第五笑 【 罪深い愛には罪深い裁きを 】






壊し屋~最後の砦~

第五笑 【 罪深い愛には罪深い裁きを  】




  恋愛には四つの種類がある。情熱の恋、趣味の恋、肉体の恋、虚栄の恋。


byスタンダール








































































    第五笑 【 罪深い愛には罪深い裁きを  】










































  高齢化が進んでいる。


  老老介護も少なくはなく、介護に疲れて無理心中、なんて話も聞く世の中になってしまった。


  そんな中、二十八という若さでありながら介護センターの支部長を務め、高齢者の世話をしている日々を送っている女性がいる。


  女は上妻 知奈津、結婚をしているが子供はいない。


  夫はIT企業に働くエリートなのだが、仕事一筋の夫はとてもつまらなく、夫婦の営みも全くない。


  知奈津は一時期、介護で腕を痛めてしまい、病院に通っていたことがある。


  そこの病院の先生と不倫関係にあったのだが、最近、同じ介護センターで働いている若い年下の男性と良い感じになっている。


  病院の先生は年上で何かと頼りにはなるのだが、ベッドの方はいまいち・・・・・・。


  知奈津としては、先生には男性のことがバレないように別れたいらしく、辞職に持ち込んで、それを理由にしたいという。


  あと、自分のことを毛嫌いしているセンターの先輩もだ。


  「身勝手な女だ」


  祐介からの連絡を聞いた広太郎の第一声だ。


  「わかるけどさ」


  「その上、料金も払わない心算か」


  「一応、給料が入れば払うとは言ってるけど」


  「絶対払わないパターンね」


  きっぱりと言い放った結花。


  断ることも出来るのだが、払わないとは言わなかったため、依頼を断る理由が見当たらないのも事実。


  広太郎は祐介を睨むが、睨んでもどうにもならないことくらいわかっていて、大袈裟なため息を吐いて見せる。


  それに対して祐介も苦笑いすると、とりあえずの予定を聞いてみる。


  「上妻知奈津のことは結花。介護センターにでも潜入して、色々調べてこい。ちゃんと依頼料を払う気があるのか、そこも見極めろ。祐介は病院の男の方。それと夫の方も調べておけ」


  「ねえ、払う気がないってわかったら、どうするの?」


  「んなもん、決まってんだろ」


  「だよね」


  聞くのは愚問だったかと、祐介は自分の手帳を取り出して、仕事の時間の間でどこか調査出来るかと一人で唸っていた。


  同じく、仕事をしている身でありながら、結花は休みが自由に取れるのか、それとも有給を遠慮なく使っているのか、落ち着いていた。


  「女の私が言うのも何だけど、嫌な女ね」


  「お前もな」


  「私ほど良い女はそうそういないとしても、その女、一生家庭なんてもっちゃいけないわ。子供が出来た時も覚悟もないんじゃないの。まあ、それは男にも責任あるけど」


  「最初の方空耳が聞こえてきたが、子供よりも男を取る女は世の中に結構いるからな。若い男が良いなら、最初から若い男と結婚しときゃあいいんだよ」


  「それは男の方もよね。太っててはげてるくせに、若い女つくるって、逆にすごいわ。最初から若い女と結婚しなさいよ」


  「良い女に見えちまうんだから、結婚って不思議だよな。怖いよな。例えば、どこかの誰かみたいに、目つき悪くても性格悪くても、若いってだけで馬鹿な男、所謂祐介とかが近寄ってくるんだからな」


  「本当よね。何処かの誰かみたいに、性格最悪で口も悪くても、おちょこ一杯分くらいだけ顔が良ければ、馬鹿で単純な女が近寄ってくるんだもの」


  「とりあえず、二人とも落ち着こうか」


  途中から冷戦と化した会話を止めた祐介は、広太郎と結花に、関係者の簡単なプロフィールを渡した。


  熱く喧嘩してくれればまだちゃんと止めようとも思うのだが、広太郎と結花の言葉の言い合いは、物静かで冷静なため、どこで止めれば良いのかよく分からない。


  割って入れるときに止めるしかないようだ。


  「仲が良いのは結構だけど、上妻さんの依頼はちゃんとしてよね」


  「「お前あんたがな(ね)」」


  「はい」








  「知奈津さんは、本当に良い人ね」


  「何です?突然」


  自らが働く介護センターで生活をしている高齢者の女性に声をかけられると、知奈津は肩を小さく動かして笑い返した。


  女性は知奈津に車椅子を押されながら、大きなガラス張りになっている向こう側を見た。


  「こんな私にも話しかけてくれるし、優しいじゃないの」


  「そんなことないですよ」


  謙遜しながらも、知奈津は照れ臭そうに微笑む。


  毎日は同じようなことの繰り返しであって、けどそれは決して職場でもらすことは出来なくて、知奈津は退屈でしかたなかった。


  充実している、といえばそうなのだが、満足しているわけではない。


  女性をみんなのいる大広間につれて行くと、知奈津は一旦事務所へと戻り、自分の携帯電話を取り出した。


  着信を見ると、自分の夫から一度だけ電話が入っていたことに気付く。


  きっと何かの資料を家に忘れてきたとか、昼代がないとか、大体そんな内容だろう。


  知奈津が携帯を見てため息を吐いていると、今度は浮気相手の男から電話がかかってきた。


  「知奈津さん、みんな集まってますよ」


  背後から声をかけてきたのは、今知奈津が大好きで仕方のない、年下の青年だった。


  「すぐ行くわ」


  「どうかしましたか?元気無いですね」


  「そんなことないわよ」


  例え方がおかしいかもしれないが、今の知奈津からしてみれば、年下の青年の表情がとても可愛らしく、子猫のように感じた。


  胸をくすぐられる想いに駆りたてられながら、知奈津は青年を先に大広間に行かせ、もう一人の浮気相手の元に電話をかけ直した。


  「もしもし?」


  《知奈津か?俺だ。今夜空いてるか?》


  「今夜・・・?」


  相手には聞こえないようにため息を吐くと、知奈津はさも残念そうな声色で答える。


  「ごめんなさい、今日はちょっと予定が入ってるの」


  《キャンセル出来ないのか》


  「ええ。ずっと前から約束していたから・・・、本当にごめんなさい」


  《まあ、仕方ないな。また連絡するよ》


  「ありがとう」


  電話を切ったあと、先程の追及されているような、自分を束縛しているかのような、そんな言葉に嫌悪感を抱いた。


  男からの誘いを断ったのは、別に今回が初めてというわけではない。


  だからこそ、男の方はきっと知奈津が仕事やプライベートでの他人との繋がりを大事にしているのだと、勝手にそう思っている。


  知奈津は電話を切ると、大広間に向かった。


  青年の近くに行こうとした知奈津だったが、此処にいる女性陣は知奈津のことを慕っているため、次から次へと知奈津のところに来る。


  ひとつひとつに丁寧に応対していると、なかなか青年のところまで行けない。


  多少の腹立たしさを感じながらも、知奈津は業務に専念した。


  六時を過ぎたころには解放され、家に帰っても大丈夫だろうと判断すると、近くにいる人に声をかけ退社することにした。


  夜道を一人で歩いていると、後ろから誰かが着いてくる。


  「?」


  まさかとは思うが、ストーカーかと考えていると、いきなり目元を隠された。


  「だーれだ」


  「鷹臣くん!?」


  「せいかーい」


  バッ、と手が離れた瞬間に後ろを向くと、そこにはニコニコと笑顔の浮気相手、鷹臣が立っていた。


  「女性が一人で歩くなんて、危ないよ?」


  仕事以外のときには敬語を使わないように頼んだため、鷹臣は知奈津に微笑みながら優しく声をかけてくる。


  鷹臣の言葉に苦笑いをすると、そっと手を握る。


  「平気よ。こんなTシャツにジーパン姿の女、襲う男がいるわけないでしょ?」


  「そう?俺だったら襲っちゃうよ?」


  「からかわないの」


  ドキッとしたが、知奈津はあくまで年上として平静を装う。


  知奈津の家に向かって歩いている間、二人は途切れることない会話を続けていた。


  「ここでいいわ」


  「もう少し送るよ」


  「いいの。夫に見つかっても面倒でしょ?鷹臣くんだって、殴られちゃうかもしれないわよ?」


  「俺はそのくらい平気だよ」


  クスクスと笑えば、なんとか鷹臣に帰る様に諭すと、十数分の格闘の末、鷹臣はやっと帰る気になったようだ。


  「気をつけてね」


  「じゃあ、また明日」


  そう言い終わった時、鷹臣はぐいっと知奈津に顔を近づけ、キスをした。


  「鷹臣くん!!」


  初めてではないし、それなりに歳をとった女が頬を染めるなんて馬鹿げているようにも感じるが、身体が反応してしまったから仕方ない。


  鷹臣はそんな知奈津を見てクスクス笑い、また顔を近づける。


  拒否反応なわけではなく、恥ずかしくて反射的に身体を逸らしてしまった知奈津は、なんとか逃げる道を探した。


  距離を取られた鷹臣は、少し悲しそうな表情をしたかと思うと、いつものようににっこり笑った。


  「じゃあ、今日はこの辺にしておくよ。帰り道、気をつけて」


  「あ、ありがとう。じゃあ、また明日ね」


  家に帰ってもまだ夫は仕事から帰ってきておらず、知奈津はひとまず部屋着に着替えると、台所へ向かって冷蔵庫を開ける。


  夫以外の男と付き合っている。


  その男とは別れたいから、何かスキャンダルを起こして仕事を辞めるか、もしくは遠くの島かどこかに飛ばされれば、別れる理由くらいにはなるだろう。


  今一緒にいたいと思うのは、先程まで一緒にいた若者、鷹臣だ。


  夫と別れるという選択肢も考えたのだが、その場合、浮気していた自分が慰謝料を払うことになるだろうし、きっと夫は別れることを了承しない。


  給料だけみれば、鷹臣よりも良いし、その為だけにまだ一つ屋根の下で暮らしている。


  「うどんにでもすれば良いわよね」


  そろそろ買い物をしないと空っぽになってしまう冷蔵庫の中身を眺めながら、知奈津は簡単に夕飯を決定する。


  何時に帰ってくるかもわからない。帰ってくるかもわからない。


  それでも待たなければいけないなんて、なんて面倒臭いんだろうと、知奈津は鍋を用意しながら思うのだった。








  「これは夫、これは浮気相手の男A、それでこれが浮気相手の男B」


  三人で集まった喫茶店内にて、写真付きのプロフィールと情報が書かれた紙をテーブルの上に置く。


  「A、Bじゃわかんねーよ。そもそも名前の欄にAとBで記入すんじゃねえ」


  「本名は俺が書くよ」


  「そういう問題じゃねーんだよ。結花、てめえ最近手ぇ抜いてるだろ」


  やる気の無いオーラを全開に出している結花は、自分の差し出した情報に対していちゃもんをつけてくる男を睨みつけた。


  肩肘をテーブルの上につけると、頬杖をついて目を細める。


  「あのね、上妻知奈津の夫の仕事場に潜入して、尚且つ浮気相手の病院にまで行ってきて、さらに用も無いのに介護センターに向かった私の苦労が分からない?交通費を請求しない分、マシだと思ってほしいわね。それに、名前くらいもうわかってるくせに」


  自らも調べていた広太郎が知らないはずがないと、結花は厭味に言う。


  実際、三人の名前を知っている広太郎は、祐介が名前を記入する前に自分でペンをはしらせていた。


  「交通費なんて、その辺の男に払わせたんじゃねーのかよ」


  「・・・・・・なんで知ってるのよ」


  「おい、まじか」


  「なんてね。自腹よ自腹」


  「えー!!!!!結ちゃん、そんな良い感じの男性がいるの!?俺、聞いてないよ!!聞いてないからね!!!!!」


  「五月蠅いわね」


  ギャーギャー騒ぎだした祐介の顔に、注文しておいたパンケーキを投げつけると、祐介はすぐ大人しくなった。


  顔中についた何かを手ぬぐいで拭くと、広太郎と結花は優雅にコーヒーを飲んでいた。


  がっくりと肩を落としたまま広太郎の隣に座り直すと、ごほん、と咳をして話をもとに戻した。


  「じゃあ、今後の予定について。広太郎からどうぞ」


  三人の男と知奈津のことが書かれている紙を眺めたかと思うと、広太郎は深く大きいため息を吐く。


  窓側に座っている広太郎は、頬杖をついて外へと視線を移した。


  手を繋いで歩く仲の良い親子もいれば、ワンワンと泣いている子供を叱っている親もいて、犬を連れて散歩している老人もいる。


  「まずは、男Aからだ」


  広太郎に指示された通り、結花は病院に来ていた。


  結婚していない男は、知奈津とのことを真剣に考えているのだろうが、知奈津にはその気はない。


  可哀そうと同情しても良いのだが、そんなものは今は不要だ。


  広太郎に言われた通りに、結花は男のマンションまで着いて行き部屋の場所も確認すると、どこからか入手した合い鍵を使って部屋の中に入る。


  勿論、男が仕事に向かってからだ。


  医療ミスで辞めさせようか、それとも薬物使用で辞めさせようか、他の女と関係を持っていると流して辞めさせようか、色々と悩んだ。


  しかし、真面目で通っている男は医療ミスなんてしないだろうし、薬物使用なんてもってのほかだ。


  そこで、結花は人肌脱ぐことにした。


  「こんなもんかしらね」


  女がいる痕跡をつくるため、ワイシャツに口紅をつけたり、歯ブラシを一本勝手に増やしたり、可愛いぬいぐるみを置いてみたり、化粧水などの化粧品を置いてみたり。


  しまいには、近場で買ってきた下着をベッドの上に置いて写真を撮ったり。


  「恨みが無い分、本当に申し訳ないわ」


  そう言いながらも、遊ぶようにして色々な小細工をしていた結花。


  数十枚写真を撮り終えると、すぐに知り合いのところで現像してもらい、それを持って広太郎に会いに行った。


  「これでどう?」


  「上出来だな」


  「それにしても、これで辞めるかしら?こんな甘いことじゃあ、辞めないんじゃない?乱暴でも医療ミスとかの方かまだ確実だったわよ」


  結花から手渡された写真を鞄にしまうと、広太郎は蔑むように結花を見る。


  「絶対に辞めさせる必要はねえだろ。依頼人はただ理由をこじつけて別れたいだけだ。男が浮気してないって言ったって、女が怒りまかせに別れりゃあ済むことだ。それだけのために、医療ミスだのなんだのやって、男をどん底に追いやることはねえよ」


  意外な広太郎の言葉に、結花は目を丸くする。


  栄養ドリンクを飲んでいる広太郎は、眉間にシワを寄せる。


  「改心でもしたの?」


  「ああ?」


  「だって、他人は他人、勝手にしてろ、っていう性格だったじゃない。花も愛でない、子供も近寄らせない。そんな奴がどうしたのかなーって思っただけよ」


  結花の言葉に、さらに眉間のシワを深くする広太郎は、首をコキッと鳴らす。


  持っていた空になった栄養ドリンクの瓶をゴミ箱に放り投げると、腕時計に目をやって、結花の方に目を向ける。


  「身勝手な奴は胸糞悪い」


  そして、こう続ける。


  「それから、二人が別れたら、今度は介護センターの上司の方だ。そっちはもとから問題があるみたいだから、やっておけ」


  「上妻知奈津と夫、それから今の若い浮気相手くんはどうするの?このままの関係を続けさせて良いってこと?」


  「ああ、そっちは祐介が・・・」


  そう言って広太郎が取り出したのは、知奈津と鷹臣が写っている写真だった。


  「何よ、これ」


  「依頼人の夫からも依頼がきた。自分の妻が浮気してるから、慰謝料支払わせて別れたいとさ。証拠写真なら何枚もあるし、こっちは依頼料貰ってっから、ちゃんとやるぞ」


  去っていく広太郎は、普通の会社員だ。








  「浮気、してたんでしょ!別れましょう」


  「そんな・・・!!俺は浮気なんてしてないんだ!!信じてくれ!」


  「証拠だってあるのよ!最低!!」


  三日後、広太郎から写真を渡された知奈津は嬉しくて嬉しくて、それを持って男のマンションに向かった。


  別れを告げれば、男は信じられないとおろおろしていた。


  相手には口で「最低」と言ってみたものの、それは実際は自分であって、男は何も悪くはないのだが、今の知奈津には関係なかった。


  ただ男と別れることが出来た、それが嬉しくてしょうがなかった。


  知奈津と男が別れたことも知った広太郎たちは、次のステップである上司を辞めさせる手段を考え始めた。


  「広太郎、ちょっと・・・」


  「なんだ?」


  「調べてたら、これ・・・」


  「・・・・・・」


  祐介がテーブルの上に出した写真を見ると、少しして、広太郎はニヤリと笑った。


  「面白いことになってるじゃねーか」


  「笑ってる場合じゃないでしょ。どうするの」


  「どうもこうも、俺達はただの壊し屋。頼まれたことをするだけだ」


  アイスコーヒーを飲み干すと、広太郎は口角をあげたまま祐介に言う。


  「他人の不幸ってのは、傍観してるのが一番楽しいんだよ」


  知奈津の上司の女性は、廊下を床拭きしていた。


  「ふう。まあ、こんなもんね」


  一通り拭き終えると、水の入ったバケツに雑巾を投げ込み、取っ手を持って歩き出した。


  それを影からこそりと見ていた祐介は、介護センターの上着を羽織って堂々と事務所に入り込んだ。


  知奈津の席に座ると、パソコンを開いて何かをカタカタ押し始める。


  ウィーン、と音を出してシャットダウンしたパソコンを眺めると、祐介は両肩を小さく動かし、また堂々と事務所から出て行った。


  「なんだ?メール?」


  「私のところにも」


  「僕のところにもです」


  一斉に送られてきたメールに、皆不思議に思いながらもカチッとクリックをする。


  「え!?」


  「なんだ!?これ・・・!!!!」


  「はー!!やっと掃除終わりましたー!!」


  何の状況も知らない女は、平然と自分の席に座った。


  パソコンを開いてすぐ、自分にメールが届いていることに気付き、それを開いた。


  「なにこれ・・・・・・」


  送られてきたメールには文章はなく、そこに載っているのは、自分が水着姿で男性たちの膝に座っている画像だった。


  勿論、そのようなことをした覚えはない。


  「ちょっと、これって小野さんよね?」


  「え?まじ?そういう人だったわけ?」


  「やばくない?」


  「てかさ、胸ちいさ!」


  コソコソと聞こえてくる周りの声を閉ざそうとしても、その手段は見つからなかった。


  「小野くん、ちょっといいかね」


  「はい」


  当然画像のことだろうと、知奈津の上司の小野は、センター長の後に着いて行った。


  「どういうことかね。まさかあんなことをしているなんて、ここを辞めてもらうしかないようだね」


  「待ってください!あれは加工されたものです!!私、あんなことした覚えありません!!信じてください!!」


  首を横に振るセンター長に、小野はただ項垂れる。


  「フフフ」


  ただ一人心から喜びを隠せないでいるのは、小野の失業を夢みていた知奈津だ。


  「あの人、なんかムカついてたのよね。良い気味」


  クスクスと笑いながら、珍しくステーキを焼いていると、丁度夫が帰ってきた。


  「おかえりなさい」


  満面の笑みで迎え入れたにも関わらず、夫はなにやら疲れたような、何かに思いつめたような顔をしていた。


  「どうしたの?何かあったの?」


  「ああ、いや。なんでもない」


  そう言って自室へと真っ先に向かってしまったため、知奈津は放っておいて、ステーキの焼き加減を見ることにした。


  「あ、そうだ」


  エプロンで手を拭き、携帯を取り出してどこかへとメールを送る。


  「鷹臣くんに明日お弁当作って行こうかしら」


  ニコニコと料理を作っていると、鷹臣からすぐに返信がきて、やっぱり自分は幸せ者だとにやけてしまう。


  夫の分も食事を用意して声をかけてみるが、「後でいい」と言われてしまい、知奈津はお腹いっぱい自分で作った飯を食べるのだった。


  「そうだ。依頼料どうしようかしら」


  忘れていたが、確か壊し屋にまだ依頼料を支払っていないことに気付いた知奈津だったのだが、少し考えた後、こう結論付けた。


  「ま、いいか」


  フンフン、と鼻歌交じりに、知奈津は料理を口へと運んだ。








  一方そのころ、広太郎たちは三人で集まってはいなかった。


  なぜなら、広太郎は会社が休みであって、久しぶりに一人でのんびりと映画でも観ようと思っていたからだ。


  それなのに、祐介からかかってきた電話によって、一気にテンションは急降下した。


  「電話で要件を言ってさっさと切れ」


  と言われてしまった祐介は、冷や汗をたらりと流しながら、なんとか広太郎に今日電話した事情を説明する。


  それは勿論、知奈津からの依頼料は未だ支払われていないことだ。


  「連絡しておけ」


  「何度も電話したんだよ。携帯にも家電にも。けど出ないんだ。介護センターの方にかけてみると、いつも居留守使われるし」


  電話越しにも、祐介が落ち込んでいるのがわかるが、広太郎はあえて気付かないふりをする。


  「じゃあ、これから話すことをよく覚えておけ。そして実行しろ」


  《わかった!》


  「結花にも伝えておけ」


  《らじゃ!》


  数分間、広太郎が一方的に話続けると言う展開になったが、それでも祐介は大人しくしているのだった。


  話が終わると、広太郎はすぐに電話を切った。


  そして祐介は結花に電話をかけてみると、広太郎と同様に不機嫌そうな声で出るが、内容を伝えると結花はしずかに聞いてくれた。


  祐介の電話を切ったあと、広太郎は映画館に訪れて、何を観るかを考えていた。


  先週末から新たな映画が幾つか放映されているが、広太郎はまず洋画にするか邦画にするかで迷っていた。


  が、すぐに結論は出た。


  「よし」


  テレビで反響のある映画でもなく、芸能人に紹介されたものでもなく、だからといって広太郎が気に入っているわけでもない、人が少ない洋画だった。


  小さい映画館だからか、それともあまり観ないと思われた映画だからなのか、上映期間も短く、上映されている時間も一日に三回だけだ。


  二時間ちょっとの映画を見終えると、広太郎は満足気に出てきた。


  しばらくあてもなく歩いていると、誰からかまた電話がかかってきた。


  祐介かと思いながら表示を確認してみると、とある広太郎の知り合いからだった。


  「なんだ、珍しいな」


  《ああ。仕事が一段落してな。ふとお前は何してるかと思ってな》


  「俺だって仕事してるよ」


  《心配してるのは、裏の方だよ。まあ、マイペースにやってるんだろうけどな》


  「修司のところに新入り入ったって言ってたよな?どうなんだ?」


  《ああ、凜のことか。なんていうか、馬鹿正直な奴だ。真っ直ぐ突っ走りすぎる、広太郎のとこの祐介くんにちょっと似てるよ》


  「じゃあ、苦労してるんだろうな」


  普段の広太郎からは想像できないような柔らかい、小さく肩を揺らして笑っているその表情は、普通の青年だ。


  通り過ぎて行く人達も、まさかこの青年が壊し屋などという卑劣なことをしているとは、露程も思っていないことだろう。


  《物騒な副業してるから、殺されてるんじゃないかって思ってたよ》


  「お互いにな。お前の仕事だって、人様の命を自分の命かけて守るような物騒な仕事だろうが」


  《修さーん!俺先に行くよー!!!》


  電話の向こうから、祐介に似ていると言っていた“凜”という男の声が聞こえてきた。


  声だけでの印象だが、とても活発そうで五月蠅そうで、それでいて修司のことを慕っているように思う。


  《じゃあ、俺行くよ》


  「ああ。じゃあな」


  誰とも繋がっていない携帯を手に持ったまま、広太郎はしばらく空を眺めていた。


  もとからこんな性格だったわけではなく、小さい頃には持っていた夢だってあったのだが、それはもう忘れたい過去だ。


  長生きしたいとも思っていないし、他人から好かれたいとも思っていない。


  人間相手はとても疲れる。だからこそ、心許せる誰かがいるとき、無性に心は穏やかになる。


  何もかもが嫌になって自殺する若者が増え、罪を犯す大人が増え、命を落とす子供が増え、将来を見なくなって、現実を見なくなった。


  誰のせいでもあって、誰のせいでもない。


  目の前の信号でキョロキョロしている老人は、明らかにこの場所に初めて来たのであろうとすぐにわかる。


  それでも、問いかける人は一人もいない。


  右へ左へ歩いていれば、邪魔だとでも言いそうな目つきをする奴らが沢山いる。


  しばらくその老人を観察していると、一人の女性が声をかけた。


  女性もあまりこの場所を知らないのか、老人と一緒に右往左往し始めた。


  やれやれと、広太郎は石よりも石像よりも重力も重そうな腰をあげると、二人のもとへと向かった。


  にこりと優しく微笑めば、女性までもが安心したように老人のことを話した。


  「あの、息子さんに会いに来たみたいなんですけど、私も姉に会いに来ただけで、このあたり詳しくなくて・・・」


  「ああ、大丈夫だよ。俺が案内しておくから、君は先に行きな」


  「ありがとうございます」


  ぺこりと頭を下げ、老人に申し訳ないと謝って立ち去っていく女性を見届けたあと、広太郎は老人から聞いた住所へと連れて行く。


  しかし、そこにあった建物は取り壊されており、人っ子一人いなかった。


  「ああ・・・・・・やっぱり、会社は潰れてしまったんだね・・・」


  誰に言うわけでもなく、小さな声で口を開いた老人は、その場に崩れてしまった。


  「ありがとうね。ここに息子が会社を建てたみたいだから、頑張ってる姿を見に来たんだけど・・・。もしかしたらとは思っていたんだよ。ここ一カ月で急に連絡が来なくなって、会社に何かあったんじゃないかと思ってたんだ・・・・・・」


  他人の家庭の事情になど興味はないが、広太郎は一応話を耳に入れておいた。


  「生きてるのかねえ・・・!!無事に・・・!!!」


  急に泣きだしてしまった老人に、一瞬目を丸くはした広太郎だが、ゆっくりと膝を折って老人の背中を摩る。


  「この世は残酷なもんで、素直に生きてれば良いってもんでもない。ましてや、正直な人間ほど地獄を見る。けど、あんたの息子さんはきっとどこかで頑張ってるよ」


  「そうかねえ・・・」


  「そう思ってなきゃ、あんただって生きていけないだろ?親より先に死ぬ親不孝な奴じゃないと思うがね」


  「そうだね・・・。親戚にあたって探してみるよ」


  「そうかい」


  よっこらせ、と言って広太郎はその場に立ちあがると、老人の感謝の言葉など聞かずにさっさと歩いて行ってしまった。


  高いビルが立ち並ぶ道を抜けると、携帯が震えた。


  「なんだ」


  《準備は出来たよ。今、結ちゃんも一緒》


  「そうか。待ってろ」








  病院の先生とも縁を切れて、嫌いだった上司ともおさらば出来た知奈津は上機嫌で仕事場に来ていた。


  しかし、違和感があった。


  それは、センターの皆から自分に対する視線だ。


  「おはようございます。あの、どうかしましたか?」


  「上妻くん、君が送ったんだね」


  「え?何をですか?」


  「とぼけるんじゃない!!!!小野くんの変な画像を送ったのだよ!!さっき警察が来て君のパソコンを調べていたら、画像を加工するプログラムやら小野くんの画像やら、色々出てきたんだ!!君にも辞めてもらうしかないな!!!」


  「私、何もやってません!!!待ってくださいよ!」


  「証拠だってあるんだ。言い訳は見苦しいぞ!!」


  わけもわからないまま、知奈津は退職に追いやられてしまった。


  「どういうこと?なんで?」


  ブツブツと言いながら歩いていると、人影が自分の足下に現れた。


  顔をあげれば、そこには見覚えのある顔がちらほらあり、真ん中で偉そうにしている男に突っかかっていく。


  「ちょっと!まさか、あんたたちの仕業じゃあないでしょうね!!!」


  「さあ?なんのことだかわかりませんが」


  「あんたたちのこと、世間に公表してやるわ!」


  「そうですか」


  さらっとかわされてしまった言葉に、知奈津はキョトンとする。


  「あなたの浮気現場の写真はこちらの手にありますし、マスコミに知り合いも多数おりますし、あなたに勝ち目はないと思いますが」


  続けて、男は言う。


  「それと、あなたの旦那さんにその写真を見せたところ、あなたと離婚したいと仰っていましたよ。勿論、慰謝料も払うようでしょうね」


  「!!!何の恨みがあるのよ!!!いい加減にしてよ!!!」


  知奈津の声に、目を細めて見下すような顔つきになると、男は平然とした口調で、しかし地が震えるような低い声で話す。


  「金だ」


  「は?」


  「お代は気持ちで良い。だがな、それ即ち俺達への敬意も同じだ。貰った分の仕事はしっかりやるが、てめえの場合は例外だ。金を払わねえ奴は、とっとと消え失せろ」


  「ふざけないでよ!!!!」


  「離婚届はもう出した。今日の寝床でも探すんだな。ああ、それから、お前の旦那は浮気してる。相手はお前が嫌っていた小野って上司だ。ちなみにもう一つ、鷹臣っていう浮気相手のガキだが、助けを求めても無駄だぞ」


  「鷹臣くんに何したのよ!!!」


  「何もしてねーよ。本名、貴田鷹臣には本命の彼女がいる。確か、名前は澪。『おばさんに興味はない。ちょっとからかっただけ』って言ってたぞ」


  「鷹臣くんがそんなこと言うわけないでしょ!だって、毎日メールだってしてくれるし、会いたいって言えば会ってくれるし・・・」


  話している途中、携帯が鳴ったために知奈津は携帯を開けてみると、鷹臣からの連絡だった。


  すぐさま通話ボタンを押して、半ば叫ぶようにして「もしもし」と言えば、向こう側からは男女の笑い声が聞こえてきた。


  「鷹臣くん!?あのね、聞きたい事があって・・・」


  《あのさあ、あんた、いい加減気付けよ》


  「え?」


  耳元から聞こえてくる声は、いつものような優しいものではなく、まるで自分を軽蔑しているかのようなものだった。


  その鷹臣の隣でクスクス笑ってるのは、察するに、澪という女だろう。


  《俺とあんたじゃあ、釣り合わないだろ?》


  「釣り合わないって・・・」


  《鷹臣―、おばさんなんかと話さないでよ―。ね、ちゅーしよーよ!ちゅー!!》


  《しょうがねーな・・・ま、そういうことだから。あんたの仕事場にあった荷物は全部まとめて放っておいたから、後で取りにいけよ》


  プツッ、と切れてしまった電話を耳から離すことも出来ず、知奈津はしばらく呆然としていた。


  ゆっくりとした動作で、無意識に携帯を鞄にしまうと、男に顔を向ける。


  小馬鹿にしたように笑っているわけでもなく、だからといって同情している素振りは一切感じない。


  知奈津は徐々に怒りを思い出し、男に掴みかかった。


  しかし、男は容赦なく、自分のシャツにかけられた知奈津の腕を掴みかえし、地面に向かって放り投げた。


  ズササササ・・・と音を立てて地面に抱きついた知奈津。


  「てめぇにゃあもう用はねえんだ。金も払わねぇ奴はさっさと消えろ」


  「最低・・・!!!人間のクズよ!あんたたち、こんなことしてただで済むと思ってるの!?いつか捕まるから!地獄に落ちればいいわ!!」


  知奈津の言葉に、男はキョトンとしたあと、クツクツと笑った。


  「地獄って・・・この御時世にそんな単語が聞けるとはな・・・」


  「何よ!?」


  はあ、とわざとらしく男はため息を吐くと、知奈津を暗く冷たい目で見下す。


  「くだらねえ」


  たった一言だったが、知奈津にとっては自分を全否定されたような一言だった。


  そして自分に背を向けて、さっさと遠ざかっていく男を見ることもせず、これから待ち受けている現実を受け入れるしかなかった。








  「大分貯まってきたなー」


  太陽が雲の隙間から顔を覗かせ、コンクリートから反射する暑さは溜まらず、日焼け止めを塗っていない肌は紫外線を浴びる。


  壊し屋を始めてからずっと、依頼料をコツコツ貯めいてた祐介。


  久しぶりに銀行に立ちよって、通帳記載をしてみると、思っていたよりも順調にお金は貯まっていた。


  金額を見てニヤニヤしていると、周りの人からの視線に気がつく。


  街中でそんな変な顔をしていたら、それは勿論怪しい人として見られてしまうだろう。


  祐介はすぐ顔をもとに戻して、特に目的があるわけでもなく、適当にショッピングモールを回ることにした。


  「そういえば・・・」


  ふと、三段アイスクリームを頬張りながら、祐介は思う。


  「広太郎と結ちゃん、元気かなあ」


  例の依頼以来、壊し屋には幾度となく依頼は来たものの、どれもこれも遊び半分だったり、広太郎が気乗りしなかったりと、三人で会う事が少なくなっていた。


  もっとも、広太郎が壊し屋に対して、太一郎として何か書きこむことも減ったためか、依頼自体が減っていた。


  三人ともそれぞれ別に仕事はしているから、壊し屋という危ない副業をしなくても生活するに不便はないのだが。


  連絡を入れてみようかと携帯を取り出した祐介だが、もし仕事中だった場合、広太郎は不機嫌になるだろう。


  それでも、祐介は勇気を持って広太郎の番号を押す。


  《はい、こちら朝永の携帯ですが、もし貴方が間違い電話だとしたら何も言わずに切ってください。嫌がらせでこの時間に電話してきたなら、それも黙って切ってください。何も用事がないならばそれもそれで切ってください》


  「え?いや、あの、うん。ごめんね。用事はないんだけどさ、広太郎元気かなー、と思って」


  《・・・・・・お前は乙女か》


  場所を変えたのか、広太郎がいつもの口調に戻ったため、祐介は安心する。


  「最近、太一郎として更新もしてないでしょ?依頼も減ってきたし、もしかしたら体調でも崩しているのかなーって思ったんだけど」


  《言ってなかったか?》


  「何を?」




  広太郎が言うには、知奈津の依頼が終わってから五日後のこと。


  会社から、一カ月だけでいいから海外に行ってきてくれないか、と言われたようで、広太郎が抜擢されてしまったらしい。


  仕方なく飛行機でブーンと旅立ったのはいいが、太一郎としての壊し屋のことを何も書いてきていないし、祐介にも結花にも何も言っていないと後で気付いた。


  まあ、急を要するようなことはないだろうと、二日前に帰ってきたばかりのようだ。


  しばらく会社を休んで良いと言われたようなのだが、広太郎は半日だけ出ることにしたという。


  《それならそうと言ってよ。ていうか、お土産は?》


  「馬鹿か。いきなりフランスに行って来いって言われて、フランス語を飛行機の中で覚えて、現地に着けば日本語ペラペラの奴がいて、俺の努力は泡となったわけだ。仕事が上手くいったものの、パブに行こうって毎日のようにしつこく誘われて、煙草も吸えって言われ、酒もジンを一気飲みしろって言われ、俺はどうすれば良かった?何もできねーよ。で、お前は何してんだ」


  普段の広太郎であれば、面倒臭いから断りたかったことなのだろう。


  しかし、優秀で人当たりも良い広太郎は、会社から信頼もされており、腹の中に溜まっている言葉を吐くことは出来ない。


  《ん、別に。いつも通りだよ。毎日変わらないよ》


  自嘲気味に笑っているのが、見えなくてもわかってしまうのは、祐介が分かりやすいからか、広太郎が敏感なのか。


  帰宅してすでにネクタイを外しにかかっていた広太郎は、ドサッと一人用のソファに腰をかける。


  《あ、結ちゃんにも連絡しないと。サイト少しだけ更新しておいたから、あと太一郎でお願いね!依頼が来たらまた連絡するから!!》


  「はいはい」


  嵐のように去って行った祐介の電話を終えると、広太郎はまだ昼間だというのに、シャワーを浴びる為洋服を脱ぎ始めた。


  五分ほどで早々と出てくると、下にスウェットを穿き、濡れたままの頭にはタオルをかぶせた状態で、広太郎はパソコンを開く。


  いつもはネットカフェから書きこむのだが、帰りに立ち寄ってみたところ、臨時休業になっていた。


  壊し屋のサイトを開くと、他の人は入れないはずの場所から中に入りこむ。


  太一郎という存在が誰なのか、どこから発信されているのかバレないように色々回線を経由すると、ようやく最初に開いたサイトにきた。


  「はあ・・・・・・」


  開いたまではよかったのだが、頭がまだボーっとしていて、何を書きこもうか浮かばない。


  少し、何も言わない天井を見上げていた。


  首を動かしてパソコンに視線を向けると、上半身を前に移動させ、細くもごつごつした指先をキーボードに乗せた。




  《どーもどーも!!!みなさん待ってましたかー!?待ちくたびれちゃいましたかー!!??最近ちょーっとサボり気味だった太一郎でーすッ☆☆☆


  いやー、壊し屋さんって本当に謎だらけですよね。一体、どういう人なんでしょう???みなさんも気になりますよねー?僕も気になります!!!しかーし、壊し屋さんの正体を知っちゃいけないんですよ・・・・・・。僕も聞いた話なので、本当かどうかは知りませんけど、壊し屋さんのことを詮索しようとすると、その人、なぜか行方不明になっちゃうらしんです!!!!怖いですねー!!!僕は神隠しに会いたくないので、詮索しません!


  というか、行方不明の件、ここ最近の噂なんですよー。知ってます?


  壊し屋さんの一番新しい依頼者で、某介護センターで働いていた女性が、忽然と消えてしまったんですって!!!警察が捜索してるみたいなんですけど、未だ見つかっていないようです・・・・・・。もしかして、山林に捨てられちゃったとか・・・!?海に沈められたとか・・・!?はたまた、八つ裂きにされてしまったとか・・・!!!!!!


  みなさん、悪いことは言いません。平凡でも今の生活を続けたいなら、壊し屋さんに関して知りたい、と思うのは禁物です。この太一郎、あなたが行方不明になっても、責任は負いかねますので!!!!


  ではでは、それでも壊し屋さんに依頼したい方は、こちらからどうぞーー☆☆




  壊し屋さんへの御連絡こちら→090‐☆●△‐☆☆❤□




  また、太一郎から間接的に連絡することも出来まーす!!


   太一郎に連絡こちら→020‐?☆❤‐〒▼§¶》






  パソコンをシャットダウンさせると、広太郎は首を後ろに反らし、また天井を仰ぐ。


  「・・・くだらね」


  一体何のために始めた闇業だったかさえ、今の広太郎には思い出せなかった。


  身体を起こして冷蔵庫に向かうと、大して何も入っていないその中から、充分に冷えたであろう缶ビールを取る。


  泡ごと喉に流し込めば、一気に胃まで冷たさが伝わる。


  「・・・何やってんだかな」








  「何よ」


  「結ちゃん、元気かな、と思って!」


  「それでなんで直接会いにくるのよ。電話かメールでいいじゃない」


  「結ちゃんの顔が見たかったから!」


  ニパーッと明るい顔で言われてしまったため、結花もそれ以上何も言えなくなってしまった。


  仕事場に来るのは別に構わないのだが、来て早々「結ちゃーん」と叫ぶのは止めてほしいと思っている。


  広太郎に会ってきたことも話したが、結花は特に表情を変えずにエステの予約を入れていた。


  「俺さ、思ったんだ」


  「そう」


  「いや、そこは『何を?』って聞くところだからね」


  終わってしまいそうになった会話を元に戻すと、祐介は笑っていた顔つきを一旦止めて、物憂げな表情になる。


  食堂の隅、テーブルの上に出されたコップの水を見つめながら、祐介は口を開く。


  「広太郎も結ちゃんもいつもつまらなさそうにしてるから、俺が二人を笑顔にしていくよ!」


  「・・・朝永と一緒にされるのは勘弁。それに、何、今の歯が浮くような台詞は」


  「もっと楽しく生きて行こうよ!確かに、クソ!って思う人もいっぱいいるけどさ、そうじゃ無い人もいるでしょ。折角なんだから、つまらなくいるより、笑ってた方が良いよ!」


  もしこの場に広太郎がいたら、蔑むような目を向けられるのだろうが、今は結花の呆れた顔しかない。


  「ほんっと、純粋馬鹿っていうか」


  「え?何?」


  ボソッと言った結花の言葉を聞き取ることが出来なかった祐介が聞き返すが、結花はもう何も言わなくなってしまった。


  一人帰り道で、祐介は壊し屋のサイトを開いてみた。


  広太郎が太一郎として書きこみをしてくれたことを確認すると、それに対して祐介も別の名前で書きこみを始めた。


  ふと、一件、依頼が来ていることに気付く。


  内容を確認してみると、とあるアイドルからの依頼で、内容もきっと広太郎が好きそうでお金も入ると確信し、祐介は広太郎に連絡を入れた。


  そして広太郎からもOKが出ると、祐介はすぐさま返事をする。


  《こちら壊し屋です。あなた様も依頼をお受けすることになりました。詳しい内容は直接会ってお聞きしたいので、都合のよい日時と場所がありましたら、ご連絡ください。


  それから、代金は決まっておりません。お気持ちとなっておりますので》








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