4-5 似合わない

 時間いっぱいで、やっと一日の業務が終わった。外はすでに暗い。これでも冬よりは明るい方だ。これをひたすら真面目に、毎日繰り返す。ふざけていると思った。どうして俺が汚してもいない所を掃除しなければならないのか。トイレなんて、小便の後や便そのものだ。汚いと思っていないとでも思っているのか。自分たちが汚しているくせに、俺たちの待遇は最低だ。こんなところ二度と来たくないし、仕事をするのも嫌だった。汚いし、臭いし、キツイし、給料は安いし、これじゃあ3Kどころではなく、4Kじゃないか。この仕事は底辺の仕事で間違いないだろう。だから、求人が残っていたのだ。何が「残り物には福がある」だ。タイムマシンがあったら、過去の俺に、この求人はヤバイって教えてやりたいくらいだ。俺はこの日一日で、仕事に不満を持ち、会社に反抗心を抱いた。そして、この施設にも反感を持った。暴れなければ、気が済まなかった。他人が見ているなら、それを逆手にとってやろうと決めた。


 休日に、俺は髪の色を金髪にして、穴がふさがっていた耳に、もう一度ピアスの穴をあけた。制服を着崩し、首からじゃらじゃらと装飾品をかけ、指輪も復活させた。それはどう見ても、制服を着崩していた高校時代の俺の姿だった。人間はそんなに簡単に変わらない。これで少しはビビッて、俺たちの対応も考えるだろう。秋元のように、黙って今の状況を享受しているから、なめられるのだ。俺は意気揚々と、秋元が来るのを待っていた。これには秋元も絶句して驚愕の表情を浮かべるに違いない。


 しかし、秋元は出勤してきてすぐに、俺の格好を見て一言だけ言った。


「三角巾、忘れていますよ」


 ただそれだけだった。俺は金髪を見せつけるために、わざと三角巾をしていなかったのだが、秋元はそこしか興味がなかったらしい。それでも俺がこの格好でふらふらしていると、秋元は準備を整えて、ロッカールームから出てきた。このロッカールームのロッカーも、施設側と交渉を重ね、やっと二人分を用意してもらったという代物だ。


「この格好、どうよ?」


 俺がそう言うと、秋元はちらりと俺を見た。そして、やはり無表情で言った。


「似合いませんね」


 俺は途端に虚しくなった。それが俺にとって似合わないと言うだけでなく、仕事上でも似合わないと言う二重の意味だと分かったからだ。金髪は三角巾に隠れて見えない。ピアスにもしもはねっ返りの汚水がかかったら、耳が腐れるかもしれない。首から下げたものはあらゆるところに引っ掛かり、階段に引っ掛かった場合、打ち所が悪ければ死ぬ。指輪は極めて不衛生だ。俺はおとなしく、気合を入れた髪の毛を黒くして、装飾品も全て家に置いてくるようになった。


「髪、染めてたのではないですか?」

「いや。髪の毛で差別されたら損だから」

「今どき、髪よりも仕事ぶりで判断されますよ」


 意外に秋元は髪の毛の色の違いに、無頓着だったようだ。しかし、また染め直すのも面倒だし、毛根も傷む。将来禿げないように、黒のまま暮らそうと決めた。




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