初めて聞いたな。その後も夢食さんと色々な妖怪の話を続けあっという間に時間は過ぎ去り外はもうすっかり暗くなってしまっている。話の切りは良い所で父さんは


「いや~店主さんはかなりの知識をお持ちのようで」

「いえいえ、朧月様に比べたら私なんて」

「いやいや、そんな事はありませんよ。とても有意義な時間でした。また語らいに来てもよろしいでしょうか?」

「えぇ何時でも歓迎いたします」

「良かったです、それでは私達はこれにて。覚、帰るぞ」

「は~い」

「またのお越しをお待ちしております」


 夢食さんに見送って貰い俺達は帰路についたが、その間父さんはずっと夢食さんの話をしていた。


「店主さんとの話は楽しかったな~・・・・あそこまで知識を持っているなら覚が妖怪に興味を示したのも納得だ」

「なんか難しい話してたよね」

「妖怪というのは架空の話として扱われることが多いが、店主さんのあの話し方からして確実に存在すると思っているな。それに、何故かは分からないがあの人からは何処か不思議な気配がする。覚、良い所でバイトしているな。俺が学生に戻ったらあそこでバイトしたいぐらいだ」

「でしょ?だったらもう好きに働いても良いよね?」

「あぁ勿論だ。あそこで働いていればいい経験になるだろう。だが、成績があまりにも下がるようだったら・・・・」

「勿論勉強もしっかりするって!」

「なら良し、さて次はいつ訪れようか」


 あ~あ、心配してた事が現実になっちゃった。妖怪の知識があって、古い建築、そして不思議な気配がある場所、全てが父さんの気に入る要素だ。これは父さんが満足するまで、絶対に何度も来るぞ・・・・


「頻繁には来ないでよ、ちょっと恥ずかしいし」

「ん~あぁ考えておく」

「それ絶対考えない返事じゃん!」

「ははっ」


 はぁ・・・・父さんは一度やると決めたことは曲げない人だし何言っても無駄そうだな。仕方ない話題を変えるとするか


「もういいよ・・・・そう言えばさっき父さんは天狗と会ったことがあるって言ってたけど」

「あぁそれか」

「そんな話一回も聞いたこと無いけどいつ会ったの?」

「なんだ、覚も信じてくれるのか?」

「そりゃ勿論」


 だって獏が居るんだから天狗だっているはずだ。


「あれは父さんが子供の頃で父さん、つまりはお前の爺さんに連れられて高尾山に登った時に爺さんと逸れて迷ってしまったんだ。高尾山は今では観光地として開発され人が訪れやすい場所になってるが、俺達が登ったところはまだ開発が進んでいない場所だったからあっという間に迷子になってしまってな」

「そんなことあったんだ」

「それで、どうしようかと1人泣きながら歩いていたら、翼をはためかせる大きな音が聞こえてそれから「幼子がなぜこんな場所で泣いている」って声が聞こえたんだ。俺が父さんと逸れてしまったってことを言ったら「ここは幼子が一人で歩くには険しいだろう。仕方が無い案内してやるから泣き止め」と言うと木の上から白い鈴懸に袴を着て天狗の面をした人が下りてきたんだ。俺は一目見て人間じゃないって気付いたな」

「何で?」

「その人の背中には鷹や鷲のような大きく立派な翼を生えてたからだ。俺はその人と一緒に山を歩いて父さんを見つけた瞬間一瞬で姿を消してしまったんだ」

「へ~~その天狗と他にも何か話したの?」

「いや、話し掛けられる雰囲気じゃなかったから会った時以外何も話してないんだ。多くの人はこの経験を恐怖や寂しさによって作り出した幻覚だって言うが、あの時握って貰った感覚は本物だった」


 そう語る父さんはどこか懐かしくそして優しく笑っていた。きっと父さんにとって人生を変える大きな出来事だったんだろう。確か高尾山って東京にあるよな・・・・もしかしたら夢食さんが知ってるかもしれない。明日バイトに行ったとき聞いてみよう。昔話に花を咲かせているとあっという間に家についてしまった。


「「ただいま」」

「「おかえり」」

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