第87話「柳星怜と奏凰花、会談する」

奏真国そうまこくの留学生、翠化央すいかおうと申します。祖国から来た使節しせつの依頼を果たすため、黄家こうけの方々を頼ることとなりました。どうか、よろしくお願いいたします」

柳星怜りゅうせいれいです。黄家の社交を担当しております。ようこそ、翠化央さま」


 数日後。凰花おうか星怜せいれいと面会していた。


 場所は、黄家の応接間だ。

 凰花は仕事で黄家を訪ねており、星怜も黄家の代表として凰花に応対している。

 だから凰花は正装しており、星怜も、以前天芳てんほうめてもらった旗袍ドレスを身につけている。


 ふたりは公的な立場で面会している。

 だから、よそいきの口調で話している。

 正装して、応接室で向き合っているのも、そのためだ。


 星怜の後ろには、従者の白葉はくようがいる。

 ふたりの間にただよう空気に当てられたのか、こわばった表情だ。

 震える手でテーブルに茶器を置き、謎の緊張感に首をかしげる。

 それでも動揺を押さえながら、部屋の隅で待機する。


「星怜さまの貴重なお時間をいただいたことに感謝します」


 凰花は静かな口調で、口上こうじょうべた。


「用件は書状に書かせてもらいました。奏真国の使節が──」

「存じ上げております。藍河国あいかこくの海を見たがっているのですね」


 星怜は穏やかな笑顔のまま、答える。


「書状は拝見はいけんしました。奏真国の使節の代表は、国王陛下の長女である奏紫水そうしすいさまですね。その方が滞在中に、海へと行きたがっているとうかがっております。それに藍河国の王家の方々や、貴族の方々がどう思われるか知りたい……そのようなお話でしたでしょうか」

「そうです。柳星怜さまには、ご面倒をおかげしてしまうのですが」

「気になさらないでください」


 申し訳なさそうな凰花を見て、星怜は首を横に振る。


「わたしは、翠化央すいかおうさまに恩義おんぎがありますから」

「恩義ですか?」

「わたしが叔父にかどわかされそうになったとき、雷光さまと翠化央さまに助けていただきました。覚えていらっしゃいますか?」

「もちろんです。僕が天芳とはじめて会ったときのことですから」

「おふたりがいなければ、兄さんは大けがをしていたか……命を失っていたかもしれません。兄さんが命を落としていたら、わたしも生きてはいなかったでしょう」


 星怜は一礼して、


「ですから、わたしはおふたりに大きな恩義があるのです」

「僕に気をつかう必要はありません。僕は、天芳の朋友ほうゆうです。その妹君を救えたことを、ほこりに思っています」

「それでも、恩は返しておきたいのです」

「義理堅いのですね。星怜さまは」

「恩知らずの妹がいては、兄さんに恥をかかせてしまいますから」


 星怜は北東の方角──天芳がいる方向に視線を向けて、


「翠化央さまへの恩義は、早いうちにお返ししておきたいのです。将来のことを考えたら、その方がいいかと」

「年若いのに、しっかりしているんですね。星怜さまは」

「すぐに大人になります。年齢差などあって無いようなものです」

「ふふっ。そういうものですか」

「はい。そういうものです」


 笑顔で言葉を交わす、凰花と星怜。


 その会話を聞いている白葉の背中に、冷たい汗が伝う。

 お茶菓子を取りに行きたいのに、なぜか、身体が動かない。

 手にしたトレーを抱きしめるのが精一杯だ。


「話がれましたね」


 星怜は、こほん、と咳払せきばらいして、


「奏真国の使節の方を海にお連れするのは、不可能ではないと思います。ただ、皆さまが納得される理由が必要かと」

「海に行くのは観光だけが目的ではありません。藍河国の進んだ技術を学ぶことも兼ねています」


 凰花は一口、お茶を飲んでから、


「奏真国には海がありません。川を利用した舟運は盛んですが、海運の知識がないのです。海に行き、藍河国の造船技術を見学できれば、より強固な船の作り方を学べるかもしれません。それを元に舟運を活発化させ、藍河国への通商を広めたいと考えています」

「なるほど……そのような理由なのですね」

「はい。以前、朋友が言っていたことを、少し変えただけですが」

「兄さんが?」


 星怜が身を乗り出す。

 凰花はうなずいて、


「天芳は言っていました。『奏真国の川が氾濫はんらんするのであれば、そのときに上流から肥沃ひよくな土が流れてくるのではないでしょうか』と。その言葉を思い出し、僕は川を利用することを思いついたのです。もちろん紫水姉しすいねえさん──いえ、奏真国の使節の代表と話し合ってのことですが」

「……化央さまは、ずるい方です」

「そうでしょうか?」

「兄さんの言葉を持ち出されたら、断れなくなるじゃないですか」

「朋友を利用するつもりはないのですが……」

「奏真国の舟運を発展させるために、造船技術を学ぶ。そのために海を見に行く……ですか。兄さんなら、間違いなく賛成されるでしょうね」


 星怜はあごに手を当てて、考え込むようなしぐさをする。

 しばらくしてから、星怜はうなずいて、


「お話はわかりました。ただ、奏真国の方から『海に行きたい』と申し出るのは、やはり貴族の方々の反感を買うかもしれません」

不遜ふそんだと思われるからでしょうか」

「その可能性があります。ですから、藍河国あいかこくの方から提案するかたちにした方がいいと思います。わたしが夕璃ゆうりさまにお話してみましょう」

燎原君りょうげんくんの娘さんに? いいんですか?」

「申し上げましたよ。わたしは化央さまに恩義おんぎがある、と」


 星怜は立ち上がり、拱手きょうしゅした。


「受けた恩はお返しします。これは当然のことです」

「感謝します。柳星怜さま」


 凰花も拱手を返す。

 それぞれ一礼して、ふたりはまた、同時に席に着いた。


「どのように話されるおつもりですか?」

「以前、兄さんは奏真国に行っております。その際に、奏真国内での自由行動を許されたと聞いています。そのお返しとして、兄さんに一番近い家族であるわたしが、奏真国の方に同じことをして差し上げたいと考えたことにしたしましょう。これが一番、自然だと思います」

「……なるほど」

「わたしはこのことを夕璃さまに伝えます。そのあとで奏真国の使節の方から『海を見たい』とご提案いただければ、話は通ると思います」

「すごいですね。星怜さまは、そこまでお考えなのですか」

「夕璃さまから、色々と教えていただきましたから」


 星怜は、優しい笑みを浮かべて、


「夕璃さまなら、わたしの考えなんかすぐに見抜いてしまわれるはずです。ただ、それでも海へ行くお話は通ると思います。わたしが、ちゃんと責任を取るのですから」

「星怜さまが責任を取る、とおっしゃいますと?」

「わたしも奏真国の方々に同行します」

「いえ、星怜さまがそこまでされることは……」

「わたしが夕璃さまに話をもちかけるのです。願いを叶えていただいて、後は知らんぷりというわけにはいきません。それに、海まで行くわけではありません。奏真国の方々が海を楽しんでいらっしゃるのに、わたしが側にいては邪魔になりましょう」

「と、おっしゃいますと?」

「黄家の者は、街道の分岐点ぶんきてんで待機するのがいいかもしれません」


 星怜は目を細めて、


「北の町、灯春とうしゅんと、海へ向かう街道の分岐点。そこで待機していれば、兄さ──いえ、誰かが近づいてきたときにいち早く気づくことができますよね? そういう役目の者も必要ではないでしょうか」

「……た、確かに」

「化央さまは使節の方を海に案内してあげてください。その間、わたしは街道の分岐点で待機しております。夕璃さまにもそう申し上げます。柳星怜りゅうせいれいはそのようなかたちで、自分の提案に責任を取ります、と」


 それが、星怜の結論だった。


 ──兄の天芳は以前、奏真国に使者として向かっている。

 ──黄家はそのお返しとして、彼らが海に行くことを提案する。

 ──提案したのだから責任をもって、同行する。

 ──だが、奏真国の人々の観光の邪魔はしない。手前で待機して、怪しい者が来ないように見張る。


 あらためて、星怜は自分の提案を繰り返す。

 凰花がおどろきに目を見開くのを見て、星怜は満足そうにうなずく。


 星怜は数日前、凰花の『奏真国の使節を海へ』と書かれた書状を受け取った。

 そのときから彼女は、全員の願いを・・・・・・叶える方法・・・・を考えていたのだ。

 その結果、奏真国の使節の願いを叶え、ついでに星怜の『兄さんに近い場所に行きたい』という願いを叶える方法を思いついたのだった。


「……わかりました。よろしくお願いします。柳星怜さま」


 そして、凰花はこの提案を断れない。

 彼女は奏真国の使節の代理として、ここに来ている。そして、星怜の提案には非の打ち所がない。

 凰花は星怜に礼を言い、提案を受け入れるしかないのだ。


「黄家のご厚意こういに感謝します」

「こちらこそ、黄家を信頼してくださったことにお礼を申し述べます」


 ふたりは改めて礼を交わす。


「そういえば、うかがっていませんでしたね。奏真国の使者の奏紫水そうしすいさまとは、どのようなお方なのですか?」

「のちほど、一緒にご挨拶あいさつに参ります。海に行くことに協力してくれたことに、お礼を申し上げなければいけませんから」

「そうですか。では、お目にかかるのを楽しみにしております」


 星怜は少し考えてから、


「ですが、緊張してしまいますね。奏紫水さまは、奏真国の他の姫君と同じように、おきれいな方なのでしょう?」

「美人であることは間違いないと思います」


 凰花は立ち上がり、星怜に向かって拱手した。

 それから、静かな口調で、


「王族として当たり前の……とても、普通の美人だと考えています」


 ──そんなことを、言った。


 その後、当たりさわりのない話をして、ふたりの対面は終了した。

 星怜も凰花も、最後まで礼儀正しく、個人的な感情を表に出すことはなかった。


 そうして、門の前で別れを告げて──

 仕事を終えて、それぞれの部屋に戻ったふたりは──




「……ふぅ。緊張しました。やっぱり凰花さまはこわいです。男装していてもお綺麗きれいで……それに、鋭いお人ですから」

「……はぁ。やっぱり天芳の妹さんは、桁外けたはずれにすごい子だよ。本当に13歳なの? 成長したら、どれだけの大人物になるのさ……」




 ──ため息と共に、改めて相手への敬意と、恐れをいだいたのだった。



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 次回、第88話は、土日くらいの更新になる予定です。



「第9回オーバーラップWEB小説大賞・前記」の選考結果が発表されました!

「天下の大悪人」は銀賞を受賞しました。

(85話のあとがきで「奨励賞を受賞」と書きましたが、あの時点では奨励賞以上の受賞が決まっていて、どの賞を受賞するかは未定だったようです。訂正します)


 ただいま、書籍化のための改稿作業に入っています。追加エピソードや、書き下ろしなども書き始めています。

 WEB版を読んでくださっている皆さまにも楽しんでいただけるような、そんなお話にしたいと考えています。


 それでは、これからも「天下の大悪人」を、よろしくお願いします!



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