おまけ① 【 朝永広太郎を調査せよ! 】






壊し屋~最後の砦~

おまけ①  【 朝永広太郎を調査せよ! 】


― おまけ①  【 朝永広太郎を調査せよ! 】












































  ある晴れた日のこと。


  祐介は結花に電話をし、おなじみの喫茶店に呼び出していた。


  何か用事を入れているのであれば、祐介の言葉など一文字も聞かずに電話を切ってしまうであろう結花だったが、この日は素直に来てくれた。


  すんなりと来た理由の一つには、祐介がご飯をおごると言ったからかもしれない。


  「それで?」


  料理を頼んで運ばれてきて、食べ始めてもなかなか本題を切り出さない祐介に痺れを切らし、結花から問いかける。


  パスタをフォークで巻きつけ、それを口に運ぶ結花の行動に見惚れていた祐介は、一瞬頭がフリーズする。


  しかし、結花に睨まれたため、祐介の脳内はすぐに起動し始める。


  「ああ。あのさ、広太郎のことなんだけど」


  「前にも言ったでしょ。朝永のことには首突っ込まない方が良いって。ちゃんと聞いてたの?私の声だけシャットダウンしてるの?それともその耳は飾りなの?」


  「すいません」


  グサグサ刺さる結花の言葉に、祐介は勢いよく頭をテーブルに叩きつける。


  「調べるっていうかさ、行動を観察してみよーかなー、なんて・・・・・・」


  きっと「馬鹿じゃない」と言われるだろうと、覚悟して言った祐介だが、返ってきたのはそれとは異なった。


  「楽しそうね」


  「だよね。馬鹿げてるよね。ごめんね、本当に。結ちゃんを巻きこまないで一人でやってみるからさ、それでもし・・・え?」


  思わず結花の顔を凝視すると、結花はペロリとパスタを完食していた。


  意外にも結花は乗り気で、その理由を尋ねてみる。


  「朝永の弱点を掴んだら、一生生きて行くのに困らないじゃない」


  と、はっきりきっぱり言われてしまった。


  そうとなれば行動が早い祐介であって、変装道具などは一切準備していないが、広太郎の一週間の予定を手に入れた。


  「どうしよう。広太郎がお酒とか飲んで女の子にべったりだったら・・・・・・!!!どうしよう。広太郎が犬とか猫を可愛がってたら・・・・・・!!!どうしよう。広太郎がビデオ店に行ってエッ・・・」


  「五月蠅いわね」


  パコーン、と結花に頭を叩かれ、少し冷静になった祐介は、今二人で尾行中の広太郎の後を追って行く。


  昼間の広太郎はさすがに真面目で、爽やかな笑顔で会社に通勤し、気遣いも大したものだ。


  夜には真っ直ぐに家に帰り、そのまま就寝しているようだった。


  特に何も変わったこと、または弱点になるようなことが起こらないまま、四日が経ってしまった。


  「結ちゃん、仕事平気なの?」


  「そっちこそ。私は社長におねだりして休みにしてもらったの」


  「いいなー、社長さん・・・・・・」


  その日も何もないまま終わるのかと思った頃、会社の方で飲み会があるとの情報を得てしまった。


  「結ちゃん!チャンス到来!」


  「飲み会ということは、昼間の朝永の性格からして簡単に拒むことは出来ないわ。となれば、きっとお酒も飲まされるはずね。ってことは・・・・・・」


  何を想像したのか、結花はとても楽しそうにニッコリ笑った。








  「朝永くん、今日こそは飲んでもらうよ!!!」


  「部長、俺お酒って飲まないんですから。どうぞ俺の分も飲んでください」


  「そんなつれないこと言わんで!!!男だったらぐいーっと飲まなきゃいかんよ!ぐいーっとね!!!ハハハハハ!!!!」


  賑やかなお酒の席、広太郎は誘いを断っては見たのだが、当然の如く却下された。


  仕方なくお店には来たものの、関わらないように隅に座ろうとしたところを止められ、真ん中の席に誘導された。


  両隣には女性を座らされ、広太郎になんとか酒を飲ませようとしている。


  「朝永さん、飲んでくださいよー」


  「ちょっとだけ!一口だけ!」


  「俺、本当に・・・・・・」


  ラストオーダーになるまでの我慢かと思っていた広太郎だが、次に襲いかかってきたのは質問の嵐だった。


  「朝永さん、格好いいですよねー」


  「うんうん!!彼女とか、いるんですかー?」


  「待って待って!いたら超ショック!!!」


  「仕事も出来て、格好良くて、スタイルも良いし優しいし・・・!こんな完璧な人、世の中にいたんですね!!!」


  甲高い声を耳元で聞かされ、広太郎は内心、ため息を舌打ちの繰り返しだった。


  しかし、それを傍で聞いていた祐介と結花は、ビール片手に焼鳥をつまんでいた。


  広太郎が嫌がっているのが見てとれ、二人は面白くてしかたなかった。


  「俺達といるときとは違う広太郎ってなんか変だね」


  「徐々に笑顔が引き攣ってきたわね」


  「それにしても、広太郎って信頼されてるんだね。それにモテてるし・・・・・・。羨ましいよ!!」


  「顔だけで言えば、何の文句も無いわね」


  「!!ほら!結ちゃんまでそんなこと言ってる!!!俺なんて所詮、広太郎を引き立てるためのピエロなんだ!!」


  「けど、それさえも嫌になるほどの性格を持ってるのよ、朝永は。そのあたりをまだ知らないだけ、あの子たちは幸せね」


  「俺は道化師俺は道化師俺は道化師」


  「あ、ついに飲むわよ」


  祐介が拗ねて一人でブツブツと何かを唱えていたが、結花をまるっきり聞こえないふりをする。


  じーっと観察をしていた結花は、ついにその時がきたのを見逃さなかった。


  口元にまでお酒を持ってこられ、広太郎はひどく不愉快でしかたなかったが、職場での自分を守るため、一杯だけ飲むことにした。


  「朝永さん!一気一気!!」


  「きゃー!!!」


  なぜお酒を飲むだけで、そんな歓声を浴びなければいけないのか、広太郎には理解出来なかった。


  とりあえずぐいっと一杯・・・・・・。


  「よし、いったわ」


  「いったね!」


  しっかりと見ていた結花と祐介は、これから訪れるかもしれない広太郎の変化を期待していた。


  グラスをテーブルに戻した広太郎に、特に変化は見られなかった。


  「まあ、一杯目だし」


  もっと飲まないかと待っていると、広太郎の飲みっぷりを見て、上司や女性陣から次々に勝手にお酒を注がれていた。


  それを拒めない広太郎は、周りが飽きるのを待って飲み続けた。


  二杯目から始まり、五杯目、十杯目・・・・・・。注がれるたびに喉に流し込み、その間に出されるおかずをつまんでいた。


  なかなか顔を赤くならず、酔った感じにもならない広太郎を見て、上司はいよいよ強いお酒を頼みだした。


  「ちょっと飲ませてくださーい」


  そう言ってきた女性に、まだ口をつけていないグラスを渡せば、一口。


  「お酒ー!!これ、超強くないですかー?」


  ちょびっとだけ口につけただけで、女性は顔を顰めながら口元を押さえた。


  相変わらずニコニコとしているだけの広太郎は、酔っているのかさえ分からない。


  午前0時過ぎになってやっとお開きになり、広太郎は自由の身となったのだが、帰る前に携帯を取り出した。


  指先を滑らかに移動させると、相手はすぐに出た。


  《もしもし、どうかしたの?》


  「しらじらしい。あれは何の心算だ?しかも結花まで一緒とは」


  《え?あ、え?な、何のこと?》


  「祐介、それ以上惚けるなら、結花結花言ってる割に、この前仕事場に女の子が来てラブレター渡されたことを公表してやってもいいんだが」


  《ごめんなさいっッッ!!!それはダメ!それはいかんよ、広太郎様!!!いや、その子のこと別に異性として見てないし、見てないっていうか、気持ちは嬉しいんだけど、俺は結ちゃん一筋っていうか、え?ちょっと結ちゃん!そんな目で俺を見ないでよ!》


  広太郎の言葉に祐介は明らかに動揺し、電話の向こう口で祐介が必死に謝っていることが分かる。


  相手は誰であろう、結花だ。


  「結花もいるのか」


  《え?うん、いるけど》


  「変われ」


  舌打ちをして祐介に指示をすれば、何の文句も言わずに祐介はすぐに結花に電話を引き渡した。


  広太郎に聞こえるようにわざと「ちっ」と言うと、結花は電話に出る。


  《何よ》


  「お前にも言っておくぞ。お前が本気で好きになった男のこととか、前の仕事先で何があったのかとか、今の仕事場に行きついた経緯とか、俺はいつでも喋っていいんだぞ。今回はそんなに呑まなかったから大目には見るが、祐介と手を組んでまで俺を詮索するようなことしたら、お前も祐介も先は無ぇと思え」


  《・・・・・・あら残念ね。朝永にだって弱点の一つや二つあるでしょうに。他人に弱みを見せられないのは、人間として可哀そうね》


  「思ってもねぇことを」


  《それに、私、本気になった男なんていないわ。朝永には多少感謝はしてるけど、全面的に信用してるわけじゃないし、私生活にまで首はつっこまれたくはないわ》


  「つっこんでねぇだろう。別に興味ねぇよ」


  五分ほど話をしたところで、広太郎は眠たそうに欠伸をした。


  話も途中なのだが、広太郎はさっさと電話を切ってしまった。


  「はい」


  「何?」


  「切れたわ」


  「え!?」


  隣で会話をしていたはずなのに、結花が急に携帯を渡してきたため、祐介は驚いて通話を確認した。


  見事に切れていた携帯を見て、祐介はハハ、と笑ってポケットにしまう。


  「じゃあ、私も帰るわ」


  「送っていくよ!」


  「結構よ」


  スタスタと歩いて行ってしまった結花を見つめて、祐介は呆然とする。


  「結ちゃん・・・・・・」








  家に帰ってきた広太郎は、今になって回ってきた酔いに頭を抱えていた。


  ミネラルウォーターを飲んで休んではいるものの、あれほど強い酒を何杯も飲まされると、さすがにきつかった。


  肝臓あたりを摩りながら、広太郎は目を瞑る。


  「何やってんだか・・・・・・」


  自分の耳でさえも聞き取れるか分からないほどの小さな声は、空気を振動させることもままならず、消えた。


  「・・・・・・気持ち悪ィ」








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