第83話「天下の大悪人、尾行者を捕まえる」

 俺と冬里とうりさんは、灯春とうしゅんの町を歩いていた。

 尾行者びこうしゃは、まだ、ついてきている。

 正体はわからない。

 振り返って確認したら、相手が逃げるかもしれない。


 尾行者は、俺が書いた文書のことを店員に聞いていた。

 あの文書に反応しているのは間違いない。

 人気のないところで接触せっしょくして、話を聞いてみよう。


「冬里さん」

「はい。天芳てんほうさま」

「この先の角を曲がって路地ろじに入ります。そしたら、俺にしがみついてください」

「あ……はい。わかりました!」


 冬里さんは勢いよくうなずいた。

 俺の意図がわかったらしい。


 俺と冬里さんは歩調を変えずに角を曲がる。

 尾行者からは見えない場所で、冬里さんは俺に抱きつく。

 その直後、俺は『五神歩法ごしんほほう』の技を発動した。


「『潜竜王仰天せんりゅうおうぎょうてん (水に潜っていた竜王が、天へ飛び上がる)』」

「──わ、わわっ!?」


 俺は全身に『』をめぐらせて、地面を蹴る。

 そして、冬里さんを抱えたまま、家の屋根へと飛び上がった。


五神歩法ごしんほほう』の『潜竜王仰天せんりゅうおうぎょうてん』は、跳躍ちょうやく技だ。

 これで川を飛び越えたことがあるし、カイネ=キリュウを抱いてとうから木の枝へ飛び移ったこともある。

 人ひとりを抱えて屋根まで飛び上がるくらい簡単なんだ。


「さてと、俺たちをつけてきてた人は……?」


 尾行者は、角を曲がったところで立ち止まった。

 俺たちの姿が消えたことに、びっくりしてるみたいだ。


 尾行者は男女がふたり。さっきちらっと見たときは、小柄な人物だと思っていた。

 だけど──


「……子どもだね」

「……はい。子どもなのです」


 俺たちの後をつけていたのは、少年と少女だった。

 少女の方は星怜せいれいと同じくらい。

 少年の方は、10歳を過ぎたくらいだろう。彼は少女を背中にかばいながら、長いぼうを構えている。

 

「どうしますか。天芳てんほうさま」

「まずは話を聞いてみましょう」

「わかりました。では、ここは冬里に任せてもらえませんか?」

「冬里さんに?」

「冬里は子どものあつかいに慣れているのです。ずっとお母さまの……医師の仕事の手伝いをしてきましたから。治療ちりょうのとき、むずがる子どもをなだめるのは冬里の役目だったので」


 冬里さんは照れたような顔で、


「それに……冬里も、天芳さまのお役に立ちたいのです」

「わかりました。お願いします」

「行ってまいります。では『獣身導引じゅうしんどういん』──『猫静着地 (猫は音もなく地面に降り立つ)』」


 しゅるん、と、冬里さんは屋根から飛び降りた。

 まるで猫のような動きだった。

 冬里さんは音もなく、少年少女の後ろに着地する。

 そして、足音を・・・させながら・・・・・数歩移動した。


「「────!?」」


 その音に、少年少女が反応した。

 少年が振り返り、冬里さんに向けて棒を構える。


 でも、冬里さんはすでに、間合いの外に移動していた。

 彼女はそのままふたりに向かって拱手きょうしゅする。


 拱手きょうしゅは左右の手を重ねる、この世界の礼儀作法だ。

 両手を重ねる──つまり、すぐには攻撃できない姿勢を取ることで、敵意がないことを示すことができる。

 冬里さんのその姿を見た少年は、手にした棒を地面に向ける。


 ……すごいな、冬里さんは。

 彼女は完全に、相手の動きを呼んで対応している。


 ──着地したあと、わざと足音を立てて、向こうが気づくようにした。

 ──相手が棒を構えるタイミングで身を退き、間合いを外した。

 ──少年が棒を構える直前に拱手きょうしゅして、敵意がないことを示した。


 そうすることで、相手の警戒心をゆるめてしまったんだ。


 相手の呼吸と間合いを完璧に把握していないとできない技だ。本当にすごい。

 冬里さんが武術を覚えたら、秋先生以上の達人になれるんじゃないだろうか。


「はじめまして。玄冬里げんとうりといいます」


 冬里さんは少年少女に向かって、自己紹介した。


茶館ちゃかんを出たときからついてきてる人がいたので、声をかけてみました。おどろかせてごめんなさい」

「……あ、あぁ」

「冬里たちに、なにかご用ですか?」


 冬里さんは、ゆっくりと話している。

 たぶん、少年少女をおびえさせないようにだろう。

 彼女の声を聞いていた少年は、構えていた棒を引いた。戦闘態勢を解いたみたいだ。

 でも……少年のあの構えには、見覚えがあるような気がするんだけど。


「ご用があるなら教えてください」


 冬里さんは続ける。


「冬里の勘違かんちがいなら、このまま帰ります。どうしますか?」

「……じ、自分は、あんたに」

「はい」

「…………あんたに、聞きたいことが、ある」

「駄目です。レキ。町に住む人たちにそんな口の利き方をしたら駄目」


 不意に、少女が口を開いた。


「はじめまして。ごていねいな挨拶あいさつを、ありがとうございます」


 少女は冬里さんに向けて、軽く頭を下げた。


「私たちが、あなたたちの後をついて歩いていたのは……話しかけるきっかけを探していたから。それと、あなたたちがどういう人か、見極みきわめたかったの」

「そうだったのですか」

「ええ。あなたを見て、危険な人じゃないと、わかりましたわ」

「そうですか。では、お話を聞かせてください」

「……えっと」


 少女は言葉を探すように、目を閉じた。


「あなたと一緒にいた人は、茶館で文章を書いていましたね」

「はい。あの文章が、なにか?」

「あの中に、気になる言葉があったのです。ひとつ、教えてください」

「どうぞ」

「あなたたちは震雨しんう──雷光らいこうという人を知っていますか。それと黄天芳こうてんほうという人と、翠化央すいかおうという人のことも」


 俺は思わず目を見開く。

 雷光師匠の名前が出てくることは、予想してた。

 でも、まさか俺と、小凰しょうおうの名前まで出てくるとは思わなかったんだ。


「質問に答える前に、ひとつ、聞いてもいいですか」


 冬里さんは目を細めて、たずねた。


「あなたたちは雷光さまの居場所をご存じなのですか?」

「はい。あの方は、私たちの恩人です」

「恩人?」

「私とレキは、あの方のおかげで命拾いをしました。だけど……あの人は私たちをかばって、怪我を。だから、私たちはあの人に、恩返しをしなければいけなくて……」

「おおじょう! それ以上は──」

「お願いです。教えてください。あなたは黄天芳さまや翠化央さまのお知り合いなのですか? 私たちは、あの方々にお伝えしたいことがあるんです! もしかして、一緒にいた男性の方が、おふたりのどちらかなのですか!? その人はどこに……」

「落ち着いて」


 少女の言葉が途切れるのに合わせて、冬里さんは言った。

 冬里さんは言葉を止めて、ゆっくりと深呼吸する。

 それに釣られたのか少女の方も長い息を吐いて、肩の力を抜く。


 それから冬里さんは、


「黄天芳さまを、探していらっしゃるのですね?」

「そうです。私たちは藍河国あいかこくの首都まで行くつもりでした。茶館には護衛を探しに。でも、あの文章を見つけて、それで」

「お嬢。そこまでにしてください!」


 少年が少女を止めた。


「話しすぎです。この人が味方かどうかわからないってのに!」

「敵じゃないのです」


 冬里さんが、少年と少女・・・・・の肩越し・・・・に、俺を見た。

 俺がうなずき返すと、冬里さんは優しい笑みを浮かべて、


「黄天芳さまにご用事なら、直接、お話をされるといいです。そこにいらっしゃいますから」

「「……え?」」


 少年と少女が振り返る。そして、目を見開く。

 うん。まぁ、びっくりするよな。知らない間に、後ろに誰か立っていたら。


 冬里さんがふたりの注意を引いている間に、俺は屋根伝いに移動していた。

 その後は冬里さんと同じように『猫静着地』で地面に下りた。

 そうして、ふたりの背後に回っていたんだ。

 万が一、このふたりが攻撃してきたときに、冬里さんを守るために。


「はじめまして。ぼくが黄天芳こうてんほうです」


 俺は冬里さんと同じように、ふたりに向かって拱手きょうしゅした。


「用があるならうかがいますよ」

「……その前に、いいですか?」


 少女が胸を押さえて、俺の方を見た。

 おびえたような視線だった。まぁ、無理もないけど。


「あの方からは、本人確認のための質問をするように言われています」

「うかがいます」

「えっと……『蛇と猫と亀。もうひとつは?』」

ニワトリですね」

「『潜った竜王は』?」

「天を仰ぎます」

「『雷震らいしんの武術家が授けし剣は』!?」

「『白き麒麟きりんの力を宿す剣』……でしょうか?」

「──────あぁ」


 少女がぺたん、と、地面に座りこんだ。

 まるで、安心して力が抜けたように。


 ひとつめの質問は、『獣身導引じゅうしんどういん』の穴埋め問題だ。

 次が『五神剣術・歩法』の技の名前についての質問。

 最後は『雷震らいしんの武術家が授けし剣』──つまり、雷光師匠がくれた『白麟剣』についてたずねている。


 これらの情報を知っているのは、俺と小凰と雷光師匠、それに秋先生だけ。

 つまり、この少女は間違いなく、雷光師匠に会っている。


「本人確認ができたなら教えてください。雷光師匠は怪我をしてるんですよね? この町にいるんですか?」


 俺はいた。

 さっき、少女は言った。『あの人は私たちをかばって、怪我を』──と。


 雷光師匠は子ども好きだ。

 このふたりをかばって、怪我をすることはあり得る。


 ただ、雷光師匠は達人だ。並の相手なら簡単に撃退できる。

 その師匠が怪我をしたということは、敵がすさまじい達人か……あるいは、師匠でも対処できないほどの大軍だった場合だけ。

 この少年少女は、そういう連中を相手に襲われるほどの重要人物、ということだ。


 それに──


「もうひとつ教えてください。あなたたちは、壬境族じんきょうぞくの関係者ですか?」


 俺の言葉に、少年少女が硬直こうちょくした。


 ふたりは藍河国の服を着ている。たぶん師匠が用意したんだろう。

 そのせいで、見た目は藍河国の人間と変わらない。


 それでも壬境族の関係者だと思ったのは、少年の構えを見たからだ。

 棒を構えた姿が、壬境族の王子ゼング=タイガに似ていた。

 あれはたぶん、壬境族が使うの武術の型なんだろう。

 少年はそれを身につけている。だから壬境族か、その関係者だと思ったんだ。


「……うかつだった」


 少年がつぶやく。


「黄天芳……さすがは、王子と戦って生き残った人だ」

「それを知っているということは……やっぱり?」

「……自分は、壬境族のレキ=ソウカクと申す者だ」


 少年は棒を地面に置いた。


「私は……スウキ=タイガと申します」


 少女は名乗った。

 壬境族の王子、ゼング=タイガと同じ家名・・・・を。


「家名がタイガということは、あなたは、ゼング=タイガの──」

「ゼングさまは、私の従兄あたりにあたります。私の父は、現王の末の弟です」


「私は父の命令で、藍河国の方々に支援しえんを求めるために来ました」

「壬境族の王の弟が? 藍河国に支援を?」

「父は、部族の中では穏健派おんけんはと言われています。藍河国との戦にも……ずっと反対してきました」


 少女──スウキ=タイガは、震える声で告げた。


「父は……今の藍河国なら信じられると言って、私に書状を預けました。藍河国の高官に渡すための書状を」

「壬境族の人が、藍河国に書状を?」

「私たちは旅の途中で追っ手に襲われ、雷光さまに助けられました。馬は殺され、雷光さまは私たちをかばって、あしに矢を受けました。それでも……この町まで、逃げ延びることができたのです」


 それはなんとなく想像がつく。

 師匠のことだから「子どもが危ない。助ける!」って、問答無用で手を貸したんだろうな。


「でも、どうして壬境族の人が、藍河国に助けを求めようとしてるんですか?」

「……暴君ぼうくんと化した従兄いとこを……止めるためです」


 スウキ=タイガは震える声で、


「従兄のゼングは利き腕を失ってから……他者を迫害はくがいするようになりました。戦の準備ために馬や食料をかき集めはじめ……それに反対する者は粛正しゅくせいしています。私の父も……何度殺されかけたことか」


 ゼング=タイガが暴君に?

 いや……確かに奴は、ゲームでは捕虜ほりょを問答無用で殺してたけど。

 その冷酷れいこくさが、壬境族内部に向けられはじめたってことか? まだ、ゲーム開始の10年前なのに?


「父はずっと、藍河国と戦うことに反対してきました。従兄のゼングは、そんな父を臆病者おくびょうものとして見下していました。けれど、片腕になってからは、父を強く憎むようになったのです」


 少女スウキ=タイガは絞り出すような声で、話し続ける。


「今、壬境族はふたつに割れています。他国への侵攻を目指す武闘派と、戦を避けようとする……父のような穏健派おんけんはに。ですが……父が殺されたら、壬境族内の穏健派は力を失うでしょう。父を救うことは、藍河国の利益にもなるはずです。どうか……藍河国の高官の方に、お取り次ぎを……」

「話はわかりました」


 俺は言った。


「まずは雷光師匠に合わせてください。あなたたちに協力するかどうかは……それから決めます」


 壬境族はずっと、俺たちの敵だった。

 ゼング=タイガは、海亮兄上を殺そうとしていた。

 将軍レン=パドゥに率いられた部隊は、戊紅族の集落を襲撃しゅうげきした。

 その壬境族に穏健派がいると言われても……すぐには信じられない。


 ただ……あり得る話だとは思う。

 藍河国は大国だ。

 俺はゲーム『剣主大乱史伝』の知識があるから、藍河国が10年後に崩壊すると思ってるけど、他の人たちはそうじゃない。

 今の時点では藍河国は大国で安定してる。しかも、奏真国そうまこく戊紅族ぼこうぞく──周辺国の信頼を得たことで、さらに力をつけてきてる。


 壬境族の中に、藍河国と敵対することに不安を感じる連中がいてもおかしくない。

 すでにゼング=タイガは藍河国侵攻に失敗していて、犠牲者も出ているわけだからな。あいつの最強にかげりが出ている現在、反対派が生まれてくることはあり得るんだ。


 ……だからといって、話に飛びつくのは危険なんだけど。

 まずは雷光師匠に会って、話を聞かないと。

 この子たち──スウキ=タイガとレキ=ソウカクを助けたとき、どんな状況だったのか。師匠はこの子たちの話を聞いて、どう思ったのかを。

 今の段階では、情報が少なすぎるんだ。


「……でも万が一、壬境族の中に味方ができたら」


 ゼング=タイガは藍河国に対して、全軍を動かすことができなくなる。

 自分たちが留守の間に、敵対勢力が反乱を起こすかもしれないからだ。


 そうなったらゼング=タイガは帰る場所を失う。最悪、北から反乱勢力に、南から藍河国に攻められることになる。北と南からの挟み撃ちだ。

 いくらあいつが強くても、まわりの兵たちは耐えられないだろう。


 壬境族の中に味方ができれば、藍河国あいかこくへの侵攻を止められる。10年後のバッドエンドをひとつ、消し去ることができるんだ。


 もちろん、うまくいくとは限らない。

 穏健派がなにを考えているのか……本当にそんなものがいるのかどうかも、確信がない。ただ、確かめるだけの価値はあると思うんだ。


 そんなことを考えながら、俺たちはスウキ=タイガの案内で、雷光師匠がいる場所へと向かったのだった。









──────────────────────


 次回、第84話は、来週末の更新を予定しています。




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