第81話「天下の大悪人、旅立ちの準備をする(2)」

「もちろん同行させてもらうとも。私も雷光に会いたいからね」


 秋先生は言った。

 俺が秋先生の家を訪ねて、用件を切り出した直後のことだった。


天芳てんほう。君が頭を下げる必要なんかない。ここは逆に、私が『同行させてください』とお願いするところじゃないのかな?」

雷光師匠らいこうししょうに戻ってきて欲しいのは、ぼくの都合です」


 俺たちは戊紅族ぼこうぞくの人たちから『渾沌こんとんの秘伝書』を預けられた。

 あの技を学ぶには雷光師匠の協力が必要だ。

 そのために雷光師匠を探してるんだから、結局は全部、俺の都合なんだ。


 藍河国を滅ぼそうとする組織『金翅幇きんしほう』は『四凶しきょうの技』を知っている。

 ゲーム主人公の介鷹月かいようげつは、そのうちのひとつ『窮奇きゅうき』を身につけている。

 彼らに対抗するには、同じ『四凶の技』を修得するか、その知識を得なきゃいけない。そうじゃないと彼らを止めることができずに、藍河国あいかこく崩壊ほうかいして、俺は『黄天芳破滅エンド』を迎えるかもしれない。

 俺はそれを防ぐために動いてるわけだから……うん。全部俺の都合だね


 でも、ゲームのことは秋先生には言えない。

 だから、わかりやすくまとめると──


「ぼくは、この国とみんなを守りたいだけなんです」


 父上や母上、兄上が死ぬのも嫌だ。

 星怜を傾国けいこくの悪女にもしたくない。


 小凰しょうおうが敵に回るのもごめんだ。

 小凰が個人的な理由で俺を殺そうとするなら仕方がない。でも、ゲームの展開の都合で彼女と戦うのは嫌なんだ。大切な朋友ほうゆうと、そんな理由で争いたくない。


「ですから……みんなを守るために必要なことなら、ぼくはなんでもするつもりです。雷光師匠を呼び戻したいのも、そのひとつです。ぼくは秋先生をそれに付き合わせようとしてるだけなんです」

「君は本当に謙虚けんきょだね」


 秋先生はあきれたように肩をすくめた。


「なるほど。そういう君だから、戊紅族ぼこうぞくの長老は秘伝書ひでんしょを渡したのだろうね。君なら絶対に悪用しないとわかっているから」

「そうでしょうか?」

「私はそう思っているよ」


 秋先生はうなずいて、


「とにかく、私も一緒に雷光を探しに行くよ。あの子とは、色々話がしたいからね」

「ありがとうございます。秋先生」


 俺は秋先生に一礼して、


「そういえば……秋先生は、雷光師匠と会ったことがあるんですか?」

「一度だけ」


 秋先生は言った。


「たった一度だけ、冬里とうりの治療法について、雷光に相談したことがあるよ。そのときに、仰雲師匠ぎょううんししょう最期さいごについても伝えている」

「それからは会っていないんですか?」

「私と冬里はずっと旅をしてたからね。雷光とはすれ違いばかりだった。奏真国そうまこく滴山てきざんにはちょくちょく帰ってきたけれど……雷光は、あの場所には近づかないようにしていたようだから」


 滴山てきざんは、俺が秋先生や冬里さんと出会った場所だ。

 俺にとって大師匠の仰雲師匠が姿を消した場所でもある。

 でも、雷光師匠は、滴山てきざんには行ってないのか……?


「天芳も聞いているはずだよ。『獣身導引じゅうしんどういん』と『五神剣術ごしんけんじゅつ』の使い手は相争う、という言い伝えを」


 秋先生は続けた。


「それで仰雲師匠は、自分の兄弟弟子に重傷を負わせている。あの方が武術を捨てたのも、それが理由だ」

「……その言い伝えは、知っています」

「きっと雷光は、その言い伝えをおそれていたんだと思うよ。私も仰雲師匠の弟子ではあるからね。少しは『五神剣術』を学んでいると、雷光は考えたのかもしれない」


 そう言ってから秋先生は、優しい笑みを浮かべた。


「だからね。君と小凰が仲良しなのは、雷光にとってすごくうれしいことだと思う。君たちが『獣身導引』『五神剣術』にまつわる言い伝えを消し去ったのだから。雷光が藍河国の敵について調べに行ったのも、きっと、君たちのためだろう」

「は、はい」

「私がそんな君たちに手を貸すのは、当然のことだよ」

「……ありがとうございます。秋先生」

「堅苦しい話はここまでだ。気合いを入れて、雷光を探しに行くとしようよ」


 それから俺と秋先生は、旅の打ち合わせをはじめた。

 出かける日時。旅の予定日数。必要なもの。

 それらについて話し合ったあとで──


「旅に冬里とうりを連れていくのはどうかな?」


 ──ふと、秋先生は、そんなことを言った。


「旅の間も、天芳は修行を続けるのだろう? となると、導引どういんの相手が必要だ。冬里ならちょうどいいだろう」

「それは助かります。でも、冬里さんの体調は大丈夫なんですか?」

「おかげさまで、すっかり元気だよ」

経絡けいらくの傷は……?」

「ほとんど治っている。本人も、身体を動かしたいそうだ。それに──」

「それに?」

「本人は天芳と凰花おうか星怜せいれいくんに、一生かけて恩を返したいと言っている。天芳には、特にね」

「え?」

「君と凰花は冬里と一緒に『天地一身導引てんちいっしんどういん』をしてくれた。星怜くんは、その秘伝にも付き合ってくれたね。冬里の経絡の傷はえたのはそのおかげだ」


 そう言って、秋先生はお茶を飲んだ。


「そのきっかけを作ってくれたのは天芳だ。君が滴山てきざんに来てくれなければ、私たちは出会うこともなかったのだからね。私と冬里は、君に大きな恩があるんだ」

「でも、それはなりゆきですよね?」

「なりゆきでもね。受けた恩は返すものだよ。義侠心ぎきょうしんは大切だ。それがなければ、武術家はただの暴力集団になってしまう」

「……確かに、そうかもしれません」

「だから冬里を同行させたいんだよ。冬里は君に協力することで恩を返す。君は旅の間、冬里を相手に修行を続けることができる。それでいいんじゃないかな」

「わかりました」


 俺はうなずいた。


 そういうことなら異存はない。

 冬里さんは『獣身導引じゅうしんどういん』と『天地一身導引てんちいっしんどういん』の使い手だ。プロと言ってもいい。

 彼女がいれば旅の間も、導引の修行を続けることができるだろう。


「馬は黄家うちの方で用意しますね」

「私は燎原君りょうげんくんに話を通しておこう。私はあの人の部下だからね。旅に出る前に、許可を取っておいた方がいいだろう」

「お願いします」


 それから俺と秋先生は、冬里さんを交えて打ち合わせを続けた。

 出発は明日、ということになった。

 雷光師匠の動きによっては、長旅になることもある。必要なものを用意しておいた方がいい。

 それに、俺も母上の許可を取らなきゃいけないからね。


 そうして、必要なものは秋先生が用意してくれることになり──

 俺は家族と話をするために、黄家こうけへと戻ったのだった。







 話を聞いた母上は、すぐに許可してくれた。

 馬も自由に使っていいということだった。


 母上も最近は体調がいい。これも、秋先生がてくれてるおかげだ。

 その秋先生が同行するなら問題ないと、母上も思ったんだろう。


星怜せいれいにも、きちんと話をしていきなさい」


 最後に母上は、そんなことを言った。


「あの子は黄家のために尽くしてくれています。今日も王弟殿下のご息女に呼ばれているようです。戻ってきたら、天芳からきちんと話をするのですよ」

「はい。母上!」

「気をつけて行ってきてくださいませ。ほうさま!」

白葉はくようも、留守をよろしくお願いします」


 そうして、俺は母上の部屋を出て──

 夕方前に戻ってきた星怜と、話をすることにしたのだった。





「──というわけだから、しばらく留守にするね」


 俺は星怜に事情を説明した。

 星怜は寝台ベッドに腰掛けて、俺の話を聞いている。

 最近はそこが、星怜の定位置になってるんだ。


「兄さん」


 星怜は静かな口調で、


「兄さんは、雷光さまを探しに行かれるのですよね?」

「そうだね。師匠は用事があって旅に出ているんだけど、最近色々と状況が変わったからね。一度、北臨ほくりんに戻ってきてくれるようにお願いするつもりなんだ」

凰花おうかさまは、北臨に残られるのですか?」

「うん。彼女は用事があるみたいだから」

「だから玄秋翼げんしゅうよくさまが同行されるのですね?」

「ぼくひとりで行くと、みんなが心配するからね」

「それはそうです! 兄さんがひとりで旅をされるなんて、心配するに決まってます!」

「そうだね。秋先生が一緒だから、母上も許してくれたんだろうね」

「あの……兄さん」

「うん?」

「どうしてわたしに、声をかけてくれなかったんですか?」


 星怜はじっと、俺を見ていた。


「わたしだって、兄さんのお手伝いをしたいです。旅をするならご一緒します。旅の間に導引どういんをするなら、わたしでもいいはずです!」

「星怜が旅に出たら、母上が心配するだろ?」


 星怜はぼくの家族だ。

 そして、柳家りゅうけのたった一人の生き残りでもある。

 星怜には、できるだけ安全な場所にいて欲しいんだ。


 秋先生と冬里さんは点穴てんけつの技の使い手だから、自分で身を守れる。

 でも、星怜には武術の心得がない。

 星怜を連れ出すには、護衛がたくさん必要になる。


 前に星怜は墓参りのために、北の砦に行ったことがある。そのときは、父上の部隊が一緒だった。

 でも、今回は急ぎの旅だからね。護衛を用意する時間はないんだ。


 だから、俺と秋先生と冬里さんで行って、さっと帰って来る。

 そういう予定だ。


「──というわけだから、星怜には留守番をして欲しいんだ」

「…………むぅ」

「星怜には家族として、ぼくたちの家を守って欲しいってことだね」

「…………家族として」

「そうだよ。こういうことをお願いできるのは星怜だけだからね」

「……兄さん」

「うん?」

「今のお言葉を、もう一回言っていただけますか?」

「うん。星怜には家族として家を守って欲しい。こういうことをお願いできるのは、星怜だけだから。ぼくの代わりに、黄家の名代みょうだいとして北臨にいて欲しい」

「わかりました!」


 星怜はやっと、うなずいてくれた。


「わたし、北臨に残ります。家族として、兄さんの代わりを務めます」

「ありがとう。星怜」

「わたしは北臨で、普段の兄さんがするようなことをすればいいのですね?」

「そんなに気負きおわなくてもいいよ。書状なんかは、僕が帰ってから返事を書くから。ただ、目を通しておいてくれればいい。それから──」


 俺は星怜に、細々とした指示を伝えた。

 書状には、とりあえず目を通しておくこと。

 急ぎだと判断したら、ぼくがいる町に早馬を出すこと。

 訪ねてきた人には、母上の指示を聞いてから応接すること。


 あとは──


「これは母上にもお願いしたんだけど、ぼくの師兄しけいが──」

凰花おうかさまですね?」

「うん。凰花が仕事のことで、黄家の力を借りにくるかもしれない。そのときは、力になってあげて欲しいんだ」

「兄さんの代わりに、ですね?」

「そうだよ。お願いできるかな?」

「お任せください。兄さん」


 星怜は俺に向かって拱手きょうしゅした。


「わたしと凰花さまは一緒に『天地一身導引てんちいっしんどういん』をした仲です。あの方のことはよく知っています。あの方のお考えも……たぶん、わかっています。兄さんの代わりとしてお手伝いします。おろそかにはしません。兄さんが旅に出ている間、わたしの言葉が兄さんの言葉になるんですから」

「ありがとう。星怜」

「凰花さまのことはわたしに任せてください。黄家の名代として、わたしが凰花さまとお話をします」


 そう言って星怜は、胸を叩いた。


「兄さんは心おきなく、お役目を果たしてきてください」


 星怜はわかってくれたみたいだ。よかった。

 やっぱり、星怜は成長してる。前よりもずっと活き活きしてるし、今だって目を輝かせてる。星怜なら俺の代わりに、黄家を守ってくれるだろう。一安心だ。


「それじゃ、ぼくは旅の準備をするよ」

「わたしもお手伝いします。まずは馬の手配をしましょう!」


 それから俺と星怜は厩舎きゅうしゃに行った。

 星怜は、厩舎に並んだ馬に話しかけてた。


「ひひん。ひん。ぶるる」

『ぶるるるるる? ぶるる!!』


 馬たちは星怜の言葉に、納得したように鳴いていた。

 そういえば星怜は『獣身導引じゅうしんどういん』をはじめてから、動物と話ができるようになったんだっけ。


 前にその力に助けられたことがある。

 北の地でゼング=タイガと戦ったあと、星怜が海亮兄上に預けていた鳩が、父上に状況を伝えてくれた。

 おかげで父上は、壬境族じんきょうぞくの軍勢を追い払うことができたんだ。


「兄さまが乗るのは、この子がいいと思います」


 星怜は栗毛の馬を撫でながら、そんなことを言った。


「こちらの子は背の高い人を運び慣れているようなので、玄秋翼げんしゅうよくさまが乗るのがいいでしょう。冬里さんには、この子がいいと思います」

「すごいな。星怜は」

「ちゃんと言い聞かせておきました。この子たちも、自分たちの役目がわかっています」


 星怜は満足そうに、うなずいてる。

 俺の手伝いができたのはうれしいみたいだ。


 もちろん、手伝いの後は一緒に『獣身導引』をすることになったけど。

 星怜にとっては、それが一番のごほうびらしい。


 その後、俺と星怜は、ほてった身体を休めながら話をした。

 俺が不在の間、星怜が黄家のために社交をすること。

 明日もまた、夕璃さんに呼ばれていること。

 ふたりがお茶を飲んでいると、燎原君が姿を見せるようになったこと。


 それは星怜が燎原君の家で重要人物になったということなんだけど……でも、星怜はそれを、なんでもないことのように話していた。


 星怜には、地位や権力への欲は、まったくないみたいだ。

 やっぱりゲームに登場する悪女の柳星怜と、今の星怜とは別人なんだ。

 今の星怜には、地位や権力よりも大切なものがあるんだろう。

 その気持ちを忘れないまま、優しい大人になって欲しい。


 そんなことを考えているうちに、時が過ぎて──



 翌日 俺と秋先生と冬里さんは、雷光師匠を探す旅に出発したのだった。




──────────────────────


 次回、第82話は、次の週末に更新する予定です。




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