10-3 強い


「分かりました。警察におっしゃって下さい」


 秋元がそう言った瞬間、事務室の男の顔が引きつった。同時に俺の顔も引きつっていた。酒やタバコ、万引きなどで、警察には厄介になりっぱなしだったからだ。そんな俺が、被害者側として警察に厄介になろうとは、誰が想像できただろうか。事務室の男は、秋元を見下して鼻を鳴らした。


「まあ、お掃除屋さんだからな」

「清掃員だよ」


 男の馬鹿にした様子に、俺は言い返していた。秋元はまるでそれを無視したかのように、事務室に一礼して、仕事に戻った。汚いところを触っているから、汚い。感染症をばら撒いている。そんな雰囲気の中仕事をしているのに、実際に暴言や暴力に晒されても、清掃員だからで、済まされてしまう。それでも、秋元は不治の病を抱え、障害者になってもなお、この仕事に従事している。そして、常に冷静に対応する。俺にはまねできない芸当だ。


「本当に、強ぇえよな」


 俺がぼそりと言うと、秋元は何でもないように言った。


「仕事をしている人は、皆強いんです」


 俺はポケットに手を突っ込んだまま、ため息を吐いた。


 施設を用いたワクチン接種は、一回目と二回目を終えた。しかし巷ではウイルスの変異種の確認が相次ぎ、三回目の接種も検討され始めた。この町で三回目はいつになるのか決まっていないため、清掃作業は通常通りに戻された。その一方、除菌作業は続けなければならないし、新しい生活様式として、マスクの着用と他人と距離をとることも続けなければならない。いつも動き回っている清掃員にとって、マスクは非常に邪魔だが、感染リスクを考えるとやめられなかった。この頃には、冬になっていた。働いていると、一日が短い。そして一週間もあっという間に過ぎる。だから、一か月も早い。そして季節の過ぎ去るのも、早かった。もうすぐ、雪が降ってくる。寒さに耐えるには、動くしかない。暖房も冷房もないのに、風邪で休むこともできない。それが清掃員だからだ。





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