第82話「天下の大悪人、秘密の文章を作る」
俺たちは街道を進んでいた。
しばらく進むと、海に向かう東の街道と、北に向かう街道の分岐点に出る。
そこを北の街道に入れば、
たぶん、雷光師匠もここを通ると思う。
運が良ければ途中で出会えるはず。
そんなことを考えながら、俺は馬で街道を進んでいく。
俺の後ろには秋先生。さらに遅れて、
3人で注意して見ていれば、雷光師匠の姿を見逃すことはないと思う。
思うんだけど──
「あの。冬里さん」
「は、はい。
「冬里さんは、どうしてそんなに後ろを進んでいるんですか?」
なぜか、冬里さんだけが遅れてる。
馬に乗ってる3人。先頭が俺。その斜め後ろを秋先生。十数メートル離れて冬里さん、という感じだ。
街道は広い。人通りも少ないから、3人並んで進んでも問題ない。
なのに、どうして冬里さんはだけが離れてるんだろう。
「あ、あのあの。冬里は近づこうとはしてるの、です。だけど……」
冬里さんが脚で、馬の腹に触れた。
馬が速度を上げる。そうして、俺の隣に並ぼうとして──
びくん。
──不意に、なにを思い出したように速度を落とす。
なぜか俺の馬の
この鞍は
そういえば出発前、星怜は冬里さんの馬と話をしてたな。
なにか言い聞かせてたみたいだけど……あれはなんだったんだろう。
「冬里。私と馬を交換するかい?」
「い、いえ。大丈夫……です」
「そうか。まぁ、乗り心地は悪くないからね」
それは本当だった。
離れていることを除けば、まったく問題ない。というか、快適だ。
「急ぎの旅ですからね。このまま行きましょう」
「そうだね」
「そ、そうです、ね」
俺の言葉に、秋先生と冬里さんがうなずく。
俺たちは、そのまま北へ。
街道を進んで。日が暮れる前に町で宿を取って、馬の世話をして。
部屋では秋先生の指導のもと、冬里さんと『
──約3日後、俺たちは無事に、灯春の町に着いたのだった。
移動中に、雷光師匠と出会うことはなかった。
途中の町でも、街道でも姿を見かけなかった。
3人で探していたから見逃すとは思えない。
それに雷光師匠のことだから、俺を見つけたら声をかけてくれるはずだ。
となると、雷光師匠はまだ、
「私は、知り合いを訪ねてみることにするよ」
町の門をくぐったあとで、秋先生は言った。
「
「よろしくお願いします。秋先生」
「天芳と冬里は、先に宿で休んでいてくれたまえ。それと、馬の世話を頼むよ」
そう言って秋先生は、おすすめの宿を教えてくれた。
俺と冬里さんは馬を引いて、宿へ。
部屋を取ってから、
「……ここは、母さまがよく利用する、信頼できる宿なので」
馬の背をなでながら、冬里さんは言った。
「馬さんたちも、安心して休めると、思います」
「冬里さんも、この町に来たことがあるんですか?」
「はい。母さまと一緒に、お仕事で」
秋先生は、冬里さんの
その途中で、この灯春にも立ち寄ったことがあるそうだ。
「ここは交易の町だから、豊かなんです。たくさんの人が行き交う町で、色々な文化があります」
「そうですね。確かに人が多いです」
海に近く、港町として栄えている。海産物も豊富で、海を利用した交易も盛んだ。
獲れたものは川を下って、首都の
お金と
灯春の町が栄えているのはそのせいだ。
でも……10年後は、それも様変わりする。
川は
下流には
港は
人々が逃げられないようにするために。
最終的に灯春は壬境族の手に落ちる。
そして、壬境族が藍河国を攻めるための
それが灯春の町の未来だ。
でも……今は、そんな
ここは人々が着飾って行き来する豊かな町だ。
だからこそ雷光師匠は、情報収集にぴったりだと思ったのかもしれない。
それは俺も同じだ。
人が多いなら、雷光師匠の情報を得ることもできると思う。
たとえば、人がたくさん集まるところに行けば──
「冬里さん、聞いてもいいですか?」
「はい。天芳さま」
「この町で一番人気のある
この世界の茶館は、交流と情報収集の場だ。
以前、俺と
ゲーム『剣主大乱史伝』でも、情報を得るためには茶館に行くのがセオリーだ。
人気のある茶館なら雷光師匠の情報も得られるかもしれない。
だから俺は冬里さんにお願いして、この町一番の茶館に連れていってもらうことにしたのだった。
「ここが灯春の町で、一番有名な茶館、です」
冬里さんが案内してくれたのは、大通りに面したところにある建物だった。
通りには椅子と
茶館の中には
外には笛を手にした大道芸人がいて、音楽に合わせて男性が女性が
「この茶館は
冬里さんは言った。
「書に自信がある人は、壁に文書を
「合理的ですね」
ゲーム内では茶館に行くと、すぐに有能な人材との出会いがあったりするんだけど。
……現実ではそうはいかないか。
そもそも、相手の技量もわからないし。
だから書を壁に貼ったり、剣舞を見せたりして、自分の技量を示しているんだろう。
そうやって自分を評価してくれる人を見つけようとする、というわけだ。
そういう場所なら、雷光師匠も立ち寄っているはずだ。
師匠も『藍河国は滅ぶ』という噂を流している組織について調べていた。
となると、この場所に情報収集に来るのが自然の流れだ。
この茶館には、雷光師匠を知っている人がいる……かもしれない。
その人に、弟子が訪ねてきたことを伝えることができればいいんだけど。そうすれば師匠の
だけどおおっぴらに「弟子の
このあたりは壬境族の土地に近い。
もしかしたら、手の者が入り込んでいるかもしれない。俺はゼング=タイガに憎まれてるからなぁ。堂々と名乗るわけにはいかない。
つまり、名乗らずに、雷光師匠の弟子が来たことを伝える必要があるんだ。
「天芳さまも、店の前で剣舞をされますか?」
冬里さんは照れた顔で、
「『
「そうですね……」
店先で『
ただ……あの技を見世物にするのはよくないような気がする。
となると──
「すみません。紙と
俺は
「ぼくは文官を目指しているんです。それで、自作の
「天芳さま?」
「ぼくは、実は文字を書くのが得意なんです」
俺は冬里さんの方を見て、答えた。
俺はずっと父上や兄上の
武術を学ぶ前は、俺は地方で文官になるつもりだったからな。
文字の
「文官志望の方ですか」
店員はうなずいて、
「そのような方はよくいらっしゃいます」
「ありがとうございます。腕試しをしたいんです」
「ようございます。ですが、店の
「構いません。
「承知いたしました。では、どうぞ」
茶館の店員が慣れた手つきで、紙と墨を
俺はその前に座る。
書く内容は決まってる。
雷光師匠に、俺たちが来ていることを知らせるための文章だ。
ただ、直接名前を書くのは避けたい。
だから──
「──こんな感じかな?」
俺は少し考えてから、紙に短い文章を書いた。
「どうでしょうか。冬里さん」
「……とても、美しい文字だと、思います」
冬里さんはため息をついた。
「『
「続きが『
「はい。冬里も、わかりやすいと……思います」
「ありがとうございます」
「『南方より来た
「そうです。『鳳凰の弟』は、ぼくが
俺は小声で、冬里さんに説明した。
それから俺は、詩歌を書いた紙を店員に渡した。
店員はしばらく、その紙を
それから、彼はうなずいて、
「
店員はそれを、茶館の壁にそれを
名前を聞かれたけれど、『
また来るので、そのときに、あの詩歌に興味を持った人がいたら教えて欲しい──そう伝えたら、納得してくれた。
同じ目的でやってくる人間も結構いるらしい。
「……天芳さま」
「はい。冬里さん」
「天芳さまは武術だけでなく、書もお得意なのですね……」
「むしろ文字を書く方が得意です。武術は……まだ全然ですから」
「そんなことはないと、思います」
冬里さんは、俺が書いた詩歌もどきを、じっと見つめている。
「冬里は、天芳さまに……いつか、お手紙をいただきたいです」
ふと、冬里さんは、そんなことを言った。
「天芳さまに冬里の名前を書いていただいたら……それだけで幸せになるような、気が、するのです」
「いつでも書きますよ」
「は、はい……うれしいです」
それから俺たちは、
リラックスした冬里さんは、秋先生と旅をしていたときのことを話してくれた。
南の
その間、体調が悪くなって、寝込むこともあった。
それでも『
冬の間は、
「だから冬里は、遠くの町のことにも、詳しいです。それなりに、ですけど」
「はい。頼りにしています」
「ところで……天芳さま」
不意に冬里が、身体を寄せてくる。
彼女は俺の顔に唇を近づけて、それから──
「茶館の入り口から、冬里たちを観察している人が、います」
──そんなことを、言った。
「あの書を書いたのは誰か、店の人に聞いたみたい、です。もしかしたら、
「向こうから接触してくる様子は……?」
「ないです。機会をうかがっているようにも、見えます」
「わかりました。茶館を出て、通りを歩いてみましょう。それで相手の出方を見ます」
「承知いたしました」
俺と冬里さんは代金を払って、店を出た。
小道に入り、角を曲がってから、後ろを見る。
そうして、ふたりの人物が、俺たちを
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次回、第83話は、来週末の更新を予定しています。
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