第四笑 【 変えようの無い現実から逃れるための糸口を 】





壊し屋~最後の砦~

 第四笑 【 変えようの無い現実から逃れるための糸口を 】



    死ぬということは、生きているよりいやなことです。けれども、喜んで死ぬことが出来れば、くだらなく生きているよりは幸福なことです。   谷崎潤一郎






































































       第四笑 【 変えようの無い現実から逃れるための糸口を 】












































  「学生?」


  「そう。加藤潤一郎くん、まだ十七。若いねー。本人の話だと、加藤くんは優等生らしいよ。でも、親とかからの期待が最近重くなってきて、嫌なんだって。それで、今月末にある試験を何とかして止めてほしいんだってさ。学校を爆発させちゃってよ!って言ってたけど、小遣いの三万しかないから、無理だよね」


  祐介の簡単な説明を受けると、広太郎は祐介がヒラヒラさせている三万を眺める。


  「その三万、お前に全額やるから、お前一人でなんとかしろ」


  面倒臭くなったのか、お金が少ないからやる気が出ないのか、広太郎はみるからに無気力だ。


  「ちょっと、丸投げしないでよ。俺だって仕事あるんだよ?」


  「私もパス」


  「結ちゃん!?」


  祐介の隣に座っている、というよりも、先に来ていた結花の隣に強引に座った祐介なのだが、とにかく隣にいる結花も依頼を投げた。


  祐介が結花にグイッと近づいて困ったような顔をする。


  「大体、試験は誰もが通る道でしょ。期待されていようがいまいが、やらなくちゃいけないのよ。風邪で休めばいいじゃない。インフルエンザだって嘘つけばいいじゃない」


  「インフルエンザは診断書出すようだろうが」


  広太郎に冷静にツッコまれると、結花は苦い顔をする。


  「優等生ぶってるからそうなるのよ。問題児なら良かったのよ。今からでも遅くないわ。徐々に問題児になりなさい。それで万事解決よ」


  「結ちゃん、今からグレ始めたら、尚更心配されるのがオチだよ。それが優等生っていう分類なんだから」


  祐介にまで言われると、なんだか妙に腹立たしくなってきた結花は、意味もなく祐介の足をヒールのかかとで踏みつける。勿論、靴の上からだが。


  痛そうに身体を縮めている祐介を無視し、広太郎は祐介が頼んで手付かずになっていたサンドイッチを口に運ぶ。


  もぐもぐと口に食べ物を含んだまま、広太郎は話す。


  「今のガキは多少嫌なことがあるだけですぐこれだ。ちったぁ自力でなんとかしてみろってんだ。自分で蒔いた種にも関わらず、俺達を巻きこむなんて百年早ぇーんだよ。って伝えておけ」


  「本当にやる気ないんだね。でも、仕事のストレスも発散したいでしょ?すぐ終わるよ。ね、俺だけでやったらどうなるかくらい、広太郎も結ちゃんも分かるでしょ」


  「「まあな(ね)」」


  二人に即答されてヘコむ祐介だが、「よし決まり」と言って席を立つ。


  「じゃあ俺は仕事だから戻るけど。ああ、そうだ。これ、加藤くんの連絡先。一応ね。あ!結ちゃんは一人で会いに行っちゃダメだからね!加藤くんが結ちゃんに惚れたら大変だ!」


  「さっさと行きなさい」


  「分かった。じゃあね」


  結花に背中を蹴飛ばされれば、大人しく仕事に向かった祐介。


  「私も行くわよ」


  「ああ、行け」


  「朝永、あんた仕事じゃないの?」


  「俺は会社で優秀だからな。今日は特別休み貰った。これぞ優等生の有効活用だ」


  「あんたを雇った会社に同情するわ」


  結花も去っていくと、広太郎はウェイトレスを呼び、エビグラタンとアボカドのサラダを追加で注文した。








  翌日、仕方なく、広太郎と結花は、祐介に連れられて潤一郎が通っている学校に向かった。


  下校時間になり、次々に出てくる学生たちの中から潤一郎を探し出すと、後をついていく。


  「こっちって、家とは違う方向だよね?どこ行くんだろう?」


  「どこって、塾かなんかじゃねーのか」


  「ああ、そうか。成程ね」


  面倒臭いのか、はりきって先頭を歩く祐介の数メートル後ろを、のろのろと歩いている広太郎。


  その広太郎よりも数歩前を歩いている結花は、腕組をしながら潤一郎のことをじーっと観察していた。


  思った通り、潤一郎は有名な塾の名前を掲げた建物の中に入っていく。


  それを見届けてわずか一時間ほどして、なぜか潤一郎は一人で鞄を持って出てきたため、祐介と広太郎はまた尾行を開始した。


  結花は一旦塾に向かい、潤一郎のことについて聞いてきた。


  潤一郎は真っ直ぐにゲーセンに向かうと、そこにいる茶髪や金髪をした、潤一郎と同じくらいの歳の男と会っていた。


  それから塾が終わるまでの時間、潤一郎はゲーセンにずっといて、そこから家へと帰っていく。


  「ったく。ガキが・・・・・・」


  呆れたように呟く広太郎は、目を細める。


  広い庭のある一軒家は、何処から見ても立派としか言いようがなく、入口にある大きな白い門は重たく響きながら開く。


  百メートル歩いた場所にある玄関を開けながら、潤一郎はにっこりと笑って「ただいまー」と言って入って行った。


  バタン、と玄関がしまるのを見た後、広太郎たちは近くのファミレスに入った。 


  「学校や塾じゃあ優等生を貫いてるようだけど、さっきのを見る限り、普段から塾をサボってあの子たちと遊んでるわね」


  「両親との接し方を見ね―と何ともな。塾サボるのも、優等生って言われ続けてるからなのか、それとも元の性格なのか、そこもわかんねーし。そこは祐介と結花に適当に任せる」


  「ちょっと。なんで私もなのよ」


  「祐介一人でやったらどうなるかくらい、脳味噌の小さいお前でも分かるだろ。祐介が暴走しねーように見張っておけ」


  「おっけー!さっすが広太郎!」


  水が運ばれてきてすぐ、広太郎は席を立ち店から出て行った。


  グッと親指を立てて広太郎を送る祐介だったが、ピンッと張ったその親指を折る勢いで引っ張った結花。


  悲痛に顔を歪めた祐介に、捨て台詞を吐く。


  「私も暇じゃあないの。調べられることはそっちで全部調べておいてよね」


  「いえっさー」


  苦悶の表情を浮かべながらも、何とか結花を送った祐介。


  一方、ファミレスを出た広太郎は、一人で先程まで潤一郎がいたゲーセンへと向かった。


  中を覗いてみると、そこには潤一郎と一緒にいた男たちがまだたむろっていて、広太郎は迷わずにそこを目指す。


  格闘対戦ゲームをしていた男たちの向かい側に座ると、そのゲームに参加し、足を組む。


  「くっそ・・・」


  向こう側から聞こえてくる男たちの悔しそうな声さえもBGMにして、広太郎は悠々と指先をリズミカルに動かす。


  「誰だよ!」


  ガタン、と音を立てて椅子から立ち上がったのであろう男は、大きな機械によって阻まれていた視界を越える。


  今時の若者にしては珍しく、一度も染めたことの無い真っ黒な髪の毛を靡かせる、一人の男。


  自分達よりは年上であろうことは分かるが、仕事をしているのかいないのかは定かではない見た目だ。


  「おっさん」


  「なんだ、馬鹿そうな顔をしたガキ」


  おっさん、と呼ばれて反応してしまったのはいかがなものかと思うが、広太郎は涼しげな顔のまま、男たちを見上げた。


  のっそりと立つと、男たちよりも背が高いことが分かり、男たちが広太郎を見上げる形に逆転した。


  「お前等、加藤潤一郎と知り合いか」


  「だったら何だよ。先コ―か?」


  「加藤潤一郎はどんな奴か、詳しく教えてくれるか」


  「うわ、うっぜ。帰ろうぜ」


  先頭きって帰ろうとした男の一人の腕を強く掴むと、男がどんなに必死に振りほどこうとしても出来なかった。


  広太郎は舌打ちを一回すると、男に告げる。


  「ガキとやり合うほど、俺は暇人じゃねーんだよ。加藤潤一郎について知ってること言えば、すぐに帰してやるよ」


  「はあ?大体、なんであいつのこと知りてーんだよ。警察でもないくせによ」


  「そうそう。あんたに教えることなんて、何もねーよ、おっさん」


  ハハハハ、と広太郎を小馬鹿にしたように高笑いをする男たちは、この時までは余裕の表情を浮かべていた。


  広太郎に掴まれた腕を振り解くと、男たちは外へと出て行った。


  その後を静かに追いかけて行く広太郎に、男たちはまだ気付いていなかった。


  人通りの少ない道になったとき、前を歩く男たちに一気に詰め寄り、広太郎は一瞬で男の中の一人の首根っこを掴んだ。


  「うわっ!!!」


  男の声は、他の男たちにも届き、皆が一斉に後ろを振り返る。


  そこには、先程自分達に声をかけてきた男によって、地面にうつ伏せに倒されている仲間がいた。


  「てめえ!!!なんなんだよ!?」


  「ふざけんなっ!」


  仲間を助けようと、別の男が広太郎に向かって走ってきた。


  後頭部を掴まれ、冷たい地面に顔をつけている男の背中にどっかりと座り、走ってくる男をちらりと見る広太郎。


  押さえつけている男から身を起こすと、今度は走ってきた男の拳をひらりとかわし、足を引っ掛けて転ばせる。


  自ら地面にぶつかっていった男だが、反撃しようと広太郎を見上げる。


  そこに立っていた広太郎は、すでに男になど興味が無い様で、自分の仲間の男たちを眺めていた。


  「大人しくしとけ。てめーらガキじゃあ、俺には勝てねーんだよ」


  「なんだよ!?潤一郎なんて、別にそこまで仲良くねーし!よくゲーセンに来るから、来た時には一緒に遊んでるだけだよ!」


  「そうだよ!あいつ金持ってるし、友達じゃねーし!!!」


  広太郎に向かって、必死に懇願するように叫んでいる男たち。


  ふう、と小さく息を吐くと、広太郎は男たちの横を通って去って行こうとした。


  「最初から素直に言えぁいいんだよ」


  そう捨て台詞を吐きながら歩いて行く広太郎の背中を睨みつけ、まだ殴りかかろうともした男たちだったが、それは出来なかった。


  自分達は今、広太郎の視界には入っていないはずなのに、広太郎から感じる威圧感というか、殺気に、怖気づいたのだ。


  「くそ」とか「あの野郎」とか、そういった単純な言葉でしか広太郎に反論出来ない男たちは、ただ暗闇に消えて行く広太郎の背中を眺めていた。


  その頃、潤一郎は母親の作ったポトフを食べていた。


  「どう?」


  「美味しいよ」


  「よかったわ」


  食事を終えると、潤一郎は風呂に入り、その後は自分の部屋に入って机に向かう。


  参考書でも広げて勉強を始めるのかと思えば、参考書の表紙だけをつけたマンガを本棚から取り出し、読みだした。


  コンコン、とドアを叩く音がすれば、急いで本物の参考書を机の上に出し、適当に広げる。


  ペンを片手に悩んでいる素振りをしながら、「どうぞ」と返事をした。


  「いつも頑張ってるわね。ここに紅茶とクッキー置いておくから、後で食べてね」


  「ありがとう、お母さん」


  ニッコリと、親から見れば天使にも見える笑みを浮かべた潤一郎は、母親が部屋から出て行くと、またすぐにマンガを広げた。


  部屋の真ん中にある小さい透明のテーブルに置かれた、紅茶とクッキーに手を伸ばすと、ボリボリと口に放り込み、喉に流し込んだ。


  十七歳になり、周りの友達は皆携帯を持ち、メールやラインなど、色んなところで繋がっているというのに、潤一郎はやっていない。


  親に監視されているというか、過保護というか、過干渉というのか。


  携帯があると勉強に支障が出ると言うことで、携帯すら塾に行くときにしか持たせてもらえない。


  それはあくまで、塾が終わったときに連絡をしてくれと言われているからだ。


  友達との繋がりもなく、親に見張られている毎日が嫌で、数か月前に初めて塾をさぼった。


  ゲーセンに行って一人でお金を崩して遊んでいると、数人の男たちに声をかけられ、色んなゲームをした。


  学校にいると、ただの知り合いのような扱いをされるだけで、虚しい。


  母親の財布からお金を抜きだしてきて、それを持ってあの男たちに会いに行けば、自分を仲間に入れてくれる。


  潤一郎は、それでも良いと思っていた。


  「上達したじゃん」


  「ほんとほんと。最初はマジクソみたいに弱かったもんな」


  塾よりも、その男たちと会って遊ぶことの方が楽しくなり、潤一郎はよく塾をサボる様になった。


  だが、塾から親に連絡が入り、親に注意されたことがあった。


  その時は、軽く謝って済んだのだが、それでも潤一郎にはあの男たちとの時間は大切なものになっていた。








  翌日、結花は潤一郎の学校に忍び込んでいた。


  どうやって入りこんだかは聞かないが、結花は紺のカーディガンを羽織り、同系色のタイトスカートを穿いていた。


  肩まであった髪の毛は、頭の上のほうでおだんごに変わっている。


  すれ違う生徒たちが、結花の事を見て多少首を傾げているものの、結花がにこりと挨拶をすれば、何の疑いも無く挨拶を返してきた。


  「確か、加藤潤一郎の教室は・・・・・・」


  校舎の三階まで上がり、潤一郎の教室の前まで来ると、ちらっと窓越しに中を覗いた。


  休憩時間にも関わらず、ぽつんと一人で机の前に座っている潤一郎は、つまらなさそうに教科書を開いていた。


  目を軽く通しているわけでもなさそうで、視線は明後日の方を向いていた。


  教室から出てきた生徒に声をかける。


  「ちょっと、いいかしら?」


  「なんですか?・・・っていうか」


  「お姉さん、ここの先生ですか?新しい先生?」


  質問に質問で答えるなと、広太郎相手にだったら平気で言う言葉をグッと飲みこみ、目をゆっくり細める。


  「研修中なのよ。でね、聞きたいことっていうのが」


  「超美人!ねえ、何歳?」


  「彼氏とかいるんですか!?」


  「あのね、だから」


  「新入生の高畠くんっているんですけど、色んな女の子にちょっかい出してるんですよ。先生、美人だから狙われないように気をつけてくださいね」


  「ありがとう。それでね」


  なかなか進まない会話に、多少の苛立ちを覚えた結花だが、笑顔を途絶えさせることはなかった。


  やっとのことで聞いた潤一郎の話は、特別な内容ではなかった。


  ―加藤君、ですか?なんてゆーか、超真面目―


  ―優等生を絵に描いたような人だよねー


  ―この前席がえしたじゃん。で、私隣の席になったんだけど、ひたすら勉強してるよー。いっつも参考書広げてるし―


  とまあ、学校では優等生しているようだ。


  「とくに収穫なし、と。これで私の仕事は終わりね」


  「んなわけねーだろう」


  学校の裏手にあるクレープ屋の前で、クレープを食べながら独り事を言っていた結花。


  背筋がゾクッとしたときにはもう遅く、自分の背後には黒い黒いオーラを身に纏った男がいたのだ。


  「ついにクビになったのね」


  憐れんだように返事を返せば、男は後ろから結花の頭をどついた。


  「なるか。お前らと違って、俺は引っ張りだこなんだよ」


  「レディの頭を叩く奴なんて、誰も必要としてないわ。それに、なんで仕事中なのに話しかけてきたのよ」


  広太郎の格好は、いつものラフな服装とは違い、誰がどう見ても真面目なサラリーマンだった。


  相変わらず、多少目は死んでいるし、ダルそうに首を少し傾けて、結花に向けている目は若干疲労に満ちている。


  左手には黒い鞄を持ち、もう片方の手には栄養ドリンクを持っていた。


  「どうせ、加藤のことでは碌な収穫無かったんだろ」


  「だったら何よ」


  「祐介と合流して、学校のどこに仕掛けるか決めとけよ」


  「仕掛けるって、本当に爆発させる心算?あの予算で?」


  「どこに仕掛けるかだけ俺に連絡しときゃあいい。じゃあな」


  大きく欠伸をしながら去っていく広太郎を眺め、結花は小さく舌打ちをする。








  「じゃあ、この難しい問題は、加藤君」


  「はい」


  ガタッと席を立ち、黒板に向かって歩き出した潤一郎。


  歩いている間にも、チョークを握って黒板に公式と答えを書いている間にも、自分の背中に突き刺さる視線。


  友達とは認められていない、距離を置かれている自分の存在。


  答えを書いて席に戻れば、先生からは称賛の声が届くが、潤一郎の周りから聞こえてくるのは、それとは正反対のもの。


  「さすが、優等生様だな」


  「加藤君って、何が楽しいんだろうね?」


  「性格悪いよね」


  聞こえないようにしている声が聞こえてしまっているのか、それともワザと潤一郎に聞こえるように話しているのか。


  「早くぶっ壊せよ」


  ボソッと呟いた言葉は、チャイムによって掻き消された。


  潤一郎はその日、塾を真面目に受けた後、家に向かって歩いていた。


  しかし、ちらっと見えた娯楽施設に、潤一郎は自然と足を向けて進み、親にも連絡せずに一人で中へと入った。


  ぷるるるる・・・・・・


  《なんだ》


  「加藤君が、カラオケに入ってったよ。しかも一人で」


  《どこのカラオケだ》


  「ええとね・・・」


  潤一郎が学校を終えてからずっと後をつけていた祐介は、潤一郎がカラオケボックスに入っていくと、すぐに広太郎に連絡を入れた。


  仕事終えなのか、それともまだ仕事中なのか、広太郎はテキパキとした応対だ。


  祐介が簡単に場所を説明すると、すぐに行くとだけ言われ、そのまま電話は切られてしまった。


  少しして、広太郎ではなく、結花が現れた。


  それから五分ほど遅れて広太郎が現れ、祐介と結花の前を通り過ぎて、カラオケボックスの中に入っていく。


  結花は何かを知っているのか、ただ着いて行っただけなのか、広太郎の後に続く。


  三人が部屋に入ると、広太郎はどかっと奥のソファの真ん中に座り、結花は一人用の椅子に腰かけた。


  「え?なんで二人して座ったの?俺の席は?」


  二人して悠々と足を組み、広太郎に至ってはそのまま寝てしまいそうな目つきだ。


  「加藤潤一郎の部屋探して来い。乗りこむなりなんなり出来るだろ」


  「マジで言ってる?絶対に追い出されるでしょ。てか、店員さん呼ばれたら最悪」


  「お前、顔もうバレてるだろ」


  「ああ、そうか。って、なら余計だよ!結ちゃんか広太郎の方が良いでしょ」


  どう考えても納得のいかない祐介は、広太郎に反論を試みたが、小さくため息を吐いた結花の言葉で、思考は一変する。


  「なに。私が不審者で捕まっても良いっていうの?」


  「俺、行ってくる!」


  バタン、とドアが閉まると、広太郎がぽつり。


  「底なしの馬鹿だな」


  部屋を飛び出て潤一郎のいる部屋を探しに行った祐介だが、じーっと中を覗くわけにもいかず、ちらちらと見て行く。


  「いたいた」


  トイレに近い一角の部屋にいた潤一郎を見つけた祐介は、ササッとドアの横に隠れると、中の様子を窺って見る。


  潤一郎は、何かを歌っているわけでもなく、ただボーッと画面を眺めていた。


  一時間ほどすると、潤一郎はゆっくり立ち上がり、ドアを開けてカラオケボックスから出て行った。


  「何も歌わないなんて、もったいないわね」


  結花が何か呟いたが、広太郎はさして気にせず、潤一郎を見ていた。


  「祐介」


  「何」


  「行って来い」


  「え!?なんで?やばいよ。俺顔バレてるって、広太郎が言ったじゃん。なんで早くドカーンってしねーんだよ、って言われるよ」


  「いいから行け」


  仕方なく、祐介は偶然を装って潤一郎に声をかけてみると、思った通り、いきなり眉間にシワを寄せられ、キレられる。


  「ちゃんと金は渡したじゃねーか!さっさとやれよ!つかえねーな!!」


  「準備してるから、もう少し待ってて。ね」


  「うっせー。来週の試験までに何とかしねーなら、てめえらのこと訴えたって良いんだからな」


  「好きにすりゃあいいだろうが」


  潤一郎に胸倉を掴まれ、このまま殴られてしまうのでは、という勢いまでいったところで、広太郎が入ってきた。


  「先生や親の前では優等生で通してる奴が、塾さぼってゲーセン行ったりカラオケ行ったり。こっちは証拠があるからな」


  そう言って、広太郎はいつの間に撮ったのか、潤一郎がゲームをしているところ、カラオケボックスにいるところの写真を持っていた。


  潤一郎は何も答えず、広太郎をただ睨みつけていた。


  広太郎はその写真をポケットに無造作にしまうと、潤一郎の前に立っている祐介の隣に向かった。


  自分よりも身長の高い広太郎を見上げていると、単に見下されているというよりも、何か危害を加えられてしまいそうな感覚に陥る。


  「加藤潤一郎」


  「なんだよ」


  自分の名前を呼ばれ、潤一郎は裏返りそうになった声をなんとか搾りだした。


  「そこまでお前を追い込んだのは、誰でもねえ、お前自身だ。親を恨むのも先生を恨むのを、お門違いってもんだ。ガキはガキなりに嫌なことも逃げたいこともあるんだろうが、そんなもん、大人になりゃあ爪ほどもねえ悩みだ」


  「てめえに何がわかんだよ!」


  学校にいるときには見せない表情、親にも刃向かったことのない口で、広太郎に反論する。


  「俺だって、こんな・・・優等生になりたくてなったんじゃねえよ!親に必要以上に期待されて、応えなきゃと思ってやってきたら、このザマだ!!今更、反抗期にもなれねえよ!」


  「・・・・・・貰った金の分の仕事はする。けどな、お前がそのままなら、結局は何も変わりゃあしねえよ」


  潤一郎の脇を風のようにとおりすぎ、去って行こうとした広太郎だが、またすぐに足を止めた。


  「お前が思ってる以上に世の中は腐ってる。大人だって人間だ。自分が一番可愛いんだ。理想論ばかり掲げてる奴はただの馬鹿で、夢ばっかり見てる奴はただの弱虫だ」


  そう言って歩き始めた広太郎の背中を見て、結花がぽつり。


  「なにあれ。頭でも打ったのかしら」


  「結ちゃん、ついに広太郎に毒でも盛ったの?」








  あれから六日後。


  「あーあ。明日試験かよー」


  「まじだるい」


  「先コ―、風邪ひかねーかなー」


  色々な生徒の声が行き交う教室の隅で、潤一郎はいつものように本を開いていた。


  ―本当に大丈夫なんだろうな。


  試験勉強に関してだけ言うのであれば、何の問題もない。


  例え学校が爆発されず、予定通りに試験を行ったとしても、潤一郎はきっと試験をなんなくパス出来ることだろう。


  「お前等―、明日の試験の内容だが・・・・・・」


  教科書に真っ赤なラインが幾つもついている人がほとんどで、どこが大事な部分かさえわからない始末。


  そんな同級生の教科書を見て鼻で笑っていた。


  その中で、ふとこんな会話が耳に入ってきた。


  「なあなあ。壊し屋の太一郎って、知ってるか?」


  無意識に反応してしまった潤一郎だが、近くにいる同級生には気付かれていないようだ。


  「太一郎?なんか、聞いたことあるような」


  「いや、有名だぜ?なんか、金さえ払えば、なんでもやってくれるっていう奴ら」


  「太一郎?ああ。この前の大きなビルが急に崩壊したのも、その壊し屋の仕業だって噂だしな」


  「まじかよ。で?それがどうかしたのか?」


  「その太一郎って、男か女かもわかってねえんだけどさ、噂によると、俺らよりちょい上の男らしいぜ」


  「てか、無職?」


  「それはしらね―。まあ、家に引きこもってるニートみたいな奴なんだろうけどな」


  具体的な話が出てくるのでは、と思っていた潤一郎にとって、同級生たちの興味本位のみの会話は無駄に神経を使わされただけだった。


  家にあるパソコンで調べものをしているとき、目についた“壊し屋”という言葉。


  クリックした途端に、依頼内容へと繋がるページに向かってしまい、あたふたしながらも、今回のことを頼んでみた。


  どうせ、相手にされないだろうと、軽い気持ちで入れてみただけだった。


  すると翌日にはかかってきた見知らぬ電話の相手は、優しい声色で依頼内容についての詳しい話を聞きたいと言ってきた。


  小遣いだけを持って待ち合わせ場所に向かうと、自分の話を親身になって聞いてくれる男が一人いた。


  雑談を交えた話を終えると、潤一郎はその男に聞いてみた。


  「あの、太一郎って、貴方ですか?」


  男は、こう答えた。


  「いいえ」


  にっこりと満面の笑みで言われ、潤一郎は家に帰って行った。


  その男は、先日、一人でカラオケに行ったときに会った、ひ弱そうな男だ。


  あと一人、自分を見下してきた男と、その男の後ろから歩いてきた女性がいた。


  「あいつが、太一郎・・・?」








  「・・・チッ。はいはーい。受けた依頼は必ず成功させる壊し屋の顔と言っても過言ではない、太一郎でーす」


  《・・・ごめんなさい。もしかして、今爆薬しかけてるところ?》


  「分かったなら早く電話切ってこっちに来い」


  現在、広太郎は学校の床下の作業員として忍び込み、爆弾をしかけるところだった。


  そこに祐介から電話がかかってきて、広太郎は機嫌の良い声で、不機嫌なのを知らせた。


  《待ってて。俺ももうちょっとで着くから》


  「結花はもう来て、あちこちの教室偵察してるぞ」


  《わー。さすが結ちゃんだね》


  呑気な声の祐介に呆れたようなため息を漏らすと、祐介は慌てて電話を切った。


  口から離した小さい懐中電灯を再び口に含むと、鞄に入れて持ってきた小型の爆弾を床下に仕掛け始める。


  一方そのころ、結花は潤一郎に見つかっていた。


  「偽先生、あの男の人は?」


  「・・・・・・あら珍しい。休憩時間に出歩くなんて。用でも足しに行くのかしら」


  「それ、セクハラになりますよ」


  この前の口調はどこへやら。潤一郎は落ち着いた声で、結花と話をしていた。


  「あの男の人、巷で有名な太一郎さんなんでしょう?」


  「さあ?私は雇われてるだけで、そのあたりのことは知らないの。御免なさいね」


  「ふーん。まあいいんですけど。でも俺、あの人に言われたこと、ちょっと納得いかないんですよね」


  「・・・・・・?」


  そもそも、何を言われていたのか、二人の会話になど興味なかった結花は聞いていなかった。


  潤一郎は、同級生に結花と会話をしているのを見られたくないのか、結花を手招きして屋上に繋がる、誰も通らない階段の影に隠れる。


  小声になると、潤一郎は若干いらついた口調に変わる。


  「あんたらは自由に生きてきたかもしれないけど、俺はそうやって生きていけないんだよ。何も失うものがないあんたらと俺を、一緒の天秤に乗せないでほしいね」


  顔を近づけ、至近距離になった潤一郎に対し、ただ無表情でいる結花。


  言い返してもこない結花に多少の腹が立ったのか、潤一郎はさらに言葉を続けた。


  「先生たちが俺を応援するのは、俺が良い大学に行けば、それだけ学校の名を挙げられるからだ。親が俺を応援するのは、親や家が立派なんだと褒められるからだ。俺はそれだけのために、こうしてお前らに金まで払って頼んだんだ。絶対に失敗するんじゃねえぞ」


  やっと結花が口を開いた、と思ったら、出てきたのは声ではなくため息だった。


  「だからガキって言われたのよ」


  「はあ!?」


  「長い人生の中での悩みがソレなら、君は相当幸せ者ってことよ」


  「馬鹿にしてんのか!?」


  結花の顔の脇に手をつき、結花が逃げられない状況に追い込んだ潤一郎だが、結花は平然としている。


  「期待されてることが重荷と思う人もいれば、期待されなくて落ち込む人もいるのよ。好き勝手に生きるっていうのも、結構難しいものよ。一人で生きて行こうと思うなら、まずはその甘い考えをなんとかするべきね。あと、君はどうも人間っていうものがわかってないわ」


  「は?」


  「人ってね、本当に自分しか見えていない人と、自分以外も見えてる人といるのよ。君は前者のようだから、今後の人生を歩む中で、改めた方が良いと思うわ」


  「!!!」


  カッとなり、結花を叩こうとした潤一郎だが、ダダダダダダッ、と走ってきた影によって遮られてしまった。


  「結ちゃ――――――――――――んッ・・・!!!!!」


  「五月蠅いわ」


  結花と潤一郎の間に割って入ってきたのは、いつもサラッと流れるような髪の毛を振り乱し、汗をかいている祐介だった。


  丁度そのときチャイムが鳴ったため、潤一郎は教室に戻って行った。


  「大丈夫だった?結ちゃ・・・」


  まるで紳士のような振る舞いで、後ろにいる結花に笑顔を向けた祐介だったが、すでに結花は階段を下りはじめていた。


  スタスタと向かった先は、誰もいない倉庫だった。


  「結ちゃん、まさか俺のこと誘っ・・・」


  「早く行きなさい。朝永がまだいるわ」


  「ああ、そういうことね」


  倉庫の床には扉があり、そこから広太郎は作業員として床下に入ったようだ。


  汚れても良いようにと持ってきた作業着に着替えると、祐介もまた、床下に入り込んで行った。


  が、入ってすぐに何かにぶつかった。


  「いてっ」


  「今更来たのか。もう設置し終わった」


  「早いね。さすが」


  褒めたみたものの、広太郎は嬉しい顔ひとつせず、目を細めて祐介を見ているだけだった。


  「あとは、明日、だな」








  「潤一郎、明日は大切な試験でしょう?今日は早めに寝た方が良いわよ」


  「うん。そうするよ」


  「大学受験に向かって、これからもっと協力していくからね」


  「うん・・・。ありがとう」


  壁にかかっている時計に目を向ければ、もうすでに十二時を回っていた。


  ベッドに横になってマンガを手にするが、眠くてしょうがない。


  「明日か・・・・・・」


  自分の計画は上手く行くのか、それとも失敗して自分が企てたことがばれてしまうのか。


  喜びよりも、心配や不安、恐怖心の方が大きくなっていた。


  目を瞑って寝ようとしたが、喉が渇いてしまったので、一杯だけ水を飲もうと一階に下りて行った。


  すると、両親の会話が聞こえてきた。


  「潤一郎、Y大学に受かると良いわね」


  「潤一郎には、俺の跡を継いでもらわないとな。だが、大丈夫なんだろうな?もしこれで落ちたりしたら、世間の笑い者だぞ」


  「大丈夫よ。それにもしダメそうなら、ね?」


  「裏金入学はやりたくないが、万が一ってこともあるしな。一応、今度お金を下ろしておきなさい」


  「わかったわ。ああ、それから、一之瀬さんのとこの息子さん、Y大学院ですってよ。潤一郎も院まで行かせたほうが良いのかしら」


  「世間体を考えると、行っておいた方が良いだろうな」


  二人の会話を聞いて、潤一郎は水も飲まずに自室へと戻って行った。


  ―やっぱりだ。俺のことなんて二の次だ。


  まず第一に自分、世間体、第三者からの目を気にしている親。


  試験で全科目一位を取って、なおかつ出来るだけ満点を取らないと、不満そうな顔をされてきた。


  体調が悪くて順位が落ちた時は、学校を休まされ、一週間ずっと部屋に籠らされて勉強をさせられた。


  比較してくるのはいつも同じメンバーで、特に一之瀬という家の息子だ。


  潤一郎よりも三つ上の一之瀬は、勉強が出来るだけではなく、スポーツも好きで運動も出来、人当たりも良いそうだ。


  実際に会ったことはないからなんとも言えないが。


  「一之瀬さんの息子さんは礼儀もしっかりしてるわね」


  「一之瀬さんの息子さん、賞を取ったんですって」


  「一之瀬さんの息子さんって本当に立派よね」


  潤一郎のことなど、指の数ほどしか褒めたことなどないだろうに、一之瀬のこととなるとずっと褒め続けている。


  嫉妬とかそういうことではなく、それらの言葉がさらに潤一郎を追いこんでいた。


   ―どうせ俺は、一之瀬じゃないよ。


   ―そんなに一之瀬が良いなら、一之瀬の親になればいいんだ。


  何度思ったかわからないそれらの感情を、一度だって親にぶつけてきたことはない。


  だからこそ今回、壊し屋に頼むと言う手段に出たのだ。


  ―「貰った金の分・・・・・・」


  広太郎に言われた言葉を思い出しながら、潤一郎は電気を消した。


  「何も残らなくていいんだよ」


  カチ、カチ、カチ、と時計の針が動く音だけが虚しく響く部屋の中、広太郎は眠れずにいた。


  本を読んでも音楽を聴いても、とにかく目をずっと閉じていても、なかなか意識が飛んで行こうとしない。


  暇つぶしにと、祐介に嫌がらせの長いメールを送ってみたものの、返信を見ることもせず、放置している。


  ―きっとね、良いことがあるから。


  誰から言われたことかも分からない言葉だが、ふと脳内をよぎった。


  天井を向けていた顔を横にし、身体も反転させると、部屋の隅に置いてあるわりと大きめなテレビがぼんやり見えた。


  特に理由も無くテレビを見つめていると、自然と瞼が重くなってくる。


  広太郎は眠りに誘われるまま、真っ暗闇へと落ちて行った。








  翌日、潤一郎はいつものように家を出る。


  「潤一郎、今日は頑張ってね!」


  「うん。行ってきます」


  重い足を動かして学校に向かいながら、潤一郎は、学校が今日いよいよ無くなるのだと心躍らせていた。


  正直、試験が無くなれば良いのだが、学校が無くなるのならそれに越したことはない。


  潤一郎は学校に着くなり、先生の様子を逐一観察し、爆発するその時に備えていた。


  同級生が慌てふためく姿、親たちが子供を心配してやってくる姿、先生たちが警察や救急車に連絡している姿。


  色んな姿を想像しながら、潤一郎は何事もないように椅子に座っていた。


  予鈴がなり、先生が教室に入ってきて問題用紙を配る準備を始めていた。


  問題用紙と解答用紙が一枚ずつ配られると、丁度チャイムが鳴り、みな一斉にバサッと音をたてる。


  カリカリと試験独特の音だけが教室を支配すると、潤一郎はちらりと時計を見る。


  ―早くしろよ。


  潤一郎にしてみれば、先生が難問として用意した問題であっても、数分考えればすぐに解けてしまうものだった。


  一つ目の科目が始まって、すでに三十分が経過していた。


  「さてと、そろそろやるか」


  「今日、マッサージの予約入れてあるから、出来るだけ早く済ませて頂戴」


  「結ちゃん、それ以上綺麗になったら大変だよ」


  こんな会話が、学校のグラウンドの隅でされていることは、誰も知らないだろう。


  結花は太陽の光を浴びたくないのか、日陰にいるにも関わらず、日傘まで持参してきてそれを手に持っている。


  水分補給にと飲み物も持ってきており、抜け目なかった。


  祐介は半袖で木陰に隠れ、学校の様子を窺っている。


  缶コーヒーを片手に木にもたれかかっている広太郎は、学校の方を見ているわけでもなく、ただ何処かの景色を眺めていた。


  飲み終えると、それを自然な流れで祐介に手渡した。


  そしてなぜかそれをまた自然に受け取ってしまった祐介は、ゴミとなった缶を持ったまま広太郎を軽く睨む。


  ポケットに入っていた何かのスイッチを取り出すと、広太郎は結花と祐介に向ける。


  「どっちか押すか?」


  「え?広太郎、押さないの?」


  「そういう重い仕事は、朝永の役目でしょ」


  「ああ、あのガキの為に指を動かす労力を使いたくねえな」


  「そのくらいやってあげなよ。指一つ動かすだけでしょ」


  何度もため息を吐いている広太郎の姿から、本当に面倒臭いことは分かるが、結花も祐介もそこまでは出来なかった。


  「しょうがねえか」


  そう言うと、何の躊躇もなく、まったく躊躇うことなく、一切の迷いもなく、広太郎はスイッチを押した。


  同時にドカーン、と大きな音が地響きとともに鳴る。


  何だ何だと、学校の周りにも人が集まってきて、学校の中でもワーワーキャーキャー言っているのが聞こえる。


  「誰も被害に遭ってないよね?」


  祐介が心配そうに広太郎に訊ねると、広太郎はさらっと言い放った。


  「被害出さないために、時間帯調べて、結花にも協力させたんだ」


  「え?」


  どういうことかと結花の方を見ると、結花はしらっとしていた。


  「もし誰かあそこにいるようなら、電話して別の部屋に呼び出せって言ったんだよ。まあ、加藤潤一郎は不満かもしれねえけどな」


  思った通り、騒動の中、潤一郎が広太郎たちを見つけてズンズンとやってきた。


  「どういうことだよ!」


  「何がだ」


  「俺は、学校を壊せって言ったんだよ!!!なんで職員室だけ軽くふっ飛ばしただけなんだよ


!!!しかも誰も怪我ひとつしてねえし、お前ら何やってんだよ!」


  潤一郎が散々広太郎たちを罵ったところで、腕組をして潤一郎の言葉を聞いていた広太郎が動く。


  ゆっくりと潤一郎に近づくと、そのまま距離を縮めて行く。


  広太郎から感じる気配に、潤一郎は思わず後ずさりして一定の距離を保とうとするが、倉庫の壁に背中が当たってしまった。


  顔のわきにドン、と乱暴に手をつかれ、潤一郎は思わずビクッと身体を強張らせる。


  「被害が出れば、お前も警察行きだな」


  「はあ?」


  「まあ、それはいい。根本的なとこで、お前、あんな予算でよく学校吹っ飛ばそうだなんて考えられたもんだ。その無駄に良い脳味噌には何が詰まってんだ?金分のことはやるって言ったが、あれじゃあ金以上のことはやらせてもらった心算だ。本当なら、問題用紙をシュレッダーにかけて終わりくらいにしときたかったが、折角爆薬分けてもらったんでな。それから、世の中を作っていくのは、どうせお前みたいな奴らだ。俺みたいな人間は影でひっそり慎ましく大人しく平穏に暮らしていくしかない。だから・・・・・・」


  一呼吸おき、広太郎は続ける。


  「良い子ちゃん演じて、早く大人になるこったな」


  パトカーが到着し、救急車もそろそろ来るかというころ、広太郎たちは学校から去って行った。


  取り残された、事情を唯一知っている潤一郎は、一時中断にはなった試験のことなどすっかり忘れていた。


  警察が一人一人に事情聴取をしていても、潤一郎は「何も知りません」を貫いた。


  ―どうせ、鑑識が調べれば、すぐに床下の点検に来てた男が怪しいって話になるだろ。


  万が一、広太郎たちが捕まったとしても、自分は知らない、何も頼んでいないと言っていれば、自分の言葉を信じてくれるだろう。


  過信かもしれないが、それほどまでに潤一郎は周りからの信頼は受けていた。


  しかし、学校の職員室が何者かによって吹き飛ばされた、というニュースは流れるものの、広太郎たちに繋がるようなことは何も流れて来なかった。


  何日経っても、何週間経っても、何カ月経っても、だ。


  「広太郎、全然俺達のこと言われないよ」


  「だろうな」


  「だって、床下見に行ったとき顔くらい見られたでしょ?それに、本当はそんな会社も人物もいなかったことくらい、すぐにバレそうなのに」


  「・・・・・・。それより、祐介」


  「何?」


  「今度あんなくだらねえ依頼持ってきたら、容赦しねえぞ」


  そう言いながら、広太郎はパソコンを開いて例のネットに繋ぎ、今回のような依頼が来ないように書きとめておくことにした。


  眉間にシワを寄せながら打っている様子は、一見機嫌が悪いようにも感じるが、きっとネットカフェの部屋を暗くしたまま作業しているため、目が痛いだけなのだろう。




  《どもどもー☆壊し屋さんの御紹介が毎度のこととなりました、太一郎でーす☆☆最近の話なんですけど、壊し屋さんに依頼をするのに、お金をけちった人がいるみたいなんですよー。そしたら、やっぱり!!!それなりのことしかしてもらえなかったみたいですよ・・・・・。けーど、そりゃあそうですよね???慈善事業の壊し屋さんなわけないじゃないですか!!太一郎としては、壊し屋さんに依頼するなら、気持ち以上のお金を払わないと・・・ってことになっちゃいますよ!怖い怖い。最近増えているのは、壊し屋さんをただの便利屋さんと勘違いしている利用者さんがいるってことですかねー。掲示板とか依頼メールを覗いてみても、興味本位とかちょっとした冗談とか、そういうのって、笑えないです。本当に、壊されちゃいますよ・・・・・・?


  って、そんな恐怖に顔を引き攣らせなくても良いんですからね!安心して、壊し屋さんをご利用くださいませー。


  そんなこんな色々ありますが、壊し屋さんの連絡先が変わりましたので、連絡しますねー。




  壊し屋さんへの御連絡こちら→090‐☆●△‐☆☆❤□




  また、太一郎から間接的に連絡することも出来まーす!!


   太一郎に連絡こちら→020‐?☆❤‐〒▼§¶》








  「広太郎」


  「なんだ」


  「太一郎って、どっから出てきた名前?まあ、広太郎と太一郎、似てるっちゃあ似てるけどさ」


  パソコンを静かにパタン、と閉めると、何も言わずに部屋を出て行き、祐介が慌ててその後を追って行くことになった。


  スタスタと歩いていってしまう広太郎に必死になって着いて行くと、どこかのパン屋を曲がって奥の工事現場をさらに進んだところで、広太郎が足を止める。


  背中を祐介に向けたまま、広太郎が口を開く。


  「祐介」


  「ど、どうしたの?」


  「俺のことを詮索するな。仕事も私生活も家族も過去もだ。もしこれから先、俺乃至誰かに聞いたりしたら、クビにするからな」


  「な、詮索って・・・俺はちょっと気になっただけで」


  「わかったのか」


  「う、うん。わかったよ・・・・・・」


  すこし歩いて、どこかの路地を右へと曲がって行ってしまった広太郎を見送ると、祐介は微かに自分の手が震えていることに気付いた。








  人間よりはるかに大きく、力の強いゾウたちが、サーカスなどで鎖に繋がれながらも大人しくしているのはなぜか。


  小さいとき鎖に繋がれてきたゾウたちは、まだ力のない子供だ。


  “この鎖は自分の力では解けないのだ”と、脳に刷り込みされてしまったゾウたちは、やがて大きくなり、鎖さえも引き千切れるほどの力があるにも関わらず、逃げることはないらしい。


  それは動物に限ったことではない。


  生きる術さえ、人間は他の動物達に比べて少ないためか、住処を自分達で作り始め、他の動物たちの住処を奪ってきた。


  そうすることで、人間は繁栄を続けることが出来ているのだ。


  動物たちの親は、自分の子供に対し、沢山の愛情とともに生死をも教えている。


  一方で、弱肉強食など縁遠い人間の親は、沢山の愛情を注ぎもするが、子供に対して自分の力で生きて行くことを教えは出来ない。


  平和という言葉で済ませてしまうのか、甘えということばで責めるのか。


  斯くも美しく儚い、醜く脆いこの世界に芽生えるであろう命たちは、誰にとっての希望となるのか。








  「結ちゃんは、広太郎に何か言われた?」


  「なによ、急に」


  祐介は後日、結花に連絡を取り、なんとか会う事が出来た。


  広太郎本人に対する質問は命取りになると、嫌というほど理解出来たためか、結花への問いかけにも慎重になっている。


  そんな祐介を不審に思いながらも、結花はいつものような口調で答える。


  「いやさ、ほら、まあ。仕事仲間としてさ、ちょっと色々ね、うん。まあ、うん」


  「?はっきりしないわね。ていうか、朝永に何か言われたの?」


  ギクッと、誰にでもわかるくらい大袈裟に反応した祐介に、結花はため息を吐く。


  結花の会社の近くにあるファミレスにいる二人は、まだ何も注文をしていないようで、結花はメニューを開いてボタンを押す。


  「すみません、アイスウーロン一つと、サンドイッチ一つ」


  「かしこまりました」


  自分の分だけ頼むと、結花はメニューを元の場所に戻し、面倒臭そうに祐介を見る。


  「あのね、朝永に何言われたか知らないけど、あいつのことには一々首突っ込まない方が良いんじゃない?」


  「やっぱり、何か知ってるの!?」


  「?何のことよ?」


  まるでウサギか犬か、耳を垂らしてしょぼんとしている祐介に、結花は頭にひたすら?を浮かべる。


  「結ちゃんって、広太郎のことどのくらい知ってる?」


  言ってしまったあとで、「しまった」と思った祐介だったが、もうこれでクビになったら仕方ないよ思うのであった。


  結花は水を一口飲むと、「そうね」と話出した。


  「性格が最悪で、本業中は清廉潔白な青年、ってことくらいかしらね。そもそも朝永にそんなに興味ないから」


  「そうだよね」


  「そんなに知りたいなら、本人に聞きなさいよ。まあ、あいつは何も答えないんだろうけど」


  「結ちゃん、このことは・・・・・・」


  「言わないわよ。朝永に報告したって、私にメリットはないわ」


  ばっさりと言い切った結花に安堵のため息を吐くと、結花の昼食となるサンドイッチとアイスウーロン茶が運ばれてきた。


  「けど、朝永に係わらず、他人に関してあまりむやみに聞かない方が良いと思うわ」


  「?どうして?」


  口にサンドイッチを含み、もぐもぐと口を動かしている結花は、ウーロン茶を飲んで胃へと送りこむ。


  「誰にだって、言いたくない過去の一つや二つあるでしょ。三つや四つあるでしょ。五つや六つあるでしょ」


  「そ、そんなにあるんだ」


  「それを暴くっていうか、調べるって言うか、詮索する権限なんて誰にもないでしょ。触れて欲しくないと本人が思ってるなら、触れるべきじゃないわ。幾ら自分が知りたいと思ってもよ。相手にとっては嫌悪感しか生まれないし、最悪、縁を切られるかもしれない」


  確かに、祐介も広太郎にそんなことを言われた。


  真剣な顔つきで結花の話を聞いていると、携帯がブルブルと振動を始めた。


  「あ」


  「依頼じゃないでしょうね」


  「多分依頼だね。広太郎に連絡入れないと」


  「食事くらい、ゆっくりとりたいわ」








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