すりガラス

 ぼくの視力は裸眼で0.1未満しかないが、生活に支障をきたすことはない。むしろいいことばかりだ。見たくない人の顔や見なくてもいい情報を脳に入れずに済むからだ。綺麗なものはすべて画面の向こうにもある。わざわざ外に出て時間を食わずとも、椅子に座ってただマウスとキーボードを使えさえすれば、世の中は簡単に理解できる。その力はどんな強力な悪魔にも対抗できる。

 目下すりガラスの世界を眺めている。

 すりガラスの内側にはどろっとした血が付いている。誰の血だろうか。ぼくはその血を触った。ホンモノの血を触るのは初めてだった。やけにさらさらしている。小皿に乗せた醤油の感触を思い出した。

 ぼくは血の付いた手で、着ていた白のTシャツに数字の6を3つ書いた。反対から数字を書くのはとても難しかったが、何とかやり遂げた。

 近くにあった斧を持ち、窓ガラスを割った。ものすごい音がした。破片が飛び散った。破片がぼくの頬に擦り傷を作った。傷を触ると痛かった。しかし、ぼくはその痛みをそのままに、割れた窓から体を乗り出し(そこでもまた腕に傷を負った)ジャンプした。

 下は古い倉庫の屋根で、着地の衝撃で屋根はへこんだ。ぼくは屋根から地面におり、暗い闇の中へと全力で走った。

 幸い、世界はぼやけていた。

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