学生のお客さん

「取りあえず、花の匂いで鎮静効果のある物を持ってきました。これ以外にも準備してありますので率直な感想を下さい」

「分かりました」

「ではまずは、カモミール・ジャーマン」


 瓶を優しく回すように振り、瓶のキャップを開け


「精油のままのため匂いが強いので、鼻を近付け過ぎず手で仰ぐようにして匂いを嗅いで見て下さい」


 こうやってとお客さんにお手本を見せた後、手渡すと匂いを嗅ぎ少し顔を顰めた。


「これは・・・・あまり好きじゃないです」

「なるほど、それでは次はこちら」


 カモミールっていうと前に嗅いだ少しリンゴの匂いがする奴かな?でも、あの時はジャーマンとは言ってなかったよな。確かめたいけどここからだと、匂いが届かないな。


「こちらは、ネロリ。オレンジの匂いをより柔らかくフローラルにしたような香りです。瑞々しい香りでリフレッシュに適しています」

「良い匂いだとは思うんですけど・・・・」


 不快な匂いでは無かったみたいだがしっくりとはきていないみたいだ。オレンジってさっぱりとした匂いだから俺は好きなんだよな~しつこくないっていうか爽快な匂いだからかな。レモンとかグレープフルーツの匂いも良いと思う。だけど、あれって気分が爽快になるから寝るのに合ってない気がするんだけど・・・・あとで聞いてみよう。


「ではお次の物を、こちらはジャスミン。香りの王様と言われるほど濃厚な甘い匂いが特徴で満ち足りた気持ちになる効果があります。こちらは匂いが強いので先程よりゆっくり嗅がれるのが良いです」

「これ・・・・凄い好きです・・・・」


 その匂いを嗅いだお客さんは一瞬の内に、少し強張っていた顔がほぐれ目を瞑り匂いにうっとりとした表情を見せた。


「なるほど、ジャスミンが良さそうですね。ではお部屋で焚かせて頂くアロマはこちらにさせて頂きます。次にお部屋の希望をお聞かせください」


 夢食さんは俺にも聞いたようにシーツの色や質感、枕の形など色々な種類の寝具について好みを聞き手元にある紙に記入すると


「これで質問は以上です。それでは、お部屋の準備をしてきますので少々お待ちください」


 夢食いさんは奥の部屋に行く前に俺の耳元で小さな声で


「朧月はここに居て、お客様の相手をしておいてくれ」

「分かりました」


 そう言って準備に行ってしまった。分かりましたとは言ったけれど・・・・一体何を話せばいいんだろう・・・・そうだ!


「好みの香りが見つかった様で良かったです」

「あ、えあはい」

「自分も今年高校に入ったばかりなので、同い年なんです。だから、そんな緊張しなくて大丈夫ですよ」

「そうなんですね・・・・もうアルバイトしてるなんて早いですね」

「実はまだ働き始めて二日目なんです」

「そうなんですか?それにしては凄く落ち着いているような・・・・」

「そうですか?ありがとうございます」


 こういう時は共通の話題を見つけて話すのが良いって前に見たテレビで言ってた気がする!学校がストレスになっているなら学校の話題は振らない方が良いよな。


「このお店ぱっと見だと何処にあるか分かりませんよね。迷わなかったですか?」

「あ・・・・それは大丈夫でした。でも、こういうお店入るの初めてで・・・・」

「都内ではこんな古そうな店あまり見ないですよね」

「えぇ、だからとても新鮮です」

「店構えは和風で歴史を感じますが、奥の方はかなり新しくて綺麗なんで大丈夫ですよ」

「そうなんですね」

「自分も何度か奥の部屋を使わせて貰ったことがあるんですけど居心地が良くてゆっくりと寝られますよ」

「店員さんも、何か眠りに悩まされていたんですか?」

「自分は悪夢に悩まされてこの店に来たことでアルバイトになったんです。店主さんのおかげで悪夢は消えて毎日が楽になりましたよ。だから、きっとお客様の不眠も治してくれると思いますよ」

「そう・・・・ですか」


 何処か不安そうにしていた表情が消え安心した様子を見せるお客さん。なんたって店主である夢食さんは睡眠に関する妖怪である獏だ。ぱぱっと治してしまうだろう。そんな事を話していると夢食さんが俺達の所に戻ってくる。


「準備が出来ましたのでご案内します。朧月はここで店番をしておいてくれ」

「分かりました」


 そう言って夢食さんとお客さんは店の奥へと行ってしまった。一人になった俺は途中で終わってしまった掃除を再開しやっと掃除が終わった頃に夢食さんは戻って来た。


「お帰りなさい、お客さん眠れましたか?」

「あぁぐっすりとな」

「凄いですね、一体何したんですか?」

「おい、人聞き悪い言い方すんな」


 俺の事を睨む夢食さんは先程まで人当たりの良い顔をしていた時と大違い。ニコニコしててもそれはそれで気持ち悪いけど、その顔見たら絶対さっきのお客さんは怯えるだろうな。


「え~?でも獏の不思議な力で寝かせたんじゃないんですか?」

「な訳ねーだろ。俺がやってるのは人が心から落ち着ける空間を作り出しアロマを使って心を落ち着かせてるだけだ」

「え?それだけで眠れるものなんですか?」

「匂いと場所ってかなり重要なんだぜ。それに睡眠不足で疲労が溜まっていたから落ち着いた瞬間ころっと寝ちまうんだよ」

「へ~」


 俺もあの時簡単に眠れてしまったから夢食さんが何かしたんじゃないかと思ってたけど、やってたのは普通の事だったのか。


「眠り方を憶えてしまえば、後は家で同じことをすれば寝れるようにはなるだろうな」

「何を教えてたんですか?」

「寝る体制とか、眠る前にスマホとかを見ないこととか、眠りやすくなる飲み物とか色々だ。彼女の場合学校のストレスによって眠れなくなっていたから一旦それを忘れられるようにリラックスできる方法とかな」

「それって誰でも出来るんですか?」

「おう、誰でも出来るぜ」

「あとで教えて下さ~い」

「いいぜ」


 俺は掃除用具を仕舞い夢食さんの元に行くと、何かを袋詰めしているのが見えて何かと覗いてみると四角い白い塊に可愛らしい白い花と色々な植物が埋め込まれていて上部には小さな穴が開いて可愛らしい白いレースのリボンが通されている。


「何ですかそれ?」

「あぁこれはアロマワックスサシェだ」

「???」

「簡単に言うと、蝋にアロマオイルとハーブを入れて火を使わなくても匂いを楽しめる物だ。嗅いでみるか?」


 そう言って俺に近付けてくるので、匂いを嗅いでみると濃厚な花の匂いと共に木の匂いが鼻に届く


「良い匂いですね」

「これはジャスミンとサンダルウッドを混ぜたやつだ。お客さんに丁度良いだろう」

「今作ったんですか?」

「いや、前に作ったやつが残ってた」

「こういうのも作ってるんですね・・・・・」


 昨日はアロマソイルの作り方を教えて貰ったが、全く違う物を見て本当に色々作ってるんだなと感心する。


「まあな、これは手軽に楽しめるから人気があるんだよ。そのうち作り方教えてやるよ」

「楽しみにしてます!」


 子供の頃から何かを作ったりするのは好きだったし、色々とアレンジ出来そうで凄く楽しみだ。これから色々な事を教えてもらうだろうけど、このバイトは本当に楽しそうだ。


「さて、包み終わったし他の客が来るまでお前の体質の話でもするか」

「いきなりですね!?いや、嬉しいですけど」


 夢食さんは、シンプルだが所々に花や草が印刷されている茶色の紙袋にアロマワックスサシェを包み終わると突然俺の話をし始めた。


「まぁ、お前は今すぐどうこうなるような状態じゃなから特に言う事が無いんだが、何か夢に関して変な事があったらすぐに俺に言え。何とかしてやる」

「分かりました!」

「ま、それはそれとしてお前はまだ夢と現実の区別がついてるし、差し迫った危機は無いんだがこれからの為に今からする必要があることがある」

「何ですかそれは?」

「お前は夢を自由に出来る方法を手に入れただろ?それを使ってこれから見る夢は現実とはかけ離れた夢を見るようにしろ」

「かけ離れた夢って、どんなですか?」

「例えばだが、雲の上や地下の世界とかだな」

「え~地下ですか?面白みが無いっていうか・・・・」


 昨日見た夢は魔法使いになって、大魔法を使う夢だった。自分の思い通りに魔法が使えたしアニメで見た魔法とかも使えてすっごく楽しかったんだよな~それに比べて地下って・・・・あんまり面白いことなさそう・・・・


「それが狙いなんだよ」

「え~・・・・」

「嫌そうな顔すんな。理由はちゃんとあるんだよ」

「どんなですか~」

「第一の理由は、夢と現実を混同しない為だ。あまりにも現実と似た夢を見続けているとそのうち夢と現実の境が分からなくなっちまうんだ。夢で現実と全く同じ風景を見続けてたら現実で見た時夢だと思っちまうのは当たり前だろ?」

「あ~ま~確かに言う通りかも」


 偶に学校の夢を見ることがあるけど、何か不思議な事が起きるまで本物か夢なのか分からない時が有る。まぁ大体は不可思議な事が起きたりするから夢だって分かるんだけど。


「もう一つは夢に依存しない為だ」

「夢に依存?」

「そ、夢っていうのは自分が思い通りに出来る現実であって現実では無い世界だ。現実では上手くいかないことがあったとしても、夢では必ず望んだ結果になるし失敗することは無い。全てが自分の思い通り、全てが都合が良い世界というのが夢だ。苦しい事や辛いことだらけの現実と何でも思い通りの夢。どっちが幸せだと感じる奴が多いと思う?」


 そんなの誰が問われたって夢だって答えるはずだ。


「そう、夢の方が楽しくて幸せなんだよ。普通の人間はそんな楽しい世界を憶えてられないし夢を思い通りにする方法を知らないし夢であったことを憶えてられない。だけどお前達夢人はそれを憶えていられる。だから、辛い現実を捨て夢に依存しちまう奴が出てくるんだ。それを防ぐためにつまらない夢を見るのが一番簡単な方法なんだよ」

「そんな、夢に依存なんて俺はしませんよ!現実に家族だっているし、学校だって順調なんですから!」

「夢なら家族を作り出せるし学校で注目の的にだってなれる。今は大丈夫かもしれないが、もし壁にぶつかった時夢に逃げないと断言できるか?」

「それは・・・・」


 もし何か大きな失敗をしたら本当に夢に逃げないなんて事出来るのか?今だってストレス解消の為に夢を見てるのに、現実が辛くなった時俺は・・・・


「ま、そう言う事だから突拍子の無い夢とか見るように」

「はい・・・・」


 すぐに答えられなかった俺の頭を、ポンポンと叩きさっきまでとは全く違う優しい顔で言う夢食さんに俺ははいと答える事しか出来なかった。 

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