6-3 テスト

 秋元は、重要な部分や自分の過去にかかわる部分を絶妙にかわし続け、結局俺は秋元の過去を全く聞き出せなかった。しかし、今日の秋元の様子から、秋元の以前の仕事は、論理や発言を伴う何かだということは分かった。それならば、前に話していた顔に汗をかかないことも、納得がいく。他人に何か説明している時、汗を拭きながら説明されたら、大丈夫なのかと心配になるだろう。それをマジシャンだとは、とんだ食わせ物だ。


「家まで送るか?」

「いえ、結構です。現場に下ろしてください」


 ここでも秘密かと思ったが、俺に家を知られたくないといことは、今まで何度か聞いたことがあったので、それ以上何も言わないことにした。言われた通りに秋元を現場の駐車場で降ろし、俺はそのまま帰宅した。


 後日、掃除庫にまた会社から書類が届いていた。今度は厳重にファイル入りだ。何かと思えば新しい出勤票と、研修会のテストだった。テストや授業には拒絶反応が出る俺だから、今回も拒否したかったのだが、テストには全員提出と書いてある。しかも、出来が悪ければ再提出となっていた。つまり補習のようなものだ。それは絶対に避けなければならない。ファイルにはもう、俺の分しか残っていなかった。秋元は俺より先にテスト用紙を受け取っているようだ。あわよくば写させてもらおうと思っていたところを、ノックされた。


「はい」


 俺が返事をして掃除庫から出ると、秋元が立っていた。


「もう就業時間です」


 秋元はすっかりいつもの調子に戻っている。


「あ、先輩。これ書きました?」

「テストですか? 一応書きました」


 やはり先輩は書くのが早い。


「簡単だったので、すぐに佐野君も書けると思います。では」


 そう言って、秋元はフリースモップを手に取り、玄関ロビーを拭き掃除に向かった。俺も業務用の重たい掃除機を持って、玄関に向かう。秋元は簡単だと言っていたが、俺の頭をバカにしてはならない。本当に莫迦なのだ。しかし、再度秋元にテストの写しを頼んでも、全く相手にされず、結局俺は最終手段に出た。


「あの時のコーヒーの代わりに。頼むよ、先輩」


 さすがの秋元も、コーヒーのことを出されては無碍にできず、ヒントをくれた。実は今回のテストに限らず、半年に一度ある研修会のテストは、毎回、研修会の初めに渡された資料に基づいたテストが出るのだと言う。そのため、研修会で資料を貰った時点で、答えも渡されているのと同じなのだと言う。それならば、ということで、俺も資料を見ながら空欄を埋めていった。そして、今月分の出勤簿と共に、テストの回答用紙を提出した。このテストも、かなり上から目線だったのだが、問題を解くのに必死だった俺は、そんなことを気に留めていられなかった。


 さらに後日、テスト結果が発表された。俺以外の高木、杉本、秋元は満点で文句なし。俺は零点で再テストとなった。再テストも同じテスト内容だったので、いかにこのテストが簡単だったのか分かった。今まで誰も、再テストする人などいなかったから、再テスト用の問題を作っていなかったのだ。今度こそ、秋元は、俺にマンツーマンでテストを教えてくれた。その時、衝撃の言葉を浴びせられる。


「どうやったら、あれで零点取れるんですか? 逆に外しにいってませんか?」

「本気だよ。くそっ」


 俺は何度もテストを書き直し、やっと提出することができた。もちろん、今回は満点だった。今更ながら、学校でも家でも、学ぶことは多かったのだと反省した。




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