1-2 ババア

 俺と香川と山口は、いつもの面子だった。三人で歩くと、ひとりでに道がひらけてくる。学校の通路でも、他の生徒が勝手に俺たちに道を譲った。俺たちはそれを気に留めることなく、有難くその道を歩いていた。


「サボってんの、お前らも一緒じゃん」


 俺がげらげらと笑うと、「確かに」と香川がいい、「ウケる」と山口が言い、三人で笑った。やはり山口だけ、ちょっとだけ話がずれている。そしてそんな自分の言葉に、山口は笑う。


「しっかし、暑いよな」

「マジ、死ぬ」

「あ、せっかくだから行水しねぇ?」


 俺の提案に、行水の意味が分からい山口は口を開け、そんな山口の頭を香川が叩く。


「水浴びだよ、水浴び」

「だったらそう言えよ」

「お前、バカだろ?」

「知ってるし」


 俺たちは笑いながら公園の手洗い場の蛇口に近づく。日陰から出ると、容赦ない日差しでじりじりと焼けるようだった。水道の蛇口を捻った山口が、「あっつ!」と言って飛びのいている。香川に誘導されて、日差しをもろに受けていた蛇口を手で思いきりつかんだらしい。太陽の熱で熱くなった蛇口は、火傷をするくらいだった。それでも俺たちのことなので、心配どころか笑い者だ。


「引っ掛かった。ばーか」

「うるせー」


 俺は笑って日陰になっている方の蛇口を捻り、水を勢いよく出した。


「せっかくだから、水でも撒こうぜ」

「いいね。少しはましになるかもよ」


 そう言いながら、蛇口の水の出口を天上に向けてから、最後まで蛇口を捻る。水が一気に天に向かって放出され、からからに乾いた地面に落ちてくる。俺たちはその水を浴びて遊んだ。俺が二人に向かって蛇口の方向を変えると、二人は笑いながら水の出口を塞ぐ。水は四方八方に飛び散って、まるで噴水のようになった。その結果、俺たちは全身ずぶぬれになった。水遊びに飽きると、俺たちは、香川の自転車のカゴに入っていた酒と煙草で休んでいた。煙草のせいで、三人と歯が黄ばんで、黒っぽくなっていた。木陰でしゃがんだまま、紫煙をくゆらせていると、カラスが馬鹿にするような声で鳴きながら、頭上を飛んでいった。


「知ってる? 煙草って一本で寿命三十秒縮むらしいぜ?」


 香川は得意気にそう言ったが、言っている本人がヘビースモーカーなので、全く現実味がない。俺は笑いながら自分を指さした。


「どこ情報だよ、それ。俺とっくに死んでんじゃん」

「俺も」


 黙ってそのことを聞いていた山口が、まだ残っていた煙草を、地面に無造作に捨てた。俺たちはカツアゲでもしない限り、いつも金欠なので、煙草は貴重品だ。いつもフィルターぎりぎりまで吸う。それなのに山口が捨てた煙草は、まだ吸い始めたばかりだった。


「あ、もったいない」

「どうした? 急に」

「別に」


 酒を水やジュース代わりにしながら、俺たちは駄弁っては笑い合っていた。


「あ。俺、便所行ってくる」


 そう言って立ち上がったのは山口だった。何だかいつもの山口と違う気がした。時々見せる顔が、深刻で切羽詰まったように見える。何か隠しているのか。それとも具合が悪いのか。そんなことを考えていると、その山口がすぐに戻ってきた。


「どうした? 便所は?」

「立ち入り禁止って、立て看板があって」

「は?」


 俺たちは公園の中に設置されている公衆トイレに三人で向かった。すると確かに、トイレの出入り口の前に、「立ち入り禁止」の立て札が置いてあった。山口が言っていた「立て看板」なんて仰々しい物ではなく、ただの黄色の立て札に、「清掃中」と「足元注意」と書いてあるだけだった。ただの掃除の目印であって、山口の言ってたことと何一つ合っていない。「立入禁止」なんて嘘だろう。こんな物、いつもなら無視して当然だ。それなのに山口はこんな立て札一つを、真に受けていたのだ。山口は何か変な物でも食べたのかもしれない。


「何だよ、何にもねぇじゃん」


 俺は男子便所のドアを開けた。もちろん、一気に全開だ。中には紫色の制服に身を包んだババアがいた。俺の行動に眼を見開いているのが気に喰わなかった。何だよ、少し可愛くて、できれば年下なら構ってやってもよかったのに、年増のブスじゃ何にも面白くない。俺は溜息をついて、山口に向かって叫んだ。


「空いてるぞ」


 俺は清掃ババアの存在を無視していた。山口が顔をのぞかせると、清掃ババアは引き攣った笑顔を見せて、男子便所から出てきた。

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